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おっさんと海 3
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「……少年、舌見せてみ?」
「こうでふか?」
「おお! 青いぞ少年!」
「えぇ! 本当ですか!」
やはり舌が青い。人魚達の行動の謎が解けた。
かき氷とやらは、最初ただの氷の削りカスでどうなることかと思ったが、炎天下で食べると最高であった。
色とりどりの甘いシロップに満足して、キンときた頭を叩く俺と少年に、ハッチーは他の商品もお勧めしてきた。
「ラーメンと焼きそばってのがあるよ? おいしくないけど」
「……おいしいのはないのか?」
「実は私は結構好き。まぁ万人ウケはしないって意味だよ。こういうレシピは様式美? なんだって。よくわかんないけど」
店主も首をかしげるお約束というのは、どうやら俺には付いていけない話らしい。
「そう言うもんなのか?」
「わかんないですね?」
若い少年ならと思ったが、残念ながら少年もわかっていなかった。
奇妙な食べ物があるというのはわかった。
雰囲気は実に和やか。質問もしやすくなったところで、俺は自然に尋ねていた。
「なぁ店主さん。この店って魔法の品がおいてあるって本当かい?」
あまりにも普通に聞いたものだから少年が驚いて、カキ氷を落とした。
「あああるよ。見てく?」
だが、あまりにあっさりそう言ったハッチーの言葉に、俺もカキ氷を落としていた。
案内されるがままに足を踏み入れた店内は思ったよりずっと広々していた。
そして噂どおり、奇妙なのは何もかき氷ばかりではなかった。
お目当てだったの品物の数々は、お土産コーナーと書かれた店内の一角に雑多と並べられていた。
棚には様々なものが置かれていたが、何が置いてあるのかと言われたら答えに窮する物ばかりだった。
ハッチーは、この先の問答は半ばお決まりになりつつあるのか、先手を打ってきた。
「私も尋ねられたら……困る物も多いんだけど、わかる範囲で答えるよ?」
「それってどうなんだ? 店員としては?」
思わず半眼で言ってしまった俺だが、ハッチーは気にしてもいないらしい。
「仕方ないでしょ? 私も小遣い稼ぎのつもりでやってるだけなんだもん。商品は送られてくるのをなんとなく並べてるだけだし」
どこから送ってくるとか、誰から送ってくるとか色々尋ねてみたい気がするが、この様子では期待薄かもしれない。
それに物が魔法のアイテムだとするなら、聞かない方がよいこともある。
「へぇ……それじゃぁビックリするような掘り出しもんもあったりすると?」
まぁ。俺にとって今大事なことは、この辺だろう。
魔法の品を楽しみにしていた少年も拘束で頷くと、ハッチーはやはりこの質問にも首をかしげていた。
「どうかなー? まぁ魔法は掛かっているのは間違いないから、掘り出し物を探してみるのもアリだよね。値段は値札がついてるから、自分の財布と相談したらいいよ」
とことん適当な店員だった。
聞けば聞くほどなんとも無責任な店だが、最初からそう言われると俄然掘り出し物を見つけ出したくもなる。
とりあえず俺は目についた物を手に取ってみた。
とりわけ派手なストライプ模様の小さな筒に、紙がくるっと巻かれてくっついている奇妙な笛? である。
「……これなんだ?」
「あ、それ? 吹き戻しって言うらしいよ。こう……息を吹き込むと紙がぷしゅって伸びるんだ。まぁおもちゃだね。試しに吹いてごらんよ?」
「お、いいのか?」
折角なので言われた通り吹いてみるとふしゅっと空気が抜けて、紙の部分が勢いよく飛び出した。
ちょっと楽しい。
だがこの紙が飛び出した瞬間、とんでもない事が起こった。
「……! へ、蛇!?」
ぞろりと大量の蛇が紙の先端から飛び出したのである。
驚いて口を離すと、蛇は数秒経ったらすぐに消えてしまった。
この笛の効果を店主は知っていたのか、驚いている俺達を見て悪戯成功と笑っていた。
「あははっ。びっくりした? そいつは吹き続けてる間だけ蛇が飛び出すんだよ。別名蛇笛」
「そ、それはすごいんじゃないか?」
「そうかな? 驚かせるくらいしか使い道ないだろ?」
それはそうだが。
しかしこいつは驚いた。こんな効果の魔法ははっきり言って見たこともない。
実際に魔力なしで魔法を使えるとわかると、俺と少年の目は輝いた。
普通の魔法とは全く違う未知の魔法と言っていいだろう。
「こりゃ参ったな……。本当に魔法の品なのか?」
「これ全部ですか?」
「それは間違いないよ。こっちは麻痺しちゃってありがたみはあんまりないけどね。あ、でも結構面白がって買ってく人はいるんだよ?」
