鬱陶しい勇者が背後霊になった件

りん

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 頭痛が治まり、体調が快復したエイラの眼には、おかしなものが映るようになってしまった。

『おかしなものとは心外だなぁ』

 そのおかしなものは男の姿をしており、常にヘラヘラと薄ら笑いを浮かべながら、馴れ馴れしくエイラに話しかけてくる鬱陶しい存在だった。

『そんなこと言われてもねぇ? 表情なんて意識してないし、話しかけてるのは君が望んだからなんだぜ?』
「……いつ、わたしが望んだの」
『初めて会った時だよ』
「そんなこと、頼んでない」
『そりゃあ口に出して頼まれた訳じゃあないけどさ。僕って君の考えてることが分かるじゃん? 頼まれなくても察して行動してるんだ。良い男だろう?』

 実に恩着せがましい男だった。
 エイラが初めて彼を見た時、部屋に全く覚えのない人間がいるという初めての状況にパニックになった。その時、どういうことなのか誰か教えてほしい、というようなことを考えた記憶はある。だが、それを話しかけてほしいのだと解釈されるのは納得がいかない。

『いやぁだって、僕のことを説明できるのは僕だけだろう? なんせ、僕が見えるのは君だけなんだから』

 そう、このおかしな男はエイラにしか見えない。そうでなければ、王女の部屋に許可なく居座るような存在は瞬く間に排除されることだろう。
 エイラにしか見えず、されどエイラにすら触ることすらできないが為に、男はここに存在することを許されていた。

『言い方怖ぁ……』
「もう、うるさい! 勇者様なら人の嫌がることしないで!」

 エイラが怒鳴っても、男、初代勇者ウィレームは全く堪えた様子はなく、けらけらと笑っていた。
 その姿に、エイラは頭痛が再発したような錯覚を覚えながら、初めて彼が見えた時のことを思い出していた。

『おっ、これ回想ってやつ?』
「ちょっと黙ってて」



 ◆



 エイラの頭痛が治まり、なんとか頭を上げることができるようになると、寝込んでいた時に傍で泣き喚いていた侍女はまたも泣き出してしまった。
 しかし、それに構っている余裕は相変わらず彼女にはなく、むしろいい加減喧しかったので、何か胃に入れられるものを頼み、部屋から追い出した。

『ひっどいこと考えてるねぇ……もうちょっとあの子に感謝した方が良いんじゃない?』
「…………ぇ?」

 寝ぼけて聞こえた幻聴にしては、やけにはっきりと聞こえた。

『おっ、やっと気付いた? エイラ・フォン・アレイアスちゃん?』
「ぅ、ぁっ」
『んー、なんて言った? 聞こえるように言ってくれない?』

 錆びたノブを回すようなぎこちない動作で、ゆっくりと声の主の方へ顔を向け、目が合った。

『やぁ、初めまして。僕の名前はウィレーム。
 初めましてでなんだが、おめでとう、エイラちゃん。
 世界最悪の貧乏くじ、今代の勇者は君だ』

 理解できない状況に、エイラの脳は限界を迎えた。

「きゃぁあああああああああああああ!!!」

 その後のことは、説明するのも億劫だ。
 とはいえ、難しいことはない。悲鳴を聞きつけた護衛が部屋に飛び込んできて何も居ないことを確かめ、叫び続けるエイラを侍女が宥めた。しかし、一向にエイラが落ち着くことはなく、見えない男を指差して、その存在を訴える。
 だが、いくら護衛や侍女といえど、見えぬものを排除できるはずもない。結局、エイラのそれは病み上がりに見た幻覚、ということになった。

 けれど、エイラが落ち着いた後も、男は幻覚のように消えることはなく、ずっとそこにいた。



 その後、適当な理由をつけて侍女たちを部屋から追い出し、一人、もとい二人になったエイラは、ウィレームと名乗る男に話しかけた。

「あの、ウィレーム、様」
『様なんてつける必要はないよ。呼び捨ててくれれば良い。それでなんだい、エイラちゃん?』

 軽い口調に力が抜けた。
 が、力を入れ直し、改めて口を開く。

「……ウィレームは、なんなの?」
『なんなの、とは。抽象的な質問だねぇ。まぁ言いたいことは分かるから説明しよう。
 改めて、僕はウィレーム。君に分かりやすく言うなら、初代勇者だよ』

 この世界でその名を知らない者は多くない。というよりも、知らないのは言葉の分からない赤子くらいだろう。
 教会の神父が、酒場の吟遊詩人が、或いは母親が寝物語で、そこかしこで初代勇者の物語は語られる。

 当然ながらエイラもその物語は知っている。もっと言えば大好きであったし、尊敬もしていた。それに、字を覚えるための教材に使っているのも、その物語だ。

『そうなんだ、照れるね』
「……本当に、勇者様なの?」
『あぁ、そうだよ』

 ウィレームはほんのりと笑みを浮かべ、己が世界で最も重い称号を持つ者であると肯定してみせた。

『そうは言うけど、君だって今日からはその称号を持つことになるんだぜ?』
「……へ?」
『おいおい、さっき聞いてなかったのかい? 今代の勇者は君なんだよ。エイラ・フォン・アレイアスちゃん』

