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連載
狼と炎の話 7
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「……くそ!」
「ああもう! 動くなって! ひどい火傷なんだから!」
ソルスティンは魔法使いに助けられ、家に連れ帰られた。
魔法使いの魔法は彼の傷を癒すが、ソルスティンの落ち着かない気分は消えない。すべてのことは、ソルスティンの招いたことである。
ミアの最後に残した視線が目の中に焼きついて離れない。
迂闊な言葉も行動も、なぜもっと慎重にできなかったのだと、今は悔やむことばかりだった。
魔法使いはあのミアをさらっていった者をこう呼んだ。
「あー。あれは……炎の王だよ。あの火山に住んでる、力をつけた精霊だ」
ソルスティンはその存在に心当たりがあった。
「俺も話だけは聞いていたんだ……。あの山に近づいてはいけないと、なんで俺は伝えておかなかったのか」
「なんかごめんね?」
「……なんで君が謝るんだ?」
「い、いえね? 俺がいながらこの体たらくはなさけないなーと」
気まずそうにそう言った魔法使いだったが、それは違うとソルスティンは首を振る。
「すべては俺の落ち度だ。君が気にすることじゃない」
そして悔やんでいても始まらないことだった。
「でもまぁ炎の王って言っても簡単に顔を出すようなものじゃなかったんでしょ? 注意については必要なかったんだし、仕方ないよ」
魔法使いが言うように、必要がなかったから伝えなかった。理由はその通りだ。
ミアはこの家からあまり離れようとはしなかったし、実際今までだって、一人で山の方へ行くことはなかった。
だがソルスティンはミアとは本当に今までは話ができるようになっただけだったのだと思い知らされる。
ミアの体質なら、山に入ればなにか影響があるくらい予想できたことである。
他愛ない雑談でもなんでも、話しておくことなどいつでもできたはずなのだ。
自分達がいかに単純な話もできていなかったのかとソルスティンは肩を落とした。
ソルスティンは魔法使いに尋ねた。
「……なぁ、あんたならあの子の呪いも解くことができるのか?」
すると魔法使いは複雑な表情で言葉を濁した。
「ああ、いや……あの子のは呪いじゃないから。おすすめはしない」
「そうなのか?」
ミアの魔法はなにか特殊な魔法だと思っていたが違うらしい。
魔法使いはミアの能力もまた正確に理解していた。
「あの子は炎の性質が極端に強いんだよ。だから炎の精霊を引き付ける。人とは違うかもしれないけど別に悪いものじゃない。俺の知り合いにも人間じゃなかったけど、似たような人はいてさ。その種族の中じゃ「炎に愛されてる」なんて言われてたな」
「炎に愛されているか……」
ソルスティンには考えてもみなかった言い回しだったが、ミアを見ていれば納得も出来た。
炎に愛されている。確かにそうだ。炎は常にミアと共にあった。
結果的に周囲を傷つけていたとしたら、それは周囲のミアへの付き合い方によるところが大きいのかもしれない。
ソルスティンは自分はそうあってはならないと心から思う。
ソルスティンは鍛冶師である。炎のことは誰よりも知っているのだから。
そして人としてもそうだ。
ソルスティンはいつしか立ち上がっていた。
魔法使いの治療はいったいどうやったのか、やけどは綺麗に無くなっていて痛みもない。
ソルスティンが上着を羽織り自分で頬を張ると魔法使いは驚いていた。
「……どうしたのさ?」
「いいや……助ける理由がひとつ増えただけだ」
「そうなの? いや、助けに行くのはいいけれども。でも相手は結構シャレにならんよ?」
「ああ、それでも助けに行く」
一刻も早くミアのもとへ行かなければならないと意気込むソルスティンに、魔法使いはしばらく難しい顔で頭を掻いていたが、結局ソルスティンに何かを差し出してきた。
「うーーーん……決意は固いか。なら、ついでにこいつの試しをしてきてくれないか? 鍛冶屋として」
魔法使いが差し出したのは先ほど完成したばかりの魔剣だった。
明らかに普通でない力を感じさせる魔剣を前にソルスティンは一瞬、手に取るのをためらう。
「これは……いいのか?」
「なにが? 完成度のチェックも鍛冶屋の仕事でしょ?」
困り顔の魔法使いに言われて、ソルスティンは魔剣をしっかりとその手に受け取った。
「……ああ、任せてくれ」
だが魔法使いは剣をソルスティンに手渡す前に、いったんソルスティンを止める。
「でも、魔剣があってもただの人間じゃきっついかもなぁ。なんなら俺が手伝っても……」
まだ不安がぬぐえないらしい魔法使いは最後の方は控えめにそう言っていた。
強い魔法を持つ魔剣をいくら持っていようと炎そのものみたいな化け物に人間が勝つのは難しい。
ましてソルスティンは本職の戦士ではない。確かにそれはわかっていた。
「あんたはすごい魔法使いだ。もう十分すぎるほどに頼っているのは分かっている。だがそう言ってくれるなら、じゃあ最後に一つだけ頼ってもいいだろうか?」
魔剣を握りしめるソルスティンはしかし、最後の一手として、魔法使いに深く頭を下げた。
「お、おう? なんだろうね」
「人狼の呪いを、返してはくれないか?」
