悪女令嬢に転生したので、ヒロインを破滅させてでも幸せになってみせる

りん

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一章

5.氾濫

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 実は貴族という奴は、皆自分の領地を持っている。
 その領地で納められる税金が貴族という仕事における収入となるわけだ。
 もちろんそれ以外にも商売をやっていることはあるが、基本的な収入はそれである。
 そして、その領地の広さと立地は基本的に爵位、つまりは偉さと比例する。

 私の家はそれなりに、というかかなり偉い公爵家だ。
 それ故、王都の比較的近くに領地を持っている。
 大きさは程ほどなのだが、人口は王都に近いだけあって多い方である。
 しかし、そんな領地で私たち親子が過ごす時間は長くない。
 管理は部下に任せきり、という程でもないのだが、あまり関わってはいないのだ。

 とはいえ、全く関わらずにはいられないし、トップとして領地に戻らなければ片付けられない仕事もある。
 それこそ電話なりメールなりがあればそんなこともないのかもしれないが、残念ながらこの世界にそんなものはないのだ。
 というわけで、今私たち親子は領地に帰って来ている。
 過ごした時間を考えると、訪れると言った方が正しい気もするが、まあ上京した親子が地元の実家に帰ってくるようなものである。
 旅については割愛しよう。
 馬車で三日ばかり掛かったが、この世界的には長い旅路でもないしドラマもなかった。

 さて、そんな帰省だが、正直なところ私は来たくなかった。
 父が一人で帰るのを嫌がったのと、私を王都に一人にするのは外聞がよろしくないために、母と私もついでに連行されてしまった。

 来たくなかった理由は反抗期とかではなく、彼に会えなくなるからだ。
 距離の問題で、今までほど気軽に会えないのはもちろんだが、一度帰省すると半年は王都に帰れない。
 クラウスとの連絡の調子もあまり良くない、というよりは必要な魔力量が跳ね上がっているような感覚だ。それを知れたのは良かったが、それだけならもう十分なので帰りたい。

 露骨にテンションの低い私を体調不良とでも判断したのか、部屋に閉じ込められてしまったし、暇で仕方がない。
 暇つぶしに水で遊んでいても、すぐに飽きる。
 本はあるが勉強するような気分でもない。
 ずっと寝ているのも不健康だが、何をするのも億劫だ。

 何もしたくない気分、というやつだ。
 今世ではなんだかんだ初めての感覚かもしれない。
 色々やることもやりたいこともあり、何よりも彼が居た。
 私が今頑張っているのは、全て彼と結婚するためと言っても過言ではない。
 別に二度と会えないわけでもなければ、婚約を破棄されたわけでもないというのに、モチベーションの低下は深刻だ。
 会えない、というだけで信じられないほどに気分が落ち込む。

 今までで彼と会わなかった期間は、最長でも一月ほどだ。
 だというのに、既に半年会えないことが確定しているのは、あまりにも惨い話だ。
 お陰で闇魔法の魔力が溢れて止まらない。
 抑える練習にはなるが、こんな機会じゃなくてよかった。

「はぁ…………あ?」

 溜息に呼応してか、魔力の勢いは留まることを知らず、更に溢れ出した。

 ちょっと、まずいかもしれない。
 本格的に魔力が溢れてきた。
 今まで本当に限界に至ったことはない。その前に発散する機会があったからだ。
 もしも限界に至った時、どうなるかは私にも分からない。
 ただ、碌なことにならないことだけは分かる。

「ん、あれ」

 抑えきれない。
 周囲がほんの少し薄暗くなった。魔力が溢れた時に起こる最初の現象だ。
 これだけなら茶会の時と同じだが、まるで魔力が収まらない。
 流石に屋敷の中で暴走するようなことがあってはまずい。
 私の魔法だとバレる危険性があるのはもちろん、暴走の方向性によっては全滅してもおかしくはない。

 私にできたのは、魔法で自分の身を隠し、屋敷を飛び出すことだけだった。



 屋敷を飛び出し、街からも逃げ出し、郊外の森までやってきた。
 影で自分を掴んで吹っ飛ばすという、かなりの力技で移動したせいで、全身が痛い。
 スピードは申し分ないのだが、減速と着地に失敗すると死ぬので、余程の緊急時でもなければ二度と使わないと思う。

 しかし、移動にもそれなりの魔力を使ったというのに、魔力は少しも収まらない。

 今いる場所が森の木陰だということを加味しても、周囲は真夜中の如き暗さだ。
 影に魔力を送り続け、動かすことで多少魔力は消費しているが、全く追いついていない。
 魔力の漏出は止まらず、周囲に満ちる魔力が残った光を食い散らかしていく。

「ぐ……」

 最早この場所が周囲からどう見えているのかも分からない。
 というか、自分でも周りが見えない。
 影や闇を媒介に状況は伝わっているものの、目が仕事をしていない。
 苦痛自体は感じていないことだけは幸いだが、このままでは家にも帰れないだろう。
 と思ったが、そうだ。



 全員洗脳してしまえば別に問題あるまい。



 脳裏を掠めていった思考に怖気が走った。

「っふー……」

 なるほど、これが精神汚染というやつか。
 碌でもない考えがこびりついて離れない。
 前は都合が良いと思ったが、前言撤回だ。人間社会で生きるにはあまりにも都合が悪い。
 思い付いても実行しなければ良いだけの話ではあるが、今実行せずにいられているのは、あくまでも私の以前の価値観が残っているからだ。
 事実、今の私はこれを実行するのにあたっての心理的なハードルを何も感じていない。
 だというのに、この社会ではうっかり一度でも実行し、それがバレてしまえば即アウトである。

 忌々しい話だ。

 そんな感情に引っ張られ、更に魔力が溢れる。
 最早自分の身に収めるのは諦めかけていたが、本格的に無理そうだ。

「……もう、いいか」

 魔力が収まっている身体の部分は、水瓶に似ていると思っている。
 普段は瓶に蓋をしてしまっているのだが、今は瓶の底から水、つまりは魔力が溢れ、蓋の隙間から零れてきている状態だ。
 ついさっきまでは、力を振り絞って蓋を抑えていたわけだが、もうやめた。

 蓋をぽいと放り投げ、私は水瓶をひっくり返した。



 ◆



 幾分すっきりした気分で屋敷に戻ると、どうやら何か騒ぎがあったらしく、侍従たちが忙しなく動いていた。
 私の不在が原因ではないだろう。
 彼らは今、私のことを意識できない筈だから。

「どうしたの?」

 魔法を解き、侍従の一人に白々しく問いかけた。

「あ、エイラ様? 何故こちらに……」
「さっきまで部屋で休んでいたのよ。それで、何があったの?」
「そ、それが」

 どうやら、森の一部が突然消えてしまったらしい。
 窓から見えるとのことで、私も確認してみれば、確かに森の中心部にぽっかりと大きな穴が開いているのが見えた。
 クレーター、というには少し大人しい破壊痕は、遠い異世界であればミステリーサークルとでも呼ばれたかもしれない。

「新種の魔物の仕業かもしれません。エイラ様も、早く避難をお願いします」

 侍従に促され、私は屋敷の奥にある街の外へと繋がった脱出路がある、父の執務室へと向かった。
 それが、何の意味もないことだと知りながら。
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