4 / 16
序章
3.急変
しおりを挟む
唐突だが、世界的に見て、日本は治安が良いとされている。
実際、それは事実だ。
例えば保護者不在の状態で、子供が公園などで遊べる国は……いや、遊んでも何事もなく家に帰れることが多い国は、世界的に見ても少ないらしい。
まあそんな客観的なデータなどなくても、世界のニュースを見ていれば、何となく察せられるだろう。
「あぁ、日本に生まれて良かった」
なんて、そんな台詞を聞いたのは、一度や二度ではないだろうから。
◆
鼻に突く鉄錆の臭い。
どうしようもないほど不快なわけでもないが、ずっと嗅いでいると気分が悪くなりそうだ。
後ろ手に縛られた麻縄が食い込んで痛い。これ、痕が残る気がする。
溜息を吐こうにも、布を嚙まされているせいでできそうにない。
あと、殴られた頬も普通にジンジンと痛い。血の味がするから、多分口の中が切れている。
総評としては、最悪な気分だ。
今日は、いつも通りの日だった。
朝からアウラがやってきて、今日も街に出るというからその準備をした。
沢山の護衛と少しの侍女を付けて、馬車に乗り込んだ。
どこかのお店で降りて、値段を見たり商品の品質の目利きをしたりと、楽しい時間を過ごしていた。
それから再び馬車に乗り込んで、家に戻ることになった。
それなのに、家に戻るだけだったはずなのに、気付けば馬車は家とは違う方向に向かっていた。
最初に違和感に気付いたのは、当然ながら護衛だった。
どこへ向かおうとしているのかと御者に尋ねると、彼は当然のように家に向かっていると答えた。方向が違うことを問えば、その道は今立ち往生していて時間がかかるから、こちらの道を通っていると言った。
そんな話をいつの間に聞いたのかは分からなかったが、護衛も侍女もアウラも私も、誰一人疑うことはなく、馬車は御者の思うように進んでいった。
しかし、進む馬車はどんどん家から遠のいていく。
そしていよいよおかしいと、そう思った時には何もかも手遅れだった。
馬車の外を着いてきていた護衛たちが消えていた。
そのことに気付いた直後、馬車が止まり扉をこじ開けて男たちが押し入ってきた。
手には短刀だかナイフだかを持っており、少なくとも茶でも飲みながらの歓談が目的でないことは一目で分かる。
当然、護衛たちは撃退するべく動いたが、彼らは実に無能なことに、馬車の中で振り回せるような取り回しの良い武器を持っていなかった。
振りかぶれば天井にぶつかる長剣は役に立たず、魔法を用いる者もいたが、私たちを巻き込まず男たちを退けるには、少々技量が不足していたのだ。
結果として、少なくない給金で雇われていたはずの護衛たちは瞬く間に地に伏した。
残ったのは、戦う力など欠片も持ち合わせていない私をアウラだけ。
抵抗できるはずもなく、私たちはなすすべもなく縛り上げられ、馬車の中に転がされている。
ちなみに殴られたのは縛られる時に抵抗したからだ。やらなきゃ良かったと後悔している。
パッと現状に至るまでをまとめてみたが、中々に絶望的だ。
こんなところで死ぬつもりはさらさらないので、どうにか脱出しなければ。
差し当たって、実は縄自体は解こうと思えば解ける。魔法で氷のナイフ……は精度的に難しいが、鋸のような刃物を作れば多分切れるだろう。詠唱が必要ない世界観で良かった。
今は切ったところで逃げられる気がしないので一先ずは大人しくしている。
さて、他にできることもないので、少し頭を使っていこう。
具体的には、犯人の動機の考察と、こんな展開がゲーム本編にあったのかを。
まず後者の疑問だが、なかったとして考えるべきだ。
ゲームでも過去の出来事としてエイラが事件に遭った可能性は否定できない。所詮は舞台装置的な役回りのキャラだ。細かく過去なんて描写されていない。
だが、もしもこれが史実だとすると、私は生還できるということになる。
だってそうだろう。未来にいるということは、死ななかったということなのだから。
だから、その場合は脱出方法も犯人の動機も何も考える必要はない。何も考えず寝ていれば家に帰れるだろう。
しかし問題は、私がエイラになったことによる弊害、バタフライエフェクトとしてこの事件が起こっていた場合だ。
この場合、寝ているような余裕はない。ゲームと違うということは、未来が変わるということなのだから。何とかなったという実績が存在しない以上、命の保証など爪の先ほどもないのだ。
だから、私はこの事件はゲームでは起こらなかったこととして考える。
常に最悪を想定しろ、とは誰の言葉だったか。
現状でなくとも金言である。
いついかなる時でも、準備し過ぎて悪いことなど一つもないのだ。
