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10巻

10-3

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 お言葉に甘えて先に進むことに成功した俺達は、奥に続く通路を走っていったが、どうにも不安を感じていた。

「……だけどなぁ。やっぱり三人だけに任せるのは、なんか違うな」

 彼らは自主的にではなく、流れで参戦しただけなのだ。
 やはりそこは、俺達の問題にカニカマ君を引っ張りこんだ責任として、保険も残してあげねばならないだろう。
 ふと視線を向けると、向こうも俺を見ていて、無言のままに頷いてくれる。

「……頼んでいい?」
「がうがう!」

 俺の頼みごとを力強い返事で引き受けてくれたのは、クマ衛門だった。

「そうか! そう言ってくれると俺もうれしいよ!」
「なんて言っておるんじゃ?」

 首をかしげるカワズさんに、俺は彼の言葉をしっかりと翻訳してあげた。

「『わかっているでござるよ。ここは任せて、安心して先に行かれるがよろしかろう』」
「「かっけぇ! クマ衛門!」」

 カワズさんとトンボが無駄な連携で驚く。
 俺とナイトさんは目配せしてにやりと笑った。
 クマ衛門は、何気に男気あふれるやつなのだ。
 それに彼には、こういうときのためにとっておきの装備を渡してある。きっとクマ衛門なら使いこなすはずだ。


 二体の天使の部屋を抜けるとトラップは少なくなった。邪魔がなければたいした距離ではない。
 トンボに案内されるまでもなく、突き当たりの扉を開くと、新たな部屋にたどり着いた。

「な、なんだここは?」
「……見るからにやばそうなところじゃのぅ」

 そこは薄暗い部屋で、今までとは明らかにおもむきの違う空気を感じる。
 ガラス製の実験器具や、整理された本棚。そのほか用途もわからない機材の数々。
 何より普段の生活では絶対にかがないたぐいの匂いが、どうしようもなく鼻につく。
 俺は鼻をつまみながら、顔をしかめた。
 ずいぶんと派手に部屋が荒らされている。そこにも気を配っておかなければならないだろう。
 俺はこの部屋と似たような場所を知っていた。

「なんかこういうのは……、マオちゃんのところで見たことがあるなぁ」
「ふむ。そうじゃなぁ」
「お二人とも、ここにあるものに心当たりがあるのですか?」

 うんざりしている俺とカワズさんに、ナイトさんは驚いていた。
 ナイトさんは動揺していたが、彼女の反応は至極まっとうだと思う。
 俺だって元の世界にいた頃なら、顔をしかめているだろう。

「まぁね。知りたくはなかったんだけど」
「いろいろと踏み込みすぎた結果じゃな」

 機材を使って研究されていたものは、「生物」である。
 エルエルの元になったホムンクルスの姿もある。ほかにもよくわからないものも多いが、そんな中でも俺の目を引いたのは――。

「魔獣か?」

 マオちゃんの研究施設に似ていると感じたのは、そのせいである。
 この場所で主に研究されていたのは、こいつらしい。
 実際それらしいものはたくさんあって、直視しないようにするのが大変である。

「物好きはいるもんじゃ。危険もあるじゃろうに」

 そう言ってカワズさんは適当なフラスコを手に取った。よく触る気になるものだ。

「そのフラスコの中身、まだ動いてない?」
「すさまじい生命力じゃよな。これが神の所業というわけかのぅ?」

 神の所業か……。なんとなくわかるけど、マオちゃんもやっていたので、そこまで大仰おおぎょうな感想は持ちたくない。

「……実はここがオリジナルだったりしてね?」
「なんじゃそれ?」
「いや、思いつきなんだけど。魔獣のことを、マオちゃん達魔人族に教えたやつがいてもおかしくないなって」

 ざっと見て思うのは、この場所が洗練されていることだ。魔王城の地下で見た魔獣の研究施設よりも、一段進んでいるように感じる。
 古代にはあった多くの魔法が失われたというこの世界で、どうしてあんな大がかりな研究をすることができたんだろうとは思っていた。
 魔人族が研究を始める前に、同じことをしていた誰かがいたんじゃないだろうか? 魔人族はそれを取っかかりにして、研究を復活させたんじゃないかなと。
 カワズさんはひとしきり研究施設を眺めると、曖昧な笑顔で言った。

「さしずめ魔王の研究は、神の模倣というわけか……。いやいや、まさかそんなことないじゃろー」
「だ、だよなぁー」

 暗いトーンから一転してとぼけた口調のカワズさんに、俺は乗っかることにした。
 世の中、知らない方が幸せなことは多々ある。これもその一つっぽい。
 お互い白々しい笑い声を上げて、考えるのをやめた。
 俺達の態度を見て、ナイトさんも察してくれたみたいである。
 そしてナイトさんは、目先の問題を解決することにしたようだった。

「私には難しいことはわかりませんが。ここには何かが潜んでいるようです。注意してください」
「ああ、うん。いるんだろうね、たぶん」

 俺は、この場所を知っているはずの者に視線を向ける。それに気がついて、トンボは頷いた。

「うん。いたよ? でっかいイヌがいたはず」
「……で、でっかい犬?」

 さすがにここまで来ると、トンボの記憶もはっきりしているらしい。
 どうしたものかと考えていると、ナイトさんが話しかけてきた。
 なんとなく様子がおかしいと感じたのは、彼女の声色がいつもと違っていたからだ。

「タロー殿……、一つ確認させていただきたいことがあります」
「ん? なに?」

 尋ねたあと少し間を置いて、ナイトさんは彼女らしくない様子で、彼女らしくないことを口にした。

「……実はここに来る前から、胸騒ぎがしていたのです。タロー殿は……、ひょっとしてもう帰ってくるつもりがないのではないかと」
「え? 俺が?」

 これはまた意外な指摘だった。
 俺が自分の顔を指差すと、ナイトさんは頷いた。

「はい……。タロー殿は、その……、彼女を助けるためにここに来たのでしょう? ここが神の住まう場所だと知っていて」
「そ、そうだね」

 神かどうかはわからない。でも、常軌を逸した存在がいることは、もう確定と言ってしまっていいわけだけれど。
 ナイトさんは真剣な表情で、さらにあとを続けた。

「だというのに、貴方はためらいなくここに来ることを選びました。私には、どうにもそれがタロー殿らしくないと思えるのです。貴方は――彼女のために命を投げ打とうとしているのではないですか?」
「いやー、……それは」

 ナイトさんの言葉には、葛藤かっとうが見え隠れしていた。
 そして俺は口ごもる。
 確かに今回は、いつもの馬鹿騒ぎとは危険度がまるで違う。
 それはわかっていて、ここに来たわけだが……。
 でも、たぶんそういうのとは違うんじゃないかなー、って感じである。考えてしまうと怖くなるから、しり込みする前に動いてしまったにすぎない。
 俺はシリアスな空気に呑まれて、なんとなく口ごもってしまう。
 いったん口を開いてしまったナイトさんは、すでに遠慮を捨てていた。

「私には今回のことは、彼女の自業自得に思えます。無謀なことをしていると、彼女はわかっていたはずです。失敗すればどうなるかも予想できなかったわけはなかったでしょう。だというのに、お調子者のトンボまで巻き込んで、事に及んだ。厳しい言い方ですが、貴方が命を懸ける必要はないのではないですか? 私は……タロー殿はこの世界になくてはならない、唯一無二の存在だと確信しているのです」

 一気にまくし立てたナイトさんに、俺は尋ねた。

「それは、セーラー戦士を見捨てるべきだってこと?」
ていに言ってしまえば……そうです。私も心苦しく思いますが……、貴方の命を守るには、こうしてお止めすることしかできません」

