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おっさんと海 2

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 海に突き出した桟橋の先に噂の店は建っていた。

 完全に海の上に飛び出している奇妙な建物は、家そのものが水上に浮かんでいるようで涼しげだった。

 ただ、気になるのは、表に看板らしきものが出ていると言うのに、文字が解読不能というところだろうか。

 看板はお店の顔だろうに、意味がわからないというのは店として致命的であると思う。

 『珍品堂』

 そのまま描き表わすとこんな感じの店は、とにかく風変わりな店構えであった。

 海側のテラスにはここにも人魚達が数人座っていて、何か食べながらお互いに舌を出して笑い合っている。

 それにしてもこうも海産物に愛されていると、ここほど海の家という言葉がふさわしい場所もないだろう。

「何やってんだろうな、あれ?」

「何か食べているみたいですけど?」

 俺達が興味津々でそんな彼女達を見ていると、人魚の一人が声をかけてきた。

「あんた達何やってんの?」

 泳いでここまでやってきて、水の中から顔を出す彼女はまさしく人魚である。

 感動していた俺達はなるべく警戒されないようにこやかに笑って、気安く返事を返した。

「ああ、人魚のお嬢ちゃん? この辺に変わった土産屋があるって聞いたんだが、ここであってるのかい?」

「それならここだね、間違いないよ」

 尋ねた瞬間、即答されてしまった。

 それにしても変わった店という説明で、特定されてしまうのはどうなのだろう?

 俺もさすがに言葉を詰まらせてしまったが、やはり間違いないと人魚は続けた。

「ここ以上に変わった所なんてそうないと思う」

「そ、そうか。すごい言われ様だな……」

「そうかな? 楽しいお店だよ?」

 自分で聞いておいてなんだが、ここに来て心配になってきた。

 それっきり俺が何も言えないでいると、人魚の興味は少年に移ってしまった様だった。

「あ、そっちの君かっこいいね! 私達と海で遊ばない?」

「えぇ? ぼ、僕ですか?」

「そうそう! かわいい男の子は大好き!」

 少年の目はいよいよ戸惑っていたが、喜び方は控えめである。

 美人な人魚に声をかけられているんだし、もう少し喜んでもいいだろうに。

 はしゃぐところを見られたくないってのはわかるが、素直に喜ぶのは別に恥ずかしいことじゃない。

 というか、無邪気にはしゃいでおけばいいのに。うらやましい。

 だから俺としてはここは……ささやかながらにからかってみるとしよう。

「なんだ? 少年、モテるじゃないか。だが気を付けろよ? 人魚は好きになった男を海中に引きずりこむって話だぞ?」

「えぇ?」

「ふっふっふ。そう言う出任せ言う人を海中に引きずり込むのも得意だけど?」

 見目麗しい人魚達に軽く凄まれてしまった。反省である。

「ははは。軽い冗談だって。人魚にモテモテの相棒に、少しばかり焼きもちを焼いただけさ」

「そう? なら許してあげる」

 くすくすと笑う人魚達に、俺もなんだか癒された。

 これ以上彼女達に嫌われたくもないので、肝心の店の話をしてみることにした。

「ところで、この店はまさか君らの店なのか?」

 俺はちょっとした閃きを尋ねてみた。

 人魚の経営する家というのは中々面白いと思ったのだが、人魚達はいっせいに手で×印を作って笑う。

 これはハズレだった様だった。

「ううん、違うよ。ちゃんと人間の店主がいるの。私達はちょっとの間、番を頼まれてるだけだから。もうすぐ帰ってくると思うんけどなぁ……あ、ほらもう帰って来たみたいだから行くね? おーい! ハッチー! 私達もう行くからー!」

 そう大きな声で言うと、俺達の背後に向かって手を振って、人魚達は水しぶきを上げて海中に飛び込んでしまった。

 店主だという人物を振り返った俺は、だがしかしさっそく意表を突かれて口に出してしまった。

「へぇ……女店主とはね」

「しかも若い人ですよ? 魔法の品物を売っているって言うから、てっきりもっとおばあさんの魔女みたいな人を想像してましたよ、僕」

 何気に失礼なことを言う少年だった。

 しかし確かに意外だったことは俺も認めよう。

 ハッチーと呼ばれたのは鉢巻を額にしめた若い女だった。

 大きな籠に沢山の魚を運んできた彼女は、小麦色に肌の活発そうな若い女性で、魔女っぽい陰気な印象など欠片もない。

 むしろはちきれんばかりに健康的だろう。

 ハッチーもこちらに気が付いて、向こうの方から話しかけてきた。

「あんた達、お客さんかい?」

「ああ。噂を聞いて来たんだが、今やってないなら今回は遠慮するが?」

 そう言うと、女性は俺達のそばまで来て意味ありげに笑う。

「そうなんだ。いや、別にかまわないよ。せっかくだからゆっくり見ていってよ。名物もあるから」

「へぇ、そんなもんまであるのか? すごいな」

「まぁね。と言ってもこの店自体は借り物なんだけどね。私の本業は漁師なんだ。その片手間にやってる店なんだよ」

 ハッチーは彼女のイメージ通り快活に笑って、大きな籠を降ろして歩いて行くと、店の扉を開け放つ。

 そしてそのまま扉を背にこちらに向き直り。

「ようこそ、珍品堂へ、さぁどうぞ?」

 どこか不敵な表情で俺達を店内に招き入れたのだった。

 ああこの店の名前、ちんぴんどうって読むのか。
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