そして次に、犯人の動機だ。
これはまあ、不明だが予想はできる。
まず確実に、ただの物盗りの犯行ではない。貴族の馬車に手を出すような頭の悪い命知らずな物盗りはいないし、いてもすぐにしゃれこうべになって広場にでも飾られることになる。
初犯の可能性もあるが、それにしては手際が良い。身代金なんて無事に受け取って逃げ切れるとは思えない以上、アウラや私を生かす理由もあまりなさそうだ。可能性としては低いだろう。
次に考えられるのは……というか一番可能性として高いのは、暗殺者だ。
手際の良さに納得できる上、雇い主も色々と考えられる。
例えば、王太子殿下との婚約を快く思わないやつとか、そもそもフォーレンス家が邪魔だったり恨みがあったりとか。
私を殺さないのは、雇い主が交渉材料にでも使うためにそういう条件を付けたのだろう。
しかし、もしこの予想が当たっているとすると、命自体は助かる公算が結構ありそうだ。
それ自体は大変良いが、もし帰す条件に婚約解消とかそんなものがあれば話が変わる。
死ぬよりは良いかもしれないが、彼と結婚できなくなるのは駄目だ。認められない。
やはり、どうにか逃げ出すべきだ。
そんな結論を出した時だった。
ぞろぞろと、先ほど護衛たちの命を奪った男たちが馬車に入って来た。
その中には、見覚えのある御者も混ざっている。
傷も縛られた様子もなく、下卑た笑みを浮かべているのがこの上なく不快だ。
「これか?」
男たちの先頭に立つ浅黒い肌の男が、尊大に問いかけた。
「はい、小さい方です」
答えたのは御者だ。
小さい方、とは、私を指しているのだろう。
浅黒い男がじろりと無遠慮に視線を向けてきた。不快だったが、口も利けない私にできる抵抗はない。一応睨んでみたが、鼻で笑われた。お前マジで覚えてろよ。
「こっちのは?」
「家庭教師です。一応貴族ですので、生かしておきました」
ふうん、とつまらなそうに相槌を打ち、浅黒い男がアウラを見下ろす。
「家名は」
「ウィントです」
「木端だな」
直接的な侮辱に、見下ろされるアウラが低く唸る。
それに大したリアクションも見せず、浅黒い男が猿ぐつわを外すように命令した。
「貴方、私やこの方を誰だと思っているのですか!? フォーレンス公爵家の御方と知っての狼藉……」
アウラの言葉は、最後まで続かなかった。
面倒そうに首筋を掻く浅黒い男が、彼女の腹を蹴り飛ばしたからだ。
咳き込むアウラを気にかけることもなく、男が問いかける。
「ウィント、歳は」
「げほっ……誰が」
言い切らせず、再び男のつま先がアウラを打ち抜いた。
「歳は」
しかし、咳き込み続ける彼女には答えることができなかった。
気だるげに、男が再び足を持ち上げる。
「んー!」
それを邪魔するように、否、邪魔するために、私は声を挙げた。
男たちの視線を引き寄せて、私は猿ぐつわを噛むようにあぐあぐと口を動かした。
浅黒い男の目が、興味深げに彩られる。
「外してやれ」
その一声で、私の言葉を奪っていた縛めはあっさりと外された。
口が開きっぱなしだったせいで、微妙に顎が痛い。が、そんなことを気にかけている暇はない。
「何の用だ、お嬢様」
「貴方が口下手で見ていられませんでしたから、その人の歳を教えて差し上げようと思いまして」
「ほう……いや、これは申し訳ない。貴族のマナーとやらには疎くてな」
私の言葉に、男は口角を吊り上げた。
「で、お嬢様の家庭教師はおいくつなんだ?」
「……24歳です。もう少し、丁重に扱って差し上げてください」
「ふうん、行き遅れか……まあ、お言葉には従っておこう。良い教育をしたな、先生」
皮肉気にそう言って、男は馬車を出ていった。
そして私たちは男たちに馬車の外、彼らの拠点と思しき建物に連れ込まれた。
案内されたのは鉄格子で区切られた一室……どうみても牢屋だった。
「随分立派な客室ですね」
そんな軽口を叩いてみたが、男たちは反応してくれなかった。
それが客に対する態度かよ。お客様は神様という言葉を聞いたことがないのだろうか。多分ないわ。
「早く入れ」
「わっ」
乱暴に牢屋に押し込まれたせいで、躓いて転んだ。
冷えた石材の床が丁重に迎えてくれたお陰で、何とか怪我はせずに済んだようだ。
でも背中を押してきたやつの顔は覚えた。エイラ、うらみ、わすれない。
「お嬢様、お怪我はありませんか?」
「……平気です」
まさか、アウラの声が癒しになることがあるとは。
人生は分からないものである。
「先ほどは……助けて頂いて、ありがとうございました」
浅黒い男とのやり取りの話だろう。
「大したことはしていませんよ」
