俺と蛙さんの異世界放浪記~八百万ってたくさんって意味らしい~

くずもち

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6巻

6-1

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   プロローグ


 人間の村には、妖精郷ようせいきょうとはまた違った雰囲気がある。
 すれ違う人々に活気があって、生命力みたいなものを感じさせるからだろうと、俺、こうろうは思う。
 俺が今日やって来ているのはリント村。人外がむ秘境・アルヘイムへ入る時、最初に寄った村だ。ちなみにアルヘイムには、俺の現在の居住地である妖精郷が存在する。
 ここリント村は、アルヘイムに接する数少ない人間の村である。
 アルヘイムは大陸の半分を占めるほど広大で、しょうな資源も多いため、この未開の地を開拓しようと考える者は後を絶たない。そんな人々がアルヘイムとの隣接地に拠点となる集落を形成し、やがて人が居付いて村となるのだ。とはいえそうした村のほとんどは、魔獣の襲撃や過酷な環境に耐えられずいつしか消えてなくなってしまうのだが、まれに立地などの様々な条件がうまく噛み合い、存続に成功しているところも存在する。
 このリント村も、そんな村の一つというわけだ。
 これからアルヘイムに足を踏み入れようとする人間は、必ずと言っていいほどこうした村を経由するのがセオリーである。
 さて、なぜ今回、俺がアルヘイムにある人間の村を訪れているのかというと、先日妖精郷で発生したある事件が原因である。どういう事件だったかはあとで説明するとして、とにかくその影響によって状況がややこしくなる前に手を打っておこうと考えた俺達は、まずは情報収集をすべくこの村にやってきたのだ。情報さえ集められればどこの村でも良かったのだが、リント村は、顔見知りがいるので色々動きやすい。
 というわけで、お店の前で元気に客引きをしている少女――大きなリボンがチャームポイントのリボンちゃんを見つけたので、さっそくアプローチを試みた。

「おお! 君はリボンちゃんじゃあないか。元気にしていたかね?」
「変なの! 魔法使いのお兄ちゃん、しゃべり方がおじさんみたい!」

 快活に笑いかけた俺に、リボンちゃんが笑顔で容赦ようしゃなく言い放つ。

「そ、そう? こう、げんが出るかなと思ったんだけど」
「変!」

 断言されてしまった。
 ちょっとしたお茶目のつもりだったのだが、大失敗らしい。俺は目尻に涙をめつつ、自らの行いを反省した。

「……わかった、もうやんない。しかし、元気そうでよかったよ」
「もちろん! 私はいつでも元気だよ!」

 ぐっと両手を握り込んでアピールするリボンちゃんは、確かにいつも元気いっぱいだ。
 宿屋の娘さんであるリボンちゃんは、今日も黄色いリボンを揺らしながら、客寄せの真っ最中だ。さすがは看板娘である。

