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旅立ち 2
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色々と残念ではあるが、服だけにこだわっている場合じゃない。
気になっている装備は他にもあった。
私はせっかくなので、この機会に相談に乗ってもらうことにした。
「後は……今は魔剣がないのが困りますね」
折れてしまった魔剣に代わるものが欲しい。
フィールドオブソードに使われている剣は太郎作ではないものの、竜と戦えるほどの魔剣である。
太郎がいない今、そう簡単に手に入れられるものではないだろう。
女王様もすぐに頷いて返した。
「だろうな。だがそれを補うとしたら、まぁそれだろう」
「まぁ――これでしょうね」
私達の視線の先には私が今持っている、一本の剣であった。
太郎が消えた直後、残した剣は彼が常日頃から持ち歩いていたものだ。
もちろん魔法が施されているそれは、確実に常軌を逸した代物に違いない。
「太郎の剣は、でもちょっと怖いかなって」
私が不安を口にすると、女王様もまた相当いやそうな顔をした。
「何が起こるのか分からないからな。とりあえず剣がしゃべるというのなら、本人に聞いてみた方が早い。もう一回抜いてみてはどうだ?」
「……はい、そうですよね」
どうやらお互いに似た認識の様だ。
それでも結局抜いてみないことには始まらない。
私は軽く息を吐いて気合を入れると、ゆっくり剣を鞘から引き抜いた。
『ふおおおお! やっとですか! やっとこさ、出番なんですね!!! なが――』
チン
「うるさいな」
「うるさいですね」
抜いた瞬間、太郎の剣は大声でしゃべり始めた。
さすがは? 太郎の魔剣だ、めんどくさい。
女王様は益々苦い表情を浮かべながらだが、私を促した。
「まぁよい。多少うるさいくらいは目をつぶってやるがいい。それは奴の剣なのだ。よくわからない能力の一つや二つ付加されていて当然だろう。むしろしゃべるくらいおとなしい方とも言える」
「それはそうなんですよね」
では今度は更に強く心の準備をしてから、いってみるとしよう。
剣を静かに引き抜くと今度は静かだったのだが――
『シクシクシク……いいじゃないですか。ちょっとテンション高くたって。まだしゃべれるようになって日も浅いのに……』
「……悪かったよ、泣かないでよ」
私は思わず罪悪感に駆られて話しかける。
太郎の剣もすぐ抜かれることは予想していなかったようで、声が驚いていた。
『おっと! 出番再び!? てっきりこのまま封印されてしまうかと!』
「いや……その……しないとは言えないけど」
『するんですか!』
よほどうれしかったのか太郎の剣は細かい事は気にせずに、さっそくテンション高めに話しはじめた。
『まぁいいでしょう! せっかく抜いてもらえたからには役に立ってみせますとも! さてなにをいたしましょうか!』
本人がそう言ってくれるととても助かる。
私と女王様は頷き合って、剣に質問をした。
「今、装備の確認をしていてね。君が何ができるのか知りたいんだ。使える魔法を全部教えてもらっていいかな?」
手始めに基本的な質問のつもりだったのだが、剣ははっきりこう言った。
『正確にはわかりません!』
「……わからないんだ」
封印ポイント1と言ったところだ。
強張った場の空気に構わず、太郎の剣は自分について語り始めた。
『はい! 私は別に魔法の管理をするために話せるわけじゃないんです! ありとあらゆる魔法の無計画な使用の果てに偶然生まれちゃった人格に過ぎません! ああでも、物心ついた頃からの記憶はありますんで、いくらかの魔法についてならわかりますよ?』
「じゃあ……それを教えてもらえる?」
『もちろんですとも! えーっとですね……お勧めはあれ! 全自動洗濯機能ですかね!』
「は?」
私が聞き返したのはもちろん聞こえなかったからじゃない。あえて一番最初に上げる魔法がそれなのかと、純粋に理解できなかっただけである。
『おおっと! 洗濯だけじゃありませんよ? 食器洗いから、家の掃除まで! この切っ先で一突きすれば、あらゆる場所を洗剤なしでピカピカに! 雑巾がけすら必要なしです!』
「そのー、攻撃手段とかは?」
