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6巻
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「見事なり。我が一撃をよくぞ耐えた。腐っても元竜王と呼ばれた者の一撃だ、誇ってよい」
「ありがとう……ございます……」
「あわわわわわ……」
カニカマ君の背中からそっと顔を出したわたし、トンボはビビリつつも彼らを見ていた。
ダンジョンの奥深く、カニカマ君は漆黒の剣を床に突き立てて杖代わりにしながら、巨大な竜を見上げている。
ほんのり焦げたカニカマ君を満足そうに見ている竜は「おいしそうに焼けたな」とか、たぶんそういうことが言いたいわけではないだろう。
ダンジョン地下九十五階層。深緑の大森林を見下ろす岩山の上に、彼は棲んでいる。
元竜王と呼ばれた古代の竜は、カニカマ君に試練を課した。
試練の内容は至極簡単。
ブレスを一撃耐えること。
出来るわけないだろ! とか言わないのがカニカマ君のおかしなところだった。
そして――実際耐えてしまうのが何よりおかしい、とわたしはカニカマ君の背中で密かに思っていた。
カニカマ君はようやく息を整えると、にっこりと笑みを浮かべて元竜王に問う。
「これで……通していただけるんですね?」
「もちろんだ。元よりその剣を持っている時点でここを通る資格はある。十分に気概のあるところも見せてもらった」
そしてもらった合格である。
カニカマ君は鎧もボロボロで、もはや余力なんてあるようには見えない。
「あっぶなかったね! カニカマ君!」
「ええ……本当に。この剣がなかったら、絶対死んでましたよ」
カニカマ君の手の中にある剣は、実際竜の一撃を正面から受けて、刃こぼれ一つしていない。
それも確かにすごかったが、すごい要素は別にあった。
「普通、剣があっても死ぬけどね! 地球人おかしい!」
「……地球人はおかしくないんですよ? いえホントに」
わたしの知っている地球人は三人だ。タロもマガリもみんなおかしかったが……カニカマ君の目が怯えた小動物みたいになったので、それ以上問い詰めるのはやめておく。
元竜王は重々しく頷き、カニカマ君の持つ剣を眺めて目を細めた。
「当然だ。その剣はあのお方が作りし魔剣だぞ? 力を十全に引き出せば、この私とて殺しうる」
「それは……とてもではありませんが無理でしょう。僕の力ではたとえこの剣を使ったとしても、そんなことが出来るとは思えません」
わたしも竜の爪の先ほどしかない剣で、この元竜王を殺すということがピンと来なかった。
だが元竜王は、謙遜するカニカマ君に顔を近づけて、ブシュリと熱い鼻息を吹きかける。
「いいや、可能だとも。それが出来ないような物に伊達や酔狂でドラゴンスレイヤーの名前を、他ならぬ我らが与えたりなどするものか」
「は、はぁ。ドラゴンスレイヤーですか」
「そうだとも。実際にあのお方はその剣を使って暴走状態の私を圧倒してみせたのだから」
クックックと喉の奥を鳴らして笑う元竜王の言う通り、カニカマ君の持つ剣は「キングオブドラゴンスレイヤー」という名前を竜からもらっていると聞いていた。
名前にもツッコミどころはあったがその前に、わたしは元竜王の言いようが変だなと思った。
「あのお方? って誰だろ? その剣はタロとドワーフの合作って聞いたよ?」
「ほう。そこの妖精はあのお方を知っているのか。いかにもその通り。あのお方とはタロー様のことに他ならん。あのお方ほど偉大な魔法使いは他にはいまい」
何だか凄まじく違和感がある。
ひとまずわたしは首をひねっておくことにした。
「えーそうかなー?」
「ああそうだとも。竜を羽虫のごとく屠る力を持ちながら、世界に恩恵を授けてくださる……まぁその話はさておき、我が一撃を受けたのだ。一度ここから引き上げ、体を休めるがいい。どれ、我が試練を通過した証も渡しておこう」
