俺と蛙さんの異世界放浪記~八百万ってたくさんって意味らしい~

くずもち

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息抜きの一幕 クッキー編

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「ふむむむむむ……」

 パソコンもどきの制作でこもり始めてから、どれくらい経っただろうか?

 今だ完成の目処は立たない。

 完全に煮詰まり、ふらふらしながら家の中をぶらついていると、我が家の装飾品担当が、難しい顔で口をとがらせているのが目に付いた。

 今はどうやら、棚の上に設置する置時計を製作中らしい。

 俺は自分で作ったマグカップでお茶を飲みながら、なんとなく声をかけてみた。

「精が出るなぁ、トンボちゃん」

 するとトンボは横目で俺を確認すると、なんだか鼻で笑われてしまった。

「それほどでもって言いたいとこだけど……そっちほどじゃないと思うよ?」

「そうかな?」

 確かに、ここのところ籠っていたせいで、多少薄汚れた気はする。

 ……根を詰めても仕方がないか。

 反省しよう。

 せっかくなので休憩がてら作業を見物するのもいいかとトンボが胡坐をかいている作業机に、その辺りから適当に椅子を持ってきて座ったのだが、トンボもちょうど区切りがいいところだったらしい。

 彼女はコキコキと体を鳴らすと、作りかけの時計を少しだけ不満の残る顔で眺めてからふぅと息をつく。

 そしてそのままコロンと転がって、俺の方に視線を向けた。

「うーんと、こっちはなかなかかな? もうちょっとここの彫刻をどうにかしたいんだけどさ!」

 しかし自慢げに見せてきた時計は、俺からしたらもうすでに素晴らしい出来に見える。

 文字盤も小さな宝石で飾りつけられているが、それでいて豪華すぎず、実にシックでいい具合だった。

 そのいまいち納得出来ないという、木製の外枠に彫り込まれた妖精と花の彫刻も、全然ありだと思うのだが、そこは職人的な意味で、何かこだわりがあるのかもしれない。

「この時計って奴? ものすごく精巧で面白いのなんのって!」

 興奮気味にトンボは傍らに置いてあった見本の時計を枕にしながら、楽しそうに机の上を転がっていた。

 トンボに渡したのは、壊れかけた骨董品のアナログ時計だったのだが、恐ろしく器用なのかその中身を分解して理解してしまったらしいのだ。

 その上、一から組み立てて、外側まで自作する凝りようだ。

 実際出来てしまっているのだから驚きである。

 ひょっとしたら妖精という奴は、人間よりよほど器用な生き物なのかもしれない。

 その恐ろしく器用な妖精は、今は能天気に時計のリズムに合わせて首を振っていて、とてもそんな風には見えなかった。

「チックッタックッチックッタック~ってこのリズムが好き! それで? そっちはどんな感じなの?」

「ふーん……それがあんまりよろしくないんだよなぁ」

 対して俺はといえば難航してきたパソコン製作に早くも頭を抱えていた。

 いや、おおよその形を作る事は難しくなさそうなんだ。

 文字や映像を送る魔法はすでに魔法使いの間では割と使われている魔法だし、確かにその手の魔法は向こうのおとぎ話なんかでもよく聞く。

 やろうと思えば、いつかの俺への手紙に仕込んでいたように、立体映像すら出来そうなんだから、逆に現代よりも高性能になる可能性すらあった。

 さらに情報を保存する魔法だが、これも魔法使いの間ではかなり研究されている部類らしい。

 魔法使いは個人主義の上、ガッチガチの秘匿主義だそうで、自分の研究成果を保存することは各魔法使いの命題に近いものらしいのだ。

 それはカワズさんも例外ではなく、その技術の一部を流用すれば文章や画像程度なら、いくらでも保存出来るとお墨付きを貰っている。

 集めた情報はいつでも編集出来て、鏡から見られるようにする事も、まぁ出来なくはないらしのである。

 つまる所これをサーバ替わりに、掲示板や、チャットの真似事が出来るようになるかもしれないわけだ。

 やりようによってはホームページも作れるかもしれない。

 しかもすでに研究が進んでいるだけあって、魔法陣はかなり効率化されていて、非常に低魔力の魔法ばかりだというのが素晴らしかった。

 ……ただそれは、対象が魔法使いであるならの話である。

「魔力が少ない人達が使う前提だからさ、そのへんがどうしようもなくて。
やっぱり魔法を常時使うようなものだと、多少なりとも魔力を取っちゃうんだよな。
今作ってる奴なんて、複雑にいろんな魔法を組合わせてるもんだから、対象から魔力を吸い取らないと、どうにも維持が難しいらしいんだよ」