 ナイトさんにしては思い切ったことを言う。

「うーん」

 彼女の言うことには筋が通っていた。
 確かに命を懸ける道理などない。
 うなる俺に、ナイトさんはさらに尋ねた。

「貴方に……、迷いはないのですか?」
「それはないな」

 俺は答えた。
 そもそも、迷う必要なんてなかった。昔の俺なら悩んだだろうけれども、今はそんなことで悩む必要なんてない。

「だって俺にしか無理でしょ、これは。ならやらないと」
「……そう、ですか」

 ナイトさんは、俺の返答を聞いて黙り込んだ。
 何か妙なことを言ってしまったのか不安になって、俺は慌てて付け加える。

「でも別にばちになっているわけじゃないんですよ! 生きて帰ってくるための努力は最大限するから、そこのところは間違いないでほしいのですよ!」

 ドキドキしながら彼女の次の言葉を待つ。
 するとナイトさんは、突然被っていたかぶとを脱いで俺を見据えた。
 こぼれ落ちた銀髪の奥から見えるのは、赤い瞳。さっきまでの戸惑いのある声とは違い――彼女の表情からは晴れやかさすら感じられた。

「いえ……私こそ、つまらないことを言いました。よかった。貴方がそういう方で」
「??? そ、そう?」

 どうしよう。わけがわからない。
 今の問答のどこに、ナイトさんを納得させるところがあったんだろうか?
 戸惑う俺を見据え、ナイトさんは剣を鞘から引き抜いた。

「ならば私も、覚悟を見せねばなりませんね」

 そして煙を噴出させて、まとっていた厚い追加装甲をパージした。
 取り去られた硬い魔法金属の装甲の下から現れたのは、彼女の憧れを体現した純白の甲冑かっちゅうだった。

「どうやら覚悟が足りなかったのは私のようです。この鎧をいただいておきながら、恥ずべきことをしていた」
「い、いや。俺の方こそ覚悟というほど大層なものはないんだけれども」
「いいえ。ですから今一度、この姿で誓わせていただきたい」

 そう言ったナイトさんに、もう迷いはないようである。
 ひとまずナイトさんが納得してくれたのだから、よかったということにしておこう。
 そのとき、ずんっと重そうな足音が聞こえて、ナイトさんが素早く身構えた。
 ズンズンと振動が続いたことで足音だとわかったが、もちろん歓迎できない。
 現れた、トンボいわく「でっかい犬」には、頭が三つくっついていた。

「でっかい……犬でいいんだよね?」
「うむ。犬じゃな。三つ首じゃが」

 ところどころ薄汚れているのは、トンボとの戦いの跡らしい。それでもめげていないとなると、相当好戦的なのかもしれない。
 本来ならば、いきなり化け物が現れたので恐怖するところなんだろうけど、今俺が感じているのは妙な懐かしさだった。

「うわー、なんか無性に懐かしいな、ケルベロス」
「ほんとなんか懐かしいのう」

 俺とカワズさんはその面構えを見て、以前出会った魔獣を思い出していた。
 最初は噛み付いてきたのに、最終的には腹を見せて逃げたあいつ。元気にやっているだろうか?
 あまりにも場違いな空気を出す俺達にトンボが尋ねてくる。

「なんなの? この犬がどうかしたの?」
「いやー、前に会ったことがある魔獣に似ているんだよ。あぁでも、あのときよりもずっとでっかいんじゃないか?」
「そうじゃなぁ。まさに地獄の門番じゃなぁ」
「地獄っていうか。雲より高いところにあるから、天国じゃないか?」
「はっは! 確かに!」
「冗談を言い合ってる場合ですか?」

 つい雑談に花を咲かせてしまったら、ナイトさんからたしなめられた。

「いやぁ、まぁでも魔獣が相手だっていうなら、簡単な話だ」

 ただ、実のところ俺はちょっと安心していた。大抵の魔獣は強い魔力を恐れる。魔力を察知できる獣なら魔法を使うまでもない。ちょっと魔力を見せつければ勝手に逃げていくだろう。
 俺はいつも通り、少しだけ魔力を解放する。
 これで大抵の魔獣は怯えてくれるわけだが、目の前のケルベロスは、ちっともそんなことはなかった。むしろ牙をむいて威嚇いかくしてきたので、驚かされたのは俺の方だった。

