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狼と炎の話 1

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 じっと炉を観察している間、炎は刻一刻と色を変え、常に変化する。

 ソルスティンは全身から流れ出る汗の存在すら忘れて、青い瞳で炎を見極め、この身一つで鉄を打つ。

 銀色の髪も顔も今は布で覆い、分厚い皮の装備を着込んでいれば、灼熱の熱さは地獄のようだ。

 そんな中でも精神を集中し、ただ正確に鎚を振り下ろす作業は金属に命を吹き込んでいった。

 彼の姿をじっと見ているのは、長い赤毛の少女である。

 その赤毛の少女、ミアはそわそわと落ち着きのなく、首をきょろきょろ動かしていたが、とうとう我慢できなくなって、自分からソルスティンに声をかけた。

「ねぇソル! 火はいらない?」

「……もう少し火力が欲しいな」

「うん! 任せてよ!」

 ソルスティンが指し示す炉の中にミアが息を吹きかけると彼女の髪が炎と同じ色に輝いて、息が高温を発する。

 だが少しばかりその威力は強すぎたらしい。炉から炎と煤が飛び出した。

 二人とも危うく避けるが、ソルスティンとミアの顔は真っ黒になった。

「……ごほ」

「……ご、ごめん」

「いや、次は少し弱火で頼む。ミア」

「う、うん……」

 ソルスティンは何事もなかったようにすぐに作業に戻った。

 とりあえず、問題なさそうなことを確認して微調整を終了する。

 剣を水の中に入れると白い水蒸気が音を立てて上がり、中から刀身が現れた。

 出来はまずまず。

 仕上げはまだだが、ひとまずはこれで休憩としよう。

 煤を拭うソルスティンがふと顔を上げると、ミアは見るからにショボンと肩を落としていた。

 彼女の腰まで届いた髪はいまだ赤く燃え上がっていたが、これはミアの体質だとソルスティンも心得ていた。

 この体質を彼女自身が好きではないと知っているソルスティンにしてみれば、こうして力を使ってくれていることを些細な失敗程度で責める気にはならない。

 ソルスティンは無意識にミアの顔を拭ってやろうとしたが、ミアはあわててその手から逃れた。

「あ! 危ないよ! 髪が光っている時は触っちゃダメ!」

「そうか」

 手袋をしているからその点は大丈夫かとも思ったが、考えてみれば手袋も綺麗なものじゃない。

 ソルスティンはミアに一つ汚れずに残っていた手ぬぐいを放ってやって、自分は庭の井戸に向かうことにした。



「……」

 井戸の水を汲み上げ、一気にかぶる。

 冷たい水が流れ落ちて汗を洗い流すと頭がすっきりと澄み渡っていく。

 ソルスティンが幾分晴れた頭で考えるのはミアの事だった。

 ミアが森に迷い込んできてソルスティンの小屋に住み着いてから一年ほどになる。しかしあんなやり取りをする様になったのはそう昔の話ではない。

 まともに話をするまでに半年くらいか。

 工房に入るようになったのはここ最近にすぎないだろう。

 家を貸すだけの関係のはずが、いつしかこうなっていた。

 ソルスティンはこの山で武器づくりを生業としている鍛冶師である。

 そんな彼がこの土地に流れ着き、住み着いた理由の一つには人が住んでいなかったということがある。

 ソルスティンには人のいる集落に住めない事情があるからだ。

 ミアが住み着くようになったのは完全に想定外であったが、追い出すこともなく、なぁなぁのまま日々を過ごしていた。

「まぁこう言う事もある……」

 独り言を呟く。

 その時ソルスティンは背後に気配を感じて振り向くと、家の陰から顔だけ出すミアを見つけた。

 どうやらこちらの様子をうかがっているようだが、顔はともかく長い髪は丸見えだった。

「ミア、どうしたんだ?」

 ソルスティンが声をかけるとびくりと陰に顔を引っ込めたミアだったが、すぐににょきっと顔が出てきた。

「……怒ってる?」

 不安そうに小声で聞いてくるミアに、ソルスティンは感情が乏しいと言われる顔で彼女をじっと見て言った。

「……いや。怒っていない。ミアも水場を使うといい」

「う、うん……いつもはもっと上手にできるんだよ? でもさっきから炎の精霊が騒がしくって」

「ああ、わかってる」

 ソルスティンは立ち上がり、桶をミアに譲った。

 譲ってしまえば、いつまでも突っ立っているわけにはいかない。

 こういう時、気づかされる。

 気を使うという感覚も意識しなくてはできないものだと。

 相手がいなければ気を使うこともない。

 結局今の状況を受け入れているのは、こういう感覚をソルスティンは悪い気がしていないということだろうとそう感じていた。
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