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狼と炎の話 10

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『馬鹿な! ……何だその威力は! それにこの魔力、お前実力を隠していやがったか!』

 炎の王は完全に半身が消失した体から炎を吹き上がらせて叫ぶ。

 ソルスティンも黒く染まった毛皮と、剣の破壊力を体感して魔法使いの言葉を思い出していた。

「残念だがそうじゃない。こいつはこの剣の力だ。話には聞いていたが、これが闇の魔法か……でたらめだな」

 ソルスティンの魔力が根本的に底上げされていた。

 体にみなぎる魔力を自覚すれば恐ろしいほどで、あの魔法使いが誇らしげだった理由もわかる。

 自分の存在が一段上に押し上げられたような感覚は、やけどの激痛の中でさえ、心を滾らせる。

 炎の王の視線はソルスティンの持つ剣に向けられて、重々しく炎を吐いた。

『この鍛冶師……イカレた物を作りやがって』

「まぁな……だがこれなら確かにお前に届く」

『……そいつは面白い冗談だなぁ! おい!』

 しかし半身がなくなった身体でさえ、容易く元に戻す炎の王の姿を見れば、ソルスティンも絶望的な気分にもなった。

 炎の王の体が膨れ上がる。

 角が生え、腕が巨大化していくと、炎の王はより禍々しく燃える剣を掲げた。

 ソルスティンもすでに逃げることは眼中になく引き下がれない。

 ミアが見ている以上、炎にだけは屈することができないと、ソルスティンもまたありったけの魔力を魔剣に注ぎ込んで炎の塊を迎え撃つ。

『この犬っころがぁぁ!』

「……くらえ!」

「ソル!」

 ミアの声が耳に届く。

 赤と黒の光が弾けて、周囲に激しい衝撃を撒き散らすが、しかし勝負は決まらない。

 結果は相殺である。

『……ぐぅ!』

「なんというやつだ……!」

 炎の王もソルスティンも、忌々しげに相手を睨み付けていたが、異変には両方同時に気が付いた。

『ちぃ!……はしゃぎすぎたか!』

「足場が……崩れる!」

 地震のように足場が揺れる。ひびが地面に走り、不気味な音が響いた。

 魔剣と精霊のぶつかり合いは、予想以上に強力すぎ、足場となった巨岩は二人が戦うにはもろすぎた。

「きゃぁ!」

 そしてそれは、戦いから避けるように捕えられていたミアの足元も例外ではなかった。

 ミアの体が崩れゆく足場とともに傾いて、こちらに手を伸ばしているのだけが二人の位置からも確認できた。

『な!』

「……!」

 二人はその瞬間、同時に動いた。

 炎の王とソルスティンは手を伸ばし、その足でヒビだらけの舞台を駆ける。

 だがもろくなった足場は容赦なく砕け、ミアには届かない。

 下に待つマグマの池を前にして、炎の王は落ちる寸前で動きを止めた。

『ダメか!』

「……!」

 それでもソルスティンは止まらない。

 落ちてゆく少女をまっすぐ追って、ソルスティンは火口に飛び込んだ。

『なんだと……!』

 炎の王の声を、背後に聞きながらソルスティンはミアに飛びつき彼女の熱はソルスティンを焦がす。しかし確かに彼はミアの体を抱きしめていた。


「……ソル!」

 ミアはソルスティンの胸に顔をうずめたまま彼の名前を呼んだ。

「……遅くなった。すまん」

 なんとしても、ミアだけは助けなければならないと、魔剣に力を注ぎ込もうとしたソルスティンだったが、もう魔力は最後の一撃でほとんど空だ。

 ソルスティンは考えたが、結局思いついた方法は一つだった。

 人狼の力なら、ミア一人くらいなら、岩場に放り投げることが出来るかも知れない。

 そのまま引き剥がそうとするが、ミアはソルスティンの体にしがみついて離れなかった。

「!い、いや! ソルも一緒じゃなきゃやだよ!」

「……っ」

 それでも力尽くで引き剥がそうとしたソルスティンだったが、ミアの顔が思ったよりも近くにあって。

 目があった。

「あたしが何とかするから!」

「……しかし」

 ミアが叫んだその時、ソルスティンを焼いていた熱が収まってゆく。

 そしてミアの瞳は、涙で濡れてはいなかった。

 ソルスティンは絶体絶命のこの瞬間、ミアの視線に完全に圧倒され、嘆息する。

「今度はあたしががんばるよ! 大丈夫! あたしももう何も怖くないんだって! 証明してみせるから!」

「……」

「……だから一緒にいてよ」

「……ああ」

 どうするかなどわからない。

 でもがんばるというミアの言葉を信じない選択肢などソルスティンにはない。

 お互いに抱き合ったまま、ソルスティンとミアはマグマの中にまっすぐ落ちていく。

 ミアは強く祈り、炎を受け入れる。

 彼女の中に恐怖はなく、炎は彼女の一部となった。

 「ミア……これは一体」

 ソルスティンは白く輝くミアの姿をその目に収めた。



 マグマはミアを中心にして花のように広がっていった。

 急速に熱を失った火山岩が足場を作り、熱風のクッションが落下する二人を受け止める。

 そこにはおびただしい数の炎の精霊がミアを殺すまいと、彼女の体を通じてその力を発揮していた。

 まるでミアの願いを叶えるように、炎の力が二人を優しく包み込んでいる。

 その光景を、炎の王は目撃した。

『……素晴らしいな』

 ミアと、そしてソルシティンの姿を見つけた炎の王は、馬鹿げた光景にため息をつく。

 これではどちらが炎の王なのか分かりはしない。

 本来炎の精霊は精霊の中でも気性は荒い。

 無慈悲にあらゆるものを燃やし尽くす、炎そのものである。

 しかし今は彼らを傷つけることもなく、むしろミアを支えすらしている。

 伸ばしていた手を黙って見つめ、炎の王はその手を強く握り、地面にたたきつけた。

『いや……理屈をこねるのは野暮だな。俺の負けか――』

 炎の王は被っていた殻を脱ぎ捨て、岩の鎧が崩れ落ちると、人を模した姿となってその場に転がった。

 あの瞬間、手を伸ばせたか否か。それは決定的な差であった。

 ここまで明確に思いの差を見せ付けられたら、負けを認める他にない。

 そして……炎の王はもう一人、黒いマントを羽織った魔法使いがいつの間にかピンクのハンカチ片手にボロボロ泣いているのを見つけた。

「……」

「……おう……あぐ……グス……仲直りできて本当に良かった」

「……おい、なんでお前がここにいる。そこの号泣している魔法使い。出て行け」

「おう……いや、いいもん見た。奇跡も魔法もあるんやね」

「魔法使いがそれを言うか?」

「いうでしょそりゃ?」

 真顔で言った魔法使いは、ここにいることがさも当然といった風である。

「お前の顔を見るのは二度目だな」

「ええっと……ちょっとぶり?」

 炎の王は魔法使いに向かって思いきり顔をしかめた。

 炎の王は魔法使いと面識があった。

 このあたりにいるはずの魔剣を作る鍛冶屋を知らないかと突然訪ねてきた魔法使いに、周囲の炎の精霊から情報を集めて教えてやったのだ。

 この魔法使いは人でありながら、精霊と容易く意志を通じさせる。

 それ以外でも、いろいろと普通ではないらしい。

 魔法使いは気まずげに汗を流して、愛想笑いを振りまいた。

「あの時は、本当に助かったんだよ。ドワーフ適当でさ! 記憶が曖昧でどこにいるかも知らないって言うんだから。盲点だったよ、いい鍛冶屋は炎が一番よく知っているって発想はさすが炎の王だと舌を巻いたものだとも!」

「……」

 炎の王が黙っていると、魔法使いは思い切りハンカチで鼻をかみながら、炎の王に恐る恐る尋ねた。

「それで……念のため確認だけどさ、ひょっとして。あの女の子に興味を持ったのって……俺が原因だったりする?」

 魔法使いの問いに、炎の王は苦々しくは感じたが小さく頷いた。

「ふん……そうだよ。あの鍛冶屋、炎を知り尽くしているなんて言うから、顔を見てやろうってな。その時だ……最初にミアを見つけたのは、貴様が原因と言えるかもしれねぇな」

「やっぱりかー……勘弁してくれ」

「勘弁して欲しいのはこっちなんだが」

 その興味を持った結果がこれである。

 炎の王にしてみたら手痛いことばかりだった。

「しかしまさかこんなことになるとは思いもよらなかった。あっちを立てればこっちが立たず、こっちを立てればあちらが立たず。俺の胃はねじ切れそうだったよ。これでも、情報収集に骨を折ってくれたことは感謝してるんだよ? だが――それもここまでだ。これ以上は俺は向こうにつくぜ?」

「何をいまさら格好を付けているのか知らないが、もう完全に出るタイミングを逸している気がするけどな」

 せめて皮肉でもと思った炎の王だったが、決め顔の魔法使いは怒り出した。

「仕方ないじゃないですか! 手を出すなって言うし! 大体完全に俺、出て行ったらお邪魔だったでしょうに! なんですか! 俺がとめたらジャンケンかなんかで決着つけたとでも!?」

「……まぁな。心配しなくても、おとなしく引き下がるさ……そりゃそうだ。完敗だからな。これ以上何かしても興ざめだろうが」

「でしょうね……」

「お前は今でも十分お邪魔だがな」

「(´・ω・`)」

 しょぼくれる魔法使いは面白かった。

 炎の王も事のついでと一応とぼけた魔法使いに尋ねた。

「俺もお前に一つ聞きたい。あの剣はやはりお前の仕業か?」

「俺の依頼品だよ。もらって帰るとも」

「そうか……くたばれ魔法使い」

「ひどいこと言うよね。俺の国にはこんな格言がある。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて地獄に落ちろと」

「バカを言うなよ。美しい宝をたった一人しか欲しがらないことなんぞあるか。競い奪い合い、宝はふさわしい奴の所に収まるものだ。そのために力を尽くすのもまた当然だ」

「うぁあ、野蛮だ。ん? ってことは今回は鍛冶屋さんが強かったと?」

「思いの強さもまた力だろ? 精霊である俺にはなによりよくわかる」

「……かっけー」

 魔法使いはしばらく感心したように頷いていたが、おとなしく退散することに決めたらしい。

 魔法使いが軽く手を振ると、魔剣はいきなりその手の中に収まって、するすると布が巻きついてゆく。

「では俺はそろそろ帰る……お邪魔みたいだし。傷薬でも家に置いておくと君から伝えて……はくれないだろうから、手紙でも置いてくわ」

 炎の王はしかし帰ろうとする魔法使いを呼び止めた。

「おいおい。いいのか? ミアがいくらうまくマグマを操ろうとマグマはいつまでもおとなしくはしていないぞ? もうしばらくすれば、はじき出されるかもな」

 すると魔法使いはぴくりと反応した。

「え? 何それ? 助けてあげなよ」

「嫌だね。せめてもの憂さ晴らしだ。あいつらの面白い顔でも見てやろう」

「……最後に台無しだな」

 呆れたようにつぶやく魔法使いだったが、炎の王に言わせれば、これくらいは当然だった。

「うるさい。炎は曲がりくねっているものだろうが」

 炎の王はこのあとの騒ぎの見物を決め込み、手始めに慌てふためく魔法使いの顔で溜飲を下げるのだった。
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