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ライバル令嬢登場!?

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「“婚約者”である私を置いてどちらに行かれてたのですか?」

一瞬で凍り付いた玄関ホール。目の前には後ろ姿のレイ君。レイ君はこちらに背を向けているため、どのような表情を浮かべているのかうかがい知れない。そして、その奥には妖精のように儚げで美しいうら若い少女。

「“本物”の婚約者――……?」

 私が彼女へ向けてそう呟いた瞬間だった。レイ君は勢いよく振り返る。まるで何を言っているのだと言わんばかりに目を見開いていた。そして、強張ったような表情を浮か、あまつさえその瞳が悲しげに揺れている気さえした。

「レイ様?どうされたのですか?」
「…………」

 そんなレイ君を心配そうな表情を浮かべて覗き込む彼女。

「その背後に控えている女性は、私たちを祝福しに来てくださった方ですか?」
「…………」

(こ、これは……!修羅場というやつかあああぁぁぁ!!)

なるほど。レイ君の驚いたような表情は、この場に本当の婚約者が現れて慌てているのね。悲しそうに見えるのも、本当の婚約者にこんな場面を見られたからなのね。納得!

ここで『私との婚約は嘘だったの!?』なんて言おうものなら、前世の昼ドラ並みにドロドロとした展開になる。いや、私も好きだけどさ、昼ドラ見るの。見るのは好きだけど、まさか、自分がその当事者になろうとは。

もしくは、罠だったパターン!?『私との婚約は嘘だったの!?』と言ったあかつきには、もれなく『アラサー令嬢ごときが本当の婚約者だと思っていたのですか!?』と言われて、今朝の夢が正夢になってしまうのか?

けれど、昼ドラの展開にさせないし、正夢にもさせない。なぜなら……。

「そうですわ。以前、殿下にお世話になりまして、今日は“ただの友人”として祝福させていただきたくお伺いさせていただきました」

今朝、本物の婚約者が現れた夢を見たから、もし現れた場合のありとあらゆるパターンをシミュレーションを考えていたのだから。目覚めは最悪だったけれど、ナイス私の夢!!

これは……我ながら会心の一言だと思う!これなら、修羅場にならないように穏便にことを済ますことができる。なおかつ、レイ君が誤解されないように言えたのではないだろうか!レイ君は、その言葉通りに私を彼女に紹介してくれればいいのだ。そうすれば、修羅場にもならないし、彼女にも誤解されない。

 それに正夢パターンだったら、本当の婚約者だと思っていないと言っていることにもなっているし、これなら、夢のような哀れなアラサー令嬢にはならない。むしろ、ここで『アラサー令嬢ごときが本当の婚約者だと思っていたんですか!?』なんて蔑みようものなら、脈略がないってもんじゃない。

 そんなことを思ってレイ君を見れば、一瞬信じられないものでも見るような表情を浮かべた。けれども、すぐににこやかな笑みを張り付けて

「何を思って、貴女がそんなことを言っているのかわかりませんが、私と貴女はいつから“ただの友人”になったのでしょうか?」

そう言いながら私の方へ歩んでくる。
 
あれ?なんだろう。とてもにこやかに微笑んでいるはずなのに、なぜだか怒りのオーラを纏っているような気がする。

「え、えっと……それは……」

え?レイ君、なんで、怒ってるの?本当の婚約者に誤解されないように言ったのに。

は!?もしかして、私を陥れられなかったから怒っているの!?

 私は思わず目を泳がせながら後ろをじりじりと下がる。わずかに視野を逸らすと、美しい少女は呆気に取られたような表情を浮かべて、こちらを見ていた。

(や、やばい。これは、修羅場不可避!)

「それに貴女は私と彼女を祝福しに来たんですか?私が、今日貴女を招いたつもりだったんですが」
「えっと……それは、殿下が誤解されないように……」
「何の誤解でしょうか?それに、殿下と呼ぶのは好ましくないと以前お話したと思うのですが、お忘れですか?」
「うっ……」

 私の言葉にレイ君はすごくいい笑顔で答える。これ以上、どう反論していいかわからず頭の中をフル回転すると、コツンと踵に何かが当たっていた。

「……――あれ?」

 気がつけば玄関ホールに設けられた柱が真後ろに迫っていて、ヒールの踵に当たったようだ。レイ君の左手の甲は私の右の頬に触れる位置で壁に置かれ、代わりに右手は私の左の頬に添えられていた。

「……っ……」

(こ、これは……!壁ドンというものでは!?)

煌めくエメラルドグリーンの瞳で見つめられ、少し動けば、触れてしまいそうで、思わず息を呑んだ。

「レナ姉、さっき馬車の中で“僕”が言ったこと忘れちゃった?」

 極めつけはこれだ。左の耳元での低音ボイス。

わーわーわー!!そんなこと言われましても、アラサーの頭の中はパンク寸前なわけで……。

「馬……車……?」

 何のことを言っているのか、さっぱりわからないのだけれども。

「王宮の中も白いっていう話……?」

とりあえず思い出せたことを口にするとレイ君は一度『はぁ……』とゆっくり息を吐いた。耳元で息を吐くもんだから、左耳に当たってくすぐったい。

「……――うん、全く伝わっていなかったということがわかりました」

 すると、レイ君はにこやかに微笑んで私に向き直る。

「どうしたら、わかってもらえるのでしょうか?」
「?」

 何が?とは思ったが、何となく聞いてはいけない気がして聞けずにいると

「わっ……!」

急に引っ張られて、グラリとバランスを崩してしまう。

「レ、レイ君!?」

 気が付けばレイ君の腕の中にいた。腕の上から抱きしめるように、腕を回されるもんだから動けない。レイ君の胸当たりに頭があるもんだから、それ以上身動きが取れずに慌てていると

「貴女にとっては“僕”はいつまでも子どもなんでしょうが、“僕”は貴女の“婚約者”だと伝えたと思うんだけど……」

レイ君が低くおだやかな声でそういったのが聞こえたかと思うと

「……っ……!?」

突然、首元あたりにチクリと痛みが走った。

けれども、それは一瞬のことで――……。

「思い出した?」

次の瞬間には、レイ君は私を抱きしめていた腕を外し、目の前にどこか満足そうな笑みを浮かべていた。なぜ満足気?と思いながらも、その有無を言わせないその様子に

「はい」

と素直に頷くと、レイ君は嬉しそうにエメラルドグリーンの瞳を細めた。そして、そのまま私の肩を引き寄せて、“彼女”に言い放った。

「……――ということです。私の婚約者は『エレナ・クレメンス』、彼女だけ。お分かりいただけたでしょうか?」

 そして、彼女に呼びかける。『ベル・フォーサイス』と。
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