ハッチーはそう言うが、こうやって魔法の品を目の前にすると気を引き締めてかからねばなるまい。
さっそく棚を物色し始めた俺だが、今度は慌てた少年が、随分と大きな物を抱えて持って来たところだった。
「これなんかすごそうじゃないですか!」
「剣か?」
少年の抱えていたのは片手剣で、まるで王族の宝物の様な豪華な造りの物だった。
しかし一見すると刃もしっかりしているし、いい加減な物には見えない。
素材も普通の金属ではなく、本当なら土産屋に無造作に置いてあるような物ではないと思うが、喜ぶ少年を見てハッチーが微妙な表情を浮かべているのは、若干以上に気になるところだろう。
ハッチーは剣を指して、少年にドンマイと肩を叩いた。
「あーそれねぇ、悪い所に目を付けたねお客さん」
「悪い所って! こんな立派な剣見たことないのに?」
少年は明らかに言われた台詞が不満だったようだが、俺もなぜダメなのか気になるところだ。
ハッチーはすらりと剣の鞘を抜いて、それを少年に手渡した。
「うーん、まぁ説明するより試してもらった方がいいかな? 君さ、それでどこでもいいから斬っていいよ?」
「え? それはまずいでしょう?」
「いいから、いいから」
とんでもない事を進められて戸惑う少年だったが、店の持ち主にここまで勧められれば断る理由もない。
「そこまで言うなら……どうなっても知りませんからね?」
少年は剣を思い切り振りかぶって、手ごろな棚に刃を振り降ろす。
中々の太刀筋だった。
だが少年は棚を豪快に一刀両断したと言うのに、音が全くしないというのはどういう事だろう?
本人も自分で斬ってみて違和感があったらしく、棚と剣を何度も見比べている。
「あ、あれ? 全然手ごたえがない?」
「いやいや、どんな達人だよ」
「じゃあ次はこれ、斬ってみて」
「え?」
店主がぴらりと投げてよこしたのは一枚の真っ白な紙だ。
慌てた少年だったが、日ごろの鍛錬の成果か、体の方は突発的に反応して剣で切り裂きにかかっている。
見事、彼の一刀は空中の紙一枚を的確に捉えると、綺麗に切り裂かれて二枚に分かれた。
あまりにうまくいったせいか少年もちょっと満足げな顔だった。
「お見事!……なんてね。少しでも掠ったら思ったように綺麗に切れるんだよね。そう言う魔法がかかってるんだって」
「そう何ですか! これください!」
即断即決すぎるだろう。
ニヤニヤしているハッチーを見る限り、まず効果的にそれだけのわけがない。
「それで? 本当の効果は何なんだ?」
俺が尋ねると、ハッチーは綺麗に切れた紙を拾って、ネタばらしをした。
「実はそれ、紙なら何でも切れるペーパーナイフなんだ。逆に言うと紙しか切れないんだけど」
「えぇ! これって紙しか切れないんですか!」
「っていうか、君も最初に棚が斬れなかった時に気がつこうよ。あんまり自然に欲しがるからびっくりしたよ」
「……それって役に立つんですかね?」
「まぁ……綺麗に紙を切るのには役に立つんじゃないかな? 柄の所に鎖がついてて、鍵にも付けられるよ?」
「え? なおさら意味ないですよね? そのおまけ?」
真実を知った少年は一転して涙目になった。
取りだしていた財布がなんとも虚しさを倍増させている。
「……うわぁ、需要ねぇだろうなそれ」
俺はもう完全にがっかりなその剣の性能を理解していた。
ただでさえ紙にしたって高級品である。そう一般人に切る機会なんてないだろうに、こんな剣で切る意味なんてもっとない。
まさかそんな無駄な事。そんな感じだった。
「ああ、でも武器って言うなら、こういうのならあるよ?」
そんな事を言いながら奥に引っ込んだハッチーの方から冷たい風が吹く。
続いてごとりとテーブルに置かれたのは巨大なー―冷凍された……魚だった。
鋭い切っ先が鼻にくっついているそれは、持ち上げるだけでも大変そうだが、純粋に今出てきた意味がわからない。
「……な、なにこれ? 今の話の流れでなんでこいつが出てきた? って言うかどこから出した?」
俺は普通に戸惑っていたが、ハッチーは平然とわけのわからないことを言っていた。
「異次元冷蔵庫から。いやね、私も別にからかってるわけじゃないよ? 用途としては武器で合ってる。冷凍カジキマグロだって。絶対にどんな時でも氷は解けないから、長く持ってはいられないだろうけど、先の方はちゃんと切れるよ? どちらかと言えば鈍器として使った方が役に立ちそうだけど」
「……食べ物じゃないのか?」
「そりゃあ食べてもいいけど……氷解けないから硬いしシャリシャリするよ?」
「意味が分からないんだけど?」
「意味なんてないんじゃないの? もし溶かせたらぴちぴち泳ぐらしいし」
「生きてんのかよ!」
「まぁね。鮮度が命らしいから」
そう言う問題じゃない。ぜったい。
まず異次元冷蔵庫ってなんだ?
