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ライバル令嬢登場!?

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♢ ♢ ♢






「そういえば……」

 そう切り出してきたのはレイ君。『ん?』と首を傾げれば

「先ほどベル・フォーサイスに『私たちがいた部屋を』と貴女は言っていましたが、貴女以外誰が同じ部屋にいたんですか?」

と逆に問いかけてきた。その瞬間

「ノア!!!!」

大切なことを思い出した。

(いくら高所からの落下で思考停止、混乱、ベル・フォーサイスのいざこざがあったとはいえ、ノアのことを今の今まで忘れていたなんて!)

「ノア?」

 対してレイ君は訝しげに首を傾げた。

「髪がこう……夜更けの時間みたいに濃い紺色の髪で、瞳が深紅の男の人。何でも屋のノアって名乗ってたわ!」
「何でも屋の……ノア?」
「そうよ!私を攫った張本人だけど、私が宙に放り出された時に手を差し伸べてくれて……、もしかしたら、ノアも塔から落ちて……!」

 考えれば考えるだけ悪いことが思い浮かぶ。焦る私にレイ君は、『わかりました』と柔らかく微笑んで『探してみます』と頭を一つ撫でた。

「探す?どうやって?」

 レイ君のエメラルドグリーンの瞳を見返すと『そこにいてください』とレイ君は私から少し離れた。そして、目を閉じて左腕を振り上げた。

「光よ。魔力を感じ取り、我に指し示せ。感知魔法(センシング)!」

レイ君がそう叫んだ瞬間、レイ君の足元に魔法陣が展開された。

――数秒の静寂

 ただ黙ってレイ君の様子を伺っていると

「……いない」

信じられないようにレイ君はポツリと呟いた。その瞬間、魔法陣が消えた。

「いない?」

 私の言葉にレイ君は一つ大きく頷いて『感知魔法は……』と口を開いた。

「感知魔法は人の魔力の気配を感知する魔法です。そして魔力の色を見分けて探し人を探し出す魔法です。人は誰しも、幼子でさえ魔力を持って生まれてきます。この塔の瓦礫が落ちている周辺を中心にくまなく感知を試みましたが、何も感知できませんでした」
「そんな……」

(ノアの気配がぱったりとなくなっているということは……)

 その先を思い浮かべて思わず血の気が引く思いがしていると

「おそらく貴女の思い描いているとおりではないのでご安心を」

とレイ君は私を安心させるように微笑んだ。思わず私はレイ君を見上げた。

「え?」
「もし仮に対象者が亡くなっている場合でも、死後一日は体内に魔力は残留し続けます。だから、反応がないということは対象者がこの場にいないだけ」

(この場にいない。それって……)

「おそらく貴女を私たちがいた塔からこの塔へ貴女をテレポートさせたのは、彼ですよね?」
「えぇ、そうよ」
「おそらくそのノアという男は落ちる寸前に事前に描いてあった魔法陣へテレポートしたのでしょう」
「でも、結界魔法が……」

と言いかけてノアとの会話を思い出した。

『結界魔法を破るにはこの空間を外で囲ってある魔法陣を術者が解くか、この部屋自体を爆破でもすればいい』

(そうか。テレポーションが使えなかったのは部屋を覆う結界魔法があったからで)
(あの空間が壊れてしまえば結界魔法の効力はなくなる)
(つまり結界魔法が消滅していれば魔法は使えるということで)

「よかった……」

 レイ君の言葉に安堵した瞬間、どどっと力が抜けた。レイ君はそんな私の肩を抱いて支えてくれた。

「さて、そのノアについてはのちのち詳しく聞くとして」

 レイ君が私を支えながらそういったとき

「そろそろ、行きましょうか」

とレイ君は私の手を取った。

「行くって?」
「城にいる者に事の顛末を説明してから、先ほどいた塔へ行こうかと思います。爆発音がして、皆心配しているでしょうから。貴女にも状況を説明するのを手伝っていただけると助かるのですが」
「それは別に大丈夫だけど……。先ほどいた塔って、レイ君が最初に案内してくれた高い塔?」

 私の問いかけにレイ君は深く頷いた。

「もうそろそろ時間なので」

(もうそろそろ時間……?)

 首を傾げた私に

「もうすぐ、この街に魔法がかかります」

レイ君はいたずらっぽく笑った。



♢ ♢ ♢






――レイとエレナが見つめあうその場所から少し離れた城を囲む高い塀の上

「あ~あ、ベルさんお可哀そうに。一つバッテンが付きましたわ~」

白銀の長い髪を後ろに一つに結び、紫陽花色の双眼で二人を見つめる男……いや、少年が一人。齢は20を数えてないくらいだろう。まだその顔はどこかあどけなさが残っていた。

