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《金色の刃》

3話 溺れる男【side : ギルティア】

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「ハッハァ! 殺してやったぞ! 魔族を! 俺はやったんだ! 復讐を! 成し遂げた!」

 俺は動かなくなったユノンの死体を、宙に掲げる。
 すると群衆が歓声をあげた。

 だが興ざめなことに、一人だけこの状況を良しとしていない者がいる。
 俺たちの幼馴染の一人である、アンジェ・ローゼだ。
 こいつだけは最後までユノンの肩を持った、裏切者だ。

「おい、アンジェ。いつまで泣いている? ユノンは、あいつは魔族だったのだぞ? 俺はみんなを危険な奴から救っただけだ。それなのに、なんでそんな顔をしている?」

 俺はアンジェに優しく手を差し伸べるが、振りほどかれる。
 そしてアンジェは俺をキッとにらみつけた。

「ひどいよ……どうしてこんなこと……!」

 嗚咽交じりに、アンジェは訴える。
 だが不思議と、俺はなにも感じない。
 いや、当然か。
 俺は正しきことを成したのだ。
 それがたとえ幼馴染であっても、容赦はいらない。

「どうしてだと? こいつが魔族で、俺が勇者だった。ただそれだけのことだ」







「ほら、アンジェ。いい加減元気だしなよ。ユノンのことは私も残念だとは思うけどさ、魔族だったんだよ? あのまま《憑依》されて、全員殺されててもおかしくなかったんだから」

 レイラがアンジェの肩を支え、慰めながら歩いている。
 俺はその後ろを歩く。
 相変わらずレイラはいい尻だ。
 さすがは俺の女だ。

「みんな、どうかしてる……。どうしてユノンくんを信じてあげなかったの?」

 アンジェはまだ泣いているようだ。
 そういえばこいつはユノンに思いを寄せていたな。
 ならばまあ、仕方のない反応なのかもしれん。
 だが、俺に抱かれればそのうち忘れさせてやれるだろう。
 今夜にでも抱いてやるか。

「さあ、今日はとびきりいい宿を取ろうか。せっかく勇者パーティーになったんだ。そのくらいの贅沢は許されるだろう」

「……? なにをいってるのギルティア。お金は全部ユノンくんが管理してたから、そんなことできないよ」

 なかばキレ気味に、アンジェが俺に振り替える。
 は……?
 なん……だと……?

「ちょっと待て、あいつはなにも持っていなかったぞ?」

「あたりまえでしょ。ユノンくんのスキル《アイテムボックス》で異空間にしまってあるんだから……」

 あ……?
 なんだか話が妙なことになってきたぞ。
 ちょっと待て、俺はなにかとんでもない見落としをしていたのか?

「ということはアレか? 俺たちの装備も、戦利品も、錬金素材もなにもかもが……ユノンと共に消滅したということか……?」

「そうだよ! まさかわかってなかったの……!?」

 あああああああああああああああ!!!!????
 俺は道端で叫びだしそうになった。
 今までに集めたレアアイテムや、強力な装備品の数々がぁ!
 だが、勇者である俺がこんなことで取り乱すわけにはいかない。

「ま、まあいいだろう……そんな物くらいくれてやる。俺は勇者だからな。宿くらい、頼めばなんとでもなるさ」

「まさか、勇者であることを利用して、タダで泊まる気? 最低だね」

 グサ――!
 幼馴染からの冷たい一言に、俺は傷つく。
 しかもアンジェみたいな可愛い子に、そんな軽蔑した目で見られるのはどうも……。

「ふん。なんとでも言え。直にお前も俺の魅力に取りつかれ、そんな口が叩けないようにしてやるさ」

「は? なに言ってんの? 私はもうあなたたちとはいっしょに行かないけど」

「え? アンジェ、パーティーを抜けるってこと?」

「あたりまえでしょ? あなたたちがユノンくんにしたこと、どういうことかわかってないの?」

 はぁ……。
 またユノンか。
 アンジェはどうやら魔族に取りつかれてしまっているようだ。
 俺が抱いてやって、浄化してやらないと。

「アンジェ、いいか? 『動くな』」

 俺は威厳を込めた重たい言霊を放つ。
 するとアンジェは本当に動かなくなった。
 ハッハァ!
 これが勇者の特別な力だ!
 弱者を従わせる、王者の力――!

「なにこれ……!? 動けない!? どういうこと……!?」

 アンジェはなんとか動こうと、その場で身体をクネクネ揺らす。
 そのたびにいろいろと揺れまくって、非常にいい。

「俺は勇者なんだぞ? それにユノンがいない今、俺がリーダーだ。だから俺の言葉には従うべきだよなぁ? 俺の言葉は絶対だ! それが勇者の力ァ!」

「そんな……!? 勇者にそんな力が……!? 無理やり私を縛り付けて、どうする気!? 私のこともユノンくんみたいに、魔族扱いして殺すの!?」

「はぁ? そんなことはしないさ。今から俺が抱いてやって、魔族の穢れを浄化するんだよ。勇者の力でなぁ! だから、そこを動くなよ?」

 俺はゆっくりとアンジェに近づく。
 だがそのたびに、アンジェの顔が恐怖と嫌悪感に歪む。

「どうしてそんな顔をするんだアンジェ! 俺たちは幼馴染じゃないか! それにユノンはもういないんだ! どうして俺を拒む? 俺は勇者だぞ?」

「そんなの知らない! ユノンくんを殺すような人、私の幼馴染なんかじゃないもん! それに……ユノンくんはまだ生きてるって、私信じてるもん! ギルティアなんか大嫌い!」

「…………は?」

 おいおいおい……。
 アンジェ、頭の弱い女だとは思っていたが……。
 ここまでわからないバカだとは思わなかった。

 ユノンが生きているだと……?
 そんなはず、あるわけがないじゃないか!
 俺がこの手で、きちんと殺した。
 それを目の前で見ておきながら、この言葉だ。
 もはや脳にまで魔族の瘴気がいっているな?