「グロロロロロ……」
「あ、あれ? なんで?」

 威嚇してきているのだから反応がなかったわけではないようだが、地上の魔獣より肝が太いのかもしれない。
 カワズさんは、そのケルベロスを楽しそうに観察していた。

「ふむ。よく訓練されておるのか……、そもそも恐怖という感情を持っておらんのか? どちらにしても戦うしかないようじゃな」

 さらに、悠長に構えている場合ではなくなってしまったようだ。

「そうみたいだね……。ほかにお仲間もいるみたいだし」

 よく見れば、荒れ果てた研究室の奥で光が散らついていた。こちらを見ている生き物の瞳が光っているらしい。
 大量の危険な何かが潜んでいるのは息遣いで察することができた。ケルベロスと同じように怖がらないというのなら、一匹一匹相手をしていくほかない。
 ケルベロスが、ゆっくりと動き出す。
 カワズさんがいくつか魔法を展開しようとすると、その前にナイトさんが身体を滑り込ませた。

「なんじゃ?」
「ここは私一人に任せていただけますか?」

 カワズさんは一瞬ためらいを見せ、俺に視線を向ける。俺はナイトさんに尋ねた。

「いいの? 相当数いるみたいだけど?」
「はい。タロー殿の道、我が剣にて切り開かせていただければ、これ以上の喜びはありません」
「……じゃあ、お願いしようかな」
「いいのか?」

 カワズさんが口を挟んでくる。だがそれは愚問だった。

「当たり前でしょ? それともカワズさん。ナイトさんがやる気になっているのに、あのくらいの魔獣に心配することがあるとでも?」

 少なくとも俺はない。ナイトさんなら、当たり前のようにうまくやるだろうと思っている。
 カワズさんはふむと唸って魔法を引っ込めた。

「そうじゃな」

 俺とカワズさんは、まるで散歩に行くみたいに無防備に歩き出すが、魔獣達は動かなかった。
 無理もない。俺だって、ちょっと振り向くのが怖いくらいなんだから。
 俺達の頼りになる騎士が、魔獣達を威圧しているのである。
 生き物は、魔力だけに恐怖を感じるわけではない。
 たとえ恐怖を知らなかったとしても、もっと根っこのところで感じるものがあるのだ。
 ナイトさんに見送られ、彼女の視線が届かないところまでやってきて俺は呟いた。

「しかし、驚いたな。ナイトさんがあんなこと聞いてくるなんて」
「わしは成長したとみるかのぅ。それはお前さんにも言えるみたいじゃが」
「そうかな? ちゃんと質問の答えを返せたのか怪しいのに?」

 未だに俺は、なんでナイトさんが納得したのかわかっていないが、カワズさんがそれらしいことを言ってきた。

「とりあえずお前は、自分がやりたいことだけは、はっきりさせておったと思うが? 案外確信を持って答えを出せるときの方が、少ないもんじゃよ」
「なら口に出せただけ、よかったと思っておこうか」

 だいたい俺は、人の心配よりも自分の心配をするべきだ。
 ここまでの道のりは防衛のための備えだった。しかしここは少し雰囲気が変わって研究施設のようで、すでに内部まで入り込んだということだろう。だとすれば、終点は近いのかもしれない。


 研究所から先は空間がじれて、道がそこかしこにつながれていた。
 しかし、その終点は、この星の中心部分に位置するようだ。
 すでに中心に近いところまで来ているはずなのだが、ここに至っては通路が通路として機能しているのかも怪しかった。

「なんか、気持ち悪いな。適当に部屋作って無理やりくっ付けているだけじゃないか?」
「うむ。このめちゃくちゃ加減は、おぬしに匹敵するのぅ」
「そうだなぁ。ついでに俺と同じように話の通じるナイスガイだといいんだけどな。ああこの不安な感じ。最初の頃、妖精郷ようせいきょうを訪ねたときを思い出す」

 俺は感慨深く昔を振り返った。
 あの頃は、まだ右も左もわからなかったので、今よりずっと旅に緊張感があった。
 俺とカワズさんとトンボという、今のこの組み合わせが、どうも当時のドキドキを思い出すきっかけになったようだ。

