新・俺と蛙さんの異世界放浪記

くずもち

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6巻

6-2

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     ◇◆◇◆◇


 ダンジョン・シティの執務室は、ダンジョンタワーの最上階に位置する。
 暫定的とはいえこの町の管理者――ダンジョンマスターとなっているのは、何を隠そうカニカマ君である。
 しかし、ダンジョンマスターとして正式に認められるためには、ダンジョンを最下層まで攻略する必要があった。
 カニカマ君に今与えられているのは仮のダンジョンマスター権限で、もし誰かがカニカマ君よりも最下層に早く着いてしまえば、権限は奪われてしまう。
 ダンジョン攻略者が大挙して押し寄せている現状を考えれば、カニカマ君は正式なマスター権限を手に入れることこそ優先すべきである。
 というわけでその間、管理者をカニカマ君の代わりにやってくれている人達がいる。彼らはダンジョン・シティの封印が解けたことを聞きつけ、真っ先にやって来たカニカマ君の友達だった。


 チン。
 エレベーターのベルが鳴る。
 わたし達はエレベーターで最上階へと向かった。
 そこは紛れもなくカニカマ君の部屋だというのに、部屋に入ろうとするカニカマ君の足は重い。

「……」
「どうしたんだい? 入りたくなさそうだね?」

 わたしがニヤニヤしながら尋ねると、カニカマ君は軽くため息をついた。

「ちょっと入りづらいだけですよ」

 それからカニカマ君はなんとか気合を入れて、扉に手を当て押し開ける。
 彼の部屋では、美しいエルフの男女が大きなモニターを見ながら激論を交わしていた。

「いや、だから、PVにしてもなんか仰々ぎょうぎょうしすぎるんじゃないか?」
「これくらいがいいではないですか。あまり気軽に来られても困るでしょう?」
「そうか? むしろ気軽に来ている奴しかいないと思うんだが?」
「荒野の真ん中に? そんなわけないでしょう?」

 一人は黄色い傘を腰に下げるエルフの少年、もう一人は眼鏡めがねをかけた多少神経質そうなエルフの女性、という二人組である。
 二人は、わたし達が部屋に入るとすぐに気がついて振り返った。

「お、来たか。早かったな」
「お帰りなさい。承認が必要な書類はまとめてありますよ」
「ただいま。パラソル君。クーエルさん」

 エルフの二人は、タロに「パラソル君」「クーエルさん」と呼ばれていた。
 どちらもタロ命名のあだ名だが、この町では本名を名乗らない方がいい場合も多い。多くの種族が生活しているから、素性すじょうが明らかになることでトラブルを招いてしまう可能性があるのだ。
 カニカマ君は自分の机に向かい、紙の書類に恐ろしい速さで目を通しながら尋ねる。

「そういえばやけに激しく議論していたけど、何の話をしていたの?」
「議題は、ダンジョン・シティの知名度を上げるためのPVについてですよ」

 答えたのはクーエルさんだ。

「PVか……下でも流れているやつだよね」
「そうです。しかしあれは、ダンジョン・シティ開放当初のもの。この町も短期間に随分と様変わりしてしまいましたから」
「ああ、それで映像を新しくしようってわけか」

 カニカマ君は納得して頷くと、今度はパラソル君がため息をついた。
 パラソル君の綺麗な金髪は乱れていて、やや疲れ気味だと見て取れた。

「だが意見を出し合ってみると、まぁまとまらない。見てみろ、この映像を」

 そう言ってパラソル君は、映像が流されているディスプレイを指差す。
 それを見たわたしは噴き出しそうになった。


『がうがう・がうがうがう・がうがうがう・がうがうがう・がうがう・がうがう!(ここはダンジョン・シティ・自由の町・これマジ・手を伸ばせば届くホントの解放・心を開け・自分の解放!)』

 そこには、キャップを後ろにして被った見たことのある熊みたいなのが映っていて、がうがう言っていた。
 妙ないんを踏んでいるが、パラソル君には伝わらない。

「……なんだかわかるか、これ? いや、字幕があるから何を言っているのかはわかるが……」

 そこに、カニカマ君が口を開く。

「ラップかな? うまい具合に獣人語でアレンジしてるんじゃないかな?」
「ラップ? というかお前、獣人語がわかるのか?」
「うん。日常会話レベルだけど。獣人もこの町に来るだろうと思って勉強したんだ」
「……でも獣人語って、言葉っていうより鳴き声じゃないか?」
「辞書があったんだよ。ガーランドで発行されたやつ」