「ちょっと聞きたいんだけど、最近、この村で変わった出来事とか、あった?」

 俺はリボンちゃんに軽く尋ねる。
 すると、リボンちゃんは真剣な顔ですぐに答えた。

「あった!」
「んーそうなんだ……って、あったの!?」

 ここまではっきりと、しかも即答されるとは思っていなかった。つい聞き返してしまった俺に向かって、リボンちゃんはしっかり首を縦に振る。

「あったよ! 変わったこと! この間、すっごくカッコイイよろいのお兄さんが来たの! 勇者だったよ!」

 ああ……やっぱり。というか、こんなに早く目的の情報が聞けちゃうとはね。
 俺は改めてリボンちゃんに質問する。

「……うう~ん、他にはなんかなかったかな?」

 リボンちゃんは一生懸命記憶を辿たどってくれる。

「それ以外かー……。あ! 最近変な雰囲気の旅人さんが来るかな?」
「変な雰囲気?」

 どれくらいのレベルで変なんだろうか? ちょっと興味のわく話である。
 リボンちゃんは頷くと、その変な雰囲気の旅人とやらについて教えてくれた。

「うん。兵隊さんみたいなんだけど……雰囲気がね、なんかこうピリピリしてるっていうか」
「ふーむ……ピリピリねぇ。でもこれからアルヘイムの奥地へ行こうって人達なんだから、ピリピリするのは当たり前なんじゃないか?」
「うーん……そうなんだけど。たぶんあの人達の目的は魔獣退治とか薬草採りなんかじゃないと思う。何か探し物があるみたいで、聞き込みなんかもしてたし。そういう人達がこの頃、特にいっぱい来てる……気がするかな?」

 リボンちゃんの具体的とは言いがたい話を聞いて、引っかかるものがあった。

「ひょっとして……変な人が現れ出したのって、さっき言ってたカッコイイ鎧のお兄さんが来た後くらいからかな?」
「うーん、そうかも?」

 リボンちゃんはうろ覚えなのか、あいまいに言った。もし、俺のかんが当たっていたなら大変だ。
 一番危惧きぐした事態が起ころうとしているのかもしれない。
 重要なのは、その怪しい奴らの目的が妖精郷にあるかいなかだ。
 俺はそう考えて、状況を整理すべく、ここ最近、妖精郷に怪しい人間が近づいたかどうか、知っていそうな心当たりを思い浮かべた。

「ああでも、変な人は割と来るからそんなに変わったってほどでも……。あれ? お兄ちゃん?」
「ごめん! ちょっと用事が出来たから急いで帰る!」

 俺はリボンちゃんにそう言い残して、確証を得るため急いでその場を後にした。


     ◇◆◇◆◇


 超特急で妖精郷へ戻った俺がやってきたのは、ナイトさん&クマ衛門えもんハウスだ。
 このハウスは、妖精郷に近づく者を監視するために、世界樹を改造して建てたツリーハウスである。
 妖精郷と周囲の森の警備を買って出てくれた彼らは、さしずめ森の守護者といったところだ。
 本当は俺が妖精の女王様に命じられた仕事なんだけど……こればかりはうまくやってくれている彼女達に頭が上がらない。
 慌てて訪ねたのは、そんな森の守護者である彼女達に今すぐ聞きたいことがあったからだ。
 応対してくれたのはナイトさんだった。
 今まさに森へ出ようとしていたナイトさんは、肌どころか素顔さえまったく見えないフルフェイスの完全武装だったが、話しかけるとさすがにかぶとを外してくれた。
 こんな風にいつも重武装の彼女だが、中の人はとても綺麗な女性だと付け加えておこう。かっしょくの肌に、ぎんのような輝く銀髪を持つ、ダークエルフなのである。

「やあ、ナイトさん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 俺はそう切り出し、ここ最近、妖精郷を守っている霧の結界近くで、人間を見なかったかどうか尋ねた。

「え? 人間ですか? ええ。最近何度か放り出しましたが?」
「そ、そうなの!」

 答えはまさかのイエス。俺は驚愕きょうがくし、棒立ちになる。彼女のものすごく真面目な声色こわいろからも、冗談のたぐいではないと思う。……そもそも、ナイトさんが冗談を言うとは考えにくい。

「はい。魔獣に比べれば取るに足らない相手でしたので、別段気にはしませんでしたが。霧の結界にかかって目を回しているのを見つけたので、森の外に放り出したことが何回か」

 取るに足らないと言ってのけるナイトさんは、やはり相当の猛者もさである。
 きっと全部本気で言っている。彼女にとって人間は魔獣以下の存在であり、二、三人紛れ込んだって報告するまでもない些事さじという認識なのだろう。しかし、今回はその些事が重要なのだ。

「取るに足らない、か……」
「どうしました? タロー殿?」
「ああいや。なんでもない。そっか……それで頻度ひんどは?」
「そうですね。最近は少し多いでしょうか? 心持ちという程度ではありますが」
「ああ、そんなものなんだ。他に何か気になることはある?」
「そう言えば、似たような格好の連中が多いなとは思いました」
「ふーむ……」

