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希望の戦士 2

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 村長さんからこの後詳しい話を聞くために私達は彼の家に招待されたが、そこで待っていたのは謎の魔法使い様がいかに素晴らしい方であるのかという賛美が主だった。

「……そう言って、あの方は、ホープマンを我らの守護者として召喚なされたのです!」

「なるほど……」

 私はもう何度目になるのかもわからない相槌を打つ。

「ホープマンはいついかなる時でも、この村の危機に駆けつけてくれます。そしてこの村の子供達の声援でどんな
敵でも粉砕するのです!」

「はぁ……他に、彼がしていったことはあります?」

「そうですね……ホープマン以外ですと、ここらの魔獣を調べていかれましたね」

「魔獣の調査・ですか?」

「はい。木を降りて、森を少し探索すれば植物の魔獣がうじゃうじゃいます。特に大きめの樹木の魔獣には興味をもたれていましたが……」

 村長さんのいう大きな魔獣は、ここにくるまでに何度か見ていた。

 この森の周囲にいる魔獣は植物型のものが多く、大きな巨木がのしのしと普通に歩いていた。

 それを思い出してエルエルが頷いた。

「タローさんは・巨大なものが・好きです」

「ああ、なんとなくわかる気がする」

「後は、先ほどごらんになった暇つぶしに作っていかれた将棋のような娯楽を少々」

「なるほど。そして子供達はホープマンの活躍を見るのに夢中になり、大人達は将棋を楽しめるようになったと」

「そういうことです。生活に余裕が生まれたことが大きいでしょう。子供達の笑顔も耐えませんよ」

 ひょっとすると先ほどのハイテンションも今までの厳しい生活の反動だと思うと詳しく問いただせなかった。

 マイクがあったところを見ると、太郎が一枚噛んでいそうだが、本人の笑顔が余りによかったものだから、何か言うべきではなさそうだった。

「そうですか……ありがとうございます」

「いえいえ。お役に立てたのなら幸いです」

 私はお礼を言ってその話は終えることにした。

「今日はゆっくりしていかれるとよろしいでしょう。宿もあります。せっかくですからうちに泊まっていくといい」

「ありがとうございます。何から何まで」

「いえいえ、この村はこんな風ですから、旅人など滅多に来ません。だから旅人には親切にしようと皆で決めているのです」

「なんだか。悪いですね」

「そんな事はありません。実はあの方がここを訪れた時の私達の態度はあまりにもひどかったんです。それがどうしても心残りでして。貴女があの方を知っているならぜひ感謝の気持ちを伝えて欲しい。そしてよろしければ、もう一度この村にいらして欲しいとそうお伝えください」

「……はい。かならず」

 私がそう答えると、村長さんはにこやかに笑い、私とエルエルにお茶のおかわりや、お菓子なんかを進めてくれた。

 私達は、少しばかり長い間、村長さんのお宅で話をしていたが、遠くから先ほどと同じ鐘の音が聞こえてきた。

「ん? この警報は……」

「おや、今日は多いですね」

 村長さんはやれやれとため息をついていたが、目は生き生きしていてすでに手にはマイクが。

 すっかりはまっているのは実は村長さんなんだなと、私は事情を聞いた今ではすっかり納得していた。

 だがこれはそっとしておくのがいいだろうと考えていた私の袖をくいくいと引っ張るのはエルエルだった。

「どうしたのエルエル?」

 私が尋ねると、エルエルは無表情ながら、どことなく目を輝かせた。

「もっかい・みたいです」

「あー……」

 どうやらエルエルもあのホープマンが気に入ったらしい。

 私はポリポリと頬をかいて、エルエルに笑いかけた。

「……そっか。じゃぁ見に行こうか」

「ええ! ぜひ見にいらしてください! ホープマンはちびっ子の味方です!」

 それに答えたのはエルエルではなく村長さんだったが。



 ズドンと大きな音がする。

 先ほどよりも大きな食人樹が枝に爪を立てしがみついている。

 子供達はすでに集合していて、彼の名を呼んでいた。

「「「ホープマーン!!」」」

 まばゆい光が空に輝き、再び彼は現れる。

『ドウゥラ!』

 ズズン!!

 人々の平和を脅かす凶悪な魔獣からみんなを守るため、ホープマンは顕現した。

 じりじりと双方距離をつめ、ある瞬間、二つの巨体は猛烈な勢いで拳を叩き付け合った。

 どかんと重い衝撃が木々を振るわせる。

 ものすごい衝撃だったが、ホープマンも食人樹も一歩も引かずにその場に踏みとどまって巨大な拳を連打した。

 壮絶な質量のぶつかり合いに私は、息を呑む。

「ホープマンか……本気で守護者を作ったんだなぁ」

 ホープマンは彼らが望む限りこの村を守り続ける。

 太郎がそう魔法を掛けたのなら、彼が負けることは無いのだろう。

 だがしかし、私は少しだけ違和感を感じていた。

(あれ? さっき見たときより動きの切れが無いような?)

 わずかだがホープマンの速度が先ほどより少し遅く感じたのだ。

 それでも強力だし、些細な差ではあったが確かに遅い。

 するとエルエルが私の袖を引っ張って、言った。

 その顔は無表情ながら若干心配そうだった。

「ホープマン・力が足りていません」

「え? それは一体……」

 エルエルが指を動かす。

 指し示した先には子供達がいた。

「がんばれー……」

「まけるなー……」

「疲れたー……」

 そして私は見た。

 集まっている子供達の目には心底楽しんでいる希望の光などなく、目が死んでいるのを。

「これはまさか……飽きてる?」

 いや、最初は子供達も楽しんでいたに違いない。困っていた彼らを助けに来た英雄の戦いだ。

 かっこよく自分達の敵を倒してくれるその姿を見て感動したに違いないのだ。

 力いっぱい応援もしていたはずだ。

 だがしかし、毎日毎日襲撃のたびに応援していれば疲れもしてくる。

 そして村が安全になり、余裕も出てくればこうなるのは必然だった……と。

 いやいや致命的欠陥じゃないか!

 私は心の中で叫んだ。

 その結果ホープマンの力の源が足りなくなってきているということか。

 エルエルの言うとおり、だんだんと押され始めるホープマン。

 彼は、じりじりと後退し、ついには膝をついた。

 いつもより長く続く戦いにおかしいと感じたのだろう。村長さんも飛び出してきた。

「一体どうしたんだ……ホープマン!」

 そして、大慌てて、集まった子供達に向かって、マイクを構えた。

『子供たち! さぁホープマンを応援するんだ!』

 だがそこで返ってきたのは、泣きそうな視線と抗議の声であった。

「もうやだー!」

「のど痛い!」

「ホープマンなら応援しなくても勝つよ!」

 泣き出しそうな子もいる始末に、村長さんも、この事態の深刻さにようやく気が付いたようだった。

「うぬ……!」

 だが無理やりやらせたところで意味など無い。

 希望に満ちた応援こそ、ホープマンの力の源だと彼は知っているのだから。

 私は、そんな現状を見て、自分の剣に手をかけた。

「これはやばいかな。最悪私達であの魔獣をどうにかしないといけないかも」

 私が身を乗り出すと、それを止めたのはエルエルだった。

「その必要は・無いようです」

「ん?」

「力が・再び集まっています」

「どういうこと?」

 エルエルは子供達ではなく、私達の後ろを指差していた。

 なんだろうと私が振り返る。

「おいしっかりしろホープマン! お前の力はこんなもんじゃないだろ!」

 飛んできたのは子供達とは違う低い声の声援だった。

「そうよ! がんばって!」

 そして今度は、女性の声である。

 彼らの年齢は子供というには育ちすぎていた。

 だが心からの声援は確かな光となって、ホープマンに流れてゆく。

 一つまた一つと集まってゆく光。

 ふと、気配を感じて村長さんに視線を持っていくと、彼は号泣していた。

「え!?どうしたんです!?」

 そして今起こっていることを私より先に、村長さんは理解したようだった。

 震える村長さんは、涙を流して希望の光に手を組んで祈りを捧げていた。

「おおおお……なんと言うことだ。純粋な心を持つのは……子供だけではなかったのだ。そうか、そうだったのか!」

 何かを悟った村長は弾かれたように駆け出して、ホープマンに向かって身を乗り出し、力の限りの声援を送った。

『がんばれ! ホープマン! 我々が応援しているぞ!』

 マイクを構えた村長さんのシャウトは、村一番の輝きとなって、ホープマンに飛んでゆく。

『どぅら!!』

 再び力を取り戻し、立ち上がったホープマンの体から震えは消えていた。

 彼の体からは煙のように光が立ち上り、腰を低く構えて地を這うように、ダッシュする。

「……!」

『どぅら!!!!』

 一際気合の入った叫び。

 そこから完璧なホールドで、相手の動きを拘束すると、竜巻すら使わず自らの脚力だけで高く空中を舞う。

「あ、あの技は!」

「知っているんですか!?」

「もちろんです! あの技はホープマン必殺技その10! ホープバスター!」

「……」

 村人達の熱い歓声はなにやらマニアックな域に到達していた。

 ズバン!

 複雑に関節を決め落下した必殺技の一撃は、大樹を揺らし、ドーム状に光り輝く。

 地面に半分埋まった食人樹は崩れて光となり、虚空へと消えてゆく。

 光が消え去った後には片腕を高く掲げるホープマンの姿があった。

「「「うおおおおお!!!」」」

 木の上から激しい歓声が上がった。

 そして感動にむせび泣く村長さんらの邪魔をしたらまずそうだと、私はこそこそとその場を後にした。



 思ったよりもがっつりと根付いていたヒーロー。

 ホープマンを讃える声援を遠目に見ながら、私はぼんやりと呟いた。

「なんかすごく楽しそうだったね……」

「はい・楽しかったです」

「そ、そうだね。ああでも、大人も飽きちゃったらどうするんだろう? 心配だなぁ」

 そして太郎の魔法の欠点を見つけてしまった私は、若干不安を感じて村を眺めた。

 だがそこでふと目に入った光景があった。

 村の一角で子供たちが集まって何かしているのを見つけたのだ。

「王手!」

「あ! ちょっと待ってよ!」

「だめー。さっきもそう言ったじゃない」

「うぐぐ……」

 どうやら子供達はみんなで集まって将棋を指しているようだ。

 一方道を歩く大人達は、興奮した様子で何か話しているようだった。

「いやぁ、さっきの技すごかったなぁ! やっぱいいよなホープマン!」

「お前もそう思ってたのか! いや俺もな? なんか憧れるなって思ってたんだよ前から!」

「だよな! 俺あの筋肉憧れるわー」

 彼らの眼は子供とか大人とか関係なしに輝いていた。

 なるほどと私は頷いた。

「……こうやって、娯楽って回っていくのかもしれないね案外永久機関なのかも」

「どっちも・きっと・楽しいです」

「そうだね」

 世の中うまく出来ているなーと私は妙に納得していた。

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