 パラソル君とカニカマ君が話していると、クーエルさんが眼鏡をスチャッと上げて告げた。

「あれは今一押しのラッパー、クマ衛門えもんです。PVのゲストなら、これくらいラフな方が肩肘張らなくていいかもしれません」

 カニカマ君とパラソル君は意外そうに聞いていたが、パラソル君が慌てたように尋ねる。

「一押しなのか? いやいやいや! クマ衛門? まずラッパーってなんだよ? ラッパを吹き鳴らすのか?」
「ラッパは吹いていないでしょ? ラップという異世界の歌を歌う人のことらしいですよ。どちらかと言えば、吟遊詩人に近いものがありますが」

 すらすらと説明するクーエルさんに、パラソル君は目を白黒させる。

「……詳しいのな」
「ええ。この町では、たかが流行り物といっても馬鹿に出来ませんから。彼らのような存在の影響力はとても大きいのです」
「そうなのか?」
「そうですよ」

 パラソル君はあまり気にしていなかったようだが、実際この町ではこうした娯楽の重要度はあなどれなかった。
 クーエルさんは指を一本立てて、更に続ける。

「有名どころは様々ですが、その筆頭ひっとうが人間の女の子で、少女Bと言います」
「また適当な名前だなぁ。BがいるってことはAは誰だ?」
「そこまでは知りません……リサーチ不足でした。ただ、覚えやすさも親しみやすさにつながっているようです。彼女は歌手とダンサーを合わせた職業に就いていて、アイドルと呼ばれています。元々はクマ衛門も、彼女のバックダンサーをやっていたのですよ」

 先ほどから流れている映像を改めて眺めて、わたしは心の中で大笑いしつつ呟く。

「へー……クマ衛門はサクセスしたんだ」

 クーエルさんが淡々と告げる。

「ええ。今となってはちびっ子にも大人気ですよ。ですが、押さえておくべきは少女Bでしょう。彼女の人気は、ダンジョン・シティで別格です。彼女を支持している者の中には、有力な種族さえ多くいます。最近では、強大な悪魔達を配下に加えたという情報までありますね」
「……一体何があったんだ、悪魔に? え、少女Bって歌手なんだよな?」
「アイドルです。何でも悪魔達はゲームに負けて、彼らを使役出来るようになる契約書を奪われたんだとか。少女Bの他には、『湖畔こはんの貴婦人』さんや天使の俳優などが流行っているようですね」

 それは公然の事実らしいのであるが、それにしてもクーエルさんはなかなか詳しかった。
 パラソル君は、そんなクーエルさんにそのままずばりと聞いてくれた。

「……ははん。お前、実は結構ミーハーだな? 流行の物には飛びつくタイプか?」
「……黙秘します。ですが、PV撮影を依頼するなら、彼らは押さえておきたいところでしょう。他にもいますが、まだ知名度という点では彼らに見劣りしますね」
「なるほど……当たりだな」

 余計なことを言ったパラソル君が、ガツンと一発、クーエルさんに殴られる。

「詮索は無用にお願いします」
「手を出したな! ひどい奴だ!」
「しつこいからです」

 クーエルさんの話を聞いてわたしは思った。
 みんな、まぁ元気にやっているようで何よりだと。
 それから、疲れ果てソファーに体を沈めたパラソル君に代わって、いつの間にかこの短時間で書類仕事の大半を終えてしまったカニカマ君がクーエルさんに尋ねる。

「PVの件はもう頼んだの? 彼女は本当に人気だから、お願いするなら早い方がいいよ」
「いえ。伝手つてもありませんし、すぐには不可能かと」
「そっか……でも、この先長く流すんだろうし、しっかりしたものにした方がいいよね……わかった。僕の方でなんとかお願いしてみるよ」
「……本当ですか?」

 思わぬ申し出にクーエルさんは驚いていたが、カニカマ君は何でもなさそうに微笑む。

「うん。挨拶はしてあるから、多少の融通は利かせてくれると思う。ダメだったらごめんね」
「はい。さすがですね……」

 クーエルさんは感心して、カニカマ君を見ていた。そしてそれは、あっという間に書類の山が処理されたこととも無関係ではないだろう。
 パラソル君は、カニカマ君のすごさに呆れたような表情を浮かべつつ口を開く。

「それで? お前の方はどうなんだ? ダンジョンの攻略は順調なのか?」
「うん。今日やっと九十五階層に到達した」
「本当かよ? ……大概おかしいよな、カニカマ野郎は」
「誰がカニカマ野郎だよ」
「お前のことさ。おなじみだろ?」

