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ライバル令嬢登場!?

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♢ ♢ ♢










 ずっとずっと見せたかった風景をバックに僕は“彼女”に言った。黄金色の光に照らされて、彼女の瞳はより一層輝いている。

「もし、貴女が望むなら、婚約を解消しましょう。」

 我ながら声が震えていたと思う。エレナの目の前で情けない顔をしないように、僕は無理にでも笑って見せた。

 ベル・フォーサイスの懺悔の言葉を聞きながら考えていた。

(僕も同じだと)

 エレナを誰にも渡したくない一心で、エレナから異性を遠ざけてきた。けれど、それは僕の一方的な感情で、エレナを振り回していただけだ。真綿で包むように、誰にも触れさせないように。

 エレナが僕のことを疑ったというのは、わからない話ではない。むしろ、至極当然の話。

(けれど――……)
(僕にはエレナしかいない)
(ずっとずっとエレナだけを想って生きてきた)

「さっき、貴女にそう言おうと思っていたんです」
「なん……で?」

(だけど、エレナの幸せはこれ以上奪いたくない)

(僕のせいで、また危険な目に合うかもしれない)
(僕のせいで、傷つくかもしれない)

(それにあの時――……)

『誰かを好きになる気持ち……なんとなく、わかったから』
『好きになっては駄目だと頭でわかっていても、認めたくなくても、抗えないものね』

 そうエレナは口にしていた。その誰かを思い浮かべながら……。

「貴女は、貴女が好きだと思える人と一緒になってください」

 僕は精一杯笑って見せた。

(心が引き裂けそうなほどに苦しい)

(けれど、誰かの隣でエレナが笑っててくれるなら――……)

 この景色を一緒に見れることができただけで、ぱぁと明るくなる笑顔を見ることができただけで、もう十分だ。

(もう、エレナを解放すべきだ)

エレナから視線を逸らさないように真っすぐに見つめると

「……――やだよ」

かすれるような声でエレナは何事か口にした。

「え?」

 聞き取ることができず首を傾げると

「!?」

突然、エレナはぎゅっと僕に抱き着いてきた。

「だから!!嫌だよ、って言ったの!!」

そして、至近距離で瑠璃色の瞳と目が合う。

(……――嫌?)

何故だか、エレナは今にも泣きそうな顔をしていた。そんな彼女は泣くのを耐えるように言葉を発する。

「ずるいよ――……。レイ君……」

 エレナは僕に縋りつきながら、いやいやというように首を振る。

「……――そんなこと、全然知らなかった」
「…………」
「縁談をしても、途中でキャンセルされたり、おかしかったもの」

 美しい瑠璃色は、黄金色の光に照らされキラキラと輝き、彼女の髪は赤みがかっていた。エレナの言葉に僕は何も言えるわけもない。けれども、彼女は、『でも――……』と僕を見上げた。

「……――それでも私は、レイ君と一緒がいい」

(……――僕と一緒がいい?)

「もともとは10年前に私がレイ君に希望を持たせることを言ってしまった。それがそもそもの原因」

 そういってエレナは僕の胸に顔をうずめた。

「それなのに、レイ君はこんな私のためなんかをずっと想ってくれたんでしょ?10年もの長い間――……」
「…………」
「けど、私はそんなことも忘れて、挙句の果てにレイ君を疑った」
「…………」
「本当に酷いことをしたのは、私……だから。私の一言が貴方を縛ってしまった」

 そういって、エレナは至近距離で僕を見上げた。

「なのに、私が攫われた時も必死になって助けてくれた」
「…………」
「私のことを大好きだって、大切だって言ってくれた」
「…………」
「今まで生きてきた中で、そんなふうに言ってくれる人なんていなかった」
「…………」
「誰かを好きになる気持ちを教えてくれたのは、レイ君、貴方よ」
「…………」
「レイ君の穏やかなその声が、優しく微笑みかけてくれる笑顔が……」
「…………」
「……――私は、好き」

 そういってエレナは僕の体に自らの腕を回してきた。

「私はね、さっきそう言おうとしていたの。だから、さよならなんて言わないで。……――そんなに自分を責めるのなら、私を好きにさせた責任……取ってよ」

その刹那、僕の上着がするっと彼女の肩から滑り落ちかけた。『あっ……』と言ってそれをエレナが身じろきした。けれど、僕はその上着ごとエレナの両脇を掴んで

「わっ!レ、レイ君!!!??」

エレナを持ち上げた。見上げる形になっているエレナの顔を覗き込む。

「……――貴女が大好きです」

 そう口にして僕はその瑠璃色の瞳を見て心の底から微笑んだ。エレナの長い髪が風で揺られて、大きく広がる。

「……――私も」

 一瞬驚いたようにエレナは目を見開いたが、やがて恥ずかしそうにはにかんだ。はにかむように笑う彼女が愛おしくて、愛おしくてたまらない。僕は、持ち上げたエレナをそっと地面へ下ろした。

「……――貴女を、愛しています」

そして、僕はそっと左手でエレナの右頬に触れる。あの日もこうやって約束を取り付けた。

「ずっとずっとこの10年、貴女だけを想っていました。今度は、“貴女の傍”でこれからもずっと貴女を想い続けてもいいですか?」

 10年前の約束は一方的なものだった。

(……――けれど、今度は)

「……――うん。私も傍にいたい」

(二人で未来の約束を交わそう)

