9 / 56
忌み子編
9.温かい村人【視点移動あり】
しおりを挟むアルが村を救っている頃、アルが通って来た道を行く、別の影があった。
男の名はカイド――旅の商人だった。
「カイドさん……この道で合ってるんですかねぇ?こんな獣道、誰も通りませんよ……」
声の主はカイドが荷物持ちに雇った奴隷だった。
「いや……この道で合ってる、ここを行くと目的の街につく」
カイドの目的は、アルがいる村をさらに北上した先にある大きな街だった。
「ちょっと待て……」
急にカイドが足を止めたものだから、奴隷はそれにぶつかってしまった。
「なんです……?カイドさん。そんなに血相を変えて……」
カイドが立ち止まったのには訳があった。カイドの目の前に広がるのは、赤い道。
いや、それは血だった。
そしてその血の下には、干からびたゴブリンの死体がずらり、一直線に並んでいるではないか。
「……っ!?……ひぃっ!!」
ゴブリンの腕は丁寧に切り取られており、なんともグロテスクな道を作り出していた。
「……な、なんなんですかねぇこれはいったい……?」
「わからない……なにかとてつもない力を持ったものが、ここを通ったことは確かだろうが……」
カイドは腰を落として、ゴブリンを探ってみた。
「ちょ……!カイドさん、よく触れますね……!?」
ドン引きする奴隷を無視して、カイドは考えることに夢中だった。
「これを見てみろ……。ホラ、ここの傷口。一直線に全員が同時に、同じ方法で殺されている」
「つまり……どういうことです……?」
奴隷はいまだ釈然としないようすで訊く。
「つまり……これをやったのは人間じゃないってことさ……神か、悪魔か……それはわからないけど、とにかく、なにか強大な存在」
「げ……怖いこといいますね……ひ、引き返しましょうよ……!こんな気色の悪い森、もうごめんですぜ!」
「いや、引き返すことはしない……。そんなことをしていては、目的の日にちまでに街に着かなくなってしまう。まあでも、当初のルートを変更して、ちょっと迂回していくことにするかな……」
カイドはそう言って、さっそく手持ちのナイフで、茂みに切り込みを入れ、別の道を作り始めた。
「そ、そうですね……なにもこんないかにも危なそうなルートをたどることないですもんね……あーよかったぁ、俺、こんなところで死ぬの、嫌ですもん」
「まだ出くわさないと決まったわけじゃないぞ……、まあでも、そう願うばかりだが……」
結局、カイドたちが迂回したことによって、彼らはアルのいる村を通らなかった。
こうして、カイドとアルが出会うのはまだ先のこととなるのであった。
◇
村人はみな、温かくアルを迎え入れ、宴会が開かれた。
「いやーそれにしても、見事な剣さばきだったなぁ……! 俺もあんたみてぇになりたいぜ!」
「ほんとほんと、そんなに小さいのに、いったいどこで剣術を学んだんだろうねぇ……?」
老若男女に囲まれ、質問責めにあいながら食べる食事は、アルにとって久々に美味しい食事となった。
「これこれ、そんなにはやし立てるでない。アル君も困っておるじゃろ」
村長がみんなに自重を促すと、みな静かに自分の席に戻った。
宴会は村長の自宅兼集会所で行われており、村の全員が出席した。五十人にも満たないちいさな集落なので、それで十分収まった。
「アル君、あらためて、ポコット村の村長としてお礼を言うよ。君を村の英雄としてたたえよう」
深々と頭を下げる老人に、アルはいささか気恥ずかしい思いだった。
「いやいや、頭をお上げください、村長さん。僕は当たり前のことをしたまでで……」
まあこうやってお礼を言われるのは、剣聖であったアルにとっては、慣れたものだった。……のだが、久しぶり――なんといったってそれは前世でのことなのだから――だったため、なんだかくすぐったい感じが抜けなかった。
宴会ということもあって、卓にはたくさんのお酒が用意されていた。
アルは何の気なしに、その一つを手に取って、口に持っていこうとした。
矢先、となりの席に座っていた中年の女性に咎められる。アルの母が生きていればこれくらいの年齢だっただろうか……。
「ちょっと、アンタ、いくら腕が立つからって、まだその年じゃ飲んじゃいけねぇよ」
「おっと……これは失礼……。ぼーっとしてました……。あははー……」
アルは前世の癖で、つい無意識にお酒を飲もうとしてしまっていたのだ。
笑ってごまかすが、いくらか変に思われたようで、気まずい空気が流れる。お酒をたしなむのは、最低でも十五になってからというのが通例だった。
「アル君……キミは、ほんとうに不思議な少年だ……もし差し支えなかったらだが……これまでのことを話してみてくれないか……? なに、無理強いはしないよ。ただ……わしもみなも、大好きな君のことをもっと知りたいんじゃよ……」
村長が極めて優しい口調で、そう言うものだから、アルとしても応えないわけにはいかなかった。
「では……話します……」
アルは、これまでに自分の身に起こったことをかいつまんで話した。もちろん、自分が剣聖エルフォ・エルドエルの生まれ変わりであること、前世の記憶があることなどは隠してだが。
みんなはそれを食い入るように見つめて、耳をかっぽじってよく聞いた。
「そう……そんなことが……」
「大変だったんだな……」
アルが話し終えると、村人はみな口々に同情の言葉や感想を口にした……。
「よし、じゃあ私がアル君を引き取ります! そして育てます!」
そう申し出たのは、昼間アルが救った、あの美形の女性だった。
歳は二十台後半くらいで、前世でのアルより若い。そのような女性が母親となると申し出たことに、いろいろ想像をして、アルはいささか顔を赤らめた。
「ちょ、ちょっと待ってください……! 僕はそんなつもりで助けた訳では……」
アルは誤魔化すように立ち上がって、手を身体の前に出し拒むジェスチャーをとった。
「でもあなたうちの子と同じで、まだ九歳でしょ!? 行く当てもなく、一人でどうやって生きていくってのよ……!? いいからうちの子になりなさい!」
すでに母親気どりの女性に、アルは困惑を隠せない。
「それはいい提案じゃ! それとも……アル君は、我々の村に加わるのは嫌と申すのか……?」
村長まで乗り気でそういうものだから、アルも断るに断れず、
「じゃ、じゃあとりあえず、お言葉に甘えて……今晩だけでも泊めてもらおうかなー……なんて……」
「今晩だけと言わず、いつまでもいてくれていいんだからね……?」
アルが宿泊を受け入れたことで女性はなんだかホクホクしてとっても嬉しそうだ。
その後も宴会は続き、さまざまな話を、さまざまな人とした。みなアルの話に興味津々で、なんだかアルにとっては初めて気分のいい体験となった。
宴もたけなわとなったところで、女性が再びアルの元へやってきた。
「さあ、アルくん。うちに帰るわよ……!」
女性の手には、彼女の娘と思われる女の子の手が握られている。
母親によく似た金髪碧眼の美少女で、隠れるようにして母親の後ろに立っている。
(昼間の……! かわいい子だなぁ……でもちょっと恥ずかしがり屋さんなんだろうか……?)
アルが少女に視線を移すと、彼女はふいっと顔をそむけた。
「さ、ミュレット! 挨拶して。これから家でいっしょに暮らすんだからね!」
「み、ミュレットです……よろしく……」
ミュレットは言いながら、さらに母親の後ろに隠れようとする。
「僕はアル。よろしく」
アルが笑顔で返すと、少女の方も警戒を解いたのか、少し――ぎこちなくだが――はにかんで見せる。
母親のほうはミレーユというらしく、親子らしい名前だな、とアルは思った。
父親は他界していないらしく、今は二人暮らしだという。
正直、女性の二人暮らしのところにお邪魔するのは気が引けたが、アルがそれを口にすると、
「なーに言ってんだか! アル君こーんなにかわいいんだから女の子みたいなもんでしょ! それに、子供がそんなこと気にするんじゃありません!」
とミレーユにあしらわれてしまった。
0
お気に入りに追加
1,009
あなたにおすすめの小説

