新・俺と蛙さんの異世界放浪記

くずもち

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新進気鋭 2

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 事の始まりはこの時をほんの少し遡る。

「ふぅ……」

 悩ましげなため息を吐く。

 本当に……どうしてこうなってしまったんだ……! 

 ナイトさんは兜の下で、態度とは裏腹に猛烈な自問自答を繰り返していた。

 いつの間にか用意されていた植物で編まれた立派な椅子に座り、ナイトさんはうつろな目で虚空を眺める。

 そこにはひとまず造られた木製の城の中でダークエルフ達が整然と並んでいた。

「我らが騎士女王に! 弓を掲げよ!」

 そして一人が号令をかけ、一糸乱れぬ動きで美しい弓を掲げるダークエルフ達の視線は全員がナイトさんに向かっていた。

「……」

 軽く手をかざすと、再び一斉に元に姿勢に戻る。

 その光景は、一見すると鍛え上げられた兵隊のそれであった。

 ナイトさんは自ら仕込んだその出来栄えに、納得しながらも胸中は複雑だった。

 本当に何で自分はこんなことをしているのだろうかと。

 ナイトさんは成り行きでダークエルフの手伝いをしていたはずだ。

 どういうわけか、ナイトさんが彼らの再教育をしていると、次々と敵がダークエルフ達を襲ったからだ。

 おそらくは魔族だと思われる様々な強敵達の襲撃に放っておくわけにもいかず、再教育から、訓練になり。

 数々の激闘が、彼らの練度と連携を成長させた。

 気がつけばどこかから集まってきた別のダークエルフ達とも合流して、今ではそれなりの数である。

 最初出会った時は目も当てられなかったダークエルフ達は、いざやればできる子だった。

(だが、それでもだ……)