 エレナは僕の言葉にどこか恥ずかしそうに頷いた。僕はその笑顔が眩しくて、愛おしくて自然僕の口元は緩んだ。

10年前と変わらぬその頬のぬくもりを感じながら、反対の頬にそっと触れるだけのキスを落とす。

「……――レ、レイ君?」

 エレナからゆっくりと離れると顔を真っ赤にさせていた。それがたまらなく愛しくて、誰にも見せたくなくて、僕はエレナを隠すように抱きしめた。最初は戸惑うように、けれど、今は確かな力で僕を抱きしめてきた。それが嬉しくて、嬉しくて――……。

僕はエレナのぬくもりを感じながら、エレナに回した腕にそっと力を込めた。

……――いつの間にか魔法の時間は終わり、空には星が輝き始めていた。










♢ ♢ ♢






―――同時刻

『ったく、お前のせいで酷い目にあったぞ!』

とあるバーに設けられた大きな部屋。薄暗いその部屋の扉を乱雑に開けながら一人の男が入ってきた。

『さすがだな、塔が一本破壊したって聞いたけど、ピンピンしてるな』

 部屋の中に設けられたテーブルでカクテルを飲んでいた男は、部屋の中に入ってきた男を振り返って豪快に笑う。

『どこがだ!おかげでヘトヘトだ。だいたいお前がベル・フォーサイスに適当に口から出まかせいうから、俺まで巻き込まれたんだぞ』

 そういって腕を組みながら眉を顰めているのは、夜更け色の髪を携えた男。その形の良い瞳は深紅で、今は不機嫌そうに細められている。手には包帯が巻かれていた。

『悪い、悪い。まさか、こんなことになるとは思わなかったんだ』

 薄暗い店内。深紅の視線の先にいる男は、両手を挙げて降参のポーズを取った。

『街へ視察にいく役目があったから、お前に任すしかなかったんだ』

ついで彼は両手を合わせて謝罪のポーズを取った。

『だいたい何でも屋って何だ。何でも屋って。俺はお前の何でも屋だもんな』

 ふんと鼻を鳴らした男は紅色の瞳を不機嫌そうに細める。

『そういうな、お前がいて、本当に助かったんだから』
『ったく……。でも、まぁ、陛下も、皇后様も、おまけに二人の王子がおらず、残っているのは第三王子のレイ殿下だけ。その隙を狙って、レイ殿下を狙ってやってくる』

男は『お前の読み通りだったよ……』とどかっとソファーに座る。その前に、薄桃色のカクテルを置いた。コンとテーブルが音を立てた。そして、『で?』とカクテルを差し出した男は深紅の瞳を見つめて、先を促した。

『あぁ……。ベル・フォーサイスは、お前の睨んだ通り、おそらく“アイツ”の暗示にかかっていたみたいだ。ベル嬢には悪かったが、下手に動くと怪しまれただろうから、俺は何でも屋“ノア”を演じるしかなかったよ。罪状の方はお前の方でも少し便宜を図ってやってくれ』
『……――あぁ、わかっている』

 一息に言い切った男……否、かつてノアと呼ばれた男は目の前に置かれたカクテルを口元へ運んで一口含んだ。対して、目の前の男は目を伏せて、さらに問いかけた。

『エレナ・クレメンスの方は?』
『あぁ、エレナは、シロだ』

 対してカクテルの入ったグラスを置いたノアは断言する。そして、どこか愉快そうに言った。

『最初は“アイツ”が送り込んだ美人局か思ったんだ。だから、カマをかけてベル・フォーサイスの指示通り変身魔法で化けてやったよ。でも、今回の計画を知っている様子すらない。しかも、驚いたことに俺の変身魔法を見破ったよ』
『お前の変身魔法をか?』
『あぁ……。驚いたことに。だから、褒美にベル嬢の計画を知っている範囲でやったよ』

 そして、ノアは思い出すように夜更け色の髪を揺らしながらクククと笑った。

『利き手とたばこの匂いで看破された。細かいところまでよく気が付くかと思えば的外れなことをいうし、馬鹿正直ってあぁいう奴をいうんだろうな。……――愚直で、気丈で、からかいがいがあって……そうだな。春の陽だまりみたいな奴で……、まぁ、俺好みではあったかな』

 茶化すように言ってから、彼は懐かしそうにその深紅の瞳を細めた。

『まぁ、性格がおしとやかで、静かだったハンナとは正反対……といったところか』
『……――ハンナか』
『……――でも、優しさは、少し……似ているような気がする』

 そういってノアは包帯が巻かれている自らの手を撫でた。対してノアの対面に座るもう一人の男はそっと目を伏せる。首を垂れ、まるで懺悔するように。

『昔は、俺とお前と“ハンナ”と“アイツ”とよく街を眺めていた』
『……――あぁ』
『いつから違ったのだろうな。俺たちは――……』

 どこか悔やむようにいうノアに、対面に座る男は、顔を上げた。

『俺が“ハンナ”を殺した。だから、“アイツ”が俺を恨む理由もわかる』
『…………』
『……――けど』
 そういって彼は何事か考えるように瞳を閉じて、ゆっくりと目を開けた。

『俺の大切な人たちを“アイツ”の手で傷つけさせるわけにはいかないんだ。でも、俺一人ではきっとそれも難しい。……――手伝ってくれるか?“アルバ”』

 室内の明かりで照らされ、深紅の瞳を見つめる彼の瞳は不安そうにゆらゆらと揺めいていたが

『あぁ、当たり前だろう』

ふっと笑った深紅の瞳に夜更け色の髪を携えた男……、“アルバ”……、かつて、ノアと呼ばれた男の言葉に

『ありがとう、お前ならそう言ってくれると思っていた』

とその“エメラルドグリーン”の瞳をゆっくりと細めた。

……――その瞬間、カクテルの入ったグラスに入った氷が溶けてカランと音を立てた。

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