辺境の契約魔法師~スキルと知識で異世界改革~

有雲相三

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第一章 幼少期編

36.初めての奴隷⑪

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「なるほどねぇ。これはちょっと予想外だわ」

 父さんから話を一通り聞き終え、お祖母様はソファーの背もたれにゆっくりと体を預けた。
 心なしか、先ほどよりも疲れが顔に出ている様だ。

「確かに。とんでもない話を聞いてしまいましたね」

 カインさんも同様にお疲れのご様子。
 しかし彼は話の途中で吹っ切れたのか、次はどんなとんでもない話が出てくるのかと楽しんでいるようにも見えた。

 そんな二人が、揃って俺に視線を送る。
 まぁこの話の中心は、どう考えても俺だ。
 ここまでは全てフィリップ父さんが話してくれたけど、俺も何か言っておいた方が良いのだろうか。

「えっと……二人とも、お茶のお代わりはいかがですか?」

 俺が冗談めかしてそう言うと、二人とも疲れた様に苦笑しつつ頷き、カップをミリーに預けた。

「……それにしても前世の記憶を持っているなんて、そんな不思議なこともあるのねぇ。あぁ勘違いしないで頂戴ね。別に疑っている訳じゃないわ。ただ、スキルを三つも所持しているのと何か関係があるのかと考えてしまってね」

 お祖母様の疑問に、俺は曖昧に笑って応えるしか出来ない。
 だって俺自身、その点については何も分かってはいないのだから。

「ごめんなさい。そんなことを聞かれても困ってしまうわよね。忘れて頂戴」

 そう言って、お祖母様も優しく微笑む。
 どうやら気を遣わせてしまったようだ。

「さて。では本題の話といきましょうか。つまりフィリップさんは、ブリオン王国から奴隷を補填することで、ビューノウ公爵の影響を少なくしたいと考えているということね?」

「はい。このままでは我テイルフィラー家はビューノウ公爵、延いては帝国の傀儡と化してしまうでしょう。確かにそれも帝国に属する貴族としては間違ってはいないのでしょうが……」

「そうね。そうなると、あちら側にとって間違いなくアルは邪魔になるでしょう。悪くて暗殺。良くても教会の神輿として、もしくは契約書作成の道具として、良いように使われるのが落ちでしょうね」

 やはりお祖母様も、俺の存在が大きすぎると感じている様だ。

「分かりました。奴隷の方は、ブリオン王国で何とかしましょう。それからフィリップさんが当主を目指すことを公にする際は、我リスパーダ家が正式に後ろ盾になることを約束します」

 断言するように発せられたお祖母様の言葉に、俺とフィリップ父さんは唖然とする。
 そんな俺たちを見て、お祖母様はしてやったりと愉快そうに微笑む。

「あら。少しは先ほどの仕返しが出来たかしら?」

「え、えぇ。驚きました……しかし大丈夫なのですか? そんなあっさりと決められてしまって……公爵ご本人に判断を仰いだ方がよろしいのでは……」

「あら、心外だわ。私が何の考えも無くこんなことをいう訳が無いでしょう。ここに来る際、夫からはこの件についての全ての権限はきちんといただいて来ているわ。それに奴隷の方も、アルの力があれば十分に対応できると考えているのだけれど。フィリップさんもそう判断したからこそ、こうやって話を持ち掛けてきたのでしょう?」

 お祖母様の言葉に、父さんは困ったようにこめかみを指で掻く。

「やはりお見通しですか……お義母様がおっしゃるように、契約書の方はこちらでご用意いたします。それらを用いて、奴隷の融通をお願いしたく考えています」

 二人の間では既に話が纏まっている様だが、俺はさっぱりついて行けていない。
 そんな俺の考えを感じ取ったのか、お祖母様が俺に優しく教えてくれた。

「つまりね。あなたの契約書を使えば、奴隷そのものの消費を減らすことが出来るのよ。奴隷の一番の死因は衰弱に依るものなの。農奴の管理は基本的にそこの管轄の者が行っているけれど、それはもう酷いものなのよ。いくら私たちが上から注意しても、基本的に奴隷は消耗品と考えられているから中々難しくってねぇ」

「……それを、契約書を使って強制的に正しく管理させると言う事ですか?」

「ふふ、やっぱりアルは賢いわね。その通りよ。奴隷そのものの消費を減らせばその分テイルフィラーに送ることが出来るし、そもそも同様の事をここでも行えば、奴隷の必要量も少なくて済むでしょう」

 なるほど。確かに奴隷が毎年何千人も死ぬなんて、少しおかしいとは思ってはいたが……てっきり魔物のせいかと思っていたけれど、管理の杜撰さが原因だったとは。

「でも、そんなことを管理者たちは了承するんですか? 今まで注意してきても改善が見られなかったのなら、納得しない者も多いんじゃ……」

「それは問題ないわ。管理者たちが厳しく奴隷を扱う一番の理由は、奴隷に反抗の意志を持たせないためなの。舐められない様、歯向かえない様、徹底的にいじめ抜くのね。それでも、毎年何人かの管理者は殺されてしまうんですけれど……でもこの契約書で歯向かうことを禁止させれば、その心配はないわ。代わりに最低限の生活と扱いは保証されるんですもの。反対するものはほとんど出ないと思うわよ」

「なるほど……もしかして父さんが言っていた秘策って、これのことなの?」

 俺の言葉に、少し恥じらう様に父さんが答える。

「そうだ。この契約書があれば、今の奴隷環境がガラリと変わるからな。まぁお義母様は、もっと色んなことにも有効活用するおつもりだろうけどね」

「あら、バレていたのね。そろそろ好き勝手する貴族たちをどうにかしてやろうと思っていたところなのよ。アルのおかげで、そいつらを正しい貴族として更生させられそうで安心したわ」

 そう言って、ホホホとお淑やかに笑って見せるお祖母様。
 どうやらお祖母様は、既にこの契約書を十二分に有効活用するつもりの様だ

「心配しないで。ちゃんと奴隷用の契約書とは別で、アルに対価は支払うつもりよ。あなたの熟練度を上げるためにも、バンバン契約をこなすつもりだから楽しみにしていて頂戴ね、アル」

 嬉しそうにそう言いながら、俺にウインクを送るお祖母様。
 俺たちの後ろ盾になってくれるのなら別に対価はいらないんだが……まぁ金はあって困るものじゃないし、ありがたく受け取っておこう。

 これから楽しくなるわね、と嬉し気に貴族の粛清、もとい更生プランを思案するお祖母様。
 その姿はまるで水を得た魚の様に生き生きとしており、この人だけは絶対に敵に回さないでおこうと俺は心に決めた。






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