 気に入っていない呼び方をされ、カニカマ君は不愉快そうに口をとがらせた。しかしそうした反応をするのも、パラソル君を喜ばせるだけだとわかり、カニカマ君は軽く息を吐く。

「まぁいいや。それよりも、この町はすごい勢いで変わっているみたいだね。住人の受け入れも順調そうだ。ダンジョンから上がってくるたびに、町の様子が変わっているからビックリするよ」

 カニカマ君が賞賛交じりに言うと、エルフの二人は顔を見合わせ笑った。
 パラソル君が皮肉っぽく告げる。

「恐ろしいくらいにな。毎日目まぐるしいわ。変わらない日がないと言ってもいいくらいだぞ。まぁ、どこかの誰かが仕事を放り投げたせいで、代わりに私達がやることになったんだが」
「ご、ごめんな」

 だが、カニカマ君が素直に謝ると、パラソル君は若干気まずげに訂正する。

「……まぁ謝るほどではない。確かに目まぐるしいが、そう苦労もしていないからな」
「そんなことないだろ? どう考えても面倒を押し付けたみたいなところがあると思うし」
「普通ならばそうだろう。だがそうでもない。何せ、必要なことはHANAKOがやってくれるからな。あれは凄まじいぞ」

 そして今度は、クーエルさんがパラソル君の説明を補足する。

「ええ。HANAKOはこの町の管理・維持をすべてこなしてくれます。知っての通り意思疎通も可能です。その上、このダンジョン・シティの効果圏内であれば、無敵とも言える力を有している。押しかけてきた雑多な種族がまとまっていられるのは、彼女のおかげなのです。どうやったらあんな存在を作り出せるのか、想像も出来ません」

 確かにHANAKOは、出来ないことの方が少ない気がするほど優秀だった。
 ダンジョン・シティにある設備のほとんどを彼女が管理しているのだから、他に何かすることがあるとも思えない。
 更に、パラソル君が言う。

「ああ。そうだな。それにな……まぁ、楽なのは、お前の働きも大きいぞ?」
「え? 僕?」

 聞き返したカニカマ君に、パラソル君は頷いた。

「ああ。お前、ダンジョンに潜る合間に、集まってきた奴らに声をかけているだろう? 不思議と人望があるみたいで、お前の名前を出せばすんなり納得する者も多いぞ」

 急にカニカマ君を褒めだしたパラソル君。その場が変な空気になったのを感じ取ったのか、彼の顔は赤くなった。

「あくまでそういう側面もあるってことだ! 働きは正当に評価されるべきだろ!」

 そう声を荒らげるパラソル君は、ツンデレである。その一方で、さわやかに頷くカニカマ君は、なかなか天然だった。

「ありがとう。それが本当ならすごく嬉しいよ。僕の目標は色んな種族と仲良く過ごせる都市を作ることなんだ。みんながんばってくれてるしね。もちろん君も含めて」
「……よせ! 褒めても何も出ないぞ!」

 えへへと人差し指で鼻をこするパラソル君。フッと照れくさそうなカニカマ君も、まんざらでもなさそうだった。
 美しきかな友情、である。
 そんな彼らに、クーエルさんは無慈悲に言った。

「まぁがんばるにしてもやることがなく、手持無沙汰でPVの話をしていたのは否定出来ませんので、胸は張れませんが」
「……今言わなくてもいいだろう、それ」

 パラソル君は文句を言うが、クーエルさんは素知らぬ顔で視線をらした。パラソル君が気を取り直すように言う。

「まぁそういうわけでお前同様、ダンジョン・シティで楽しく遊ばせてもらっていたわけだ。面白いぞ、こういうのもな」
「いや、僕は遊んでいたんじゃないんだけどなぁ」
「どうだかな。いつでも代わってやるぞ? ダンジョン攻略。どちらかと言えば私にはそっちの方が合っているしな」

 パラソル君はそんな自信がどこから湧いて出るのか、威勢がいい。
 だが、それを聞いたカニカマ君の方は、腐った魚のような目で色濃い疲労を覗かせていた。

「やめておいた方がいいよ……何度死んだかわからない。正直、割に合わない」
「……それはわかるがな」

 パラソル君は何度かダンジョンに挑戦した過去を思い出して、表情を沈ませた。
 それにしても、カニカマ君とパラソル君は、種族の違いを感じさせないほど、仲が良さそうである。
 ならばなぜ、カニカマ君はここに来るのを苦手としていたのか。それにはちゃんと理由がある。
 そしてその原因が、新たに話に割って入ってくると、カニカマ君の表情は凍りついた。