「いえ、大変勇気のいる行動でした」
褒められて悪い気はしないが、状況が状況だけに何とも言えない気分だ。
そもそも、あれを助けたというのかもよく分からない。
「ですが……私が言えたことではありませんが、もう少し御身を大切にしてください。肝が冷えました」
「……あぁ、うん、そうですね」
あまり意識していなかったが、あのまま私が標的にされていた可能性はある。
そう考えると、黙って見ているのもアリだったのかもしれない。とはいえ、それが正解だと言いたくはないけれど。
しかし、リスク管理的には良くない行動だった。反省しよう。
「……お嬢様」
「何ですか?」
「もし無事に帰れたら、また茶会をいたしませんか?」
「……良いですね。確か、お母様の秘蔵のクッキーがありましたから、それも出してもらいましょうか」
他愛のない会話。
心のどこかで、何かフラグっぽいな、なんて考えたのがいけなかったのか。
この直ぐ後、アウラは牢屋から連れ出されていった。
冷たいこの部屋に、私一人だけを残して。
実際、それは事実だ。
例えば保護者不在の状態で、子供が公園などで遊べる国は……いや、遊んでも何事もなく家に帰れることが多い国は、世界的に見ても少ないらしい。
まあそんな客観的なデータなどなくても、世界のニュースを見ていれば、何となく察せられるだろう。
「あぁ、日本に生まれて良かった」
なんて、そんな台詞を聞いたのは、一度や二度ではないだろうから。
◆
鼻に突く鉄錆の臭い。
どうしようもないほど不快なわけでもないが、ずっと嗅いでいると気分が悪くなりそうだ。
後ろ手に縛られた麻縄が食い込んで痛い。これ、痕が残る気がする。
溜息を吐こうにも、布を嚙まされているせいでできそうにない。
あと、殴られた頬も普通にジンジンと痛い。血の味がするから、多分口の中が切れている。
総評としては、最悪な気分だ。
今日は、いつも通りの日だった。
朝からアウラがやってきて、今日も街に出るというからその準備をした。
沢山の護衛と少しの侍女を付けて、馬車に乗り込んだ。
どこかのお店で降りて、値段を見たり商品の品質の目利きをしたりと、楽しい時間を過ごしていた。
それから再び馬車に乗り込んで、家に戻ることになった。
それなのに、家に戻るだけだったはずなのに、気付けば馬車は家とは違う方向に向かっていた。
最初に違和感に気付いたのは、当然ながら護衛だった。
どこへ向かおうとしているのかと御者に尋ねると、彼は当然のように家に向かっていると答えた。方向が違うことを問えば、その道は今立ち往生していて時間がかかるから、こちらの道を通っていると言った。
そんな話をいつの間に聞いたのかは分からなかったが、護衛も侍女もアウラも私も、誰一人疑うことはなく、馬車は御者の思うように進んでいった。
しかし、進む馬車はどんどん家から遠のいていく。
そしていよいよおかしいと、そう思った時には何もかも手遅れだった。
馬車の外を着いてきていた護衛たちが消えていた。
そのことに気付いた直後、馬車が止まり扉をこじ開けて男たちが押し入ってきた。
手には短刀だかナイフだかを持っており、少なくとも茶でも飲みながらの歓談が目的でないことは一目で分かる。
当然、護衛たちは撃退するべく動いたが、彼らは実に無能なことに、馬車の中で振り回せるような取り回しの良い武器を持っていなかった。
振りかぶれば天井にぶつかる長剣は役に立たず、魔法を用いる者もいたが、私たちを巻き込まず男たちを退けるには、少々技量が不足していたのだ。
結果として、少なくない給金で雇われていたはずの護衛たちは瞬く間に地に伏した。
残ったのは、戦う力など欠片も持ち合わせていない私をアウラだけ。
抵抗できるはずもなく、私たちはなすすべもなく縛り上げられ、馬車の中に転がされている。
ちなみに殴られたのは縛られる時に抵抗したからだ。やらなきゃ良かったと後悔している。
パッと現状に至るまでをまとめてみたが、中々に絶望的だ。
こんなところで死ぬつもりはさらさらないので、どうにか脱出しなければ。
差し当たって、実は縄自体は解こうと思えば解ける。魔法で氷のナイフ……は精度的に難しいが、鋸のような刃物を作れば多分切れるだろう。詠唱が必要ない世界観で良かった。
今は切ったところで逃げられる気がしないので一先ずは大人しくしている。
さて、他にできることもないので、少し頭を使っていこう。
具体的には、犯人の動機の考察と、こんな展開がゲーム本編にあったのかを。
まず後者の疑問だが、なかったとして考えるべきだ。
ゲームでも過去の出来事としてエイラが事件に遭った可能性は否定できない。所詮は舞台装置的な役回りのキャラだ。細かく過去なんて描写されていない。
