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第21話 嘆きの森2
しおりを挟む解毒草程度のアイテムなら、ドッペルであれば常に携帯していた。
しかし、そのような準備のよさは、クローンには期待できない。
クローンもこれまで雑用や細かな準備はすべてドッペルに任せきりだったのだから。
いきなりドッペルがいなくなったからといって、そこに気が回るような男ではないのだ。
脚が死ぬほど痒いにもかかわらず解毒もできないとなって、バッカスは頭から湯気が出る勢いで怒りをぶちまけた。
「なにいいいいい……!? てめえ、ふざけてんのか! さっきから! マジで使えねえ無能だな、カス。まさかお前がここまで使えない無能だとは思っていなかった……。これじゃあドッペル以下じゃねえか! 死ねこらカス!」
バッカスはブチギレて、クローンのことを殴り飛ばした。
――ボコ!
「ぐえぇ……ひ、ひどいですよ……バッカスさん……」
「うるせえ、使えねえ無能がよ!」
バッカスはもっていた斧を乱暴にクローンへと投げつけた。
――ドス。
斧はクローンの横の地面に突き刺さる。
わずかにクローンにもかすっていたようで、クローンの肌から少し血が流れる。
「危ないなぁ……! 今の当たっていたらどうするんですか……! あやうく僕は死ぬところでしたよ!?」
「うるせえよ! ごちゃごちゃぬかすな! お前なんか別に死んでもいいだろ? それか、本当に殺してやろうか? 今の俺は腹が減ってて気分も悪いんだ」
バッカスがそう言い放った瞬間、そこでクローンの中でのなにかが切れた。
プチン。
「もう、限界だ……」
「は……?」
クローンはさっきまでバッカスに持たされていた荷物をすべてその場に投げ捨てた。
そして、大きな声を森の中に響かせる。
「僕はこれまで、ずっとあんたの横暴に我慢してきた。それはあんたが強くてかっこよくて、頼れる人間だったからだ。だけど、それももう限界だ。愛想が尽きたってやつですよ。ここでやめさせてもらいます。いままでお世話になりました。ギルドには僕が届け出を出しておきますから。じゃあ……」
するとクローンは脚を痛めたバッカスをその場に残して、ひとり森の出口を目指し去っていくではないか……!
おいていかれたバッカスは、あっけにとられつつ、去り行くその背中に声をかけた。
「お、おい……! 嘘だろ……!? 冗談だろ……!? この状態の俺様を置いていくってのかよ!? おいこら! カス! おいクローン! 戻れ!!!! っち……くそがよ! マジで使えねー。人の心とかないんか?」
クローンはどこかへ去ってしまった。
さすがの腰巾着も、これほどまでの横暴には耐えかねたようだ。
かくして、バッカスは脚を負傷したまま、森の中に置き去りにされてしまった。
「っくそ……。とにかく解毒草を探さねえと……。このままほっといたらさらに悪化する」
バッカスは重たい脚を引きずりながら、森の中を散策する。
手当たり次第に、目についた草を引っこ抜く。
「くそ、どれが解毒草かわかんねえ! ええい、こうなりゃ全部抜くまでよ!」
これも本来であれば、ドッペルには薬草の知識があった。
ドッペルさえいれば、どの草が有用な草か見分けることができたのだ。
しかしバッカスはそんなドッペルの知識を過小評価して追い出してしまったものだから、今となってはもう遅い。
引っこ抜いた草を集めて、バッカスはまず、適当にとった草を一つ口にした。
「これか? 解毒草は」
その草を口に含むと、苦い味がした。
バッカスは草を飲み込んだ。
そのときだった。
「いでででででででで……!!!! なんだこれ!」
バッカスのお腹が急激に痛みはじめたのだった。
それもそのはず、彼が飲んだのは、解毒草なんかじゃなく、下剤として用いられる薬草だった。
「くっそおおおお……! これじゃねえのか……! じゃあこっちか……?」
バッカスは別の草を試す。
こうなったら解毒草を飲むまで総当たりするしかない。
しかし、今度も違っていた。
次にバッカスが飲んだのは、痺れ草という毒草だった。
バッカスの身体がしびれてきて、動けなくなった。
「くそなんだこれ、なんなんだよおおおおお!!!!」
そのあとも様々な効果の薬草、毒草を口にして、ようやく最後、バッカスは解毒草を引き当てる。
解毒草を飲むと、一気にバッカスの中の毒が解毒された。
脚のかぶれもよくなったようだ。
「ふぅ……ひどい目にあったぜ……。なんなんだよ、ちくしょう」
バッカスは気を取り直して、クローンが捨てていった荷物を背負う。
これまで彼はドッペルやクローンに荷物持ちを押し付けていたが、クローンが去ってしまったので、自分で持つしかなくなった。
不本意ではあるが、バッカスは一人で森の中を歩き出す。
「クローンめ……次にあったらあいつも殺す。ちくしょう、俺一人だってやれるんだ。俺一人でもフトンベアくらい殺せる。みていろよぉ……。俺を馬鹿にしたやつら、全員ぶち殺してやるんだ……」
一人になっても、プライドの塊のバッカスには、決して引き返すなどという選択肢は思い浮かばなかった。
嘆きの森のような危険地帯にたった一人で身を置く行為は、ほぼ自殺行為に等しい。
そして時を同じくして、嘆きの森を一人で歩く者たちがあった――。
それは、マヌッケス、ノーキン、ワルビルの3人である。
彼らもまた、例にもれずバッカスと同じように森でひどい目にあい、そして仲間割れをし、今に至る。
3人もまた、バッカス同様、引き返すなどという考えはないようだ。
そして森の中央部、大きく開けた部分がある。
なんの運命のいたずらか、しばらく歩いた4人は、みな森の中央部にたどり着いた。
なんの因果か、ドッペルを追い出した馬鹿4人が、こうして一堂に会する事態になったのである。
「あん……?」
「あ……?」
「んあ……?」
「ん……?」
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