元竜王が爪の先でカニカマ君の持つ魔剣にちょんと触る。すると魔剣は光を放ち、その刀身から元竜王の魔力を溢れださせた。
元竜王はこれでよしと頷くと、カニカマ君に言う。
「用があれば我を呼べ……このダンジョンに棲む者として出来る限りの手を貸そう。ダンジョンの王よ」
「は、はい! ありがとうございま……す」
元竜王の言葉を聞いた直後、カニカマ君は膝からくずおれて、しりもちをつく。
どうやら彼の疲れはピークに達していたようだ。
わたしはカニカマ君の頭を軽くなで、彼をねぎらうことにした。
「あちゃー。限界だったっぽいねー」
「あの程度、軽々と防いでもらわねば困るぞ? 我はこのダンジョンを終の棲家と決めているのだから」
「は、はい。がんばります……」
元竜王が穏やかに笑うと、カニカマ君は顔を赤くした。
さて重要なのはここからだ。
わたしはにっこりと笑い、優しくカニカマ君に言った。
「んじゃ帰ろうか? ここからはもっと強い人もいるかもしれないしね! 体調は万全にしておかないと!」
「はい、トンボ先生。そうさせてもらいます」
カニカマ君の返事を聞いて、うんうんと先生らしく思い切り偉そうに頷いておく。ちなみにカニカマ君に先生と呼ばせてるのはわたしがダンジョンに詳しいからで、なかなか定着したものである。
そしてカニカマ君が帰還の準備をしている最中、わたしはこっそり元竜王に質問をした。
「ねぇねぇ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
「何かね?」
「あのね? 何かタロから預かってる物はない?」
地上に戻るのは、専用のアイテムを使えば一瞬である。
緊急脱出装置という赤いボタンなのだが、見ていると何だか無性に押したくなって、一回押したらすごく怒られた。
それはともかく、戻ったダンジョンの入り口は人でごった返していた。いつの間にか、ダンジョンを目指す人がすっかり増えていたらしい。
カニカマ君が地上の入り口に姿を現すと、人々がひそひそと話しだす。
「あれが噂の……」
「ホントに人間なんだな」
「別人だろう? 女じゃなかったっけ?」
「いや。あれだよ、あれに間違いない」
カニカマ君の顔は知られているらしく、噂もそれなりである。
何だか気分がよくなって、わたしはカニカマ君の頭の上で腕を組んで周囲の様子を見回した。
彼らもまたダンジョン攻略を目指す猛者なのだろうが、少なくともカニカマ君より深く潜れてはいない。
カニカマ君が誰よりも早くダンジョン攻略を始め、最も深く潜ったレコード保持者だということは、ダンジョンを管理している人工精霊HANAKOによって証明されている。
毎週配信されるダンジョン通信にて、カニカマ君はトップを独走中である。
「いやぁ今回も疲れたねー。カニカマ君も相変わらずぶっ飛んでた! なかなかのものだったよ」
わたしがコキコキ首を鳴らして疲れたとアピールすると、確実にわたしより疲れているカニカマ君はすすけた顔で朗らかに笑っていた。
「そこはやんわりと、がんばってるくらいにならないものですか? トンボ先生」
「いや、がんばったくらいじゃ九十五階層は無理でしょ?」
「そう、ですかね?」
「そりゃそうだよ」
カニカマ君はいまいちピンと来ていないようだが、さすがにこの反応はないだろうと思った。
だって、今までダンジョンで出会った相手は、どいつもこいつも普通ではなかったからだ。
「おかしな化け物ぞろいだったでしょ? まぁこの『ぶっ飛んでた』は、これ以上ないほど順調だ、という最大級の褒め言葉だと思っておけばいいよ」
「そうですか?」
「もっとも、それくらいの方が頼もしくはある!」
「はぁ」
「返事が小さい! もっとおっきく!」
「はい! ありがとうございます!」
返事はしたものの、どうにも釈然としていない様子のカニカマ君は、勇者なのに細かい。
そこでわたしは先生らしく、一つ教えを伝授することにした。