「マジでか……」
ソルスティンの願いに、魔法使いは心底面食らった顔をしていた。
「ああもう! 動くなって! ひどい火傷なんだから!」
ソルスティンは魔法使いに助けられ、家に連れ帰られた。
魔法使いの魔法は彼の傷を癒すが、ソルスティンの落ち着かない気分は消えない。すべてのことは、ソルスティンの招いたことである。
ミアの最後に残した視線が目の中に焼きついて離れない。
迂闊な言葉も行動も、なぜもっと慎重にできなかったのだと、今は悔やむことばかりだった。
魔法使いはあのミアをさらっていった者をこう呼んだ。
「あー。あれは……炎の王だよ。あの火山に住んでる、力をつけた精霊だ」
ソルスティンはその存在に心当たりがあった。
「俺も話だけは聞いていたんだ……。あの山に近づいてはいけないと、なんで俺は伝えておかなかったのか」
「なんかごめんね?」
「……なんで君が謝るんだ?」
「い、いえね? 俺がいながらこの体たらくはなさけないなーと」
気まずそうにそう言った魔法使いだったが、それは違うとソルスティンは首を振る。
「すべては俺の落ち度だ。君が気にすることじゃない」
そして悔やんでいても始まらないことだった。
「でもまぁ炎の王って言っても簡単に顔を出すようなものじゃなかったんでしょ? 注意については必要なかったんだし、仕方ないよ」
魔法使いが言うように、必要がなかったから伝えなかった。理由はその通りだ。
ミアはこの家からあまり離れようとはしなかったし、実際今までだって、一人で山の方へ行くことはなかった。
だがソルスティンはミアとは本当に今までは話ができるようになっただけだったのだと思い知らされる。
ミアの体質なら、山に入ればなにか影響があるくらい予想できたことである。
他愛ない雑談でもなんでも、話しておくことなどいつでもできたはずなのだ。
自分達がいかに単純な話もできていなかったのかとソルスティンは肩を落とした。
ソルスティンは魔法使いに尋ねた。
「……なぁ、あんたならあの子の呪いも解くことができるのか?」
すると魔法使いは複雑な表情で言葉を濁した。
「ああ、いや……あの子のは呪いじゃないから。おすすめはしない」
「そうなのか?」
ミアの魔法はなにか特殊な魔法だと思っていたが違うらしい。
魔法使いはミアの能力もまた正確に理解していた。
「あの子は炎の性質が極端に強いんだよ。だから炎の精霊を引き付ける。人とは違うかもしれないけど別に悪いものじゃない。俺の知り合いにも人間じゃなかったけど、似たような人はいてさ。その種族の中じゃ「炎に愛されてる」なんて言われてたな」
「炎に愛されているか……」
ソルスティンには考えてもみなかった言い回しだったが、ミアを見ていれば納得も出来た。
炎に愛されている。確かにそうだ。炎は常にミアと共にあった。
結果的に周囲を傷つけていたとしたら、それは周囲のミアへの付き合い方によるところが大きいのかもしれない。
ソルスティンは自分はそうあってはならないと心から思う。
ソルスティンは鍛冶師である。炎のことは誰よりも知っているのだから。
そして人としてもそうだ。
ソルスティンはいつしか立ち上がっていた。
魔法使いの治療はいったいどうやったのか、やけどは綺麗に無くなっていて痛みもない。
ソルスティンが上着を羽織り自分で頬を張ると魔法使いは驚いていた。
「……どうしたのさ?」
「いいや……助ける理由がひとつ増えただけだ」
「そうなの? いや、助けに行くのはいいけれども。でも相手は結構シャレにならんよ?」
「ああ、それでも助けに行く」
一刻も早くミアのもとへ行かなければならないと意気込むソルスティンに、魔法使いはしばらく難しい顔で頭を掻いていたが、結局ソルスティンに何かを差し出してきた。
「うーーーん……決意は固いか。なら、ついでにこいつの試しをしてきてくれないか? 鍛冶屋として」
魔法使いが差し出したのは先ほど完成したばかりの魔剣だった。
明らかに普通でない力を感じさせる魔剣を前にソルスティンは一瞬、手に取るのをためらう。
「これは……いいのか?」
「なにが? 完成度のチェックも鍛冶屋の仕事でしょ?」
困り顔の魔法使いに言われて、ソルスティンは魔剣をしっかりとその手に受け取った。
「……ああ、任せてくれ」
だが魔法使いは剣をソルスティンに手渡す前に、いったんソルスティンを止める。
「でも、魔剣があってもただの人間じゃきっついかもなぁ。なんなら俺が手伝っても……」
まだ不安がぬぐえないらしい魔法使いは最後の方は控えめにそう言っていた。
強い魔法を持つ魔剣をいくら持っていようと炎そのものみたいな化け物に人間が勝つのは難しい。
ましてソルスティンは本職の戦士ではない。確かにそれはわかっていた。
「あんたはすごい魔法使いだ。もう十分すぎるほどに頼っているのは分かっている。だがそう言ってくれるなら、じゃあ最後に一つだけ頼ってもいいだろうか?」
魔剣を握りしめるソルスティンはしかし、最後の一手として、魔法使いに深く頭を下げた。
「お、おう? なんだろうね」
「人狼の呪いを、返してはくれないか?」
「マジでか……」
ソルスティンの願いに、魔法使いは心底面食らった顔をしていた。
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