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~
きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。
洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。
レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。
しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
スキルを手にしてから早5年――。
「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした
桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

元勇者パーティーの雑用係だけど、実は最強だった〜無能と罵られ追放されたので、真の実力を隠してスローライフします〜
一ノ瀬 彩音
ファンタジー
元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。
しかし彼は本当は最強でしかも、真の実力を隠していた!
今は辺境の小さな村でひっそりと暮らしている。
そうしていると……?
※第3回HJ小説大賞一次通過作品です!

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!

追放されたギルドの書記ですが、落ちこぼれスキル《転写》が覚醒して何でも《コピー》出来るようになったので、魔法を極めることにしました
遥 かずら
ファンタジー
冒険者ギルドに所属しているエンジは剣と魔法の才能が無く、文字を書くことだけが取り柄であった。落ちこぼれスキル【転写】を使いギルド帳の筆記作業で生計を立てていた。そんなある日、立ち寄った勇者パーティーの貴重な古代書を間違って書き写してしまい、盗人扱いされ、勇者によってギルドから追放されてしまう。
追放されたエンジは、【転写】スキルが、物やスキル、ステータスや魔法に至るまで何でも【コピー】できるほどに極められていることに気が付く。
やがて彼は【コピー】マスターと呼ばれ、世界最強の冒険者となっていくのであった。

無職が最強の万能職でした!?〜俺のスローライフはどこ行った!?〜
あーもんど
ファンタジー
不幸体質持ちの若林音羽はある日の帰り道、自他共に認める陽キャのクラスメイト 朝日翔陽の異世界召喚に巻き込まれた。目を開ければ、そこは歩道ではなく建物の中。それもかなり豪華な内装をした空間だ。音羽がこの場で真っ先に抱いた感想は『テンプレだな』と言う、この一言だけ。異世界ファンタジーものの小説を読み漁っていた音羽にとって、異世界召喚先が煌びやかな王宮内────もっと言うと謁見の間であることはテンプレの一つだった。
その後、王様の命令ですぐにステータスを確認した音羽と朝日。勇者はもちろん朝日だ。何故なら、あの魔法陣は朝日を呼ぶために作られたものだから。言うならば音羽はおまけだ。音羽は朝日が勇者であることに大して驚きもせず、自分のステータスを確認する。『もしかしたら、想像を絶するようなステータスが現れるかもしれない』と淡い期待を胸に抱きながら····。そんな音羽の淡い期待を打ち砕くのにそう時間は掛からなかった。表示されたステータスに示された職業はまさかの“無職”。これでは勇者のサポーター要員にもなれない。装備品やら王家の家紋が入ったブローチやらを渡されて見事王城から厄介払いされた音羽は絶望に打ちひしがれていた。だって、無職ではチートスキルでもない限り異世界生活を謳歌することは出来ないのだから····。無職は『何も出来ない』『何にもなれない』雑魚職業だと決めつけていた音羽だったが、あることをきっかけに無職が最強の万能職だと判明して!?
チートスキルと最強の万能職を用いて、音羽は今日も今日とて異世界無双!
※カクヨム、小説家になろう様でも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる