新・俺と蛙さんの異世界放浪記

くずもち

文字の大きさ
上 下
98 / 183
連載

剣の呟き

しおりを挟む
 物に心が宿るなんていう、そんな話は割とある。

 大切にされたり。何かが憑りついたり。長い時間崇め奉られたり。

 まぁ、物事にはきっかけや理由がつきものなのだろうけど、僕の場合はたぶん……そのどれにも当てはまらない。

 おっと、ひとまず初めに自己紹介をしておきましょうか?

 僕はとある鍛冶屋で打たれた、ただの剣なんです。

 素材は鋼。

 一般的な剣と同じようにそれなりの手間暇をかけられ、中々の上出来とは言われたもののそんなに大作というわけでもない、ごくごく普通の片手剣。

 だけど……この世界広しといえども、僕ほど数奇な運命を辿り、最強と最弱を行ったり来たりしている剣もいないと、これだけは断言出来る。

 それと言うのも、僕のご主人様がすべての原因だったりするんですよね。

 僕に正式な名前はないんですけど、それでもあえて呼ぶなら、たぶんこうなるでしょう。

「太郎の剣」。

 そう――僕は太郎の剣。

 そしてご主人の名前は太郎といいます。

 このご主人は「変わり種」の……いや、「かなり変わり種」の魔法使いなんです。

 例えといえば腐るほどありますが、いつかこんなことがありましたっけ……。



 太郎は道を特に何をするでもなくぼんやりと歩いていた。

 人間の村を訪ねて歩いていた太郎だったが、別に期限が決められているわけでもない。好きでやっているだけである。

 ただその日、だらだらと隙だらけで歩くその様は、いかにも弱そうに見えたのだろう。

「うげ……マジで?」

「へっへっへ。兄ちゃん。わりぃが身ぐるみ置いてってもらうぜ?」

 なんともガラの悪い人間達に囲まれて太郎は剣を抜いた。

 それは襲った彼らにしてみれば食事をするくらい自然な成り行きだったに違いない。

 太郎にしても剣を抜いたのは、別にやっつけてやろうとか、そう言う事であるわけがない。

 単純に目の前に何かあると安心する、物が飛んできた時に咄嗟に手を前に出してしまうような、反射に過ぎなかった。

 ただ、かけられた魔法はそんなことでもきっちりと発動してしまうのである。

 剣が抜かれた瞬間、何とも気持ちの悪い人間離れしたカクカクと、しかし目にもとまらぬ動きで太郎は盗賊達の間をすり抜けた。

「……はっ! やっちまった!」

 気が付いた時には後の祭りである。太郎は思わず叫んでいた。

 この時剣にかけられていた魔法その一は……敵を最短の動きで、自動で斬りつける魔法だった。

「……ぐふぁぁ!」

「……なんだとうぅぅぅ!」

「……あんな弱そうな奴にぃぃぃ」

 中々リアクションのいい盗賊達だ。

 少なくても普通の剣でこんなことをすれば、凄惨な光景になっていたはずだが、安心してほしい。

 彼らは傷一つなく、しびれて動けないだけだ。

 この時剣に駈けられていた魔法その二――斬られても傷つかない効果である。

 痺れ効果は単なるあたり判定のオプションだった。

 そして極め付けがその三だ。

 太郎はふとその魔法の効果が頭をよぎって、恐る恐る彼らを振り返ると若干引いてしまった。

 ほわほわと、何とも和やかな光がなぜか盗賊達の周りに浮かんでいた。

 今にもほわわ~んとでも聞こえてきそうなそんな光の中、盗賊達は皆一様に笑顔なのだ。

 髭面の男達が揃って地面に倒れふし、幸せそうな笑顔。

 いかにも厳つい体つきで、いつ洗濯したかもわからないぼろぼろの服を着た男達が、満面の笑顔。

 斬られているのに若干顔を赤らめてさえいそうな気がする、とろけるような笑顔。

 それは心を和ませる効果のある光の力をもってしても、見ている方には絶望的に悪夢だった。

「……やっぱこれはないかもしれない」

 太郎もまた、とてもではないけれど、愉快とは程遠い表情でその場を逃亡したのだった。



 ってその魔法なんで採用しちゃったのよ!

 剣から言わせてもらえば体裁なんて一個も保たれてないからね!?

 斬れてない時点で剣としてのアイデンティティが壊滅気味だよ! 

 それに加えて笑顔になるって! それじゃあただのおかしな棒だろ!

 ふぅ……取り乱してしまって申し訳ない。

 ……まぁ確かに? それが役に立つ場面があったことは認めますよ?

 僕的にもそのおかげで大いに目立てたこともあったけど……それにしたってどうなんでしょ?