そしてなぜ魚? なのだろうか?
武器にするにももう少しましなものがあっただろうに。
それにひんやりとして冷たそうだが、持ち歩くにはデカすぎる。
いっそアレを足元に敷いて道を滑るか? それはそれで意味の分からないシーンが出来上がるに違いなかった。
他にも店の中にあったのは変な物ばかりで、まさに意味が分からないを地で行く品揃えである。
空飛ぶタオルは乗っかっても面積が狭すぎて危なくて飛べたものではないし、飲むと羽が生えるキャンディは翼が生えても空は飛べないんだとか。
他にも、髪の色を自在に変えられる櫛や、咥えると水の中で息が出来るキセル、表しか出ないコイン……。
微妙に便利だったり、役に立たなさそうだったり、多種多様すぎて把握なんてし切れない。
ある意味では宝の山だろう。どんな遺跡を発掘したってこんなに大量の魔法の品が出てくるなんてことはないだろうが、これらの物が見つかった所で大発見かと言われれば返答に困る。
俺の頭に浮かんだ感想は、魔法使いの遊び場と言った感じだった。
……とりあえず、表しか出ないコインは買っておこう。何回かタダ飯食うのに仲間内で使えるかもしれん。
「後はタオルでも買っとくかな? 魔法はともかく拭き心地はいい」
拍子抜けした感は否めないが少年もこの店の商品をそれなりに楽しみながら見ている様だった。
「……うーん、でもやっぱりさっきの剣もらってもいいですかね?」
「別にいいけど。売れないし」
おっと驚いた、やっぱりアレを買うのかよ。
まさかのチョイスである。ハッチーすらぎょっとしていたが、少年はよほど気に入ったみたいだった。
何に使うんだ? あのでっかいペーパーナイフを?
趣味に何か言うつもりはないが、今後紙をあれで切る機会があることを楽しみにするとしよう。
なんだかんだ言って堪能していた俺達に、ハッチーが不意に話しかけてきた。
「そう言えば、あんた達は観光で来たの? でも観光ならもっと有名な海岸もあると思うんだけど?」
「そんなことないだろう? 噂になってるぞ? 竜と人魚の住んでる海岸って」
実はもう半分くらい忘れかけていたけれど。
俺が伝えた噂を耳にするとハッチーはカウンターに頬杖をついて、少しだけ意外そうに声を上げる。
「あー。そう言えば最近客足が増えたと思ってたけど、そっちが噂になってんだ。でもそれって本気にする奴も珍しいんじゃない?」
「だろうなぁ……ほんとのところはどうなんだ?」
「嘘じゃないけど」
店主は恐ろしいことをさらっと言ってくれるが、まぁいると言うのならいるのだろう。
ここまで信じられない部分が本当だと、疑う方が難しい。
「……今ならすんなり信じられるから驚きだよ。だがいるならいるですぐ見つかりそうだが、隠れてるのか?」
「まあ……本人の気が向けばって感じかな? 会いたいの?」
尋ね返されて、俺は頬をかいて、軽く唸る。
改めて尋ねられると、会いたいと言うよりは見てみたいと言う方が正しい気がした。
「本当は鱗の一枚でもお目にかかれたら儲けもんくらいだった。鉢合わせたらどうしようか? 少年?」
「怖いこと言わないでくださいよ」
俺達が話していると、ちょうど店の入り口から誰かが入って来た。
俺達はなんとなく振り向き、どういうわけかハッチーはナイスタイミングといたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「ただいまぁ。魚とって来たぜー」
「……あんた達けっこう間がいいかも。お疲れさま」
扉を開けて入って来たのは、派手な柄のシャツを着た大柄の男だった。
「こうでふか?」
「おお! 青いぞ少年!」
「えぇ! 本当ですか!」
やはり舌が青い。人魚達の行動の謎が解けた。
かき氷とやらは、最初ただの氷の削りカスでどうなることかと思ったが、炎天下で食べると最高であった。
色とりどりの甘いシロップに満足して、キンときた頭を叩く俺と少年に、ハッチーは他の商品もお勧めしてきた。