『殺菌ですか? もちろんばっちりですとも! 一瞬でどんな広い部屋だって無菌状態です!』
「そういうことではなく」
『というと?』
本気で疑問そうな剣に、私は言った。
「いや、敵を攻撃する手段はないの? 攻撃魔法とか」
『ありません』
「ないの!?」
『ないです』
剣にとっては大事なことだろうにやけに断言する太郎の剣に私はいよいよくらくらしてきた。
「え、えーっと……君は剣でしょ?」
一切攻撃手段がないというのはさすがにどうなのかと、特別に剣を強調した。
すると太郎の剣も何かを察してくれたようだった。
『はい。ああ! そういうことですか! 刃が使いたいのであれば、食材をどんな形にでも3秒以内にカットできるおもしろ機能ならありますが?』
「地味にすごいけれど! そういう問題でもない気がするよね!」
しかし察したことが見当外れすぎて話しにならなかった。
『うーん、ああ! 女の子にぴったりの魔法がありましたよ! いつでもどこでも気分しだいで好きな洋服になれる魔法はすごくお勧めです!』
「ほほう……」
ふとみると女王様が食いついていた。
「女王様、堪えてください」
「そ、そうだな」
コホンと咳払いする女王様は踏みとどまってこそくれたが、まだ少し名残惜しそうだ。
「他には?」
私は太郎の剣に続きを促す。
だが太郎の剣は先ほどのトークが嘘のように勢いをなくして口ごもった。
『他にもなんだかよくわからない魔法が沢山あるはずですが……ちょっとその場の勢いでかけたような魔法が多いので、似たようなシチュエーションになれば思い出せそうなんですけど。今解説できる自信はないですね』
「えぇー」
つまり、もうこれ以上説明できることはないと、そう言う事らしい。
今迄武器の性能を聞いていたつもりだったけれど、どうやら勘違いだったようだ。
私は精いっぱいの笑みを浮かべて、太郎の剣に審査の結果を伝えた。
「……あの、残念だけど。封印も視野にいれて、検討させていただきたいかなって」
『何でですか!?』
剣はすごく驚いていたが、逆に何で驚いているのか不思議なレベルだった。
「いや、申し訳ないけれど、私が期待したいのは戦闘面での能力であって、けして家庭用便利グッズとしての能力ではないので」
『いやいやいやいやいや! 絶対役に立ちますって! それに大体貴女! 戦闘力はともかく家事のスキルは今一じゃないですか!』
「何で知ってるんだ!」
『そりゃ知ってますよ。大体ご主人にぶら下がってるんですから』
ちょっと笑い気味に言う腹の立つ剣だ。
しかし、ちょっと待ってほしい。今この剣から出た重要な情報に気が付いた私は、慌てて太郎の剣に詰め寄っていた。
「いや待って! ってことは……太郎が行った先のことも記憶が!?」
『ええまぁそれなりに』
これは何とも重要な情報が出てきたものである。
うまくいけば、すぐにでも太郎を連れ戻すめどが立つかもしれない。
私は太郎の剣の柄を強く握りしめる。
「それじゃあ! 世界の外に出る魔法はどこにあるか、知ってる!」
『知りませんが』
「知らないの!?」
だが期待の大きさに反して、即答する太郎の剣だった。
『そりゃあ知りませんよ。私自身に掛けられたものならともかく。別にあの人、魔法の効果を私に逐一教えてくれたりしてませんからね? 第一いつも抜き身で持ち歩いてるわけじゃないでしょ?』
「抜かれてないと、外の様子は見れないんだ……」
『はい。基本そうですよ?』
それなら私が家事が苦手とかそう言う情報も知らないでおくことはできなかったものか。
色々とモヤモヤしたものが胸の内に溜まってきて、とうとう一言文句が出た。
「……役立たず(ボソ)」
『ああ! 言っちゃいけないことを言いませんでしたか! 言っちゃいましたよね! キズツクワー。トテモキズツクワー』
「ごめん、言いすぎた」
わかりやすくブルーなオーラを発して、ショボンとマンガみたいな落ち込み方をする太郎の剣。
この無駄な機能も彼のオプションの様である。
しかしそれも数秒の事で、太郎の剣はフルフル震え言った。
『……そうですか。どうしても戦闘力が欲しいと、そうおっしゃいますか』
「持ってないんでしょ?」
『いえ……あえて隠していた魔法が一つ……。第一印象悪いかと思って秘密にしましたが、こうなれば仕方がありません!』
私はちょっと嫌な予感がしていた。