 ナイトさんがダークエルフ達をぼんやり眺めていると先ほど号令をかけたダークエルフの一人がこちらに歩み寄り、自分の兜を外す。

 現れた顔は、ショートカットのダークエルフの女、メアだ。

 メアの表情はこれ以上ないほど得意げで、早くも化けの皮がはがれた。

「騎士女王! どうっすか! なかなか様になって来たっしょ!」

「……ああ、綺麗にそろっていたよ……で? なんでこうなった?」

「えぇ? 何か変でした?」

「私は別にお前達の女王になるつもりなどないのだが?」

 ナイトさんの答えに、メアは怪訝な表情を浮かべた。

「えぇー今更そんなこと言います? 訓練して、一式鎧まで準備してくれたじゃないっすか?」

「うぐ……それはそうなんだが。仕方ないだろう! お前らがあまりにも無防備だったんだから!」

「もっちろん! ねえさんには感謝していますとも! だからこそ騎士女王様なんじゃないっすかー」

「……」

 自然とナイトさんの表情はゆがむ。

 ナイトさんは確かにメアの言った通りの事を実行した。

 肩入れしすぎたナイトさんのミスである。

 そしてついドワーフと連絡を取ってしまった、というのもやってしまった部分であろう。

 事情を説明して余っている装備はないかと相談したら、装備一式人数分を送ってきたドワーフ達。

 どうせ試作のあまりものだからタダでいいという割に、すべて綺麗に統一された贈り物に、ナイトさんは愕然とさせられた。

 結果として出来上がったのは、付け焼刃なりに集団の戦い方を身に着け、試作とはいえドワーフの装備一式を身に纏った、強力なダークエルフの軍隊だった。

 総勢100名ほど。軍隊としては決して多いとは言えないがかなりの力を発揮し始めている。

 この先訓練を続ければ近い将来、魔族の中でも実力を発揮できる日が来るだろう。

 メアはピカピカの鎧の集団を見てテンションが上がったのか、腕を組んで目を輝かせていた。

「いやぁなんかいけそうな気がしてきたっすよ! 最近なんか魔族も慌ただしくって! もうちょっとねぇさんが稽古つけてくれるとありがたいっすよね実際!」

「……そうか、まぁそれはいいが」

「いいんっすね!」

「……あのなぁ私にも目的があるんだ、今回の事はあくまでついでだ。わかるか?」

「もちろんっすよ! 後そうだなぁ……どうせなら騎士女王の親衛隊とか作らないっすか! あの量産品の鎧はどうも趣味じゃないんっすよね!」

「お前、都合のいい所しかちゃんと聞いてなくないか? まったく無茶を言う……それ、ドワーフ製だぞ?」

「そうなんっすか? でも、姉さんの持ってる鎧の方がどれもめちゃくちゃかっこいいじゃないですかー。もっとかっけーやつ、4.5人分一揃えとかあるといいんすけど?」

「……何で4.5人分なんだ?」

「いえ、親衛隊は数揃えたくないっすか?」

「シンボル的な事か? 必要かそれは?」

「えぇー。でも他のやつと一味違わないと、なんか特別感薄くないっすか?」

「……兜に角でもつけておけよ」

 また突飛なことを言い出すものだとナイトさんは頭を抱えた。

 だがちょっとその物言いは、タロー殿の言いように似ているとそう思ってしまった。

 その結果ナイトさんはここでふと思い出した。

 自分の持っている鎧はほぼすべて一品ものであるが、例外が存在すると。

「いや、そう言えば。色違いの鎧が一つあったな……」

「ホントっすか!」

 喜んで詰め寄ってくるメアにナイトさんは頷いた。

 それは確かに存在している。そしてあえて口に出したのはナイトさんには珍しく、いたずら心からだった。

 少々やりすぎて、ダークエルフ達の間で騎士女王などと呼ばれてしまっているが、ここらで歯止めをかける必要がある。

 ナイトさんですらちょっぴり遠慮したかったアレを出せばきっと正気を疑われるに違いない。

 ナイトさんはにやりと笑い、自分の魔法の倉庫から件の物を取り出した。

 取り出したその鎧は、極めて布面積の少ない、そしてカラーバリエーションが無駄に豊富な鎧だった。

 ナイトさんの狙い通り、最初メアはそれがなんだかわからなかったようだ。

「なんっすかこれ?」

「ああ……どうやらこれはビキニアーマーというらしいぞ?」

 胸元と、股の部分だけ隠されたデザイン。

 魔法金属で作られているとはいえ、とても鎧と呼んでいいかもわからない、最小限の布面積はあまりにも頼りない。

 ナイトさんは色とりどりのそれをずらりと並べた。

「……」

 真っ赤なビキニアーマーを手に取ったメアはじっとそれを見ていた。

 その眉間には皺が寄り。ナイトさんは心の中で苦笑する。

 過去にあれを着れたのは、タロー殿に対する忠誠心があったればこそ。普通の者にはまず着て歩くなど不可能だと……。

「いいっすね! これ! 最高じゃないっすか!」

「にゃ、にゃに?」

 そう思ったナイトさんの目算は完全に外れた。

 メアは動揺して腰を浮かせたナイトさんにきょとんとした視線を向けた。

「どうしたっすか? ねえさん?」

「いや……お前今それを最高だと言ったか?」

 聞き違いかもしれないと希望を込めたナイトさんだったが、メアはしかし特に気にせず今度はニコニコとビキニアーマーを眺めて二度ほどうなずく。

「はい。いいじゃないっすか。セクシーで! 赤が私のってことでいいっすよね?」

「もっと他に反応はないのか! 鎧だぞ!?」

「えーねえさんが出したんじゃないっすか。あー……まぁちょっと防御力なさそうですけど。軽くていいんじゃないっすか? うちのやつらは好きそうっすよ?」

 屈託のない笑顔でそういうメアは本気のようであった。

 こ、これが文化の差と言う物なのか?

 ナイトさんはメアの物言いに純粋に驚愕しつつ、浮いた腰を椅子に戻して脱力した。

「……ダークエルフ。なぜだ、よくわからない」

「なにいってんすか? ねえさんもダークエルフじゃないっすか! 自信持ってください!」

「……」

 同族に励まされるなんて喜ばしい事なんだろうけど、素直に頷けないナイトさんである。

 もはや何も言えなくなったナイトさんをしり目に、メアは刺激的な格好に更なる利点を見出したらしい。

「それにこれなら男どもは着られないっすからね! ねえさんの親衛隊は私らで全部いただき! ってことっすよ!」

「……」

 そう言えば、少し前まで男女に分かれて生活していたダークエルフ達は最近合同で訓練するようになった。

 少しは歩み寄れるようにはなったが、未だ両者の溝は深い。

 メアはグッと拳を握り、ナイトさんにアピールした。

「大丈夫っすよ! ねえさん! こいつが似合いそうなねぇさんバリに飛び切りボインで最強な奴連れてくるんで!」

「なんでそう言う期待を私がしていると思ったんだ……?」

「うおっしゃー! お前ら! 騎士女王の親衛隊つくんぞ! やりたい奴こっち来い! 定員5名で私決定なー!」

「……」

 そうして盛り上がり始めると、もはやナイトさんにすら止められない。

 あれだけ綺麗に整列していたダークエルフ達は、一瞬でざわめき始めた。

「うおい! なんでこんな鎧にした! これじゃ女しか着られないだろうが!」

「はぁ? あったりまえだろうが! 親衛隊だぞ! 男なんぞをねえさんのそばに四六時中置いておけねぇ!」

「お前ふざけんな! ねえさんはみんなのねえさんなんだぞ!」

「「「そうだそうだ!」」」

「うっせーし! 馬鹿ども!」

(そうなんだ、これが原因なんだ)

 一皮むけば、一斉にぼろが出るダークエルフ達。これこそが未だにナイトさんが彼らを見捨てられない一番の原因なのかもしれない。

「……お前達。きちんととしろと教えたろう?」

「ハッ! 騎士女王! 」

「……はぁ」

 返事だけはとてもいい彼らは、すぐに言い争いに戻ってしまう。

 もう本当に何でこんなことになったのか。

 こういう時ばかり滞りなく騎士女王の親衛隊は極めて迅速に決定してしまうのだろう。

 これはもう本腰を入れて、こいつらに常識を叩き込むしかないのではないだろうか?

 ナイトさんは泥沼に陥りそうなこの状況にぞっと背筋を寒くしながら、それに立ち向かう覚悟を決める。

 そしてダークエルフを総べる騎士女王の躍進は、ダークエルフの中だけでおさまるものではなかったわけだ。
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