 先ほどはまともに聞いていなかった言葉。
 物語の、最後の一節が頭を駆ける。

「〈勇者ウィレームの魂は廻り、いずれまた生まれ落ちる。そして魔王を討ち果たすだろう。〉」
『……そう云われてるらしいね』
「わたしが、生まれ変わり……ってこと?」
『そうといえばそうだし、違うといえば違うって感じかな』
「……どういうこと?」

 エイラが首を傾げると、ウィレームは少しだけ真剣な顔になる。

『この話を聞くと、君は勇者を尊敬できなくなるかもしれない。神様を信じられなくなるかもしれない。本当に、それでも聞きたいかい?』

 それは、今までの軽い口調や言葉とはどこか違う、熱のこもった言葉だった。

「……聞きたい」

 よく考えてから、エイラは口を開いた。
 神様を信じられなくなるのは、少し怖い。勇者を尊敬する気持ちは、ウィレームを見て既にちょっと萎えているが、消えたわけではない。
 だがそれでも、聞くべきだと思ったのだ。

『はは……ちょっとひどいな。まぁ、いいや。なら話してあげるよ』
「お願いします」
『じゃあ結論から言うけど、君は僕の生まれ変わり、転生者ってやつじゃあない』
「え」
『そもそも、僕の生まれ変わりなんていないし、もっと言えば魂なんてものがあるのかも僕は知らない』

 唐突に、エイラの予想は完全に否定された。

「で、でも二代目様や三代目様は」
『あぁ、彼らは僕の記憶を持っていた。それも当然だよ。だって、彼らも僕なんだから』
「……え?」

 困惑するエイラなど見えていないかのように、ウィレームは語り続ける。

『勇者という機構システムは、簡潔に言えば初代勇者僕を最高効率で使ためのものだ。仕組みも別に複雑じゃない。
 魔王が出てくる頃に、そのとき最も肉体的な戦闘適性が高い、言い換えれば才能のある人類種の子供の脳に、僕の記憶を植え付ける。たったそれだけ』
「――――」
『人を形作るのは記憶だ。だから、それによって幼い子供の人格は僕の記憶に塗り潰されて消え、僕だけが残る。その子供が聖国で身体を鍛えれば、最高峰の才能を初代勇者の技術で動かす次世代勇者の完成だ』
「――――」
『それを為しているのが神様で、僕はそれを受け入れている。まぁ話したこともないんだけどね。
 以上が勇者の全てだよ。何か質問は?』

 絶句していた。尊敬していた勇者の在り方に。それを受け入れるウィレームに。

「で、でもわたしは」
『そう、君は君を保っている。信じられないことだけどね。おそらくだけど、無意識に僕の記憶を参照して、精神系の魔術を使ってその記憶ごと封印、自分を保護したんだろう。一瞬でも記憶を受け入れて、塗り潰されずに耐えられる我の強さもある。いや、大したものだよ、実際』
「大したものって……」
『皮肉とかじゃなくて、そのままの意味さ。瞬間的に記憶を読み取って魔術を編むその才能も、人格の汚染に耐える我も、正しく勇者に選ばれるに相応しいとも。ただ、今の君の言動を見るに、完全に封印できてるわけではないんだろうね』
「……どういうこと?」
『自覚はないのかい? 君はまだ五歳になったばかりなんだぜ? それにしては、僕の説明をすんなり理解しているし、やけに難しい言葉を知っている。参照なんて言葉、先週までの君は知っていたのかな?』

 言われてから、はたと気付いた。
 エイラは、まだ字を覚えるための勉強をしている。それほど物覚えが良くもなかったため、今は基本文字を書くのが精一杯といった具合だった。それに、そもそも勉強自体好きではなかったから、難しい言葉もよく知らない。
 もっと言うのなら、こんなに長く人の話を聞くこと自体できなかった。

『多分、封印できたのは思い出なんかの人格に影響の出る部分だけで、知識なんかはある程度残ったんだろう。気の毒だけど、君は今後も君のままだ』
「気の毒?」
『あぁ、この上ないくらいね。だって君は、君のまま魔王を倒さないといけないんだから。どちらにしてもって感じではあるけれど、僕に任せて消えてしまった方がずっと楽だったと思うよ』

 この上ないほどに憐みに満ちた言葉。

「殿下、失礼いたします」

 それを理解しきる前に、寝たきりだったエイラの身体を拭くため、侍女が部屋に入ってきた。
 そして、肩に浮かび上がった紋章が発見されたことで、城中が大騒ぎになり、エイラがウィレームと二人きりで話す時間は得られなくなってしまった。
 そのため、この話は有耶無耶になった。