だが確かにここまで肩すかしだったのだから、何かあっても不思議じゃないという期待はあった。
そして剣は存分に勿体をつけた後、おもむろに語り出す。
『この魔法はご主人が純然たる戦闘力を発揮した場合、一体どうなってしまうのかという着想の元、かけられた魔法でして』
「ん?」
『一回きりの使いきりタイプではなく、永続的に何度でも使えるタイプなので、かなり威力は抑え目ですが……それでも即座に禁止にしたほどの攻撃魔法が実験的に私には施されているのです!』
よほど自信があるのか太郎の剣は声に張りがあった。
女王様も彼の説明を聞いて相当の期待をしているらしく、わくわくしているのが見て取れた。
「今度はなんだか、期待できそうだな」
「そうですね……それでどんな魔法なの?」
私は続きを促す。
太郎の剣はそして自らの内に秘められた力を開帳した。
『はい! 一撃でこの銀河系くらいなら綺麗さっぱり跡形もなく――あっ』
チン
「ええっと、女王様? 針金とか持ってないですか? 抜けないように巻いておきましょう」
私はもう問答の余地がないと判断した。
すぐに妖精郷の地中深くにでも封印しようかと思っていたが、それはさすがに女王様に止められた。
「まぁ待て。銀河系とかなんだかよくわからないが、ひとまず多機能なことには変わりない」
「そうですけど……こんな危ない物、身に付けて歩きたくはないですよ?」
「……だが奴の旅先での情報も持っていることだし。持ち歩くべきではあるだろうな」
「……」
私は苦悶の表情を浮かべて――しかしその点は認めざるを得なかった。
世界中を魔法でひょいひょい旅していた太郎に常についてまわった剣である。
彼の記憶はたとえ曖昧だったとしても、今の私には相当に価値があるに違いなかった。
「――そうですね。でも武器としては使えないです」
私は断腸の思いでそれを肯定して、封印するのはあきらめた。
だが根本的な武器問題は何も解決してはいない。
女王様は苦笑いで軽く頷く。
「ふーむ。他に何か武器を調達するのもありだろうが……妾は少しお前のペンダントが気になるな」
そして今度は私のしているペンダントに気が付いて、それを指さした。
「ペンダント? このペンダントですか?」
そう言って私が掲げて見せたのは、赤い石のついたペンダントだった。
フィールドオブソードの核であるアイテムだが、今は魔剣を召喚する機能を失っている。
しかし女王様はペンダントをしげしげと眺めて言った。
「ああ。そのペンダント自体にも何か魔法が掛けられているように見える」
「え? どうでしょうね?」
女王様に言われて私はためしにペンダントをいつも通りに使ってみた。
するともう魔剣こそ召喚できなかったが、いつもと同じ感覚があって、首をひねる。
「あれ? 魔法は使えるみたいですね」
「? 何かできているのか?」
女王様には何も見えていないようだが、確かにいつもと同じ感覚が私に追加されていた。
「はい。見ていてください」
私は適当なところに生えていた枝を指示して、その枝をつかみ取って手元に引き寄せて見せた。
女王様は驚いたみたいだが、私にしてみればなじみ深い。すでにそれは体の一部みたいなものだった。
「魔剣を操っていた、触手って言うんでしょうか? 全部で十本ありますけど、これって魔剣が取れてもちゃんと機能するんだなぁ」
「……十本もか? 完全に見えないんだな。パワーはあるのか? 射程は?」
「え? パワーは結構ありますよ。木の幹くらいなら簡単に折れるくらい。魔剣を打ち出す関係でどこまでも伸ばせますし。結構器用ですよ。ペンでも持たせたら絵を描くことくらいできるんじゃないかな?」
私は口に出して説明してみる。
女王様はそれを聞いて、いったん情報を整理した後こう言った。
「……それって実はそれだけで十分強くないか?」
「考えてみれば、そう……なのかな?」
魔剣のおまけ扱いだったけど、考えてみれば見えない十本の触手でも十分すごい。
思えばどんな攻撃でも剣を支えていたし、どんな爆風の中でも傷一つつかないところを見ると、強度も半端じゃなさそうだ。
思わぬ戦力に私が意表を突かれていると、女王様がぼそりと言ったのが聞こえた。
「いいじゃないか、触手系女子。新たなトレンドになるかもしれない」
「ならなくっていいです! ……っていうか絶対それだけははやらせたりしないで下さいよ!」
「はっはっは! まさかまさか」