 考え込む俺に、ナイトさんが不安げに尋ねてくる。

「報告しておいた方がよかったですか?」
「あー、いや。ちょっと気になる話を聞いてね。ホントに気になっただけなんだけど」

 リボンちゃんの話を聞いた後だからか、余計に組織立ったものを感じる。

「まあ、よからぬことを企んでいる風なやからは手荒く追い返しているので、もう二度と来ないかと」
「手荒くなんですね……」
「ええ、それはもう念入りに」

 淡々たんたんと仕事の成果を報告するナイトさん。だが、俺は彼女の耳のあたりがピクついているのに気がついた。
 今、彼女は自慢している、間違いない。だから俺は言うのである。

「ですよねー。さすがナイトさん、最強だなぁ」
「そんな……最強だなんてとんでもありません。私などまだまだ未熟です。精進しょうじんせねば」

 ナイトさんがきりっと表情を引き締めて、騎士の顔になる。
 どうやらうれしかったようだ。
 しかしこれで、重要な証言がまた一つ手に入った。
 リント村にかっこいい鎧の勇者が訪れて以降、変な雰囲気の旅人っぽい連中が現れるようになり、さらに霧の結界に近づく人間が増加している――。
 何者かが、この妖精郷に探りを入れ始めている。
 きっかけはほぼ間違いなく、先日のカニカマ事件だろう。
 カニカマ事件とは、かっこいい鎧の勇者こと、カニカマ君一行が妖精郷に殴り込んできた一連の騒動のことだ。ちなみに事件名は俺が今つけた。
 俺と同じくこの世界へ召喚された中学生勇者であるカニカマ君は、俺の魔法によって自慢の愛剣を巨大なカニカマにされてしまい、勇者カニカマというあだ名をつけられることとなったのだ――。
 こうやって説明するとなんともほのぼのとしたエピソードなのだが、実際はそこまで能天気な催し物じゃなかった。
 カニカマ君を召喚し、彼を妖精郷へ差し向けたのは、神聖ヴァナリアという名の国である。
 この国は異世界人を召喚しては勇者にしているらしく、我が家に時たま遊びにくるセーラー戦士もヴァナリアで召喚された勇者なのだ。
 ヴァナリアから逃れてきたセーラー戦士から様々な悪評を聞いていた俺達にとって、厄介な連中に目を付けられたということに他ならない。
 この事実はセーラー戦士にとって大問題だろう。彼女と同じ異世界人である俺にとっても、全く問題ないかと言われたらそんなわけはない。
 カニカマ事件で俺もしっかり顔を見られてしまっている。同じ異世界人のよしみでカニカマ君達の記憶をいじりはしなかったが、国に戻った彼らが一部始終を伝えたとすれば、まず俺のことも伝わってしまっているはずだ。
 妖精郷に存在する、勇者一行を返り討ちにした謎の勢力について探りに来る事態になったとしても、何ら不思議ではない。

「ううん……困ったもんだ」

 俺は腕を組んでうなる。
 ナイトさんはそんな俺を見て、りんとした態度で静かに言った。

「心配なさる必要はありません。私が、命に代えてでもタロー殿の御心を騒がせるような輩は排除いたしますので」

 まあ、別に俺個人としては、彼らに恨みがあるわけでもなんでもない。関わり合いになりたくないなぁ、とそのくらいの感情しかない。
 やる気満々のナイトさんに、やんわりと釘を刺す。

「……お手やわらかに頼みますよ? くれぐれもお願いしますね?」
「はい。できる限り善処いたしますことをお約束いたしましょう」

 ただ、事実関係をはっきりさせておく必要はある。気が引けるが、このままにしておけるものではないと判断した俺は、ナイトさんにひとつ頼み事をした。

「なら、今度人間が潜り込んできた時、怪しい奴だったら、捕まえておいてもらっていいですか?」
「は! はい! この命に代えてでも! お任せください!」

 控えめにお願いすると、驚くべき気合いの入り方で承諾されてしまった。
 いつもより凛々りりしいナイトさんが、外から来た人に対して手を抜くことがあるか否か。
 たぶん無理なんじゃないかなぁと思いつつ、俺は哀れな犠牲予定者達に向けて手を合わせておいた。



   1


「来ちゃったかぁ……こういうのなんて言うのかな? スパイ? 斥候せっこう? 面倒臭いからスパイでいいか」

 俺はため息とともにひたいを押さえる。
 今、俺は真っ暗な部屋にいる。
 今回、一番重要なゲストは見ず知らずの男。
 ナイトさんが霧の結界の周囲で見つけて捕獲した彼は、どう見ても人間である。
 彼のかたわらに置いてある鎧と武器、そしてマントは結構いい作りで、いかにもなんらかの組織に属しています、という感じだった。
 捕らえられた男は、なぜか巨大な茶色い植木鉢に首まで埋まり、完全に気を失っている。
 スポットライトで照らされた彼を困惑顔で眺めているのは、緑色の蛙ボディーが今日もつややかなカワズさんだ。
 名前の通りでっかい蛙のカワズさんは、これでも俺の師匠で魔法使いである。

「しかし、どうしてこんな捕まえ方なんじゃね?」

 カワズさんはスパイさんよりも彼を捕らえている植木鉢に反応を示してきた。が、それはとても難しい問題だ。

「いや……少しでもこう、殺伐さつばつとした感じをマシにしようと思って」
「どうじゃろうな? 逆にひどくなっている気がしないでもないのぅ」
「ううーん。しかし何をやってもあんまり変わらないんだよね」

 俺は捕獲したスパイさんを一瞥いちべつしてつぶやく。

「エイリアン・アブダクションをやらかした宇宙人の気分はこんな感じなんだろうか? あんまりいい気分じゃないなぁ」
誘拐ゆうかいみたいなもんなんじゃし、そりゃ気分はよくないわのぅ」

 カワズさんはエイリアン・アブダクション云々うんぬんはスルーすることにしたらしい。
 ここ最近、スルースキルが上がっているカワズさんだった。
 ちなみにエイリアン・アブダクションとは、エイリアンによる人類誘拐事件のことである。
 ほのかに犯罪臭がする光景だが、今回は必要な措置だと割り切っている。

「馬鹿なことを言っていないでさっさと始めろ。わらわも暇ではないのだぞ?」

 次に、イライラした口調で俺を急かしてきた人物にスポットライトが当たる。
 そこには、蝶のような羽を持つ、現実離れした美貌びぼうの女性が、支配者っぽく腕を組んで木製の立派な椅子に腰かけていた。
 彼女はここ、妖精郷の支配者である女王様その人である。
 女王様は組んだ腕をほどくと椅子の肘掛けを指で叩きつつ、俺を軽く睨む。
 暇じゃないなんて初耳だった。

「あ、そうだったんだ。なんかすいません」
「当たり前だ! お前、サイト運営をめるな! 毎回雑記じゃ飽きられること間違いなしだろうが! 画像も無くユーザーの要求に応えられると思うなよ!」
「そ、そうなんだ。……うん、確かにそうだよな」

 ごく真面目に言い切る女王様の言葉を聞いて、俺は思わず納得してしまった。
 女王様は、俺の作ったインターネットにすっかり毒されているらしい。
 俺と女王様のやり取りを見てカワズさんは、俺の納得の頷きに異を唱えた。

「いやいや納得するなよ。妖精郷の警備について話し合うこの集まりは、少なくともサイト運営よりは大事じゃと思うぞ?」

 カワズさんの発言はすごく正論だった。
 だが、それに対して女王様は、この場をぶち壊す台無しな発言をかます。

「とりあえず適当に、片手間にで問題なかろう? お前達の場合」
「……貴女がそれを言っちゃいますか?」
「事実だ。なんだお前? あれで今まで真面目にやっていたとでも言うのか?」
「えぇ! やってたじゃないですか! あー……やってたよね?」
「まぁ、やるにはやったのぅ。真面目かどうかはともかく」

 心配になってカワズさんに話を振ってみると、はなはだ心外なことを言われた。
 そういえば、妖精郷に来た直後に結界を張って以降、特に何をしたわけでもなかった気がする。
 一応、ここの警備をするかわりに住まわせてもらっているのだから、これはちょっとまずいかもしれない……。
 その事実を思い出して動揺する俺だが、肝心の女王様はどうでもよさそうである。

「……まあ、結界が機能していることは評価している。たまに考えもしない事態が発生するのも、ピクシー達には丁度良いきょうになっているしな」
「いや、でもちょーっとだけかんできない問題が起きたから、今日集まってもらったんですけどね」

 気まずくなった俺が控えめにそう伝えると、女王様はやたら存在感を放っている植木鉢に、初めて視線を向けた。
 植木鉢を一瞥いちべつした女王様は、だから何だという感じの態度を崩さなかった。

「その問題とやらは、ひょっとするとその面白い格好の人間についてか? 見たところ、大した問題には見えないが? そもそもお前が来てから今までこの地への侵入を許したのは、マオちゃんとこの間のカニカマ一行だけだろう?」
「いや、彼らが来たのだって結構大事件じゃないですか?」
「お前によって安全が保障されているから、あれらは余興だ」

 女王様はきっぱりと言い切った。
 そりゃあ彼女の言う通り、例に出した二人は特別中の特別である。なんせ勇者と魔王などというぶっ飛んだ方々だ。
 このスパイさんだって、妖精郷に侵入できたのか? と聞かれればそうではない。結界の周りをこそこそしていただけであって、妖精郷に直接害を及ぼすほどの脅威とは言えないだろう。

「そ、そんなものですかね?」
「そんなものだろう? しかしこうまできっちり捕まえるとは、タローにしては随分と思い切ったではないか?」

 女王様はスパイさんを指差してそう言うが、まぁ確かに怪しい人物を自ら進んで捕らえたのは初めてだった。ただそんなに珍しがられてしまうと、普段はサボっていると思われている気がしてしゃくだ。

「ここの警備を任されているという義務感からってところです。今回に限った話じゃないですけど、変なやからに妖精郷の周りをうろうろされるのは気分が悪いので」

 そこで俺は、わざわざ捕まえた理由を説明した。そんな俺を眺めていた女王様はつまらなそうだったが、しぶしぶ感をやたらと強調してため息を吐いた。

「ふーむ……お前がらしくないことをするくらいには緊急というわけか。なら仕方がない。妾の貴重な時間をお前のためにいてやろう」

 ようやく姿勢を正した女王様。どうやらやっとサイトの更新よりも非常事態への対処が上回ってくれたようだった。

「とにかく妾も侵入者の捕獲について異論はない。それで? これから何をしようというのだ?」

 話を聞く気になってくれた女王様を前に、俺は現状を説明した。

「とりあえず、最近見慣れない人間がこのあたりをうろつくようになりまして。……何が目的でここに来たのかをはっきりさせておけば、今後の警備方針も立てやすいかなぁと」

 少なくとも、どの程度の情報を掴んでここにやって来ているのか? そのあたりをはっきりさせておくことに意味はあるだろう。

「いいだろう。ではどうやって?」
「どうって。こうやって」

 いぶかしげな表情で片眉を上げる女王様。俺は彼女の様子をあえて無視して、愛用している魔法のがま口から、用意していた小さな種を取り出す。
 そのまま種をスパイさんの口に投げ込んで、同じくがま口から取り出したジョウロで、彼の頭に水をいた。
 すると、頭の上から芽が出てきてふくらみ、スパイさんの頭に花が咲いた。
 のような厚い唇がくっついたそれは、パクパクと唇を動かして喋り出した。

『何でも聞いて!』


「「気持ちわるっ!」」

 女王様とカワズさんが声を揃えて驚く。いいリアクションである。
 自分で言うのもアレだが、確かに気持ち悪い。特に無駄につややかなこのたらこ唇が動き出すと、ことさら不気味だった。

「この際見た目はいいじゃないか。宿主の知ってることならなんでも答えてくれる便利な花なんだぞ? それじゃあ、色々と質問していこうかな? まずは……何をしにここへ?」

 初めて使うので、効果のほどはどんなものかと思い、さっそく質問してみる。すると、気を失った男の代わりに花はペラペラ喋りだした。

『調査ダヨ! ヴァナリアから命令されて!』
「ほう、これは面白い」
「だっはー。やっぱりヴァナリアかー。ああもう、マジで勘弁してくれないかなぁ」

 花のもたらした確定情報にうんざりする俺を尻目に、この花のストレートな効果に気をよくした女王様はスパイさんに歩み寄り、しげしげと花を眺めて俺の肩を叩いた。

「今度は妾にやらせてくれるか?」
「別にいいですけど」

 お気に入りのおもちゃを発見した子供のような顔の女王様。彼女は若干邪悪に……もとい、楽しそうに質問を始めた。

「して、何の調査をしに来たのだ?」
『真偽の調査! 最優先目標は、!』

 予想していなかった答えが花から飛び出て、俺は慌てた。
 女王様の顔をこっそり盗み見ると、やっぱりげんそうな表情になっていた。
 これはまずいと思ったが、少々遅かったようだ。

「先代の勇者だと? それは金髪の人間の女か?」
『その通り! 金髪で青い目の美しい女! 珍しい異国の服! 革の鎧と剣!』

 頭の花はすらすらとよどみなく女王様の質問に答えた。
 やはり第一目標は、セーラー戦士のことで間違いない。
 気まずくなって、もう一度女王様の顔を盗み見ると、今度はバッチリ目が合ってしまった。
 女王様が俺を流し見て、確認してくる。

「ふむ……話はわかった。しかし妙だな。お前達はカニカマの記憶は消さなかったのだろう? なのになぜ最優先の目標があの娘になる?」
「確かに。向こうが気の毒になるくらい、こちらの対応は色々と充実していましたのにのぅ……」

 女王様とカワズさんが言うように、あの場でめちゃくちゃしたのはセーラー戦士だけじゃない。
 遊びに来ていたマオちゃんと、そして俺も少々派手にやってしまったのを思い出した。
 カワズさんも、現勇者であるカニカマ君達が戦った面子メンツを思い浮かべてけんのしわを濃くしていた。
 カニカマ一行と相対したうちのメンバーの肩書きを上げると『謎の魔法使い』『現魔王』『元勇者』。
 それってどんな嫌がらせだと思えるメンバーだ。
 セーラー戦士は、実際の強さを踏まえてこの中で格付けすると一番下になるはず。

「戦い方が悪かったのかな? 確かに、実力以上にセーラー戦士は目立っていたし」
「いや、あの戦い方はお前のせいじゃからな?」

 カワズさんのツッコミ通り、セーラー戦士があの日見せた、十本の魔剣を自在に操る戦法は、俺が作ったアイテムのせいだ。けど今そこは問題じゃない。
 俺は花に改めて問う。

「他に何か目的はない? 謎の魔法使いとか、女みたいな話し方をする白い髪のすっごく強い男とか、要注意人物は?」
『話だけなら! でも嘘くさい! しんぴょう性皆無! 失敗を正当化するためのつくり話! なんでも願いを叶える魔法使いなんているかよバカバカしい! いたら俺が王様にしてもらうわ!』

 スパイさんの本音をにじませつつ、とても素直に答えてくれた。
 そっか。この人、王様になりたいのか。なかなかの野望をお持ちのようで。
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