 ほんの少しの魔力でも、まったく魔法の素養のない一般人には致命傷になりかねない。

 その上、テレポートやその他の機能をさらに足していくとなると、どうしても別の魔力供給源が不可欠になってくるっぽいのだ。

 そういえば物語なんかで、選ばれし者しか使えないなんて言うのは、こういう類の道具なのかもと思わなくもなかった。

「俺が行って魔法をかけ直すんじゃ意味ないし……」

 思わずぼやく。

 出来れば、メンテナンス無しでなるべく長く使えるようにしたいわけだ。

 そんな話にあんまり興味はないのか、トンボはお気楽に相槌を打っていた。

「ふーん。よくわかんないけど。人間は増えるのは早いけど貧弱だもんね。なんでそんなめんどくさそうなものわざわざ作るの?」

 不思議そうな声を出すトンボに、俺もふわふわした返事を返す。

 俺だってそんなに深い考えがあって作っているんじゃないのである。

「うーん強いて言うなら暇だから? それに料理とかうまいもの沢山食べたくってさ。教えてもらえたら便利そうじゃん?」

 作るにしても、食べに行くにしても、知らないんじゃどうしようもない。

 出来るだけわかりやすく説明したつもりだったのだが。

「料理? 料理って何?」

 だがトンボから帰ってきたのは、思いもよらない返事だった。

「……トンボちゃん、料理知らないの?」

 信じられずにトンボを見ると、きょとんとはしているが真顔である。

 ふむ、どうも妖精には料理の概念がないらしい。

「うん。何それ?」

 俺は戦きつつ、説明を試みることにした。

「食べるものとかを、加工すること。焼いたり煮たり」

 料理の説明なんて生まれて初めてしてしまった。

 トンボも理解しようとはしてくれているようだったが、いまいちピンとこないらしかった。

「へぇー。人間って食べ物までいじるんだ、面倒くさいね」

 そして最終的にトンボからは、なんとも奇抜な感想をいただいた。

「ところがどっこい、これがなかなか侮れないんだぞ? 妖精は普段どんなもの食べてるんだよ?」

「わたし達? 基本その辺に漂ってる魔力だけでも生きられるんだよ。あ! でもたまに果物とか、はちみつなんかは食べるね! わたしは花の蜜が好物なんだ!」

 おお! さすが妖精、昔のアイドルみたいな性能である。

「へぇ、じゃあ、肉とか魚なんかは食べられないとか?」

「んー、そんな話は聞いたことないよ? 食べる必要がないだけで、食べられるとは思うけど?」

 そうかそうか、食べられないわけではないのか。

 それなら、料理を楽しまないという法はない。

 ちょうど何か気晴らしになる事はないかと考えていただけに、俺の決断も早かった。

「ほう……よし! せっかくだから料理をしてみるか!」

「ほんと? って言ってもわたしはよくわかんないよ?」

 未知の事にただただ首をかしげるトンボに、俺は胸を叩いて見せる。

「大丈夫だ。俺にまかせろ! とはいっても俺もあんまり詳しいわけじゃないけどな!」

 一般的な家事スキルは万全だと自負しているが、プロ並みかといえば疑問が残る。
 妖精が気に入りそうな一品というと、分量を完全に覚えているか、その辺りはかなり怪しいといわざるを得ない。

「……それって大丈夫なのかな?」

 トンボは不安げな視線を投げてくるが、料理は愛情なんていうし。

「まぁなんとかなるだろ。カワズさんが色々食料を買い出しに行ってくれたみたいだし。クッキーくらいなら作れるさ」

 たしか材料になるものもあったはず。

 そこまでそろっていれば、昔作ったこともあるし、おそらくは大丈夫だろう。

 それにこれなら基本は小麦である。

 普段肉食をあまりしない妖精にだって、受け入れやすそうだった。

 早速俺がキッチンに行って材料を用意していると、不思議そうな顔でトンボは俺の周りを飛び回っていた。

「こんなの使うの? まずそうじゃない?」

「そりゃぁ、まだ粉だし。そして料理前には儀式がある」

「何それ?」

「歌を歌うのだ」

「へぇ、どんなの?」

「♪~」

 俺はどこかのキューピットっぽい三分間のテーマを鼻歌で口ずさんだ。

 トンボも俺の頭の上で同じく歌いながら頭を揺らしていた。

「さて今日はクッキーを作りたいと思います。最初にバターを混ぜ合わせ、白くなるまでかきまぜましょう!」

「かきまぜましょう!」

「さらにそこに卵と砂糖を入れ、滑らかになるまでひと頑張り」

「がんばるねぇ~!」

「さらに、小麦粉を入れて粉っぽくなくなるまでよく混ぜてください」

「あれ? もう材料ないよ?」

「混ぜるのはこれでおしまいです」

「えぇ……まずそうなんだけど。ドロドロしたの混ぜ捏ねて、なんか粘土みたい」

「これを三十分ほど冷蔵庫で寝かせます」

「無視か! って寝るの? 粘土が?」

「粘土じゃない。ここではクッキーの生地と呼ぼうねトンボちゃん」

「うっす! それで生地が寝ちゃいましたけどどうするんですか? タロさん」

「寝かせたものがこちらに!」

「いつの間に用意したの!」

「ちょっと時間を進めてみました」

「……絶対魔法の無駄使いですね! よいこのみんなは真似しないでね!」

「最後に平たく伸ばして型抜きし、オーブンで焼いて完成です!」

「うーん思った以上にめんどくさい! でも、粘土細工みたいなのは面白そうだね!」

 それから思い思いにクッキーを作ること数分。

 温めたオーブンにクッキーを入れて作業は終了である。


 チーン。


 待つこと10分ほど。

 いい感じに焼き色がついてきたのを見計らってクッキーを取り出すと、バターの織り成す甘い香りが、部屋中いっぱいに広がっていた。

「うはー! この匂い! わたし知ってるよ! お菓子でしょ!」

「ん? まぁそうだけど?」

「へー、お菓子って料理の一種だったんだ。たまに迷い込んできた人間の身ぐるみはがした時に出てくるから、もらってるんだ! 女の子が確率高め!」

「あー……そうね」

 妖精、なにげにおっかない生き物である。

 しかしそれは置いておいて、焼きたてのクッキーの匂いは格別だった。

「まぁともかく。 せっかくだから食べてみようか」

「やっほー!」

 一つとって味見してみると、予想外にうまい。

 焼きあがったばかりの少し柔らかいクッキーは、思ったよりもよく出来ていて、俺としても満足である。

 横で食べているトンボはどうだろうと覗き見ると。

 聞く必要はないくらいにほわんとしていた。

「なにこれおいしー!」

「だろ? これにはちみつかけたりするのもありだ」

「! わたし持ってくるよ!!」

 慌てて飛んでゆくトンボに、俺は満足げに頷いた。

 クッキーは妖精にも結構受けるらしい。

 しかしトンボの作ったクッキーはすごいな、クッキーで女神像が作ってある。

 妖精の器用さ侮りがたし。

 ちょっとだけ調子に乗っていると、鼻をひくつかせたでっかい蛙が、キッチンにやってきた。

「あーもう、あんなん無理じゃて。なぁやっぱりターゲットを魔法使いに切り替えてって……なんじゃ
? ええ香りがするのぅ」

「おう、カワズさん。これ食べる?」

「んん? なんじゃおぬしか。何やらいい香りがするからと来てみたんじゃが、クッキーかの? どれどれ……ほう! うまいではないか」

「だろ?」

「ふむ、して。これは誰が作ったんじゃ? トンボかの?」

「俺だよ」

 パッキーン。

 カワズさんは俺の台詞を聞いた途端、クッキーを取り落した。

「えええええ……似合わん。何それ新手のジョーク?」

「……もう食わせてやらんぞ」
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