「あんさんも、ベルさん操って第三王子の暗殺とはおっかない計画を立てますね~」

 彼の視線の先には黒いローブを身にまとった男。

「操ったとは人聞きが悪い。私は暗示をかけただけですよ。誰もが持っている憎悪の感情を表面に浮かび上がらせてあげたのです。」
「ほ~」
「殿下に婚約を断られていい表情をしておりましたからね。まるで、この世が終わったかのような。世界を呪っているかのような。ですから、その気持ちを素直になれるようにしてあげただけです。自分の気持ちに素直になれる暗示。ほんの少しの後押しですよ」

 黒いローブを纏った男の言葉に、白銀の髪を持つ少年はケタケタと笑う。

「暗示だけであんな暴走するとは人間は末恐ろしい生き物ですなー。第三王子に夢中になったガルシアの妖精の末路がこれとは。けど、暗示から解けたあとのベルさん、呆気なくてつまらんかったわ~。途中まではごっつ面白かったのに。まるで別人やと思いましたもん!」
「愛と憎しみは紙一重ですからね。それに、魔法で操っていたわけではありません。あくまで暗示ですから、自らの行動に罪悪感を覚えれば、理性が戻ります。罪悪感に耐え切れなくなると、人はもろいものですよ。暗示は魔法と違って一度暗示をかけてしまえば、暗示をかけた私でも解けません。自らが気が付かなければ、解けない。だったら、むしろ解けない方が幸せだったのかもしれませんね」
「アフターケアないんか~。酷い悪徳商法やで。で、あんさんは結局、ベルさんの自業自得と言いたいんですな~?」
「自らの意思が強ければ、そもそもかかりませんから。強いて言えば、彼女の心の弱さが原因。結局、心の何処かで彼女はそれを望んでいたということですから」
「うわぁ~、暗示かけておいて、むっせきにん~!!ベルさんはいいように使われたんか」
「少なからず秘めていた想いを実行できるように手助けしただけですよ。まぁ、どのみち、最後の最後で彼女が爆弾を部屋の中に仕掛けることができなかった時点でこの結末は決まっていたのかもしれませんね」
「けど、そもそもベルさんの憎悪の対象が第三王子ではなく、その婚約者に向かってしまうのは誤算だったとちゃいますの?世の中、あんさんみたいに、裏切った人間を恨む人だけとちゃうんですな」

 白銀の髪のそう少年が言った瞬間、白髪の少年が立っている塀にぴきりとヒビが入った。すると少年はわずかに飛び引いて

「おぉ~こわ。怒らんといて~」

ケタケタと再び笑う。その顔はまるで恐怖を感じていない。

「で、あのノアという男は?」

 対して黒いローブの男は何事もなかったかのようにその少年に尋ねた。

「おーい。無視ですのー?さすがのボクも泣いてしまうわ~」
「…………」

 黙り込む黒いローブの男に白銀の髪の少年は『冗談が通じませんな~』と首を竦めてから

「煙に巻かれてしまいましたわ~。まるで、初めからそこに存在していなかったかのように忽然と消えて。これぞ、イリュージョン!!」

と『打つ手なし~!!』とどこか茶化すようにいう彼。

「というと?」
「調べてもこの街に、『ガルシア』に『何でも屋ノア』なんて人間存在せんみたいですわ。大方誰かにノアの兄ちゃんの話聞いて、ベルさん、計画に組み込んだみたいですけど、ベルさんも騙されてたんですな」
「…………」
「それにベルさんの前に現れたノアの兄ちゃんは、空色の髪で瞳は紺でしたやん?けど、驚いたわ~。さっき、たまたま、どさくさに紛れてノアの兄ちゃんが移動魔法使う現場を見たんねんけど、ノアの兄ちゃんの容姿どうだったと思います?」
「……――違ったのですか?」
「それが、なんと夜更け色の髪に、血のように赤い瞳!死神かと思いましたわ。ベルさん、変身魔法使われてましたやん。最初から味方おらんと、可哀そう~」
「夜更け色の髪に、赤い瞳……」

 黒いローブの男は、白銀の髪の少年の言葉を復唱し、何事か考えこむような素振りを見せた。

「あんさんの知り合いですのん?」

 白銀の髪の少年が興味深そうに黒いローブの男に尋ねると『えぇ、おそらく』と首を縦に振った。そして

「“あの方”とそして、私の古くからの友人です」

口を開いた。

「何なん。あんさんの友達やったんか~。なのに、雇用主に、変身魔法で本当の姿隠して、無粋な奴ですな~」
「“彼”はそういう男なんですよ。」
「もしかして、あんさんの計画、向こう方、気づいてたんとちゃいます?」
「……――さぁ、どうでしょうか?」

 そう黒いローブの男は言って、幸せそうに微笑む亜麻栗色の髪の少年を自らの瞳に映して、『けれども――……』と静かに言う。

「“あの方”は私の大切な人を殺したのですから、“あの方”の大切なものを同じように壊してしまっても、きっと“あの方”も文句は言えませんよね」
「怖いな~。あんさんの考えることは。」

 白銀の髪の少年がケタケタと愉快そうに笑った瞬間、ピュンという強い風が吹いた。

――次の瞬間には、白銀の髪の少年も黒いローブの男の姿もなく、ただ一本のアザミの花が落ちていた。

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