適当な笑いが、私を不安にさせる。間違ってもその呼び名のさきがけにはなりたくない。
「大丈夫かなぁ」
「そのような些事はどうでもよい。ひとまず使えそうなものが見つかったということが重要だ」
「はぁ。まぁそうですね」
女王様はそして仕切りなおす。
これで一先ず目先の問題は解決したようだった。
「ならばよい。おぬしの魔力もそれなりの物なのだ。魔法が必要なら自分で使えばよいか。魔剣と比べるから見劣りするだけかもしれん」
「それはあります。太郎と出会う前は、これで十分でしたし」
「ふーむ、だが妾としてはもう一工夫したいところだがな」
「一工夫ですか?」
私と女王様が二人して頭をなやませていると、そこに旅支度を整えたエルエルが戻ってきた。
「おまたせ・しました」
「ああ。準備が出来た?」
私が振り返るとエルエルはばさりと地面に下りてきた。
一見するといつも通り少女姿にぴっちりスーツのエルエルは何も変わっていないように見えて、私は尋ねた。
「あれ? 準備は?」
「はい・私の武器庫に・ありったけの武装を・補充してきました」
「……」
心持ち、得意気に見えるエルエルに私は言葉を失う。
そうか準備ってそういうことか。
きっとさぞかし充実した装備をどこかに隠し持っているのだろう。
エルエルを前にして女王様は唸った。
「……そうだったな。エルエルもいたのだった。火力については問題ないか」
「ですね。むしろ過剰です」
エルエルが強いことは私もよく知っている。
しかし女王様は私に指を突きつけて、真剣な声色で忠告した。
「忘れるな? タローいわく。エルエルは妖精郷警備、デカイの担当だからな。しっかり見ておけよ?」
「肝に銘じておきます」
私は何度も頷き、ごくりとのどを鳴らす。
デカイの担当ってなんなんだろうか? なんにしてもあまりいい意味ではなさそうだ。
そして女王様は私達の前に立つとコホンと一つ咳払いした。
「ああ、そうだった。では最後に忠告を一つ」
「何ですか?」
「武器や防具は、装備しないと使えないぞ?」
「当たり前じゃないですか」
私はドヤ顔の女王様の背後にやはり太郎の姿が見えた気がした。
気になっている装備は他にもあった。
私はせっかくなので、この機会に相談に乗ってもらうことにした。
「後は……今は魔剣がないのが困りますね」
折れてしまった魔剣に代わるものが欲しい。
フィールドオブソードに使われている剣は太郎作ではないものの、竜と戦えるほどの魔剣である。
太郎がいない今、そう簡単に手に入れられるものではないだろう。
女王様もすぐに頷いて返した。
「だろうな。だがそれを補うとしたら、まぁそれだろう」
「まぁ――これでしょうね」
私達の視線の先には私が今持っている、一本の剣であった。
太郎が消えた直後、残した剣は彼が常日頃から持ち歩いていたものだ。
もちろん魔法が施されているそれは、確実に常軌を逸した代物に違いない。
「太郎の剣は、でもちょっと怖いかなって」
私が不安を口にすると、女王様もまた相当いやそうな顔をした。
「何が起こるのか分からないからな。とりあえず剣がしゃべるというのなら、本人に聞いてみた方が早い。もう一回抜いてみてはどうだ?」
「……はい、そうですよね」
どうやらお互いに似た認識の様だ。
それでも結局抜いてみないことには始まらない。
私は軽く息を吐いて気合を入れると、ゆっくり剣を鞘から引き抜いた。
『ふおおおお! やっとですか! やっとこさ、出番なんですね!!! なが――』
チン
「うるさいな」
「うるさいですね」
抜いた瞬間、太郎の剣は大声でしゃべり始めた。
さすがは? 太郎の魔剣だ、めんどくさい。
女王様は益々苦い表情を浮かべながらだが、私を促した。
「まぁよい。多少うるさいくらいは目をつぶってやるがいい。それは奴の剣なのだ。よくわからない能力の一つや二つ付加されていて当然だろう。むしろしゃべるくらいおとなしい方とも言える」
「それはそうなんですよね」
では今度は更に強く心の準備をしてから、いってみるとしよう。
剣を静かに引き抜くと今度は静かだったのだが――
『シクシクシク……いいじゃないですか。ちょっとテンション高くたって。まだしゃべれるようになって日も浅いのに……』
「……悪かったよ、泣かないでよ」
私は思わず罪悪感に駆られて話しかける。
太郎の剣もすぐ抜かれることは予想していなかったようで、声が驚いていた。
『おっと! 出番再び!? てっきりこのまま封印されてしまうかと!』
「いや……その……しないとは言えないけど」
『するんですか!』
よほどうれしかったのか太郎の剣は細かい事は気にせずに、さっそくテンション高めに話しはじめた。
『まぁいいでしょう! せっかく抜いてもらえたからには役に立ってみせますとも! さてなにをいたしましょうか!』
本人がそう言ってくれるととても助かる。
私と女王様は頷き合って、剣に質問をした。
「今、装備の確認をしていてね。君が何ができるのか知りたいんだ。使える魔法を全部教えてもらっていいかな?」
手始めに基本的な質問のつもりだったのだが、剣ははっきりこう言った。
『正確にはわかりません!』
「……わからないんだ」
封印ポイント1と言ったところだ。
強張った場の空気に構わず、太郎の剣は自分について語り始めた。
『はい! 私は別に魔法の管理をするために話せるわけじゃないんです! ありとあらゆる魔法の無計画な使用の果てに偶然生まれちゃった人格に過ぎません! ああでも、物心ついた頃からの記憶はありますんで、いくらかの魔法についてならわかりますよ?』
「じゃあ……それを教えてもらえる?」
『もちろんですとも! えーっとですね……お勧めはあれ! 全自動洗濯機能ですかね!』
「は?」
私が聞き返したのはもちろん聞こえなかったからじゃない。あえて一番最初に上げる魔法がそれなのかと、純粋に理解できなかっただけである。
『おおっと! 洗濯だけじゃありませんよ? 食器洗いから、家の掃除まで! この切っ先で一突きすれば、あらゆる場所を洗剤なしでピカピカに! 雑巾がけすら必要なしです!』
「そのー、攻撃手段とかは?」
『殺菌ですか? もちろんばっちりですとも! 一瞬でどんな広い部屋だって無菌状態です!』
「そういうことではなく」
『というと?』
本気で疑問そうな剣に、私は言った。
「いや、敵を攻撃する手段はないの? 攻撃魔法とか」
『ありません』
「ないの!?」
『ないです』
剣にとっては大事なことだろうにやけに断言する太郎の剣に私はいよいよくらくらしてきた。
「え、えーっと……君は剣でしょ?」
一切攻撃手段がないというのはさすがにどうなのかと、特別に剣を強調した。
すると太郎の剣も何かを察してくれたようだった。
『はい。ああ! そういうことですか! 刃が使いたいのであれば、食材をどんな形にでも3秒以内にカットできるおもしろ機能ならありますが?』
「地味にすごいけれど! そういう問題でもない気がするよね!」
しかし察したことが見当外れすぎて話しにならなかった。
『うーん、ああ! 女の子にぴったりの魔法がありましたよ! いつでもどこでも気分しだいで好きな洋服になれる魔法はすごくお勧めです!』
「ほほう……」
ふとみると女王様が食いついていた。
「女王様、堪えてください」
「そ、そうだな」
コホンと咳払いする女王様は踏みとどまってこそくれたが、まだ少し名残惜しそうだ。
「他には?」
私は太郎の剣に続きを促す。
だが太郎の剣は先ほどのトークが嘘のように勢いをなくして口ごもった。
『他にもなんだかよくわからない魔法が沢山あるはずですが……ちょっとその場の勢いでかけたような魔法が多いので、似たようなシチュエーションになれば思い出せそうなんですけど。今解説できる自信はないですね』
「えぇー」
つまり、もうこれ以上説明できることはないと、そう言う事らしい。
今迄武器の性能を聞いていたつもりだったけれど、どうやら勘違いだったようだ。
私は精いっぱいの笑みを浮かべて、太郎の剣に審査の結果を伝えた。
「……あの、残念だけど。封印も視野にいれて、検討させていただきたいかなって」
『何でですか!?』
剣はすごく驚いていたが、逆に何で驚いているのか不思議なレベルだった。
「いや、申し訳ないけれど、私が期待したいのは戦闘面での能力であって、けして家庭用便利グッズとしての能力ではないので」
『いやいやいやいやいや! 絶対役に立ちますって! それに大体貴女! 戦闘力はともかく家事のスキルは今一じゃないですか!』
「何で知ってるんだ!」
『そりゃ知ってますよ。大体ご主人にぶら下がってるんですから』
ちょっと笑い気味に言う腹の立つ剣だ。
