新・俺と蛙さんの異世界放浪記

くずもち

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剣の呟き

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 物に心が宿るなんていう、そんな話は割とある。

 大切にされたり。何かが憑りついたり。長い時間崇め奉られたり。

 まぁ、物事にはきっかけや理由がつきものなのだろうけど、僕の場合はたぶん……そのどれにも当てはまらない。

 おっと、ひとまず初めに自己紹介をしておきましょうか?

 僕はとある鍛冶屋で打たれた、ただの剣なんです。

 素材は鋼。

 一般的な剣と同じようにそれなりの手間暇をかけられ、中々の上出来とは言われたもののそんなに大作というわけでもない、ごくごく普通の片手剣。

 だけど……この世界広しといえども、僕ほど数奇な運命を辿り、最強と最弱を行ったり来たりしている剣もいないと、これだけは断言出来る。

 それと言うのも、僕のご主人様がすべての原因だったりするんですよね。

 僕に正式な名前はないんですけど、それでもあえて呼ぶなら、たぶんこうなるでしょう。

「太郎の剣」。

 そう――僕は太郎の剣。

 そしてご主人の名前は太郎といいます。

 このご主人は「変わり種」の……いや、「かなり変わり種」の魔法使いなんです。

 例えといえば腐るほどありますが、いつかこんなことがありましたっけ……。



 太郎は道を特に何をするでもなくぼんやりと歩いていた。

 人間の村を訪ねて歩いていた太郎だったが、別に期限が決められているわけでもない。好きでやっているだけである。

 ただその日、だらだらと隙だらけで歩くその様は、いかにも弱そうに見えたのだろう。

「うげ……マジで?」

「へっへっへ。兄ちゃん。わりぃが身ぐるみ置いてってもらうぜ?」

 なんともガラの悪い人間達に囲まれて太郎は剣を抜いた。

 それは襲った彼らにしてみれば食事をするくらい自然な成り行きだったに違いない。

 太郎にしても剣を抜いたのは、別にやっつけてやろうとか、そう言う事であるわけがない。

 単純に目の前に何かあると安心する、物が飛んできた時に咄嗟に手を前に出してしまうような、反射に過ぎなかった。

 ただ、かけられた魔法はそんなことでもきっちりと発動してしまうのである。

 剣が抜かれた瞬間、何とも気持ちの悪い人間離れしたカクカクと、しかし目にもとまらぬ動きで太郎は盗賊達の間をすり抜けた。

「……はっ! やっちまった!」

 気が付いた時には後の祭りである。太郎は思わず叫んでいた。

 この時剣にかけられていた魔法その一は……敵を最短の動きで、自動で斬りつける魔法だった。

「……ぐふぁぁ!」

「……なんだとうぅぅぅ!」

「……あんな弱そうな奴にぃぃぃ」

 中々リアクションのいい盗賊達だ。

 少なくても普通の剣でこんなことをすれば、凄惨な光景になっていたはずだが、安心してほしい。

 彼らは傷一つなく、しびれて動けないだけだ。

 この時剣に駈けられていた魔法その二――斬られても傷つかない効果である。

 痺れ効果は単なるあたり判定のオプションだった。

 そして極め付けがその三だ。

 太郎はふとその魔法の効果が頭をよぎって、恐る恐る彼らを振り返ると若干引いてしまった。

 ほわほわと、何とも和やかな光がなぜか盗賊達の周りに浮かんでいた。

 今にもほわわ~んとでも聞こえてきそうなそんな光の中、盗賊達は皆一様に笑顔なのだ。

 髭面の男達が揃って地面に倒れふし、幸せそうな笑顔。

 いかにも厳つい体つきで、いつ洗濯したかもわからないぼろぼろの服を着た男達が、満面の笑顔。

 斬られているのに若干顔を赤らめてさえいそうな気がする、とろけるような笑顔。

 それは心を和ませる効果のある光の力をもってしても、見ている方には絶望的に悪夢だった。

「……やっぱこれはないかもしれない」

 太郎もまた、とてもではないけれど、愉快とは程遠い表情でその場を逃亡したのだった。



 ってその魔法なんで採用しちゃったのよ!

 剣から言わせてもらえば体裁なんて一個も保たれてないからね!?

 斬れてない時点で剣としてのアイデンティティが壊滅気味だよ! 

 それに加えて笑顔になるって! それじゃあただのおかしな棒だろ!

 ふぅ……取り乱してしまって申し訳ない。

 ……まぁ確かに? それが役に立つ場面があったことは認めますよ?

 僕的にもそのおかげで大いに目立てたこともあったけど……それにしたってどうなんでしょ?