「ラーメンと焼きそばってのがあるよ? おいしくないけど」
「……おいしいのはないのか?」
「実は私は結構好き。まぁ万人ウケはしないって意味だよ。こういうレシピは様式美? なんだって。よくわかんないけど」
店主も首をかしげるお約束というのは、どうやら俺には付いていけない話らしい。
「そう言うもんなのか?」
「わかんないですね?」
若い少年ならと思ったが、残念ながら少年もわかっていなかった。
奇妙な食べ物があるというのはわかった。
雰囲気は実に和やか。質問もしやすくなったところで、俺は自然に尋ねていた。
「なぁ店主さん。この店って魔法の品がおいてあるって本当かい?」
あまりにも普通に聞いたものだから少年が驚いて、カキ氷を落とした。
「あああるよ。見てく?」
だが、あまりにあっさりそう言ったハッチーの言葉に、俺もカキ氷を落としていた。
案内されるがままに足を踏み入れた店内は思ったよりずっと広々していた。
そして噂どおり、奇妙なのは何もかき氷ばかりではなかった。
お目当てだったの品物の数々は、お土産コーナーと書かれた店内の一角に雑多と並べられていた。
棚には様々なものが置かれていたが、何が置いてあるのかと言われたら答えに窮する物ばかりだった。
ハッチーは、この先の問答は半ばお決まりになりつつあるのか、先手を打ってきた。
「私も尋ねられたら……困る物も多いんだけど、わかる範囲で答えるよ?」
「それってどうなんだ? 店員としては?」
思わず半眼で言ってしまった俺だが、ハッチーは気にしてもいないらしい。
「仕方ないでしょ? 私も小遣い稼ぎのつもりでやってるだけなんだもん。商品は送られてくるのをなんとなく並べてるだけだし」
どこから送ってくるとか、誰から送ってくるとか色々尋ねてみたい気がするが、この様子では期待薄かもしれない。
それに物が魔法のアイテムだとするなら、聞かない方がよいこともある。
「へぇ……それじゃぁビックリするような掘り出しもんもあったりすると?」
まぁ。俺にとって今大事なことは、この辺だろう。
魔法の品を楽しみにしていた少年も拘束で頷くと、ハッチーはやはりこの質問にも首をかしげていた。
「どうかなー? まぁ魔法は掛かっているのは間違いないから、掘り出し物を探してみるのもアリだよね。値段は値札がついてるから、自分の財布と相談したらいいよ」
とことん適当な店員だった。
聞けば聞くほどなんとも無責任な店だが、最初からそう言われると俄然掘り出し物を見つけ出したくもなる。
とりあえず俺は目についた物を手に取ってみた。
とりわけ派手なストライプ模様の小さな筒に、紙がくるっと巻かれてくっついている奇妙な笛? である。
「……これなんだ?」
「あ、それ? 吹き戻しって言うらしいよ。こう……息を吹き込むと紙がぷしゅって伸びるんだ。まぁおもちゃだね。試しに吹いてごらんよ?」
「お、いいのか?」
折角なので言われた通り吹いてみるとふしゅっと空気が抜けて、紙の部分が勢いよく飛び出した。
ちょっと楽しい。
だがこの紙が飛び出した瞬間、とんでもない事が起こった。
「……! へ、蛇!?」
ぞろりと大量の蛇が紙の先端から飛び出したのである。
驚いて口を離すと、蛇は数秒経ったらすぐに消えてしまった。
この笛の効果を店主は知っていたのか、驚いている俺達を見て悪戯成功と笑っていた。
「あははっ。びっくりした? そいつは吹き続けてる間だけ蛇が飛び出すんだよ。別名蛇笛」
「そ、それはすごいんじゃないか?」
「そうかな? 驚かせるくらいしか使い道ないだろ?」
それはそうだが。
しかしこいつは驚いた。こんな効果の魔法ははっきり言って見たこともない。
実際に魔力なしで魔法を使えるとわかると、俺と少年の目は輝いた。
普通の魔法とは全く違う未知の魔法と言っていいだろう。
「こりゃ参ったな……。本当に魔法の品なのか?」
「これ全部ですか?」
