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憧れとは? 1

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「俺! イケメンになる!」

 勢いよく開けた扉の先には、呆けた顔のカワズさんとトンボが口を開けてこっちを見ていた。

「……え? どうしたのいきなり」

「壊れたんと違うか? ほら、最近陽気が続いたからのぅ」

「妖精郷の陽気はいつもいいよ?」

「だからこれが出来上がったんじゃろ?」

「あぁ……」

 OK、OK。こういう反応は想定内だ。

  俺に集中する哀れみの視線を振り払い、俺はあえてもう一度宣言した。

「違います! だからこれからイケメンになってみようと思うんです!」

 自分でもぶっ飛んだ発言だということはよくわかっている。だがそれは革新的なひらめきから生まれた、実に合理的な判断だった。

「ふと思ったんだよ。こっちの人って皆かっこいいじゃん? 特に俺の周りの人は飛び抜けている気もするくらい」

「ふぅむ……お前さんの知り合いはやんごとなき方々も多いからのぅ、惹きつけるものがあるじゃろうて」

 カワズさんは氷のような眼差しでらしいことを言うが、内面の魅力とか、よくわかんない者は今はどうでもいい。

「それこそ人間離れした美形すらゴロゴロいるとは思わないか!」

「いや、むしろ人間の方が少ないじゃろ?」

「人間にも多いじゃないかふざけんな!」

「おふざけ担当はお前じゃろうに……」

「俺の顔がふざけているだとぉ!?」

「ああもう! 面倒くさいわ! そうじゃよ! お前は頭の先からつま先までおふざけの塊じゃよ!」

「その通りさ! だが今日からは違う!」

「……うわぁ。今日のタロはいつにもましてダメな子だね」

 色々言われているがそうなのである。

 俺の周囲には美形が多い! そしてそんな奴らに限らずともアルヘイムの方々は、人間の感性に照らし合わせてなお美しい! 女王様のブログの写真を眺めていて思ったそんな今更な事実に気が付いてしまったのだ。

 俺の顔をしげしげと眺め始めたトンボちゃんは、俺をはっと鼻で笑う。

「そんなの今更じゃん」

 更にカワズさんは実に諦めたような事を言う。

「ああ。だいたい妖精の類と見た目を比べるのは無謀ってもんじゃよ。まさしく人間離れしておるからのぅ」

「まぁそうだけれども! 見た目なんてコロコロ変えてるやつもいるでしょ? 年齢だって全然見た目と違う人なんてざらじゃないかー」

「ざらではないと思うがのぅ」

 実際、その筆頭としてスケさんなんてなんにでも変身出来る。

 しかもそのすべてが美しいと言うのだから、こだわり具合が計り知れない。

 あいつら、かけられる時間が半端じゃないからか、趣味に懸けるこだわりの深さには定評があるのである。

 そう主張するとトンボちゃんにもいくつか心当たりがあったらしく小刻みに頷いていた。

「うん、そういえばそうだねー。女王様もあれでいくつなんだか全然わかんないし。噂じゃもう千年以上生きてるとか? もう人間だったらミイラだよね!」

 だがあけすけ過ぎる失言は君の寿命を縮めるのではないだろうか?

「……君、本当に怖い者知らずだね。でもまぁそういう事さ! 俺としてもこうやって魔法使いが板について来たわけだし? ファッション感覚で色々見た目も変えたっていいはずだろう?」