「タロの作ったもんだもん! 非常識をさも当たり前のように常識と言い張るくらいでないとね! カニカマ君は筋がいいよ!」
「……」
うんうん頷いてみたが、カニカマ君の妙な間が気になる。
カニカマ君の顔を覗き込むと、押し黙ったまま何か考え込んでいるようだった。
「どったの?」
なんとなしに聞いてみると、カニカマ君は真剣な表情で口を開く。
「いえ、その……トンボ先生はいつも軽い感じで太郎さんの話をしますよね? 太郎さんがそういう人だというのはわかるんです。僕も何度か直接会っていますし」
「うん。タロは軽い奴だよ? 重いところが何一つとしてないよ?」
カニカマ君は苦笑していたが、実際の印象はそんなだ。
タロの魔力はおっかない。でも、そのあたりは足のつかない水の中に浮いているようなもので、慣れてしまえばこういうもんかなって感じである。
「でも、ダンジョンを進むたびに思うんです」
「何が?」
「いや。太郎さんですよ……すごいんですよね、あの人」
「そだね」
わたしは否定することなく頷いた。
このダンジョン・シティに住むようになった影響か、カニカマ君にも心境に変化があったようだ。とはいえ、自分でも考えがまとめきれていないみたいで難しい顔をしていた。
「やることなすこと趣味に過ぎないっぽくて、その結果出来上がった物を見ても気が抜けるだけ。でも、誰にでも出来ることじゃないんですよ。元の世界なら、教科書にでも載りそうなことを結構やってる気もします」
「そりゃそうだよ。誰もしないよあんなこと? いつかどこかで、あれは指名手配とかされるんじゃないかなーと思っている。っていうか絶対もうされてるね。教科書はわかんないけど」
「……半端じゃない魔法使いなんですよね。あんなに強い竜が普通に敬ったりするくらい」
「すごいんだけど、敬われるのはなかなかレアケースだよ? なんであんなに威厳がないんだろ?」
「……そうなんですよね。そこがおかしいんですよ。不思議な人です」
カニカマ君は心底不思議そうに首をひねった。
言われてみればその通りなので、わたしはあえて笑い飛ばしはしない。
タロがやってることは確かにすごいのだから、尊敬どころか崇め奉られてもおかしくはない。
でも――そうならないのだ。悲しいくらいに。
「なんか……こう。タロだからとしか?」
わたしはもどかしく思って意味もなく手をバタバタさせたが、結局そう答えるしかなかった。
タロのおかしさにすっかり慣れてしまったわたしならそれで納得出来るが、カニカマ君はそうはいかないようだ。
「みんな、太郎さんに対しては適当な感じなんでしょうか?」
「みんなそうだよ。最初は警戒するんだけど、最終的に扱いが雑になるんだよなー。言っちゃえばさ、タロよりカニカマ君の方が評価は高いんじゃない? こう……人望っていうの?」
あながち間違ってもいないと思って口にしてみたのだが、カニカマ君は驚いたようだった。
「……そうなんですか?」
「そだよ?」
「……ホントですかぁ?」
カニカマ君は心底疑っているけれど、わたしは嘘を言ったつもりはない。
「そりゃそうでしょ? さっきの元竜王の一件だって、普通は逃げだす以外出来ないよ。気合はタロより上だね」
「さすがに言いすぎでしょう? 太郎さんなら……もっとうまくやります」
カニカマ君はきっぱり否定したが、そんなことはないと思う。そもそもタロはいつも丸くは収めるが、うまくはないのだ。
タロは魔法で無理やりが基本のスタイルで、それ以外の方法は取れないことが多い。元竜王のような恐ろしい相手を目の前にしたら、タロは逃げだすと思う。
その点、死にそうでもどうにかして突っ込むカニカマ君は、さすが勇者と言ってしまっていい。
でたらめに強いというわけじゃない。それでも、相手に自分を認めさせることでダンジョンの関門を突破してきた。
言ってしまえば、人を引きつけるカリスマがある。何とも稀有な才能だと思う。