 そうして時間は現在へと戻る。



 ◆



 思い出してみても、エイラが彼に話しかけてほしいと考えた記憶はなかった。

『んー、そうだったっけ?』

 あの後、エイラが侍女や両親と話している間にも、ウィレームは茶々を入れてきていた。
 エイラが話せないのを良いことに、からかうような、彼女が言い返したくなるような内容が殆どで、口を開く度にエイラの神経を逆撫でてくれた。
 まぁ、それは二人きりのときでも変わらないのだが。

「もうやだぁ……全部あなたのせいよぉ」
『何がー?』
「今いらいらしてるのも、勇者になったのも、聖国に行くことになったのも」
『最初以外は割と本当にそうだから言い返せないねぇ……』

 最初のもウィレームのせいではあるのだが、彼がその自覚を持つのは難しいようだ。

『まぁ、なんだい? 勇者に選ばれたってことは、才能は保証されたようなものだからさ。ちょっと鍛えたらすぐ強くなれると思うよ?』
「そんなの嬉しくない」
『女の子だもんねぇ……でもほら、勇者にも憧れてたんだろう? 魔術とか使ってみたくないかい? 僕、自慢じゃないけど実質長生きみたいなものだから、そういうの教えるの得意なんだよ』

 しかし、その言葉には少しだけ心をくすぐられた。
 エイラもいずれ教養として魔術は教わる予定ではあったが、文字を覚え、もう少し分別がつくようになるまで、あと三年ほどはお預けのはずだった。
 図らずしも文字は覚えられてしまったし、分別はどうか分からないが、少なくとも今までよりは余程あることは間違いない。
 そんなふうに理論武装を済ませ、エイラは喜色をにじませながら言った。

「教えてくれるの?」
『急に元気になったね。うん、現金で結構だ。扱いやすいのは美点だよ』
「うるさい! それで教えてくれるの?」
『もちろん、僕から言い出したことだからね』

 見ているエイラが若干不安になるほど笑みを深めたウィレームが、滔々と魔術について語り始める。

『魔術っていうのは、簡単に言うと魔力を用いて現実を捻じ曲げる技術のことだ』
「捻じ曲げる?」
『例えばそうだな、このインク壺を持ち上げて、手を離したとしよう。どうなると思う?』
「落ちる」
『そう、真っ逆さまに落下する。これが現実だ。それを落下しなかったことにするのが、現実を捻じ曲げる魔術なんだよ。
 一般的な魔術であればそうだな、【発火マッチ】で考えてみよう。あれは指先だとかの指定した場所に火を熾す魔術なんだけど、本来その場所には火なんて存在しない。それを、火が、という現実を、火が、という非現実に捻じ曲げる。それが魔術だ』

 ウィレームの説明は、正直なところ分かりやすいものではなかった。だが、エイラの頭はその説明を何故かすんなりと理解していた。おそらくはこれが、封印できていなかった部分の記憶だからなのだろう。
 自分のものではない記憶が自分の中にあると考えると、中々に薄気味悪い気分ではあったが、エイラは自分を維持できているし、役に立つのであれば問題はない。
 そう判断して、エイラは自分を納得させた。

 それ自体が、既に彼の記憶の影響を受けたが故のものであると、彼女はきっと気付けない。

『ただ、魔術は決して万能じゃない。なんでもできるわけじゃない、というのも勿論だけど、それ以上に大きいのが維持の問題だ。
 魔術は発動させて終わりじゃあない。捻じ曲げた現実には、常に本来の現実に戻ろうとする力が働く。曲げたものが元に戻ってしまえば、当然インク壺は落ちるし、火も消えてしまう。それが及ぼした影響までは消えないけれどね。
 ともかく、それを防ぐには、戻ろうとする現実を更に魔術で押し留めなければならない。これが魔術における維持なんだけど……まぁその辺はやってるうちになんとなく分かるようになるから、あまり気にしなくても良い。
 さて、蘊蓄はこの辺にして』
「……!」
『昼寝の時間にごめんごめん嘘だからそんな怖い顔しないでごめんって』

 こほん、と気を取り直すようにわざとらしくウィレームが咳き込んだ。

『じゃあ、早速魔術を使ってみよう。屋内だから風系統の【微風ウィンド】辺りが良いかな』
「どうやるの?」
『君ならやり方なんて聞かなくても、なんとなくでできると思うよ。もっと難しい魔術を無意識レベルで使ってたんだし。強いて言うなら、風を浴びる感覚を想像しながら、身体の魔力を外に出すって感じかな』

 相変わらず分かりにくい説明ではあったが、できない、とは思わなかった。
 それがウィレームの記憶の影響なのか、エイラの才能の証明なのか。実際のところは分からない。
 だが。

「おぉ……!」
『へぇ、本当にできちゃったか……』

 頬を軽く撫で、薄いカーテンを揺らす風、部屋の換気程度にしか使えない簡素な魔術だ。
 しかし、それは才ある者が術式を学び、幾度かの失敗を重ね、ようやく発動させるものである。

 だが、それはエイラにとって容易いことだった。
 それだけは間違いない。
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