『ダンジョンの攻略は必要なことだと、わたくしは思いますよ?』

 声の主を探すと、そこには真っ白い少女の立体映像が現れていた。
 見た目は幼い印象だが、とても仕立てのいい白い服を着ており、どこか老成した一面も覗かせている。彼女は映像付きで、このように時折連絡をよこすのだ。
 カニカマ君はその少女――神聖ヴァナリア教皇を視界に収めるなり、渋面じゅうめんになった。

「……出たな、妖怪」
『さて、妖怪とはなんでしょう?』
「……異世界の妖精みたいなものかな?」
『あらそれは素晴らしい。さぞかし腹黒い妖精なのでしょうね』
「自分で言ったぞ、この女……」

 教皇の切り返しに戦慄せんりつするパラソル君。カニカマ君は死んだ目で少女について語りだした。

「こういう人なんだよ、ヴァナリアの教皇様は。僕も知りたくなかったけど……」
『ところで、そちらの状況はどうなのです?』

 ダイヤモンドのようにきらめく満面の笑みを浮かべる少女。世の中的には教皇と呼ばれている、どっかの国の偉い人、というのがわたしの認識だった。
 タロのつけたニックネームでは、彼女は「教皇ちゃん」と呼ばれている。
 そのまんまである。
 教皇ちゃんは、ここに来たばかりの時、カニカマ君に電話をかけてきた。そしてよりにもよって、カニカマ君に自分を利用しないかと持ちかけたのだ。
 最初カニカマ君は断った。


「なぜ僕がそんなことを? お断りです」

 そう言ったカニカマ君に、教皇ちゃんは更に提案する。

『いいのですか? 貴方はあのお方の、タロー様の意志を継ぐのでしょう? 貴方一人では出来るとは思えませんが? 政治に通じていて、貴方の事情を裏も表も知っている、そんな誰かの助けが必要なのではないのですか? 心当たりがあるのならそれもいいでしょう。しかし、誰もいないのなら好き嫌いをしている場合なのですか? 失敗出来ないのでしょう?』
「……」

 教皇ちゃんの質問攻めには力があった。その背後には絶対的な自信があったからだ。
 そもそもどうやってカニカマ君の電話番号を知ったのかから始まって、なぜそこまで事情を知っているのかなど。
 不審な点は山ほどあったが、結局カニカマ君は彼女の提案に一部乗ることにして、現在に至るのだった。


 実際、教皇ちゃんが現れたとたんエルフの二人の緊張感が増すくらいには、教皇ちゃんはこのダンジョン・シティに不気味なほど貢献していた。

『そう嫌そうな顔をしないでくださいまし。これでもそれなりに貴方達のためにがんばったのですよ? 得体えたいの知れない町に人間を誘導するのは大変でした』

 ダンジョン・シティの本来の目的は、魔獣から人間達を守る避難所になること。しかし、荒野の真ん中に人々を連れてくるなんて、そう簡単に出来るわけもない。
 エルフ達も、最初は不可能と判断していたからこそ、それを成し遂げた教皇ちゃんに一定の評価を下さざるをえなかった。
 パラソル君が教皇ちゃんに向かって言う。

「仕事の速さは認めるさ。だが、やって来た人間にはならず者が多い気がするが?」
『あら、それはある程度は仕方がないでしょう? 町は荒野の真ん中にあるんですもの。腕に自信のある者か、町に興味のある変わり者でなければね? 人間ではない方々も同じようなものでしょう? この町に来る時点で変わり者なのでは?』
「はっはっは! それはそうだな! その通りだ」
「……それって君も含めてだからね?」
「お前が筆頭だろう」
「うっ」

 カニカマ君がパラソル君に一言言ったら、速攻で打ち返されていた。
 改めてパラソル君は教皇ちゃんに向き直る。

「だが、お前も変わり者ではあるようだな。ところで人間の女王よ、お前はここへは来ないのか?」

 パラソル君が、遠くで指図するだけの教皇ちゃんを揶揄やゆすると、教皇ちゃんはものすごく残念そうに肩をすくめた。

『しかるべき準備が整えば、そちらにはすぐにでも行きたいと思っていますよ? ですが、私にも自分の国というものがありますもの。簡単に出向くわけにはいきません。それに現状は、お役に立てるとしてもお手伝い程度でしょう? 勇者様が優秀ですしね』
「その通りだな」
『ええ。話を聞いているだけで実に面白いです。まぼろしの都の噂も随分広がっています。財宝の眠る黄金都市。自由が手に入る理想郷。魔獣王まじゅうおうの支配する地などなど、順調に……』
「ちょっと待った……最後の何?」

