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ライバル令嬢登場!?

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♢ ♢ ♢














 風が体を撫でるように通り抜けていく。ほどけた髪がばらけて、視野一杯に金色の世界が広り、隙間から淡く茜色に染まった空が垣間見えた。

(そっか、もう夕刻なのね)

 他人事のようにそう思った。












――急落下。

本来ならパニックになってもおかしくない状況なのに不思議と頭は冷静だ。ノアが言っていた。私たちがいた部屋の高さが40mだと。私の命はあと何秒?

思えば二度目のこの人生も前世とさほど変わらない。優しい両親の元へ生まれて、どれほどの親孝行ができただろう。挙句、また両親を残して死んでしまう。

私は体が地面へ向かって真っ逆さまに向かっていくのを感じながら、ゆっくりと目を閉じた。








♢ ♢ ♢









『また、その本読んでるの?』

 懐かしい声がして振り向くと、そこにいたのは黒い髪を後ろに束ね、黒い瞳を優しく揺らしたエプロン姿の女性が一人が立っていた。どこかで見覚えのあるその姿はまさしく前世で私を産んでくれた母だ。けれど、私が知る母よりもずいぶん若い。母が指さしている方を辿るといつの間に持っていたのだろうか。私は一冊の本を持っていた。しかも、驚いたことに自らの手が小さい気がする。驚きに目を開けていると

『どうしたの?』

そう言いながら母は私を軽々と抱き上げた。母の瞳に映るのは黒髪に目を大きく見開いた一人の子ども。否、懐かしい私の前世での幼い頃の姿。気が付けば辺りは懐かしいリビングの景色。キッチンからカレーの匂いが漂ってきている。キョロキョロと辺りを見渡す私を座り込んだ母は自らの膝と膝の間にすっぽりと入れた。

『ん?』

 首を傾げ優しい顔をして私の顔を覗き込む母を見て、ふとあることに思い至った。

(あぁ、走馬灯というやつだ)

 死に行く私は夢を見ているのだ。優しい遥か昔の懐かしい記憶を。

『何でもない』

 私は静かに首を振り、自らが持っていた本に目をやった。そこには大きな文字で『シンデレラ』と書かれている。幼い頃に大好きで大好きで母に何度も読んでもらった本だ。

『余程好きなのね。いつも読んでる』

 後ろから私を抱く母は私の耳元でそう囁いた。『うん、好き』、そういって首を縦に振ると『どうして?』と母は聞いてきた。

(どうしてって)

 私は考える。どうして、シンデレラが好きだったのか。それは……。

『シンデレラが優しくて、王子様がかっこいいから』

 我ながら単純な理由。当時の私はその年相応に憧れを抱いていたんだ。

 新しい継母に酷い罵声を浴びらせられながらも、働き者で気高く優しいシンデレラ。ある日お城で舞踏会が行われることになった。美しく着飾った姉二人を見送り、自分も行きたかったのだと嘆き悲しんでいるところに、魔女が現れて魔法でドレスやガラスの靴、かぼちゃの馬車を出してくれ、シンデレラは舞踏会に行くことができ、王子と共にダンスを踊り、楽しいひと時を過ごした。けれども、それは12時になったら解けてしまう魔法。12時に近づいてしまい、シンデレラは慌てて城を飛び出したけれど、その時にガラスの靴を落としてしまう。舞踏会で出会ったシンデレラを忘れられない王子様はガラスの靴を手掛かりに、シンデレラを探し出して、二人は結婚して幸せに暮らすという素敵な物語。

 心優しく真っすぐなシンデレラだからこそ、魔女は魔法を使って舞踏会へ連れていってあげたのだと思った。そんな素敵なシンデレラだからこそ、王子様は必死になってシンデレラを探し出したのだと思う。私は幼心にそんなシンデレラに憧れを抱いていた。

 だからこそ、私は誰かに優しくありたい。誰かを助けたい。そういうふうに思うようになった。そうして私は看護師を目指すようになった。

『じゃあ、あなたも人に優しくできる人になりましょうね?』

 そんなことこの頃の母はまだ知らない。シンデレラのような優しい人に、私は慣れただろうか。

――懐かしくて、そして遠い昔の記憶。

 私は静かに目を閉じた。

『そしたら、シンデレラみたいに貴女を本当に愛してくれる人が貴女を見つけてくれるわ』

 耳に残ったのは母の懐かしく優しい声。

(ごめんなさい。私はもう……)

  けれどどうしてだろう?死に行く私が最後に思ったのは、"彼"の穏やかな声で"彼"に笑いかけてほしいという願いだった。





♢ ♢ ♢








――ふいに体をなぞっていく風が止んだ。

 

 重力に逆らって空へ向かって伸びていた髪が頬にかかって体の下へ引っ張られる。浮遊感もなく、叩きつけられた衝撃もない。代わりに何かが膝裏と肩辺りで支えている感覚が確かにあった。


「……っ……」


 恐る恐る瞼を開けると眩しい夕日とともにその夕日に当てられたエメラルドグリーンの瞳と目が合う。亜麻栗色の髪が夕日に染まって輝いている。その人はほっとしたような、心配そうな、それでいて優しい表情を浮かべて







「やっと、“見つけた”」

私の耳元でそう囁いた。


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