「それは間違いないよ。こっちは麻痺しちゃってありがたみはあんまりないけどね。あ、でも結構面白がって買ってく人はいるんだよ?」
ハッチーはそう言うが、こうやって魔法の品を目の前にすると気を引き締めてかからねばなるまい。
さっそく棚を物色し始めた俺だが、今度は慌てた少年が、随分と大きな物を抱えて持って来たところだった。
「これなんかすごそうじゃないですか!」
「剣か?」
少年の抱えていたのは片手剣で、まるで王族の宝物の様な豪華な造りの物だった。
しかし一見すると刃もしっかりしているし、いい加減な物には見えない。
素材も普通の金属ではなく、本当なら土産屋に無造作に置いてあるような物ではないと思うが、喜ぶ少年を見てハッチーが微妙な表情を浮かべているのは、若干以上に気になるところだろう。
ハッチーは剣を指して、少年にドンマイと肩を叩いた。
「あーそれねぇ、悪い所に目を付けたねお客さん」
「悪い所って! こんな立派な剣見たことないのに?」
少年は明らかに言われた台詞が不満だったようだが、俺もなぜダメなのか気になるところだ。
ハッチーはすらりと剣の鞘を抜いて、それを少年に手渡した。
「うーん、まぁ説明するより試してもらった方がいいかな? 君さ、それでどこでもいいから斬っていいよ?」
「え? それはまずいでしょう?」
「いいから、いいから」
とんでもない事を進められて戸惑う少年だったが、店の持ち主にここまで勧められれば断る理由もない。
「そこまで言うなら……どうなっても知りませんからね?」
少年は剣を思い切り振りかぶって、手ごろな棚に刃を振り降ろす。
中々の太刀筋だった。
だが少年は棚を豪快に一刀両断したと言うのに、音が全くしないというのはどういう事だろう?
本人も自分で斬ってみて違和感があったらしく、棚と剣を何度も見比べている。
「あ、あれ? 全然手ごたえがない?」
「いやいや、どんな達人だよ」
「じゃあ次はこれ、斬ってみて」
「え?」
店主がぴらりと投げてよこしたのは一枚の真っ白な紙だ。
慌てた少年だったが、日ごろの鍛錬の成果か、体の方は突発的に反応して剣で切り裂きにかかっている。
見事、彼の一刀は空中の紙一枚を的確に捉えると、綺麗に切り裂かれて二枚に分かれた。
あまりにうまくいったせいか少年もちょっと満足げな顔だった。
「お見事!……なんてね。少しでも掠ったら思ったように綺麗に切れるんだよね。そう言う魔法がかかってるんだって」
「そう何ですか! これください!」
即断即決すぎるだろう。
ニヤニヤしているハッチーを見る限り、まず効果的にそれだけのわけがない。
「それで? 本当の効果は何なんだ?」
俺が尋ねると、ハッチーは綺麗に切れた紙を拾って、ネタばらしをした。
「実はそれ、紙なら何でも切れるペーパーナイフなんだ。逆に言うと紙しか切れないんだけど」
「えぇ! これって紙しか切れないんですか!」
「っていうか、君も最初に棚が斬れなかった時に気がつこうよ。あんまり自然に欲しがるからびっくりしたよ」
「……それって役に立つんですかね?」
「まぁ……綺麗に紙を切るのには役に立つんじゃないかな? 柄の所に鎖がついてて、鍵にも付けられるよ?」
「え? なおさら意味ないですよね? そのおまけ?」
真実を知った少年は一転して涙目になった。
取りだしていた財布がなんとも虚しさを倍増させている。
「……うわぁ、需要ねぇだろうなそれ」
俺はもう完全にがっかりなその剣の性能を理解していた。
ただでさえ紙にしたって高級品である。そう一般人に切る機会なんてないだろうに、こんな剣で切る意味なんてもっとない。
まさかそんな無駄な事。そんな感じだった。
「ああ、でも武器って言うなら、こういうのならあるよ?」
そんな事を言いながら奥に引っ込んだハッチーの方から冷たい風が吹く。
続いてごとりとテーブルに置かれたのは巨大なー―冷凍された……魚だった。
