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5巻

5-2

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「ですよね! 私もそう思います! でもですね! 卒業する方法はそれだけではないのですよ! 学校を作った魔法使いの方針でですね? 一年で基礎課程を終えた後、魔法に関するレポートで一定の評価を受けると単位がもらえるのです! そこで私、考えました。私は水属性の魔法が得意なのですが……それを補助する魔法薬についてレポートを書こうと! でも、参考になりそうな魔法薬は高いんです。私はどうにかしようと金策に奔走ほんそうしましたとも!」
「魔法の特訓とか勉強とかじゃないんだ……」
「そこらへんはちゃんとやってます! した上でです! そこ大事なところですよ? 誤解のないように! で、です。皆が欲しがりそうな魔法薬の材料には珍しい薬草が沢山いるのでお金がかかってしまうわけです! 所詮は学生の身分……学業の合間に貯められるお金なんてたかが知れています! っていうか高すぎるのですよ薬草!」
「思っていたより高価だったんだね……」

 それにたとえ材料があったとしてもそんな簡単にうまくいくものじゃないことは私にも想像がついた。太郎達は簡単にやっているが、あれは強大な魔力という下地があってこそだろう。そもそも彼らを基準に物事を考えては駄目なことは私も知っている。実際そうだったようでミレーネも肩を落としていた。

「それでも私は学校を諦めきれませんでした! 私は所詮、田舎娘です! でもせっかく魔法学校に入学出来たんですから魔法使いとして大成したいではないですか! やっぱり都会で魔法使いやるのが一番もうかりますからね! 都会で魔法使いと認められるには最低でも魔法学校卒業は必須! そこで私はついに最後の手段だったフィールドワークにすべてを懸けることにしたんです!」
「それってつまり……新しい魔法をどこからか見つけてこようってこと?」
「はい! 世の中にはまだまだ発見されていない魔法が眠っていると聞きます! 一部の有力な魔法使いは、不思議な効果の魔法を持っているという話ですし! 新しい魔法を見つければ、成果として申し分ないじゃないですか! もうこれしかないって思ったんですよね! そもそも公平じゃないんですよ! 魔法使いの家系の奴らは何世代もかけて改良した魔法を生まれながらに持ってるんですよ? 勝てるわけないじゃないですか!」
「いやぁ。まぁ……なんだかなぁ」

 私は曖昧にぼかすことしか出来なかった。なんというかこの子、相当無謀むぼうだ。ただ……自分とちょっと似通っている部分があると思えるのが痛いところだ。
 ミレーネは希望に満ちあふれた光で瞳をいっぱいにしながら、あさっての方向を指差して力説する。

「そこでです! この町の近くにある森に、『死霊の屋敷』って呼ばれている家があることを思い出したんです! 死霊の屋敷は昔、魔法使いの家だったって噂がありまして! これは中に入れば強力な魔法の手がかりがまだ残っているんじゃないかと! だから私は切り詰めて貯めたお金を全部使って、傭兵ようへいを雇ったんです!」
「で、だまされちゃったんだ」
「はっはっはー! そうなんですよねー! お金を前払いしちゃったのが間違いでしたねー。この酒場で待ち合わせのはずだったんですけどー、待てど暮らせど現れませんで。うっかり寝てしまったら……持っていた財布も何者かに盗まれちゃったんですよね……うっ、うううっ私の滞在費。もう終わりです! 無一文で学校も落第確定! ああ、もういっそこんな世界、明日にでも滅べばいいのですよぉぉぉぉ!!」

 最初はかなり元気に、そして段々トーンを落として、最後は絶望にむせび泣いてミレーネは絶叫する。浮き沈みが激しいなんてもんじゃない。まるでジェットコースターみたいな感情の起伏だ。宿屋の主人の苦労がしのばれた。

「お、落ち着いて」
「……落ち着いたら、どうにかなりますかね? ……例えば、初対面の美人がお金を貸してくれるとか」

 私の目を見てそんなことを言い出すミレーネ。冗談っぽく言っているが、あの目は本気だ。

「えーっと、まぁ大変だとは思うけど、頑張って?」
「ううっ……世の中は冷たいです」

 どうにも調子の良さは面倒臭さ以上みたいだった。でも、彼女がさっき言っていた死霊の屋敷。彼女と目的は違えど、興味はある。ためらいはあったものの、私はミレーネが落ち着くのを待って切り出した。

「ところで、君さ。さっき魔法使いが住んでいたっていう……死霊の屋敷だっけ? そんな話をしてたよね? この辺りじゃ有名なのかな?」

 カワズさんの話でもずいぶん変わり者の魔法使いだったという話だし、かなり有力な情報だと思う。ミレーネはキョトンとしていたが、すぐに頷いた。

「ええ、それはもう。お化けの森の死霊の屋敷は、知ってる人は近づかないし、知らない人も近づけない、魑魅ちみ魍魎もうりょう跋扈ばっこする、それはおっそろしい場所ですけど?」
「……そんな場所に入ろうとしてたんだ」
「だって! 仕方がないじゃないですか! このままだと確実に落第ですよ! 卒業も出来ない、魔法も中途半端な魔法使いのまつなんて考えたくもないんです! 命くらいかけないと、この窮地きゅうちは脱せないんですよ!」

 ミレーネは自分で言っていて絶望したのか、頭を抱えていた。

「でももうだめなんです……ハハハ、気にしないでください、偶然出会った人。最後にあなたみたいな人に出会えて私、幸せでした。明日くらいに路上で冷たくなってる誰かがいたら、たぶん私なので花でもそなえてくれたらうれしいです」
「待って待って。要するに君は、その死霊の屋敷に行きたいんだよね?」
「はい……。ああ、このまま一人で突っ込んでいって、明日は死霊の仲間入りって選択肢もありますね」
「だから待ってって。ネガティブ禁止! そうじゃなくて……君はその死霊の屋敷について詳しく調べてたりするのかな?」

 無計画そうに思える彼女がそこまで準備しているわけないかとも思ったのだが、ミレーネは自分のリュックをパンと叩いた。

「え? それはもう綿密に計画していますよ? 屋敷の見取り図だって手に入れたんですから」

 そう言って彼女は、自分の大きなリュックサックから見取り図を取り出す。
 私は思わずのどを鳴らした。

「これは……」

 これが本物ならすごく助かる。
 私はミレーネの手を握り締め、覚悟を決めて言ったのだ。

「私も、その、死霊の屋敷に用があるんだ。……よかったら、私が一緒に行こうか?」
「本当ですか! 助かります! 腰に下げた剣を見た時から、一緒に行ってくれたらいいなーって思ってたんですよー! それで? 腕には自信ありですか!?」
「最初からそのつもりで私の足、掴んだんだね……。まぁそれなりに自信はあるよ?」
「そうですか! 大丈夫です! 私もサポートするので頑張ってください!」
「よろしく……」

 調子のいい人だ。しかもものすごく。
 だけど、死霊の屋敷についての情報を教えてくれるのなら、大した問題じゃない。
 その死霊の屋敷とやらがカワズさんの言っていた魔法使いの家だろう。百年たった今でも存在していることにも驚いたが、まだ何か残っているかもしれないという話を聞いたことで、さらに希望が色濃くなったのは歓迎である。

「あ、でも。報酬ほうしゅうの方は後払いでお願い出来ますか? ダイジョブです! 卒業はほんの足掛かりです! 屋敷の魔法を使ってドカンと一発儲けることも夢ではないですとも!」
「……それは気が長すぎやしないかな? でも、この辺りに土地勘がないから、詳しい人がいて助かったよ」
「ってことは! タダなんですね! それじゃあお互い様ということで!」

 これまでで一番うれしそうに私の手を強く握り返すミレーネに、思わず苦笑いを浮かべてしまった。


     ◇◆◇◆◇


 死霊の屋敷までの道中、ミレーネと色々と情報を交換した結果、漠然ばくぜんとしていた死霊の屋敷という場所は、聞けば聞くほど厄介なところらしいことがわかった。
 私がなぜその屋敷に魔法が残っていると思うのかと質問すると、ミレーネが妙なことを言い出したのだ。

「ああ、その心配は全然大丈夫ですよ。ホントに出ますから」
「え? 何が?」
「だから……魔法を守っている連中が出るんですよ」
「……魔獣とか?」
「いえいえ、まさか。死霊の屋敷なんですから、出るのは幽霊でしょ? しかも飛び切り凶悪な死霊の群れらしいですよ? 知らずに近づいた人はみんな死んじゃってひどい状態になって見つかるんです。だから小さい時からここには絶対近づいちゃいけないって口を酸っぱくして言われるんですけど。でもやんちゃな子の中にはついつい行っちゃう子もいてですね……」
「……いるんだ」
「ええ、そのまま死霊の仲間入りです。怖いですね」
「うわー……それって実害があるってことだよね? ……これだからファンタジーは」

 さすがにその落ちはどうかと思う。私も背筋が寒くなってしまった。
 私は幽霊という存在を甘く見ていた。向こうでもよく聞く類の話ではあるけど、本当のところははっきりとしない漠然とした印象だったのだが、さすがは異世界だ。
 私が幽霊についての意識を単なるオカルトとしての基準から実際に害のある脅威として設定し直していると、ミレーネは得意顔で指を振る。

「そんなわけで、死霊の屋敷なんて言われてはいますが、私の知る限りでは屋敷をまともに見た人はいないのです。それで私が調べたところによりますと、この屋敷は百年くらい前に魔法使いの別荘として建てられたみたいです。魔法使いはある遺跡で強力な魔法を手に入れたらしいのですが……肝心の魔法についてはあまり記録が残っていなかったんですよね」
「あ、それはたぶん結界の魔法だよ」

 カワズさんからもらった資料にもそうあった。カワズさんがどこで資料を手に入れたのか気になったが、考えてみればその当時から生きていれば、それなりの情報は得られるのだろう。
 ミレーネは、私が魔法使いの隠し持っていた魔法について知っていることに驚いた。

「何でそんなことまで知ってるんですか!」
「ちょっと知り合いに聞いたんだ。だからここに来たわけなんだけど」

 ミレーネは目の色を変えて私に詰め寄ってくる。どうやら、驚いたからではなく欲に目がくらんだらしい。

「うーん、でも結界の魔法ですか……それはやばいですね。もしそんな魔法を手に入れてしまったら、一気に大出世どころか歴史の教科書に名を刻みかねませんよ? あ、サイン書きましょうか?」

 本当に調子がいいミレーネだった。

「……手に入れた気になるのはまだ早いと思うんだけど?」
「何を言っているんですか。楽しい妄想もうそうが出来るのはたいてい、手に入れる直前までじゃないですか。だから今のうちに妄想を膨らませておくんです。……そうじゃないと、後に訪れる絶望に耐えられない」

 彼女の妄想は、結構後ろ向きな理由だった。

「……それにしても本当の幽霊か。初めて見るけど大丈夫かな?」
「何とかなりますよ! 私、運はいいと思うんですよね! 入試は一発で合格だったんですけど、一般人では珍しいんですよ!」
「……その時に運を使い果たしちゃったんじゃないかな?」
「何でですか!」

 それはだって、出会いの惨状さんじょうを見ればねぇ?
 そんな感じであーだこーだ話をしながら、私とミレーネは魔法使いの別荘へ向かった。


     ◇◆◇◆◇


 怪しい気配が充満しているように感じるのは、濃くなってきた霧のせいなのかもしれないし、木々で日光がさえぎられた暗い山道のせいかもしれない。
 異世界に来たばかりの頃の私なら、ちょっとそこまでのつもりでやってきて、思ったよりも遠いことに驚いただろう。死霊の屋敷はそう思えるほどの距離があった。

「相当な人嫌いだったんでしょうね。正気を疑いますよ、こんな山奥に家を建てようなんて」

 ミレーネはかなり汗だくである。その分口の滑りはよくなっているみたいだが。

「もう少しだから頑張ろう。……なんだかさっきから怪しい気配を感じる。ここからは警戒した方がいいかもしれない」
「え? そうなんですか?」
「うん。たぶんね」

 私が注意を促すと、ミレーネはわかりやすく挙動不審になった。
 少し前から、かなり強力な魔力の気配が漂ってきているのを感じるのだ。魔力の感知をいつも心がけるようになってから、感覚が以前よりも鋭敏えいびんになっている。簡単な強さの指標にもなるから状況判断が早く下せるようになるので、なかなか役に立つ技能だと思う。
 今回は特別強力な奴が近くにいるというわけじゃないけれど、少し気持ちの悪い大群が一か所にひしめいている、そんな感じである。

「すごい数だ。これが全部、死霊ってやつなのかな? 確かに不気味で背筋が寒くなる感じがする」

 ぽつりと呟いた私の言葉に、ミレーネは不審そうな顔をした。

「何言ってるんですか? ひょっとして、独り言とか好きだったりします?」
「そうじゃないけど、魔力感知って知っているかな?」
「……あなたそんなレア技能持ってたんですね。どうです? あなたもうちの学校に来ませんか? 有望な新人を連れて帰ると、私の評価が上がるんですけど?」
「君のその隠し事が出来ない感じ、嫌いじゃないよ……。そうじゃなくてこれからどうする? 何かないかな? その、幽霊相手の対策とか?」

 考えがあるなら聞こうかと思ったのだが、彼女は一瞬キョトンとした後、背筋を伸ばして元気に言った。

「はい! 後方支援は頑張ります!」
「……ないんだね」

 やっぱりないか。私達の前途は多難みたいだ。


     ◇◆◇◆◇


 山道が開けて現れたのは、立派な木造二階建ての洋館。人が住まなくなってからかなりの年数が経過しているという話だったのに、外観には劣化があまり感じられない。普通ならほとんどちているだろうに、やはりただの屋敷ではないらしい。
 私達は念のために少し離れた木の茂みから屋敷の様子をうかがったのだが、ミレーネはまだ距離があるというのにとなりでガチガチと歯を鳴らして震えている。
 私が肩を叩くと、ミレーネはビクリと跳ね上がった。

「うっひゃぁ! 何するんですか! それとも何もしていませんか? どうにかしてください!」
「わけわかんないから落ち着いて。私、私。幽霊じゃない」
「べ、別に怖がっているわけじゃありませんよ? ただ、幼い頃にり込まれた恐怖がこんな時に限って次々よみがえってきているだけです!」
「それって結局怖がってるってことじゃないの?」
「違います! 全然違いますって!」

 図太いと思っていたミレーネもここにきて女の子っぽいことを言うものだ。だが――確かに死霊の屋敷というだけあって、雰囲気がある。何も起こらないなんて都合のいいことはないと見た方が良さそうだ。
 私達はしばらくそうやって様子見していたのだが、怪現象は向こうの方からやってきた。

(タチサレ……タチサレ……)

 響いてくるのは、聞き覚えのない低い声。どういうわけかそれは頭の中に直接聞こえてくる。
 似たような状況を経験していなければ、きっと私も驚いただろう。それは太郎が使っていたテレパシーにも似ていた。

「な、何ですかこの気持ちの悪い声は……はっはーん、またあなたですね? そうはいきません、私の頭の中でささやくとは……なかなかのテクニックをお持ちですな!」

 冷や汗をだらだら垂らすミレーネはせわしなく視線を彷徨さまよわせている。
 これから何が起こるかわからないのにパニックになられても困る。私は彼女の背中をでて、軽く押さえつけた。

「落ち着いて。これは幽霊の仕業しわざだから。私にこんな奇怪な特技はない」
「信じられません! 訴えますよ!」
「だから落ち着いてってば。幽霊屋敷ってわかっててここまで来たんだろ?」

 いつまでもこんな会話をしている余裕はないのである。声が聞こえるということは、相手にこちらの位置を悟られた可能性が高いだろう。死霊が来たとおびえるのは簡単だが、それでは解決にならない。
 今、大事なのは死霊を退ける方法を考えること。立ち去れというのは警告だろう。そして、私達に引くつもりがない以上、次のアクションは必ず起こる。

「……来たみたいだよ」
「ええええ! いるんですか! やっぱりいるんですよね! 私がいるって言いましたもん!」

 いわゆる半透明の触れないゴーストみたいなものが出て来たらどう対応しようかとずっと考えていたけれど、そんな心配はまだしなくていいらしい。
 木の茂みに隠れていた私達は、その隠れている茂みそのものが動いているのに気が付いた。
 私は咄嗟にミレーネを抱えて飛び出し、茂みから距離を取る。
 私達がさっきまでいた場所の背後では、木々が動物のように動いていた。

「な、何ですかあれ?」

 ミレーネは自分の目を疑ってこすっていたが、見間違いではないらしい。

「これは、近づいたら帰ってこれないのも納得だ。こんなに幽霊ってはっきりと出てくるものなんだね」
『タチサレ……タチサレ……』

 声を発しているのはもちろん動く樹木の群れで、明らかに私達を狙っている。
 根を器用に操って移動し、私達を取り囲もうとするそいつらが死霊と呼ばれる者なのだろう。

「何なんですかあれは! 木のお化けとか! そんなことあるんですか!?」

 ミレーネが私の背後に回り込んで服を掴もうとするのをやんわりと拒否しながら、私は見たままを口に出す。

「あるんだろうね。死霊が植物にいたのかな? でも直接触れるんなら、全然大丈夫!」
「アレを見てその感想、絶対おかしいですって! 女の子失格ですってば!」
「……女の子失格はひどいなぁ」

 ホラーが好きな女の子って結構多いんだから……なんて言ってる場合ではなかった。

「でもいいか。今からやろうとすることは、どう転んでも女の子っぽくはないからね」
「何余裕見せてるんですか! 来てます! 来てます!」
「わかってるよ!」

 すでに大量に出てきた巨大なお化けの木によって完全に囲まれてしまった。
 立ち去れというなら、逃げる隙間くらい残しておいてほしいものだけど、こいつらにそんなつもりは毛頭ないらしい。だが屋敷との間に入ってくれるのは、私にはむしろ都合がよかった。
 私は、剣のつかから手を放す。
 室内じゃなければアレが使えるし。これだけしっかりバリケードがあるなら安心だ。
 私は胸元のペンダントを右手で掴み、祈るように呼んだ。

「さあこい! フィールドオブソード! 君達の出番だ!」

 ペンダントの石が光り、一瞬で現れた相棒達は空中で静止すると、行く手を遮る『敵』にその切っ先を向けた。戦いの気配に荒ぶる十本の魔剣の魔力を感じて、私もなんだか電流が走ったように肌がしびれる感覚を覚えた。

「さて、今ならまだ間に合うけど……言っても無駄かな?」

 相手に逃げるつもりはないらしい。枝をからめ合わせて作り出すむちや、太い腕を見て私は確信した。
 退く気がないのならしょうがない。
 いつでも攻撃に移れるよう、空中で待機しているフィールドオブソードの魔剣達は私の命令を待っている。私にも上げた手を振り降ろす準備は出来ていた。
 私の動作にためらいはない。

蹴散けちらすよ! フィールドオブソード!」

 私がそう命じると、フィールドオブソードの魔剣達がギギギといて、獲物を喰らい尽くすべく空中を走る。



 悪霊はざっと見ただけでも大群だった。
 どうやっているかは知らないけれど、山の木々が襲いかかってくるこの状況は、まるで森そのものを敵に回しているようである。大木が大量に押し寄せてくるのだし、とてもじゃないけど剣じゃ太刀打ち出来ないだろう。ただし、それは普通の剣だった場合の話だ。
 私が使っているのも、人基準でいうなら強すぎる力の一つだと思う。
 太郎命名の武器、フィールドオブソードはただの直訳である。その正体をあえて説明するなら、太郎が作った畑のさくとして使われている十本の魔剣を呼び出して自在に操れるペンダントの名前、と言ったところだろうか?
 出てくる魔剣は竜からもらったものだと聞いている。
 何で竜が魔剣なんてものを持っているのかと問えば、自然と集まってくると彼らは答えるだろう。竜というのは常軌じょうきを逸するほどに強い。そんな存在に、人間の身で挑んだ強者達の落とし物である。
 つまりこの剣達は、竜と戦うために引っ張り出された、人類最終兵器クラスばかりというわけだ。
 そんな魔剣が十本。もらってくるのもどうかと思うけれど、畑の柵にするのはさらにおかしい。
 そして空中に浮かんだ状態の魔剣を、私がまるで手足のように操れるように一まとめにして改造したのもまた太郎の魔法だった。
 つまり魔剣は元々十本セットというわけではなく、それぞれ効果は違い、形状も様々。
 例えば今、火柱を上げて木を灰どころか消滅させたのは炎の剣。かなり常識はずれな威力を秘めており、取り扱いに気を付けないとこっちまで危なくなるだろう。
 本当は発生した火柱をぶつける魔剣らしいけれど、至近距離で使うには手加減しないといけないから、使いづらいのだ。だけど今のように宙に浮かべて離れて使えば、手に持って戦う以上の力を引き出すことも可能である。
 他の剣も、似たような問題を抱えている。雷の剣、氷の剣、風の剣、大地の剣もやはりそうで、どれも威力が強すぎるのが問題だった。今も標的に突き立った途端、敵もろとも地形を変えてしまうほどの力を発揮している。頼もしいが、やりすぎだ。
 その点でいうと一振りで数十回斬りつける分裂の剣、斬りつけると衝撃波で周りごと叩き潰す衝撃の剣などは使いやすい部類だろう。効果も特殊なので、飛ばすのではなく自分の手で握って戦うこともあった。中でも今、両手にそれぞれ持っている剣が直接装備して戦う頻度が最も高い。右手に握っているのは加速の剣。これは持ち主のスピードを加速し、この魔剣の恩恵おんけいを得ているうちは、木のお化けが放つ鞭のようにしなる枝の乱舞でさえ、スローすぎて欠伸あくびが出てしまうくらいだ。
 更に私の前に倒れ込んできた木のお化けは、もう一本、左手に持った剣で真っ二つに切り裂かれる。この剣は剛力ごうりきの剣。その効果によって通常とは比較にならないほどの力を手に入れた私のパワーは、今なら砲丸でも片手で握り潰せるだろう。
 メキメキと音を立てて両断された樹木を蹴倒したところで、ずいぶんと周囲の見晴らしがよくなっていることに気が付いた。
 十本の内、最後の一本は結界の剣だ。恐らく噂の魔法使いが使う魔法と近い力を秘めたこの剣は、魔法攻撃に対して絶大な効果を発揮するのだが、今回使う機会はなかったみたいだった。

「なんだ、思ったより手ごたえがない」

 私は木のお化け達を前に呟く。本番前の慣らしのつもりだったのだが、まともに威力確認出来るほど相手はタフではなかったらしい。
 敵はすべて動かなくなり、私はため息とともに剣を呼び戻して魔剣達を元の場所に送り返す。
 念のため、結界の剣だけは手元に残しておくとしよう。
 とりあえずの安全を確保出来たところで、私はミレーネの姿を探した。
 彼女は動かなかった木の陰で親指をしゃぶりながらひざを抱えていた。

「アバババババババ」
「終わったよ? さぁ屋敷に入ろうか?」

 危機は排除したが、ぐずぐずしていてはまたおかしなことが起こるかもしれない。
 私が手を差し伸べると、ミレーネはビクリとおびえて身をすくませたのち、ようやく正気を取り戻した。

「――な」
「な?」
「何なんですか今のは!」

 だけど、正気を取り戻した途端、怒鳴られてしまった。突然の出来事に、私は目を白黒させて耳を押さえた。

「何って。襲いかかってきたから退場してもらったんだよ? ほら、早くしないと次が来るかも」
「何普通に流してるんですか! あれですか! あなたどこかの戦神か何かですか!」
「いや、あれは私の力じゃないから。だいたいが魔剣の力だってば。たいしたことじゃないって」

 実際アレは持ってさえいれば誰だって力を発揮出来る。しかしそんな説明ではミレーネは納得出来ないようだ。
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