だが、もしもこれが史実だとすると、私は生還できるということになる。
だってそうだろう。未来にいるということは、死ななかったということなのだから。
だから、その場合は脱出方法も犯人の動機も何も考える必要はない。何も考えず寝ていれば家に帰れるだろう。
しかし問題は、私がエイラになったことによる弊害、バタフライエフェクトとしてこの事件が起こっていた場合だ。
この場合、寝ているような余裕はない。ゲームと違うということは、未来が変わるということなのだから。何とかなったという実績が存在しない以上、命の保証など爪の先ほどもないのだ。
だから、私はこの事件はゲームでは起こらなかったこととして考える。
常に最悪を想定しろ、とは誰の言葉だったか。
現状でなくとも金言である。
いついかなる時でも、準備し過ぎて悪いことなど一つもないのだ。
そして次に、犯人の動機だ。
これはまあ、不明だが予想はできる。
まず確実に、ただの物盗りの犯行ではない。貴族の馬車に手を出すような頭の悪い命知らずな物盗りはいないし、いてもすぐにしゃれこうべになって広場にでも飾られることになる。
初犯の可能性もあるが、それにしては手際が良い。身代金なんて無事に受け取って逃げ切れるとは思えない以上、アウラや私を生かす理由もあまりなさそうだ。可能性としては低いだろう。
次に考えられるのは……というか一番可能性として高いのは、暗殺者だ。
手際の良さに納得できる上、雇い主も色々と考えられる。
例えば、王太子殿下との婚約を快く思わないやつとか、そもそもフォーレンス家が邪魔だったり恨みがあったりとか。
私を殺さないのは、雇い主が交渉材料にでも使うためにそういう条件を付けたのだろう。
しかし、もしこの予想が当たっているとすると、命自体は助かる公算が結構ありそうだ。
それ自体は大変良いが、もし帰す条件に婚約解消とかそんなものがあれば話が変わる。
死ぬよりは良いかもしれないが、彼と結婚できなくなるのは駄目だ。認められない。
やはり、どうにか逃げ出すべきだ。
そんな結論を出した時だった。
ぞろぞろと、先ほど護衛たちの命を奪った男たちが馬車に入って来た。
その中には、見覚えのある御者も混ざっている。
傷も縛られた様子もなく、下卑た笑みを浮かべているのがこの上なく不快だ。
「これか?」
男たちの先頭に立つ浅黒い肌の男が、尊大に問いかけた。
「はい、小さい方です」
答えたのは御者だ。
小さい方、とは、私を指しているのだろう。
浅黒い男がじろりと無遠慮に視線を向けてきた。不快だったが、口も利けない私にできる抵抗はない。一応睨んでみたが、鼻で笑われた。お前マジで覚えてろよ。
「こっちのは?」
「家庭教師です。一応貴族ですので、生かしておきました」
ふうん、とつまらなそうに相槌を打ち、浅黒い男がアウラを見下ろす。
「家名は」
「ウィントです」
「木端だな」
直接的な侮辱に、見下ろされるアウラが低く唸る。
それに大したリアクションも見せず、浅黒い男が猿ぐつわを外すように命令した。
「貴方、私やこの方を誰だと思っているのですか!? フォーレンス公爵家の御方と知っての狼藉……」
アウラの言葉は、最後まで続かなかった。
面倒そうに首筋を掻く浅黒い男が、彼女の腹を蹴り飛ばしたからだ。
咳き込むアウラを気にかけることもなく、男が問いかける。
「ウィント、歳は」
「げほっ……誰が」
言い切らせず、再び男のつま先がアウラを打ち抜いた。
「歳は」
しかし、咳き込み続ける彼女には答えることができなかった。
気だるげに、男が再び足を持ち上げる。
「んー!」
それを邪魔するように、否、邪魔するために、私は声を挙げた。
男たちの視線を引き寄せて、私は猿ぐつわを噛むようにあぐあぐと口を動かした。
浅黒い男の目が、興味深げに彩られる。
「外してやれ」
その一声で、私の言葉を奪っていた縛めはあっさりと外された。
口が開きっぱなしだったせいで、微妙に顎が痛い。が、そんなことを気にかけている暇はない。
「何の用だ、お嬢様」
「貴方が口下手で見ていられませんでしたから、その人の歳を教えて差し上げようと思いまして」
「ほう……いや、これは申し訳ない。貴族のマナーとやらには疎くてな」
私の言葉に、男は口角を吊り上げた。
「で、お嬢様の家庭教師はおいくつなんだ?」
「……24歳です。もう少し、丁重に扱って差し上げてください」
「ふうん、行き遅れか……まあ、お言葉には従っておこう。良い教育をしたな、先生」
皮肉気にそう言って、男は馬車を出ていった。