考えれば考えるほど、わたしはタロの残念さがかわいそうになってきた。
「タロはそのへん微妙だものなぁ……そういうとこだよね、要するに」
「? 何の話です? トンボ先生?」
「こっちの話さ! ちょっとメシ食っていくかい? わたしお腹すいた!」
「……そうですね。町に出ましょうか。僕もお腹ペコペコですよ」
とにもかくにも、動いて頭まで使ったらお腹がすく。これいつでも真理である。
カニカマ君もお腹がすいているようなので、難しいことを考えるのはやめて、ご飯を食べに行くことにした。
◇◆◇◆◇
ダンジョン・シティ。
荒野に現れた、この世の物とは思えない都市。その地への道のりは、長く険しい。
何も知らずに荒野に迷い込んだ貴方は、吟遊詩人に出会うだろう。
彼女はリュートを掻き鳴らし、貴方に語りかける。
「やあ旅人さん。ここはダンジョン・シティ。戦いと、財宝と、魔法が支配する迷宮都市だ。知恵ある者よ、恐怖に負けずに進むがいい。平穏を求める者はこの都市が君達を守るだろう。しかし冒険と富を求める者は心することだ。この先、想像を絶する試練が君を待つだろうから」
生物の進入を拒む死の荒野を抜ければ、そこは別世界。
求める者達よ、手を伸ばすがいい。
数百もの塔がひしめき合い天を突く理想郷には、この世のすべてが存在する!
◇◆◇◆◇
ダンジョン・シティにやって来たわたしとカニカマ君は適当な店に入る。
すると、ディスプレイに、ダンジョン・シティの宣伝PVが流れているのが目に入った。
席に着いたカニカマ君が、町に来て以来たまに見かけるその映像について話題を振ってくる。
「何なんですかね、あれ? すごく大げさですよね」
何なんですかと問われたら、わたしも知らないわけではなかった。
「演出だよ。宣伝しておかないと誰も来てくれないって、タロも自覚あったんじゃん? だから初めて来る人には、あの映像みたいに吟遊詩人になって歓待してるらしいよ? HANAKOが」
「へーそうなんですね。でも何より気になるのは……リュートとかですよ。様になってますよね、HANAKOさん」
「タロの趣味なのか、HANAKOの趣味なのか。そこが問題だと?」
「どっちでもいいですかね? いや単純に似合っているかなと」
荒野の岩に腰を掛け、吟遊詩人の格好をしたHANAKOがリュートを掻き鳴らす姿はなかなかに好評なようである。
「わたし、白玉ぜんざい一つ」
「僕、カツ丼特盛りでお願いします」
『はい、少々お待ちください』
店では割烹着を着たHANAKOが給仕をやっていて、注文を取ると私達の腕輪からピッと情報を読み取って料金を受け取る。
これで数分後には、出来立ての白玉ぜんざいと、カツ丼特盛りが届くはずである。
HANAKOはにっこり笑って、すっと姿を消した。
HANAKOはダンジョン・シティのどこにでもいる。この町で絶大な力を振るう彼女は、ダンジョン・シティ運営に欠かせない存在で、町の施設の店員はすべてHANAKOがやっていた。
「まだかなぁー」
「すぐ来ますよ。トンボ先生」
待ちきれずよだれを垂らしそうになっていたら、よだれが落ちる前に料理が運ばれてきた。
ところが、料理を持ってきたのはHANAKOではなく、黒い髪の小柄な人間の少女だった。
「お待たせしました!」
そう言って丼と白玉ぜんざいを差し出す彼女の胸には、研修中のバッジが付けられている。
どうやらすでに、彼女みたいな普通の種族の雇い入れも始まっているようだ。
カニカマ君は嬉しそうににっこり笑って料理を受け取るが、自分の丼に有料のはずの温泉卵が載っていることに気がついて女の子に声をかける。
「あのこれ、僕、頼んでいないんだけど、間違いじゃない?」
「まとめ役のカニカマ様ですよね! それはサービスです! どうぞお召し上がりください!」
少女はそう言い、頬を紅潮させた。
「え、っと……その。ありがとう」
そしてカニカマ君のお礼を聞くと、少女は嬉しそうに厨房に駆けていった。