 だが、突然出てきた情報を、カニカマ君は聞き流せなかったようだ。
 教皇ちゃんは、それはもういい笑顔をカニカマ君に向けた。

『魔獣王ですか? 貴方のことでしょう?』
「違うよ? 全然違うからね?」

 カニカマ君は受け入れられずにいるが、わたしですら思う。これはもうその通りだと。

『魔獣ひしめくダンジョンを管理されているのでしょう? そんなあだ名で呼ばれるのも、無理からぬことだと思うんですけれど?』
「またあだ名! 今太郎さんいないんですよ! 新しいの足さなくったっていいでしょ!」

 カニカマ君は割と必死だった。
 だが、彼が興奮すればするほど、教皇ちゃんを喜ばせてしまう。

『そんなこと言われましても。呼び名は自然に出来上がるものですし? カッコいいですよ、魔獣王様』
「自然に出来たのかも疑わしいんだよなぁ」

 そう言って疑うカニカマ君に、わたしはきちんとホントのところを教えてあげた。

「教皇ちゃんが流行らせたに決まってるじゃん。なかなかのセンスだね!」
「……なんか、まぁいいじゃないか。悪くはないぞ魔獣王」
「トンボ先生! パラソル君までそんな! これ以上、僕の呼び方が増えたら、自分が誰だかわからなくなる!」
「よ! 魔獣王カニカマ君!」
「混ぜないでもらえますか? トンボ先生……」

 ちょっと本気で殺意を感じたので、この辺でやめておく。ギリギリの線引きというやつは大切だと思う。

「なんか一目置かれちゃう理由がわかるよね。教皇ちゃん見てると」

 何げない会話をしつつも、常に一枚上手な教皇ちゃんに感心しつつそう呟くと、エルフの二人から思わぬ同意があった。

「ああ、それは思うな」
「私もです」
『あらあら、名だたる妖精の皆さんにそう言っていただけるのは光栄ですね。私もすぐにそちらに駆けつけた貴方がたには一目置いているのですよ? ……油断なりませんね』

 カニカマ君に対している時と違って、エルフ達と向き合う教皇ちゃんは若干警戒しているように感じさせた。
 ただそれはエルフ達も同じで、特にクーエルさんは氷のような冷たい眼差しを教皇ちゃんに向けた。

「油断など、人間がエルフ相手にしていいものではありませんよ? 貴女が私達を高く評価しているのなら、なおさらです」
『そうですわね。もちろんそのつもりですよ。とにかく優秀な貴方がたがいるなら安心だわ。これから何が起ころうとも、ダンジョン・シティは安泰あんたいですね』

 心持ち、教皇ちゃんとクーエルさんはギスギスしていた。こういう凄みは、カニカマ君やパラソル君じゃまだ出ない。
 いづらさが増してくると、未熟なカニカマ君とパラソル君などは、隅で怯えるだけだった。

「……なぁカニカマ。こいつら怖いんだが?」
「僕もだよ。パラソル君」
「なー。大人は大変だよね。よく交ざる気になるね、君ら」

 わたしがお気楽にそう言うと、カニカマ君からは恨みがましい視線を向けられた。

「……好きで駆け引きしてるわけじゃないんですよ?」
「喧嘩するにも相手は選ぶべきだと思う」

 教皇ちゃんと口で勝負するのは無謀むぼうすぎる。
 そもそも教皇ちゃんは、うまくやろうなどとは思っていないんじゃないか。何と言うか、どうなってもいいくらいの開き直っている感じはする。

『とはいえです。結局最も注意すべきは、ここの正式な管理権限がまだ誰の手にも渡っていないことだと思います。まずは我らが勇者殿にがんばっていただかないと』
「魔王と戦うことを放棄した僕は、もう勇者じゃないですよ?」

 カニカマ君は今更な修正を入れるが、教皇ちゃんは穏やかなものだった。

『そんなことはありませんわ。貴方は勇者ですよ。異世界からやって来た強き者です。だからこそ、貴方はここの支配者になれるはずです。それにそうなった時こそ、私が口を挟む余地が生まれるというものです』
「……どういう意味です?」

 何だか嫌な感じの話の流れだと感じたのか、カニカマ君の表情が歪む。
 教皇ちゃんは意味ありげに笑うと、カニカマ君をさとすように言う。

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