しかし、ちょっと待ってほしい。今この剣から出た重要な情報に気が付いた私は、慌てて太郎の剣に詰め寄っていた。
「いや待って! ってことは……太郎が行った先のことも記憶が!?」
『ええまぁそれなりに』
これは何とも重要な情報が出てきたものである。
うまくいけば、すぐにでも太郎を連れ戻すめどが立つかもしれない。
私は太郎の剣の柄を強く握りしめる。
「それじゃあ! 世界の外に出る魔法はどこにあるか、知ってる!」
『知りませんが』
「知らないの!?」
だが期待の大きさに反して、即答する太郎の剣だった。
『そりゃあ知りませんよ。私自身に掛けられたものならともかく。別にあの人、魔法の効果を私に逐一教えてくれたりしてませんからね? 第一いつも抜き身で持ち歩いてるわけじゃないでしょ?』
「抜かれてないと、外の様子は見れないんだ……」
『はい。基本そうですよ?』
それなら私が家事が苦手とかそう言う情報も知らないでおくことはできなかったものか。
色々とモヤモヤしたものが胸の内に溜まってきて、とうとう一言文句が出た。
「……役立たず(ボソ)」
『ああ! 言っちゃいけないことを言いませんでしたか! 言っちゃいましたよね! キズツクワー。トテモキズツクワー』
「ごめん、言いすぎた」
わかりやすくブルーなオーラを発して、ショボンとマンガみたいな落ち込み方をする太郎の剣。
この無駄な機能も彼のオプションの様である。
しかしそれも数秒の事で、太郎の剣はフルフル震え言った。
『……そうですか。どうしても戦闘力が欲しいと、そうおっしゃいますか』
「持ってないんでしょ?」
『いえ……あえて隠していた魔法が一つ……。第一印象悪いかと思って秘密にしましたが、こうなれば仕方がありません!』
私はちょっと嫌な予感がしていた。
だが確かにここまで肩すかしだったのだから、何かあっても不思議じゃないという期待はあった。
そして剣は存分に勿体をつけた後、おもむろに語り出す。
『この魔法はご主人が純然たる戦闘力を発揮した場合、一体どうなってしまうのかという着想の元、かけられた魔法でして』
「ん?」
『一回きりの使いきりタイプではなく、永続的に何度でも使えるタイプなので、かなり威力は抑え目ですが……それでも即座に禁止にしたほどの攻撃魔法が実験的に私には施されているのです!』
よほど自信があるのか太郎の剣は声に張りがあった。
女王様も彼の説明を聞いて相当の期待をしているらしく、わくわくしているのが見て取れた。
「今度はなんだか、期待できそうだな」
「そうですね……それでどんな魔法なの?」
私は続きを促す。
太郎の剣はそして自らの内に秘められた力を開帳した。
『はい! 一撃でこの銀河系くらいなら綺麗さっぱり跡形もなく――あっ』
チン
「ええっと、女王様? 針金とか持ってないですか? 抜けないように巻いておきましょう」
私はもう問答の余地がないと判断した。
すぐに妖精郷の地中深くにでも封印しようかと思っていたが、それはさすがに女王様に止められた。
「まぁ待て。銀河系とかなんだかよくわからないが、ひとまず多機能なことには変わりない」
「そうですけど……こんな危ない物、身に付けて歩きたくはないですよ?」
「……だが奴の旅先での情報も持っていることだし。持ち歩くべきではあるだろうな」
「……」
私は苦悶の表情を浮かべて――しかしその点は認めざるを得なかった。
世界中を魔法でひょいひょい旅していた太郎に常についてまわった剣である。
彼の記憶はたとえ曖昧だったとしても、今の私には相当に価値があるに違いなかった。
「――そうですね。でも武器としては使えないです」
私は断腸の思いでそれを肯定して、封印するのはあきらめた。
だが根本的な武器問題は何も解決してはいない。
女王様は苦笑いで軽く頷く。
「ふーむ。他に何か武器を調達するのもありだろうが……妾は少しお前のペンダントが気になるな」
そして今度は私のしているペンダントに気が付いて、それを指さした。
「ペンダント? このペンダントですか?」
そう言って私が掲げて見せたのは、赤い石のついたペンダントだった。
フィールドオブソードの核であるアイテムだが、今は魔剣を召喚する機能を失っている。
しかし女王様はペンダントをしげしげと眺めて言った。
「ああ。そのペンダント自体にも何か魔法が掛けられているように見える」
「え? どうでしょうね?」
女王様に言われて私はためしにペンダントをいつも通りに使ってみた。
するともう魔剣こそ召喚できなかったが、いつもと同じ感覚があって、首をひねる。
「あれ? 魔法は使えるみたいですね」
「? 何かできているのか?」
女王様には何も見えていないようだが、確かにいつもと同じ感覚が私に追加されていた。
「はい。見ていてください」
私は適当なところに生えていた枝を指示して、その枝をつかみ取って手元に引き寄せて見せた。
女王様は驚いたみたいだが、私にしてみればなじみ深い。すでにそれは体の一部みたいなものだった。
「魔剣を操っていた、触手って言うんでしょうか? 全部で十本ありますけど、これって魔剣が取れてもちゃんと機能するんだなぁ」
「……十本もか? 完全に見えないんだな。パワーはあるのか? 射程は?」
「え? パワーは結構ありますよ。木の幹くらいなら簡単に折れるくらい。魔剣を打ち出す関係でどこまでも伸ばせますし。結構器用ですよ。ペンでも持たせたら絵を描くことくらいできるんじゃないかな?」
私は口に出して説明してみる。
女王様はそれを聞いて、いったん情報を整理した後こう言った。
「……それって実はそれだけで十分強くないか?」
「考えてみれば、そう……なのかな?」
魔剣のおまけ扱いだったけど、考えてみれば見えない十本の触手でも十分すごい。
思えばどんな攻撃でも剣を支えていたし、どんな爆風の中でも傷一つつかないところを見ると、強度も半端じゃなさそうだ。
思わぬ戦力に私が意表を突かれていると、女王様がぼそりと言ったのが聞こえた。
「いいじゃないか、触手系女子。新たなトレンドになるかもしれない」
「ならなくっていいです! ……っていうか絶対それだけははやらせたりしないで下さいよ!」
「はっはっは! まさかまさか」
適当な笑いが、私を不安にさせる。間違ってもその呼び名のさきがけにはなりたくない。
「大丈夫かなぁ」
「そのような些事はどうでもよい。ひとまず使えそうなものが見つかったということが重要だ」
「はぁ。まぁそうですね」
女王様はそして仕切りなおす。
これで一先ず目先の問題は解決したようだった。
「ならばよい。おぬしの魔力もそれなりの物なのだ。魔法が必要なら自分で使えばよいか。魔剣と比べるから見劣りするだけかもしれん」
「それはあります。太郎と出会う前は、これで十分でしたし」
「ふーむ、だが妾としてはもう一工夫したいところだがな」
「一工夫ですか?」
私と女王様が二人して頭をなやませていると、そこに旅支度を整えたエルエルが戻ってきた。
「おまたせ・しました」
「ああ。準備が出来た?」
私が振り返るとエルエルはばさりと地面に下りてきた。
一見するといつも通り少女姿にぴっちりスーツのエルエルは何も変わっていないように見えて、私は尋ねた。
「あれ? 準備は?」
「はい・私の武器庫に・ありったけの武装を・補充してきました」
「……」
心持ち、得意気に見えるエルエルに私は言葉を失う。
そうか準備ってそういうことか。
きっとさぞかし充実した装備をどこかに隠し持っているのだろう。
エルエルを前にして女王様は唸った。
「……そうだったな。エルエルもいたのだった。火力については問題ないか」
「ですね。むしろ過剰です」
エルエルが強いことは私もよく知っている。
しかし女王様は私に指を突きつけて、真剣な声色で忠告した。
「忘れるな? タローいわく。エルエルは妖精郷警備、デカイの担当だからな。しっかり見ておけよ?」
「肝に銘じておきます」
私は何度も頷き、ごくりとのどを鳴らす。
デカイの担当ってなんなんだろうか? なんにしてもあまりいい意味ではなさそうだ。
そして女王様は私達の前に立つとコホンと一つ咳払いした。
「ああ、そうだった。では最後に忠告を一つ」
「何ですか?」
「武器や防具は、装備しないと使えないぞ?」
「当たり前じゃないですか」
私はドヤ顔の女王様の背後にやはり太郎の姿が見えた気がした。
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ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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