照れくさそうに頬を掻くカニカマ君も、なかなかやるものである。
「うむ! 人気じゃないか、カニカマ君!」
「何だか照れますね」
「いいことじゃないかね! さすが我が生徒! では食べよう!」
「「いただきます!」」
わたしとカニカマ君は同時に手を合わせて、目の前の料理にかぶりつく。
甘味は十分! 濃厚な小豆の風味が舌にねっとりと絡み、舌の上を冷たい白玉が滑っていく。
わたしはカッと目を見開いて絶賛した。
「うまい!」
「……カツ丼なんですよね、普通におかしい」
カニカマ君は十分に咀嚼し、カツ丼を米粒の一つも残さず食べ切ってから、うーむと唸っていた。出てきた料理に今更納得がいっていないらしい。
「変かな? タロの家じゃ普通に出たけど?」
わたしはまったくおかしいとは思わなかったのだが、カニカマ君はその点引かなかった。
「太郎さんの家で出る料理に文句は言いませんが、さすがに地球の古今東西の料理が至るところで食べられているのはどうかと思うんです。地球の文化を元にしたお店がたくさんあるでしょ? 服屋なんかも巨人専門店まで出来ていましたし。ドラッグストアで薬草を買う時は今でも一瞬手が止まります……やっぱり違和感はぬぐえないわけじゃないですか?」
カニカマ君の言いたいことはわかる。わたしだってこの町が普通だなんて、これっぽっちも思っていない。むしろこんな町、世界のどこにもないと今も思っている。
ただ、開き直ってしまえば、だからなんだという話ではあった。
「カニカマ君は気にしすぎ。新しい文化ってそういうものでしょ?」
「新しいというより、むしろ地球で見慣れた物がここにあることに、違和感があるんですが……」
「なら、それはそれでいいんだってば。そういうもんだよ。だってタロは異世界人だよ? そりゃ向こうの物が恋しくもなるよ。それに今は、タロの世界だけじゃなく、こっちの世界の文化も十分混ざってるでしょ?」
「それはまぁ……もう僕の知ってる地球の町並みではないです」
「タロが作った、タロアレンジだもん。そうなるよ」
ダンジョン・シティは基本、タロによって考えられ、作られた。
立ち並ぶ高い建物はタロの故郷を色濃く感じさせる物のようで、カニカマ君の言葉を借りると、高層ビルというらしい。
高層ビルと広い道、そして巨大な水路が張り巡らされた町は、作られた当初から異色だった。
だが、話はそこでは終わらない。
異質なダンジョン・シティにありとあらゆる種族がなだれ込んできて、町はあっという間に拡張されてしまったのだ。要望があれば大抵のことには応えるHANAKOの能力の高さもあって、開発のスピードは尋常ではなかった。
結果出来上がったのは、地球の文化にタロの非常識、更には新しい住人達が持ち寄った文化が混ぜ合わされた、摩訶不思議な空間だった。
腹ごしらえを終えたわたし達は店を出る。
がらりと引き戸を開けると、わたし達の目の前では竜が音楽を聞きながら町中を飛び、巨人と人間が談笑して歩いていた。
空には無数の船が浮かび、水路では半魚人が氷菓子を獣人に売っている。
鎧を着込んだ巨人と小人が携帯で地図を確認し、いざダンジョンに挑もうと気合を入れているようだ。こうした姿もまた、このダンジョン・シティでは当たり前の光景だ。
「さて、またがんばりましょうか。みんながんばってる」
カニカマ君の台詞で、わたしはふと知り合いの顔を思い出した。
「そういえば大丈夫かね? カニカマ君の代わりをしてくれてる人達」
カニカマ君が軽く頷いて答える。
「そうですね。ここのところダンジョンに潜りっぱなしでしたから、様子を見に行かなきゃ」
カニカマ君はダンジョン・シティの中心、ダンジョンタワーを見上げていた。
ただ、カニカマ君はそう言いながらも、その表情は不安そうで曇っていた。
応援ありがとうございます!
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