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婚約者は年下の王子様

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『え?名前?エレナよ。エレナ・クレメンス。みんな私のことをエレナって呼ぶわ』
『じゃあ、“僕”はレナ姉って呼ぶね』
『え?なんで?』
『“僕"だけの特別な呼び方』

♢ ♢ ♢


何故だろう。一瞬弾むような声が脳裏を過った。そして、かつて私のことを“レナ姉”と呼び、月明かりに照られながらはにかむように笑った男の子を思い出した。確か、彼も『レイ』と名乗っていた。だから、私も『レイ君』と呼んでいた。

(まさか、あの子が?)

そんなことを思っている私の目の前で彼”は語り出した。

「10年前、兄さんたちとこの近くの湖に遊びに来た夜に兄さんたちと些細なことで喧嘩しました。それで、私はこの屋敷に迷い込んでしまって、レナ姉は私を諭しながら怪我の手当てをしてくれました」

私のことを『レナ姉』と呼び、大きな瞳で私を見ていた男の子とどこか懐かしそうに目を細める目の前の“彼”の顔が一瞬で重なる。

 確かに10年ほど前、眠れなくて屋敷の庭の風に当たりに行ったときに木の傍に座り込んでいる男の子がいた。屋敷の森は近くの湖とつながっているため、たまに迷い込んでしまう人が出てしまう。特に暗い夜は、迷い込みやすい。その男の子も迷ってしまったようで、その途中で転んで膝から血を流していた。月明かりを頼りに、怪我をしていた男の子の手当てをしたことがあった。前世の職業病か残ってしまっているのか、つい今でも消毒液やら絆創膏やら簡単な治療道具は今でも持ち歩いてしまっている。その時に出会った当時8歳だという男の子は、兄たちと喧嘩し怒りに任せたまま兄たちを置いてきてしまったといっていたのだと語った。

「当時の私は我がままを言い放題。何てったて、幼くても王子ですからね。けれども、初めてでした。きちんと私を叱ってくれて、兄たちに謝ると考え直した私に偉いねって笑いかけてくれたのは」

 にこりと微笑む“彼”は、言われてみれば確かにあの頃の面影を残していた。

「それに傷の手当のとき、私の怪我の痛みを紛らわせるために色々な話を聞かせてくれました。好きな花の話。夜空を彩っていた星の話。そのたびにコロコロと表情を変えて、屈託なく笑う貴女を見て、本当に素敵な人だなって思いました」

そういって彼は真剣な表情を浮かべて、私の頬に手を添えた。

「だから、あの時貴女と約束をしました。そして、今、約束通り貴女を迎えに来たんですよ」

脳裏にかつての記憶が流れ込んでくる。

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