「確かにのぅ。あの頃はわしも緊張してたわい」
「カワズさんが? それはなんか意外」

 カワズさんは旅慣れしていると勝手に思っていたのだが、どうやらそうでもなかったらしい。

「馬鹿言え。死んだと思ったら生き返って、蛙じゃろ? その上、魔力だけ化け物じみたわけのわからない素人と人外魔境で放浪生活じゃ。今思えば生きた心地はせんかったな。いっぺん死んでなかったら、あそこまで思い切ったことは絶対できんかったわ」
「……まぁね。特に目的らしい目的もなかったし、完全に放浪だったよな」

 思えば俺も、ずいぶん思い切ったことをしたものだった。
 よく知りもしない魔法を頼りに、アルヘイムなんていう未開の土地で、人のいない方を目指して旅をするってどう考えてもおかしいだろう。

「はい、わたしもわたしも! 突然変な二人組が攻めて来てさ! さすがのわたしもあの魔力には恐れおののいたものだったよ~」
「さらっと過去を改編するなよ、トンボちゃん」
「そうじゃぞ。お前は迷い込んだわしらをカモにしようと寄って来たんじゃ」
「やだなー、違うってばー。あんまり怪しいからなんだろーなーっと思って」

 くねくね身体を動かしてごまかすトンボの態度は相変わらずで、なんとなくため息と笑いが漏れた。

「トンボもあの頃からあんまり変わってないよな」
「そんなことないよ! すごく変わったし! むしろ変わってないところがないよ!」
「……例えば?」
「わたし、世界中で一目置かれてるし! 四天王完全制覇だし!」
「……変わってないよな、トンボは」
「何でもっかい言ったの!」

 トンボの主張はともかく、俺達なんてこんなもんだ。そう思う。
 だが、やはりちょっとは変わっているのだろう。そんな俺達が、神様相手に妙なことをしていると考えると面白い。
 怖さよりも面白さを感じてしまうのは、現実感があまりないからだろうか。
 俺はカワズさんに尋ねた。

「……なぁ、カワズさん。この先にいるのはなんだと思う?」
「今さらそれを聞くのか?」

 信じられないという顔をされてしまったが、今しかないから聞いたのだ。

「今だから言うんだよ。もう目的地は近い」

 考えてみれば、神様がどうとかいうのは、すべて仮定の話でしかない。
 もっとも、こんな常軌を逸した場所に住んでいる相手は、ただ者のわけがないと思う。だが、その正体は依然としてわかっていない。

「……さぁのぅ。だがここに来てみて思ったのだが、どうにもお前と似た感じがする」
「またそういうことを……」

 俺は茶化されていると思ったが、カワズさんは真剣な表情でさっと何かを頭の上にかざした。
 カワズさんが取り出したのは本だった。俺はその本が見覚えのあるものだと気がついた。

「最後まで聞け。わしはこの本を思い出すという意味で言ったんじゃ」
「……リベルの書?」

 俺はその本の名を口に出した。

「知っておったか。そうじゃよ。この本をわしは魔王城で手に入れた。リベルとは魔族があがめる神の名じゃ。だが本をあさって出てきたのは、お前もよく知る『魔法創造』。万能の力ではあるが、必ずしも、神の御業みわざであるとは言えんのぅ」
「……俺達が使っちゃってるもんな」

 しかしながら、魔法創造の使い手であれば、神様を装うことくらいならできる。
 神様として崇められてはいるが、神様ではない可能性もあると。

「空から落ちてきたエルエルもそうじゃが、この場所に施されておるのは間違いなく高度な魔法じゃった。そしてその発想は、わしらから遠いものではないじゃろう。この本のようにな」
「そうだね……。結局は俺同様に謎ってわけだな。こんな本一冊にずいぶん振り回されたもんだ」

 思えば、ここに記された魔法から俺の魔法使い生活が始まったのだ。だから、まさにこの本は俺にとって運命の一冊と呼ぶべきものなのかもしれない。
 腕を組んで頷く俺を見て、カワズさんは妙に思ったようだった。

「おぬし……結構余裕じゃよな?」
「そうかな? 取り乱したりしないように、なんとか取り繕ってるだけなんだけど」

 言うほど余裕があるわけではないが、そう見えるのだろうか?
 自分は今どんな顔をしているのか、気になるところである。きょとんとする俺にカワズさんはさらに続ける。
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