鋭い切っ先が鼻にくっついているそれは、持ち上げるだけでも大変そうだが、純粋に今出てきた意味がわからない。
「……な、なにこれ? 今の話の流れでなんでこいつが出てきた? って言うかどこから出した?」
俺は普通に戸惑っていたが、ハッチーは平然とわけのわからないことを言っていた。
「異次元冷蔵庫から。いやね、私も別にからかってるわけじゃないよ? 用途としては武器で合ってる。冷凍カジキマグロだって。絶対にどんな時でも氷は解けないから、長く持ってはいられないだろうけど、先の方はちゃんと切れるよ? どちらかと言えば鈍器として使った方が役に立ちそうだけど」
「……食べ物じゃないのか?」
「そりゃあ食べてもいいけど……氷解けないから硬いしシャリシャリするよ?」
「意味が分からないんだけど?」
「意味なんてないんじゃないの? もし溶かせたらぴちぴち泳ぐらしいし」
「生きてんのかよ!」
「まぁね。鮮度が命らしいから」
そう言う問題じゃない。ぜったい。
まず異次元冷蔵庫ってなんだ?
そしてなぜ魚? なのだろうか?
武器にするにももう少しましなものがあっただろうに。
それにひんやりとして冷たそうだが、持ち歩くにはデカすぎる。
いっそアレを足元に敷いて道を滑るか? それはそれで意味の分からないシーンが出来上がるに違いなかった。
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俺の頭に浮かんだ感想は、魔法使いの遊び場と言った感じだった。
……とりあえず、表しか出ないコインは買っておこう。何回かタダ飯食うのに仲間内で使えるかもしれん。
「後はタオルでも買っとくかな? 魔法はともかく拭き心地はいい」
拍子抜けした感は否めないが少年もこの店の商品をそれなりに楽しみながら見ている様だった。
「……うーん、でもやっぱりさっきの剣もらってもいいですかね?」
「別にいいけど。売れないし」
おっと驚いた、やっぱりアレを買うのかよ。
まさかのチョイスである。ハッチーすらぎょっとしていたが、少年はよほど気に入ったみたいだった。
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趣味に何か言うつもりはないが、今後紙をあれで切る機会があることを楽しみにするとしよう。
なんだかんだ言って堪能していた俺達に、ハッチーが不意に話しかけてきた。
「そう言えば、あんた達は観光で来たの? でも観光ならもっと有名な海岸もあると思うんだけど?」
「そんなことないだろう? 噂になってるぞ? 竜と人魚の住んでる海岸って」
実はもう半分くらい忘れかけていたけれど。
俺が伝えた噂を耳にするとハッチーはカウンターに頬杖をついて、少しだけ意外そうに声を上げる。
「あー。そう言えば最近客足が増えたと思ってたけど、そっちが噂になってんだ。でもそれって本気にする奴も珍しいんじゃない?」
「だろうなぁ……ほんとのところはどうなんだ?」
「嘘じゃないけど」
店主は恐ろしいことをさらっと言ってくれるが、まぁいると言うのならいるのだろう。
ここまで信じられない部分が本当だと、疑う方が難しい。
「……今ならすんなり信じられるから驚きだよ。だがいるならいるですぐ見つかりそうだが、隠れてるのか?」
「まあ……本人の気が向けばって感じかな? 会いたいの?」
尋ね返されて、俺は頬をかいて、軽く唸る。
改めて尋ねられると、会いたいと言うよりは見てみたいと言う方が正しい気がした。
「本当は鱗の一枚でもお目にかかれたら儲けもんくらいだった。鉢合わせたらどうしようか? 少年?」
「怖いこと言わないでくださいよ」
俺達が話していると、ちょうど店の入り口から誰かが入って来た。
俺達はなんとなく振り向き、どういうわけかハッチーはナイスタイミングといたずらっぽい笑みを浮かべていた。
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