 このひらめきはスケさんのブログにある、あらゆる種族にアピール出来る多目的ブロマイドを見た時、確信へと変わったのである。

 もっと言うなら、様々な経緯でファッションや見た目に関する魔法的アプローチなら俺の右に出るものはない。

 今でこそキャライメージを大切にしているが、将来的にオシャレ魔法使いとして認知される日が来ないとも限らないではないかと。

 俺は咳払いして、いったん落ち着きを取り戻した。

「というわけで……俺としては魔法使いとしての知的好奇心から、珍しく真剣に取り組んでみようかなーと」

 そう結論を真面目な顔で口に出す俺。

 カワズさんは俺の方をじーーーっと見る。

 俺はその吸い込まれそうな大きな瞳に捉えられ、流れる汗を止められず、最後には目を逸らす。

「……浅い言い訳はええから。やりたいならやってみればよかろう」

「そうそう。妖精はそんなの気にしないよ」

 結局、カワズさんとトンボちゃんはやれやれと優しく応援してくれたのである。

 心なしかその優しさがいたたまれないが、俺は素直に感謝した。

「……ありがとお前ら! 俺! 頑張ってイケメンになるよ!」

 こうしていつものことではあったが、思いつきで俺の研究は始まったのである。



 しかし数時間後……そこにあったのは積み上げられた雑誌の山と、すっかり頭を抱えた悲しい男の姿だけだった。

「……」

 それを目撃したトンボは、雑誌の山の上から、悲しい男を見下ろした。

「うはぁ、何だろうこれ?」

「いったいどうした?」

 力尽き、頭の上にくるくる回っているのは混乱している思考だけだ。

 トンボちゃんは目を回して項垂れる俺を見て、首を傾げ。

 カワズさんもまた不可解そうに俺を見ている。

 そんな彼らに、俺は傍らの積み上げた雑誌を無言で指差した。

「なになに? かっこよくなりたいとは言うものの、知り合いと同じ顔もまずいだろうと思って、雑誌を研究したけども?」

 カワズさんは口に出して俺の意図を正確に訳する。

 次に自分の顔を指差して、首を振った。

「だけど、実際しっかり見てみると、何がかっこいいやらさっぱりわからなくなった?」

 続いて今度はトンボちゃんが意訳して、雑誌をぱらぱらとめくった。

 開かれたページには世間一般で言う所のイケメン達がずらりと顔を並べているはずである。

 誰もかれもがかっこいい……はず。

 しかし、いざ自分の顔にするとなると、俺はどれと選ぶことも出来なかったのだ。

 だってまるっきり他人の顔になるなんて、何か違うんじゃないだろうか?

 それではイケメンというよりルパンである。

 となれば自分で自分なりのイケメンを想像しなければならないわけなのだが……たどり着いた方法はなんのことはない、いいとこどりだ。

「……それでパーツだけじっと見続けたんだ。目があって、鼻があって、口があって、耳があって……それでふと思った。あれ? これって人間の顔じゃね? かっこいいってなんだっけ?」

 だがそこにあったのは、ただただ人の顔のパーツであった。

 はたしてどれがかっこいいものなのか? 最高の鼻とは?……もはや難解すぎて理解できるものではない。

 カワズさんは頭を抱える俺を見て、若干苦笑いする。

「なるほどな。考えすぎて訳が分からなくなったか」

「なーるほーどねー。まぁ実際最高となると分けわかんなくもなるかもねー」

 ああその通り。もう俺にはどうする事も出来ないだろう。狂った価値基準では目指す指針が定まらない。

 今俺の必要なのは第三者の視点であった。

 気が付けば、自然と膝は大地に吸い寄せられ、頭は下がる。

「お願いします! 協力していただけませんでしょうか!」

 土下座である。

 それはこれ以上ないほどの土下座であった。

 あまりの必死さに、若干狼狽えている気配を感じたが、余裕のない俺には今はただ頼むことしか思い浮かばなかった。

「とはいってもね?」

「こういうのは好みもあろうしのぅ。だが、そこまで頼まれては仕方がない、やってみるか?」

「……仕方がないよね。とりあえず、目の辺りからやってみない?」

 希望を見出し顔を上げた俺だったのだが――しかし頭を上げた先にあったのは希望どころか絶望だった。

 言葉とは裏腹に楽しそうな二人の顔。

 ちょっとだけ冷静になった俺の頭の一部分が警鐘を鳴らす。

「……やっぱり今からさっきの言葉を撤回するわけにはいかない?」

「無理だね」

「無理じゃな」

「……お手柔らかにお願いします」

 まぁただ、強く拒めなかったのは、やっぱり憧れが強かっただけなんだけど。


「……」

 結果―――当たり前のようにとんでもないことになった。

 鏡を前に、変わり果てた顔を見て、俺はただただ立ち尽くす。

 ちなみに、今俺の顔は粘土のように細工できるようになっていたが、その顔はまさしく粘土細工の様であった。

「あははははは! 鼻の下ひろすぎ!」

「ヒッヒッヒッ! ……こうなればいっそ……鼻と口の位置を入れ替えたらどうかの?」

「あひゃひゃひゃひゃひゃ! いいね! まゆげももうチョイくっつけて……ぶふぁ!」

「……って福笑いか!」

 鼻の上の口で抗議しながら抽象画みたいになった俺は逃げ出した。

 なんだいなんだい馬鹿にしやがって!

 確かに馬鹿な事は言ったけども、結構真面目なお願いだったのに!

 正直ちょっぴり期待してたのに!

 信じた俺が馬鹿だった! なんだか泣けてきた俺は外に飛び出そうとした。

 しかし飛び出した先の玄関で、もふっと何かにぶつかってしまう。

 妙に弾力のある壁から顔を上げると、そこにいたのはクマ衛門だ。

「……」

「……」

 無言で目が合う。

 その直後クマ衛門の身体がゆっくりと傾いて、ぶっ倒れた。

「どうした! クマ衛門!」

 どうやら俺の顔の破壊力は相当なものだったらしい。

 俺は慌ててクマ衛門を介抱した。
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