 とにかく、剣的にはあのほわわーんとした魔法はないと思うのですよ。

 僕としてもご主人の魔法については言いたいことはあるわけなんです。色々と。

 このご主人、常識人ぶってはいますけど結構めちゃくちゃしますからね。

 本当に普通にめちゃくちゃしますあの人。

 隙あらば夢かなえちゃえ、くらいのテンションで日々生きてるんです、すみません。

 そう言えばこんなこともあったな……。




 それは家での事である。

 太郎がお茶を飲んでいると、なんだかとてもくたびれた様子のカワズさんがやってきて言ったのだ。

「すまんがタロー、ちぃと腰が痛いんで治療の魔法をかけてくれんか?」

「……また徹夜? よくやるよ。今度は何の魔法の研究?」

「今は体臭を花の香りにする魔法をな」

「……前から思ってたけど、なんでそんなに美容に余念がないんだよ?」

「いいじゃろうが。わしの勝手じゃろう? 別にあんたのためなんかじゃないんじゃからね?」

「……本気で気持ち悪いからやめてくんない?」

 どこで仕入れてきたのか、絶対にカエルの爺さんが発しちゃいけない系のテンプレを真顔で差し込んできたカワズさんに、太郎も真顔でバッサリである。

「うむ、今のはわしもないと思うわい。覚えたばかりの冗談は使い所が難しいな。さてちゃちゃっとやってくれんか? 肩が凝って仕方がない」

「……肩どこだよ」

 太郎は不意に出された難問にやれやれとため息を吐いて、カワズさんにうつ伏せで寝る様に伝えた。

 カワズさんが適当な場所に寝転がると、その時彼の背後でスラリと嫌な音がした。

「……? 何の音じゃ?」

「あー、気にしなくていいから」

「いや、気になるじゃろう普通に」

 焦ってカワズさんが振り向くと、太郎は笑っていた。

 その手にはなぜか抜身の剣が握られていたものだから、カワズさんは血相を変えた。

「まぁ簡単に言うと。いい機会だから新魔法の実験台になってもらおうかなーと。剣にかけた魔法シリーズの最新作。針治療魔法。ぷすっと一発だからね、痛いのは一瞬だから」

「針じゃないじゃろ!? なぜそれ剣でやろうと思った!?」

 逃げ出そうとするカワズさんを太郎はぱちんと指を鳴らして布の様な物で拘束する。

 カワズさんはジタバタと暴れるが、拘束は緩む気配もなかった。

「いやぁ、俺もカワズさんの影響でさぁ、随分と研究熱心になったもんだよ……」

「なぜ縛った! そしてなぜ笑う!」

「あっはっは。剣を患部に突き刺すってのがどうにも怖くって、実験台を探してたんだ。ちなみに剣である必要性は全くないんだけどね!」

「……前から思っとったが、お前さんはなんで意味のない事にこそ本気を出すんじゃ?」

「失敬な。斬ったら回復する剣なんてギャップ萌えだろう?」

「たぶんその用語の使い方すら間違っとるんじゃろうなぁ……」

 太郎は剣を振りかぶってにじり寄り、カワズさんは芋虫の様になりながら何とか逃げ出そうとするが、すべては無駄な事だった。

「では御免!」

「ぐおお! 怖い! やっぱり怖いぞ!」

 その後……少々精神的にダメージはあったものの、肩こり腰痛はすっかり解消したんだとか。



 ってそれ本当に剣でやる意味ないだろ!

 素直に魔法使ってなさい! 

 むしろ魔法なんて使わないで肩たたき券でも発行すればいいよ!

 しかし、なぜよりによって剣を治療に使おうと思ったのか? なにかこう、武器をあえて使って治療を施すことによって? 世の中に対する皮肉とかを訴えているとしたって? 一周回ってわかりづらいわ!

 はぁ……また取り乱してしまいました。

 ともかくこのようにして、僕にかけられる魔法のバリエーションは日々無節操に広がりつつ、わけのわからないことになっているのです。

 困ったものですね。

 だけどご主人が僕を大事にしてくれているのは間違いありません!

 色々言ってしまいましたが剣たるもの、常に持ち主のそばに寄り添い、その身を守り続けられることが最も幸福なことに変わりはないのです!

 それはどんな魔法をかけられようと決して変わることのない真理と言えるでしょう!

 などとご主人の机の隅っこから主張してみたりするわけですよ!

 お? 言っている間にさっそく、ご主人が僕を掴みましたよ? 手入れでもしてくれるんですかね?

「ねぇ、今日の掃除当番カワズさんだったよね?」

「そうじゃったっけ?」

「そうだよ。そこでついでと言っちゃなんなんだけど、こいつにカビ取りの魔法かけてみたから使ってみる?」

「……それをなぜ剣にかけた?」

 だからそれはないだろー!!!

 ……。

 まぁツッコんだって聞こえないんですけど。

 こう言う事を言いたくなる日ってのが剣にもあるのですよ。
しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺と蛙さんの異世界放浪記~八百万ってたくさんって意味らしい~

くずもち
ファンタジー
変な爺さんに妙なものを押し付けられた。 なんでも魔法が使えるようになったらしい。 その上異世界に誘拐されるという珍事に巻き込まれてしまったのだからたまらない。 ばかばかしいとは思いつつ紅野 太郎は実際に魔法を使ってみることにした。 この魔法、自分の魔力の量がわかるらしいんだけど……ちょっとばっかり多すぎじゃないか? 異世界トリップものです。 主人公最強ものなのでご注意ください。 *絵本風ダイジェスト始めました。(現在十巻分まで差し替え中です)

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。