 とにかく、剣的にはあのほわわーんとした魔法はないと思うのですよ。

 僕としてもご主人の魔法については言いたいことはあるわけなんです。色々と。

 このご主人、常識人ぶってはいますけど結構めちゃくちゃしますからね。

 本当に普通にめちゃくちゃしますあの人。

 隙あらば夢かなえちゃえ、くらいのテンションで日々生きてるんです、すみません。

 そう言えばこんなこともあったな……。




 それは家での事である。

 太郎がお茶を飲んでいると、なんだかとてもくたびれた様子のカワズさんがやってきて言ったのだ。

「すまんがタロー、ちぃと腰が痛いんで治療の魔法をかけてくれんか?」

「……また徹夜? よくやるよ。今度は何の魔法の研究?」

「今は体臭を花の香りにする魔法をな」

「……前から思ってたけど、なんでそんなに美容に余念がないんだよ?」

「いいじゃろうが。わしの勝手じゃろう? 別にあんたのためなんかじゃないんじゃからね?」

「……本気で気持ち悪いからやめてくんない?」

 どこで仕入れてきたのか、絶対にカエルの爺さんが発しちゃいけない系のテンプレを真顔で差し込んできたカワズさんに、太郎も真顔でバッサリである。

「うむ、今のはわしもないと思うわい。覚えたばかりの冗談は使い所が難しいな。さてちゃちゃっとやってくれんか? 肩が凝って仕方がない」

「……肩どこだよ」

 太郎は不意に出された難問にやれやれとため息を吐いて、カワズさんにうつ伏せで寝る様に伝えた。

 カワズさんが適当な場所に寝転がると、その時彼の背後でスラリと嫌な音がした。

「……? 何の音じゃ?」

「あー、気にしなくていいから」

「いや、気になるじゃろう普通に」

 焦ってカワズさんが振り向くと、太郎は笑っていた。

 その手にはなぜか抜身の剣が握られていたものだから、カワズさんは血相を変えた。

「まぁ簡単に言うと。いい機会だから新魔法の実験台になってもらおうかなーと。剣にかけた魔法シリーズの最新作。針治療魔法。ぷすっと一発だからね、痛いのは一瞬だから」

「針じゃないじゃろ!? なぜそれ剣でやろうと思った!?」

 逃げ出そうとするカワズさんを太郎はぱちんと指を鳴らして布の様な物で拘束する。

 カワズさんはジタバタと暴れるが、拘束は緩む気配もなかった。

「いやぁ、俺もカワズさんの影響でさぁ、随分と研究熱心になったもんだよ……」

「なぜ縛った! そしてなぜ笑う!」

「あっはっは。剣を患部に突き刺すってのがどうにも怖くって、実験台を探してたんだ。ちなみに剣である必要性は全くないんだけどね!」

「……前から思っとったが、お前さんはなんで意味のない事にこそ本気を出すんじゃ?」

「失敬な。斬ったら回復する剣なんてギャップ萌えだろう?」

「たぶんその用語の使い方すら間違っとるんじゃろうなぁ……」

 太郎は剣を振りかぶってにじり寄り、カワズさんは芋虫の様になりながら何とか逃げ出そうとするが、すべては無駄な事だった。

「では御免!」

「ぐおお! 怖い! やっぱり怖いぞ!」

 その後……少々精神的にダメージはあったものの、肩こり腰痛はすっかり解消したんだとか。



 ってそれ本当に剣でやる意味ないだろ!

 素直に魔法使ってなさい! 

 むしろ魔法なんて使わないで肩たたき券でも発行すればいいよ!

 しかし、なぜよりによって剣を治療に使おうと思ったのか? なにかこう、武器をあえて使って治療を施すことによって? 世の中に対する皮肉とかを訴えているとしたって? 一周回ってわかりづらいわ!

 はぁ……また取り乱してしまいました。

 ともかくこのようにして、僕にかけられる魔法のバリエーションは日々無節操に広がりつつ、わけのわからないことになっているのです。

 困ったものですね。

 だけどご主人が僕を大事にしてくれているのは間違いありません!

 色々言ってしまいましたが剣たるもの、常に持ち主のそばに寄り添い、その身を守り続けられることが最も幸福なことに変わりはないのです!

 それはどんな魔法をかけられようと決して変わることのない真理と言えるでしょう!

 などとご主人の机の隅っこから主張してみたりするわけですよ!

 お? 言っている間にさっそく、ご主人が僕を掴みましたよ? 手入れでもしてくれるんですかね?

「ねぇ、今日の掃除当番カワズさんだったよね?」

「そうじゃったっけ?」

「そうだよ。そこでついでと言っちゃなんなんだけど、こいつにカビ取りの魔法かけてみたから使ってみる?」

「……それをなぜ剣にかけた?」

 だからそれはないだろー!!!

 ……。

 まぁツッコんだって聞こえないんですけど。

 こう言う事を言いたくなる日ってのが剣にもあるのですよ。
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