そして私たちは男たちに馬車の外、彼らの拠点と思しき建物に連れ込まれた。
案内されたのは鉄格子で区切られた一室……どうみても牢屋だった。
「随分立派な客室ですね」
そんな軽口を叩いてみたが、男たちは反応してくれなかった。
それが客に対する態度かよ。お客様は神様という言葉を聞いたことがないのだろうか。多分ないわ。
「早く入れ」
「わっ」
乱暴に牢屋に押し込まれたせいで、躓いて転んだ。
冷えた石材の床が丁重に迎えてくれたお陰で、何とか怪我はせずに済んだようだ。
でも背中を押してきたやつの顔は覚えた。エイラ、うらみ、わすれない。
「お嬢様、お怪我はありませんか?」
「……平気です」
まさか、アウラの声が癒しになることがあるとは。
人生は分からないものである。
「先ほどは……助けて頂いて、ありがとうございました」
浅黒い男とのやり取りの話だろう。
「大したことはしていませんよ」
「いえ、大変勇気のいる行動でした」
褒められて悪い気はしないが、状況が状況だけに何とも言えない気分だ。
そもそも、あれを助けたというのかもよく分からない。
「ですが……私が言えたことではありませんが、もう少し御身を大切にしてください。肝が冷えました」
「……あぁ、うん、そうですね」
あまり意識していなかったが、あのまま私が標的にされていた可能性はある。
そう考えると、黙って見ているのもアリだったのかもしれない。とはいえ、それが正解だと言いたくはないけれど。
しかし、リスク管理的には良くない行動だった。反省しよう。
「……お嬢様」
「何ですか?」
「もし無事に帰れたら、また茶会をいたしませんか?」
「……良いですね。確か、お母様の秘蔵のクッキーがありましたから、それも出してもらいましょうか」
他愛のない会話。
心のどこかで、何かフラグっぽいな、なんて考えたのがいけなかったのか。
この直ぐ後、アウラは牢屋から連れ出されていった。
冷たいこの部屋に、私一人だけを残して。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ざまぁされるための努力とかしたくない
こうやさい
ファンタジー
ある日あたしは自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生している事に気付いた。
けどなんか環境違いすぎるんだけど?
例のごとく深く考えないで下さい。ゲーム転生系で前世の記憶が戻った理由自体が強制力とかってあんまなくね? って思いつきから書いただけなので。けど知らないだけであるんだろうな。
作中で「身近な物で代用できますよってその身近がすでにないじゃん的な~」とありますが『俺の知識チートが始まらない』の方が書いたのは後です。これから連想して書きました。
ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。
恐らく後で消す私信。電話機は通販なのでまだ来てないけどAndroidのBlackBerry買いました、中古の。
中古でもノーパソ買えるだけの値段するやんと思っただろうけど、ノーパソの場合は妥協しての機種だけど、BlackBerryは使ってみたかった機種なので(後で「こんなの使えない」とぶん投げる可能性はあるにしろ)。それに電話機は壊れなくても後二年も経たないうちに強制的に買い換え決まってたので、最低限の覚悟はしてたわけで……もうちょっと壊れるのが遅かったらそれに手をつけてた可能性はあるけど。それにタブレットの調子も最近悪いのでガラケー買ってそっちも別に買い換える可能性を考えると、妥協ノーパソより有意義かなと。妥協して惰性で使い続けるの苦痛だからね。
……ちなみにパソの調子ですが……なんか無意識に「もう嫌だ」とエンドレスでつぶやいてたらしいくらいの速度です。これだって10動くっていわれてるの買ってハードディスクとか取り替えてもらったりしたんだけどなぁ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
過程をすっ飛ばすことにしました
こうやさい
ファンタジー
ある日、前世の乙女ゲームの中に悪役令嬢として転生したことに気づいたけど、ここどう考えても生活しづらい。
どうせざまぁされて追放されるわけだし、過程すっ飛ばしてもよくね?
そのいろいろが重要なんだろうと思いつつそれもすっ飛ばしました(爆)。
深く考えないでください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故
ラララキヲ
ファンタジー
ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。
娘の名前はルーニー。
とても可愛い外見をしていた。
彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。
彼女は前世の記憶を持っていたのだ。
そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。
格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。
しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。
乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。
“悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。
怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。
そして物語は動き出した…………──
※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。
※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。
◇テンプレ乙女ゲームの世界。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げる予定です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
悪役令嬢は処刑されました
菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~
蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。
情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。
アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。
物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。
それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。
その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。
そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。
それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。
これが、悪役転生ってことか。
特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。
あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。
これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは?
そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。
偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。
一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。
そう思っていたんだけど、俺、弱くない?
希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。
剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。
おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!?
俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。
※カクヨム、なろうでも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる