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4巻
4-1
しおりを挟むプロローグ
異世界でパソコンを使おう。そんな無謀な企画は魔法の力で成功した。
どうなるかまるでわからなかったパソコン配布プロジェクトも、目下、異世界人達からの評判は上々である。
あらゆる所を回って配り歩いたおかげで、利用者も少しずつだが確実に増えている。最初はメールやテレビ電話の利用がメインだったが、今ではブログやチャットを模した機能が好評だ。
俺も含めたヘビーユーザーは、『スケさん』『薔薇の君さん』『クイーンさん』、そして『匠さん』。たまに『長老さん』などなど。日々、それぞれブログの記事をせっせと更新したり、チャットで馬鹿話に花を咲かせたりしている。ちなみに今出た名前は、どれもハンドルネーム。
俺はパソコンを配り歩いている張本人だから、誰がどのハンドルネームかおおよその見当はつくんだけど、他のユーザー間ではちゃんと匿名性が機能していると思う。
そんなネットの仲間内で最近、よく話題に上る単語があった。
魔王。
多少の差はあれど、この言葉の知名度は地球でもかなり高いだろう。小説やらゲームやらのファンタジーモノにおいてラストに登場するボスキャラ。俺のイメージはだいたいそんなものだ。
ある日突然俺が召喚されたこの異世界にも、きちんと魔王と呼ばれる何者かが存在していて、人々の間では悪の権化として恐れられているらしい……俺のイメージ通りでビックリした。
ちなみにこの異世界では『魔族の王様』を略して魔王と呼ぶみたい。
それで肝心のネット仲間達の話題だが――。
魔王はずいぶん昔に滅ぼされたんだけど、近頃、新たな魔王が誕生したというのだ。
こんな話を聞いて黙っているわけにはいかない、ここは一つ、真偽のほどを確かめてみたらどうだろう、という話になり、その調査員としてなぜか俺が大抜擢されたのだ。
今回の俺のぶらり旅は、そんなチャットでの雑談から始まったのである。
旅の目的は簡単。単純に魔王とやらの姿を、この目で確かめるだけ。
会いに行って、何かの間違いで戦わなければならなくなった時に、俺が相手ではあまりにも魔王がかわいそうだからと、とある道具を作り、とある人物にそれを渡して代わりに戦ってもらう事で方針は決まった。ここまではかろうじて、みんな理性的であったと思う。……しかし、そこから先のチャットログは、闇へと葬り去るべきだろう。
――次々に提案される資材と技術、そして大魔法……。本来ならば止められるべき蛮行が、次々と賞賛されていく恐怖。
この世に生まれてはならなかったものが誕生し、魔王へ会いに行く準備が整ってしまった。
こうして、俺達は今、ここにいる。
1
俺達が今日やって来たのは、寒そうな海に浮かぶ島。
そこは数々の強力な結界に守られ、常に激しい潮が渦を巻く絶海の孤島だ。空には暗雲が立ち込め、無数の魔獣が飛び交っている。
そこへたどり着くためには、人を全く寄せ付けない広大な死の森を抜け、さらにそこから船を使わなければならない。近づける者は皆無だろう。
そんな島に、今回の目的である魔王城は存在する。
しかし、そのようなルートを通るのは面倒なので、瞬間移動の魔法を使って魔王城の目の前から今回の旅を始める。魔法って便利だね。
メンバーは、いまいちパッとしない見た目の人間と、カエル、そして妖精。魔王城に向かうパーティとしては、人選ミスにしか見えないだろう。
「ねぇねぇタロ? ……どう考えてもわたし場違いじゃない?」
張り詰めた空気に気圧されたのか、俺の頭にしがみついているトンボが戸惑いの声を上げる。
赤い髪のショートカットが愛くるしい彼女は、ツナギっぽい服を着た手のひらサイズの妖精だ。トレードマークのゴーグルにちなんでつけられた「トンボ」というあだ名もすっかり定着した。
彼女は俺をタロと呼ぶ。ちなみに俺の本名は紅野太郎。天パー気味の黒髪とジーパンに黒シャツ、そして黒マントをトレードマークとして定着させる事に心血を注ぐ、地球は日本からやって来たぽっと出の魔法使いである。
俺だってトンボが不安になるのもわからなくはない。こんな怪しい場所、ただの妖精がうっかり迷い込みでもしようものなら一瞬で消えてなくなりそうだ。
不安げなトンボの顔を見て、俺は努めて明るく言う。
「そんな事ないない! むしろトンボちゃんの協力は不可欠って言うか?」
今回、トンボには主役級の活躍を期待しているのだ。弱気になってもらっては困る。
「へ? そう?」
「そうそう……あんまり気にしない方がいいんじゃない? どうとでもなるよ」
「……そりゃそうだよねー。ビクビクするだけ無駄なのかも? タロがいればおかしな事にはなっても、危ない事にはならなさそうだし!」
「……ん! まぁそれでいいよ!」
その認識には修正を要求したかったが……トンボが安心してくれるのなら、あえてスルーしておくのもいいだろう。
俺は用意してきたメモを確認し、続いて正面に見える禍々しい外観の城を眺めた。もちろん、島に着いてからここに至るまでの困難な道のりはすべて省かせてもらっているので、達成感は皆無だけど。
魔王城という言葉がぴったりくるこの城、個人的には是非改装工事をお勧めしたい。
マグマのお掘の向こうには巨大な城壁。城への跳ね橋は降ろされており、その先には大きな悪魔型の石像が立つ城門が見える。相当に趣味が悪いデザインだ。
いや……魔王のイメージを魔王自身が正確に理解しているなら、とてもいい趣味をしていると言うべきなのか?
重厚な雰囲気が漂う城からは今にも何か出てきそうで、『恐ろしい魔王城』という看板でも立てたいぐらいである。
しかし、いくら入るのがためらわれるとしても、行動を起こさなければならない。
周囲に誰も見当たらないので、口元に両手を当てて、俺はとりあえず大声で叫んでみた。
「すみませーん! 誰かいませんかー?」
返事はない。が、意味がなさそうに思えた呼びかけも全くの無駄ではなかったらしい。
地鳴りのような音がしたのはその直後。いかにも何か起こりそうな予感は、すぐに現実のものとなった。
「……うお! 動いた!」
「こいつらが門番じゃったか。ホッホッホ! なかなかオシャレじゃな」
「カワズさん、とてもじゃないけどわたしはその意見に賛同できない!」
三者三様の感想を漏らす俺達。緊張感が完全に欠けている。もちろん普通ならこんな悠長に構えていられる状況じゃないだろう。
俺の声に反応して、城門の両脇にあったでっかい悪魔型の石像が二体、同時に動き出したのである。
山羊を模した頭部を持つ、いかにも強そうなそいつらは、いつかカワズさんに見せてもらった動く石の化け物、ゴーレムのでっかいバージョンみたいだ。見上げるほど巨大な石像が動き出す様は壮観で、俺を存分に威圧してくる。
「うわ……トンボに賛成だな、俺は。えっと……こういう場合は――」
慌てて手元のメモを確認すると、カワズさんが怪訝な顔をする。いまさらだけど、そして言うまでもない事だけど、カワズさんとは、俺を異世界へ召喚した張本人である。本人曰くスゴ腕の魔法使いだが、現在は諸事情でカエルの姿なのだ。
「さっきから何を見とるんじゃよ?」
「ん? いや……大したもんじゃないけど」
別に隠すような物ではないのでメモを手渡す。表紙に書かれた文字を見たカワズさんは、とんでもなく胡散臭そうな顔をした。
「なんじゃよ、これ?」
「魔王さん家訪問マニュアル」
「マニュアルってお前……」
カワズさんがあまりにもかわいそうなものを見る目をしていたので、俺は慌てて補足説明をする。
「いやさ、さすがに相手が相手だし、無策はまずいかなって」
こいつは、俺のあんまり頼もしくないネット友達が未知との遭遇に備え、その場のノリとテンションで制作してくれた緊急マニュアルである。フォローはしたものの、俺だって正直微妙な代物だと思っていた。
「魔王城とか不安だし、気休め程度のつもりで持って来たんだよね。でも肝心な事が書いてないんだよ。たとえば……礼儀作法とかさ。やっぱり握手ぐらい求めた方がいいかな?」
「……礼儀作法はそんなに重要じゃろうか?」
俺の話を聞いて、渋い顔をしたカワズさんが露骨に重たいため息を吐き、続けた。
「……まあ、適当でええんじゃないかの? で、いったいそのマニュアルとやらには何と書かれとるんじゃね?」
「あ、興味ある? えーっとだね。まず相手が手を出してくるまでは決してこちらから攻撃しない事。手を出してきた場合は防いでもいいが、自分からはダメ絶対。【注意】魔力は隠さないでおく(そうすれば雑魚が寄ってこないので)」
「なんというか……すさまじく大雑把じゃな」
そう言ってカワズさんは眉間に皺を寄せる。それには俺も同感だった。
「ちょ、ちょっと! 来た! 来てるってば!」
俺の頭の上にいるトンボが叫ぶ。
おっといけない。雑談に集中しすぎて、せっかく出てきた門番をすっかり忘れていた。
トンボの言う通り、巨大な動く石像は橋を渡り、もう目の前まで迫ってきている。だがそんなにビビる必要もないだろう。今日は場所が場所だけに、いつも以上に気合いを入れて防御の魔法をかけてきたのだ。
「大丈夫、大丈夫……って我ながらすごい余裕だな。俺もだいぶ非常事態に慣れてきたもんだ……」
今日、突然隕石が降ってきて、この星が滅びたとしても、俺達だけは無傷で生き残れるだろう。そんな無茶苦茶がまかり通るぐらい、ガチガチに守りを固めている。
拳を叩きつけてこようものなら、砕けるのは向こうの拳に違いない。
『ムアアアア!!』
石像が、雄叫びと共に腕を大きく振り上げる。
「うひゃぁ!」
俺は情けない声を出して、ついつい後ろへ飛び退き、振り下ろされた鉄拳をかわしてしまった。いくら大丈夫でも、あんなものが降ってきたら普通によけちゃうよね。
目の前の地面が派手に砕ける。どうやら石像の拳は、迫力に負けず劣らずの威力があるらしい。
「……やっぱ怖いね」
「わたしはもっと怖かった!」
涙目のトンボほどではないが、俺もちょっとドキドキしてしまいましたとも。
拳での一撃は空振りだったが、攻撃は攻撃。マニュアルはフェイズ2に移行する。俺はメモの続きを読み上げた。
「えー、攻撃された場合はなんとなく強そうに振る舞いましょう。弱腰は厳禁です。タローは魔力もありますし、行動で威厳を示せば無駄な戦いを避けられます……ほんとか? これ?」
「いや、その作戦、意思を持たぬ石像相手には無茶じゃないかのぅ?」
「そ、そんな事より、また動き出してるってば!」
トンボが恐怖で慌てているのはわかるが、人の頭をばしばし叩くのは止めて欲しい。トンボとカワズさんからの暴力については、防御魔法の対象外にしてあるので、叩かれると普通に痛い。
「おおう、このまま放置ってわけにもいかないよな。……ええっとこの魔法が、じゃなくてこっちか? ええっと……攻撃ぃーじゃなくて、むしろ止める? いやいや敵をもろくしたりとか?」
「なんでもいいから早く!」
「痛いって! 髪を引っ張るなよ!」
はわわと慌てふためいて俺の髪を引っ張るトンボ。その痛みで俺は涙目になった。
「……何やっとんのだ、お前らは」
そう呟き、俺達の横をスタスタと歩いて行ったカワズさんはあっさり石像に触れる。俺は一瞬ビクッとしたが、どうやら取り越し苦労だったらしい。
カワズさんが触れた途端、石像がピタリと動きを止めたのである。
「よしよし、成功じゃな。ほれ、ハウス!」
それだけではなく、たった一言で石像は元の場所へと戻っていったのだ。
続けて残りの一体にも同じように命令する。これで門への道を遮るものはなくなった。
「な、何したの?」
危機が去り、ぱちくりと目をしばたたかせていたトンボは、カワズさんの前に飛んでいき質問をする。カワズさんはなんでもなさそうに手を振って答えているが、声色はどこか自慢気だった。
「なに、一時的に命令を上書きしただけじゃよ。基本的な構造は、家のゴーレムと変わらんからのう。ほら、さっさと行くぞい」
説明もそこそこにカワズさんは俺達を促す。
「ほいほい」
「ちょっと待ってぇ!」
トンボは体当たり気味に俺の頭に戻ってきた。
……よしよし、まだおかしいとは思われていないだろう。
俺とカワズさんは目だけでやり取りし、にやりと笑う。ちなみにカワズさんには、今回の隠し玉についてちらっと話し済みだ。もっとも、詳細は見てのお楽しみという事にしてある。
まだメインイベントには早いのじゃろ? カワズさんの目がそう訴えている気がする。確かにこんな門番程度にアレは過ぎた代物だろう。それに今、アレを使おうとして逃げられては困る。城の中に入ってしまえばその心配はないだろうから、もう少しの辛抱だ。
俺達のアイコンタクトは、トンボに悟られないよう、一瞬で行われた。
◇◆◇◆◇
跳ね橋を渡って辿り着いた城門に仕掛けはなかったので、簡単に城内へ入る事が出来た。そして、きれいに手入れされた庭を通り、いよいよお城訪問である。
ギギギと重い門扉がきしむ。
「ごめんくださーい……」
扉を開けて中に入ると、そこはシャンデリアが印象的な、広大な玄関ホールだった。シャンデリア以外に明かりはないため、一部を除いて視界が悪い。
まさに魔王城と言うべき薄暗い空間の中央部、ちょうどシャンデリアの真下辺りに、俺達を待ち構えている何かがいた。
「来たか……」
喋っていたのは、丈夫そうな鎧である。一人佇む首のない鎧は、大きな鉄球を片手に微動だにしない。頭の部分には何もないのだが、ぽっかりと空いた暗闇がこっちを見ているように感じた。
かなり不気味だが、話を聞けるのは彼しかいないので、この際、仕方がない。
「あのぅすいません。魔王さんにお話があって伺ったんですけど……ご在宅で?」
俺は頭を掻き、キョロキョロと周囲を確認しながら話しかけてみる。すると、どこから声を出しているのかわからないが、鎧はドスの利いた声で言った。
「……魔獣共が騒いでいるから何が起こっているかと思えば、これはまた貧弱そうなのが来たものだな。人間ごときが魔王様に謁見など、かなうはずもあるまい? 身の程を知れ!」
「ええっと……いないんですか? 魔王様?」
「我の話を聞いておらんのか! 貴様らなんぞ、この城に入る事すらおこがましいわ! よもや生きて帰れるなどと思ってはいまいな!」
……怒られちゃった。
鎧さんは俺の問いに答える気などさらさらないらしい。しかしきちんと対応はしてくれるようだ。
さすが魔王城。たとえ誰だろうと、敵を迎え入れる懐の深さは尊敬に値する。
さっそくのパターン分岐に、俺はメモを取り出した。
「……ですよねぇ。ええっと断られた場合は……。なになに? 魔族は魔力の感知能力が人間よりさらに低いようです。生まれた時から能力が高いため、相手の実力を全く気にしていない事が原因ではないかと思われます。もしくはその程度の知能すらない場合も多し?」
知能がないってそんな事ないと思うけど。思わずじっと目の前の相手を見てしまう。
……確かに頭はついていないけど?
俺の視線が癇に障ったのか、鎧さんは手に持った鉄球をドカンと床に叩きつけた。鎧さんとは、俺が今、即興でつけたあだ名です。
「何をぶつぶつ言っている! 恐怖のあまり気でも触れたか!」
「あーすいません。えっと……あなたは?」
ダメもとで再び質問してみた。すると、鎧さんは律儀に自己紹介をしてくれた。
「まぁ無理もない! この魔王親衛隊四天王が一人! 大地の*****様を目の前にしてはな! 絶望に怯えて死ぬがいい!」
ガチャリと胸を張り、そう言い放った鎧さんに俺は戦慄した。
四天王……だと?
まさかそんなモノが存在するとは、魔王様は基本をよく弁えている。
「すごいな魔王城……ここまでクオリティが高いとは正直思わなかったぜ」
気が付けば、俺は流れる汗をぬぐっていた。
「この会話の温度差は何なんじゃろうな。かなり切迫した場面だと思うんじゃが?」
「うはー……なんかやる気満々だよこの人? 四天王だって。……わたしを見捨てたりしないでよ?」
カワズさんもトンボも四天王の鎧さんの登場に浮足立っているらしい。
こうなったら俺も、メモの助言に従って、強者の余裕とやらでしっかり場を盛り上げねばなるまい!
俺はカワズさんとトンボの前に自ら一歩進み出ると、腰の後ろで手を組み、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべて声を張り上げた。
「ホッホッホ! あんな事を言っていますよ! カワズさん! トンボさん! どうやらこのお馬鹿さんは、我々の実力をわかっていないようですね!」
そう叫んだ後、二人の反応を確認しようとゆっくり振り返る。
俺の発言に、カワズさんとトンボの表情はなぜか凍り付いていた。
頑張ってキャラ作りしたというのに、シラっとした間が痛い。
「……なんじゃいそれ?」
カワズさんが不思議そうに聞いてきたので、俺は焦って思わず口走る。
「え? 強そうじゃない?」
そんな言葉にもカワズさんは首をかしげるばかりだ。続いて俺は、トンボにすがるように視線を送ってみたが、彼女の反応もイマイチだった。
「どうなんだろう? 悪そうではあるけど」
先の口上、仲間内では不評のようだ。
……うう、異世界ではこの邪悪な丁寧口調の恐ろしさは通じないのか?
「な、何だかよくわからんが、貴様がまずは相手なのだな?」
あ、鎧さんが気を使ってくれた。結構いい人なのかも。
せっかく気を使ってもらったのに申し訳ないが、その問いには否と答えさせてもらおう。
俺は再び鎧さんの方へ顔を向け、告げる。
「いえ、違いますね」
「……なんだと?」
俺の返答に困惑気味の鎧さん。貴方の相手は俺じゃないのだ。
今日の主役はちゃんと用意されている。俺とカワズさんは再びアイコンタクトを取る。
コクンと一回頷くカワズさん。意図は通じたらしい。
タイミングはここである。
俺はトンボの方へ振り返って微笑み、彼女の後ろに回り込んでそっと背中を前へ押し出す。
「へ?」
気の抜けた声を出すトンボをよそに、俺は高らかに宣言する。
「あなたの相手など彼女で十分です! それでは、やっておしまいなさいトンボさん!」
呆然としていたトンボの顔が、みるみる固まっていく。
「えええええ!? 何それ!!」
彼女は、これ以上ないくらい度肝を抜かれていた。
◇◆◇◆◇
「きーてない! 聞いてない! 無理無理無理! 無理だから! あんたらばかじゃないの! か弱い妖精をあんな化け物に差し出すなんて、食ってくれって言ってるようなもんじゃない! わたし死にたくないってば!」
「大丈夫だって。あいつ口ないし」
「そういう問題じゃない! 死因は正直どうでもいい! やっぱりよくないけど!」
「俺だってこのまま放り出したりはしないさ。はい、プレゼント。これ付けて頑張ってきて!」
俺が激励と共にトンボに差し出したのはビー玉くらいの小さな宝石。だが、もちろんただの宝石ではない。
綺麗に磨き上げられ、高級なイースターエッグのように飾り付けられたそれは、誰が見ても相当のこだわりが見てとれる一品だろう。
手渡された瞬間、トンボも喚くのを忘れてぽかんとしたくらいである。しかしすぐに我に返ると、またプンスカと怒り始めた。
「嫌だから! それってやっぱりわたしが戦うんじゃん! 根本的に間違ってるから!」
「そんな事ないって。ほら! この戦いが終わったら、お菓子もたくさん用意するから……ね?」
俺は諦めずフォローを入れ、ダメ押しとばかりに賄賂を持ちかける。
そこまで聞いてトンボはぴたりと黙り、しばらくしてぶつぶつと呟き始めた。
「……むー、タロがここまでごり押ししてくるという事は、危ないなりにも身の安全は確保されているとみるべき? となると……もうちょっとごねてみる? いや、これ以上は場の空気が持たないか。このあたりが潮時かもしれない……」
「心の声がもれてるもれてる……」
熟考した後、トンボは結局ものすごく渋い顔で頷いて、俺から宝石を受け取った。
「……ケーキがいい。イチゴの乗ったやつ」
「OK! わかった! それじゃあ頑張って!」
「死んだら絶対化けて出てやるからね!」
少々手間取ってしまったが、説得は成功した。これで準備は完了だ。
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