アラサー令嬢の婚約者は、9つ下の王子様!?

九条りりあ

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“僕”が彼女に出会った日

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♢ ♢ ♢










『今から包帯巻くからね。痛かったら言ってね』

 ポシェットの中から包帯を見つけた“彼女”は、“僕”に包帯を見せ、“僕”が『うん』と頷くと“彼女”は丁寧に包帯を広げた。そんな“彼女”を見ながら尋ねる。

『そういえば、お姉さん、お名前なんて言うの?』

 彼女について少しでも知りたいと思ったのである。かつて“僕”がこれほどまでに誰かに興味を持ったことがあっただろうか。

『え?名前?エレナよ。エレナ・クレメンス。』

 そんなことを知らない“彼女”は、何のことはないように名乗った。

 エレナ・クレメンス。心の中で呟いてみる。クレメンス家といえば、国の医療機関を経営している中流貴族だ。国の中枢には携わっていないが、医療の発展のために国からの支援しており、ガルシア王室との関係も良好だ。敵対している貴族ではなく、心の中でほっと胸を撫でおろした。

 そんなことを考えていると

『みんな私のことをエレナって呼ぶわ』

包帯を巻きつけながら“彼女”は言った。けれども、幼い“僕”が『エレナ』と呼び捨てをするのは憚れ、どうしたものかと思い悩んで、唐突に閃いた。

『じゃあ、“僕”はレナ姉って呼ぶね』
『え?なんで?』
『“僕”だけの特別な呼び方』

 “僕”だけが呼ぶ特別な呼称。幼い“僕”が言える精一杯の愛称。

 そのあとも“彼女”から様々なことを聞いた。優しい両親と5つ下の弟がいること。そして、やはり“彼女“は病院を経営するクレメンス家の令嬢であること。今年17歳になったということ。“僕”よりも9歳上なのかとそんなことを思いながら

『……レナ姉は、心に決めた人とか……いる?』

“僕”の怪我に包帯を巻きつけている“彼女”を見上げた。

『心に決めた人?結婚したいと思っている人のこと?それは、まだいないかな?』

つまり、まだ誰のものにもなっていないということだ。“彼女”が「きつくない?」と問いかけてきて、“僕”は「うん」と首を振った。

 “僕”は逸る気持ちを抑え切れられずに言い募った。

『じゃ、じゃあ!!“僕”と結婚してください!!』

期待して“彼女”を見上げた。結婚すれば、父や母のようにずっと一緒に居られる。そう思ったのだ。今振り返ってみると、本当にとんでもないことを言ったものだ。

『“レイ君”は8歳でしょ?まだ結婚はできないよ』

“彼女”がそういって窘めたのは、当たり前だと思う。

『なんで?』
『法律で男の子は18歳、女の子は16歳にならないと結婚しちゃダメっていう決まりがあるの』
『ほうりつって?』
『この国のルールよ、ルール』
『ルール……か』

納得できなかった“僕”に丁寧に“彼女”は説明してくれた。そして、幼い自分に腹が立ち、同時に9歳という年の差が恨めしかった。けれども、どれほど恨めしく思ったとしても、年の差だけは変えられない。

包帯を巻き終えた“彼女”が「よし!」と包帯を切ったとき、唐突に思いついて

『じゃ、じゃあ!!』

と“彼女”の方に身を乗り出して、“彼女”を見上げて、真剣に言い募った。

『10年間、“僕”、レナ姉のことを想い続けるから、“僕”が18歳になったら“僕”のお嫁さんになってくれますか?』

 これがあの時の“僕”にできた精一杯のことだった。幼い“僕”は、座ったままいくら背筋をぴんと伸ばしたとしても、座った状態の“彼女”の肩にも届かない。こんなにも大きな隔たりがあるのだと思い知らされた。“彼女”の見ている世界が、“僕”の見ている世界と異なっているのだと思うと悔しかった。そんな“僕”の手に“彼女”は自らの手を重ねて、「じゃあ……」と切り出した。

『じゃあ、レイくんが10年経っても私のことを好きでいてくれるのなら、レイくんのお嫁さんにしてもらおうかな』
『本当!?約束だよ!』

嬉しさの余り体がはねた、その時だった――……。

『……――レーイ!!』
『アレン兄さんだ!』

 アレン兄さんの声が聞こえ、聞こえた方向を見るとちょうど、100mほど先の木の茂みに誰かがいた。こちらにヒラヒラと手を振っていた。背格好から見ても、アレン兄さんだ。

『もう、戻らないと』

 名残惜しかったけれど、立ち上がって“彼女”を見た。

『兄さんたちに謝って、ちゃんと仲直りする』
『レイ君ならできるよ』

 “僕”を安心させるように“彼女”は“僕”の髪を撫でた。代わりに“僕”は、“彼女”の頬に小さな左手を添えて

『じゃあ、10年経ったら迎えに行くね』

“彼女”に誓った。振り向きたい衝動に駆られたけれど、アレン兄さんの元へ真っすぐ駆けた。

 次に会うときは、“彼女”の隣で誇れる“自分”になったときだと心の中に言い聞かせて。


♢ ♢ ♢






 そうして10年の月日が流れ、“僕”は約束通り“彼女”を迎えに行った。

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