「あのなぁ、お前バカか? ユノンが生きてるはずないだろ? それに、俺に抱かれたほうがいいとは思わないのか? 俺は勇者だぞ? お前、他に行く当てなんかないだろ? ん?」

 俺がそう言いながら顔を近づけた瞬間、アンジェの脚が、俺の顎を蹴り上げた。

 ――ドン!

「あ、が…………!?」

「ギルティア最低! 死ねバーカ! いつかユノンくんと一緒に復讐してやるんだから!」

 アンジェはそう捨て台詞を吐くと、駆け足で去っていった。
 そんな……!
 なぜ、俺の――勇者の前で自由に動ける!?

 俺があっけにとられていると、エルーナが口を開いた。

「たぶん、アンジェが《聖女》だからでしょうね。《聖女》には、呪縛や結界を破壊する力がある」

「なるほど……まんまと逃げられたわけか」

「それにしても、ユノンが生きてるわけないのにね……。ホント、バカな子……」

 エルーナはアンジェと違って、利口な女だ。
 俺が勇者だとわかった途端、俺の益になるような発言をしだした。
 こういう頭のいい女が、俺は好きなんだ。

「……で、あのバカ女どうする?」

「おいおいレイラ。一応お前も幼馴染なんだぞ? バカ女って」

「え? だってバカでしょ。ユノンなんかほっとけばいいのに。それに、もともとなんかいけ好かない女だったのよ。私より胸大きいし……。ねえ? 私の勇者さま?」

 レイラは俺に腕を絡ませてくる。
 ふっふっふ……。
 今夜はレイラもエルーナも、死ぬほど抱いてやろう。
 俺は勇者なんだから、感謝してもらいたいね。

「まあ、アンジェは放っておいても大丈夫だろう。いくら探したところで、ユノンはもう死んでいるんだ。せいぜいに無駄に時間を過ごすといいさ」

「そうね。もうあんな幼馴染たちのことは忘れましょう。過去のことは捨てて、今を生きていくのよ」

「さあ、楽しい夜の時間の始まりだ!」

 そして俺たちは、超高級なホテル街へ向かった――。







 俺たちは魔族ユノンとの戦いで受けた心の傷を癒すため、王都一番の高級ホテルにやって来た。
 だというのに……どういうことだ、コレは?

「その……勇者さま、さすがにお金がありませんと……」

「は? 俺は勇者なんだが? 俺に野宿しろと……?」

 驚いたことにこのホテルの従業員は、この俺を追い返そうとしている。

「ですがその……こればかりは決まりですので」

 世間知らずの若造のくせに、勇者様にたてつくとは……。
 どうやらこのホテルは潰れたいらしいな。

「は? お前じゃ話にならないよ。支配人を呼んでくれ」

 数秒待って、支配人らしき男がやってくる。
 こいつはまともな、話のわかる大人だといいが……。

「俺は勇者なんだ。この世界を救ってやるというのだぞ? だからタダで泊めてくれるよなぁ?」

「ああそうかい。ぜひこの世界を救ってくれ。だがな、それとうちのホテルが損をしなきゃいけないのと、どう関係があるんだ?」

「……は?」

「別に明日すぐ世界が滅びるわけじゃないんだ。確かにあんたのことは応援しているがね。それとこれとは別だ。世界の命運なんかより、今月の売り上げのほうが、俺にとっては重要な案件ってだけだ。それに、うちは客には困ってないんでね。乞食を泊めたとなっちゃ、うちの格が落ちるってもんだ」

「っち……! 話のわからん奴め。勇者を乞食呼ばわりとは! このホテルが魔王軍に襲われても、助けてやらないからな」

「ああ、構わんよ。どのみち王都まで進軍されたら、ただでは済まないだろうさ。そうなる前にアンタらが止めてくれるんだろう?」

「クソ……!」

 というわけで、俺たちは勇者パーティーであるにもかかわらず、またもや森の中で野宿する羽目になった。
 しかも、一文無しでだ。
 装備もろくなものがないし、狩をするにも道具がいる。
 また明日からアイテムを集めたり、一からやり直しだ。

「すべてはあのユノンのせいだ……!」

 俺は腹いせに、そのへんにあった木を殴りつける。

「まあまあ、別にいいじゃないの。明日から取り戻せばさ。ギルティアが勇者であることには変わりないんだし」

「ああ、そうだな。いずれ皆もわかるだろう。俺の価値がいかに高いかがな……!」

 翌朝になって思ったのだが、なにも高級ホテルに行かなくとも、そのへんの民家なら、頼めば泊めてくれたかもしれない。
 もしくは、あのまま王城で接待を受けることも可能だったかもしれない。
 俺はどうやら焦っているらしい。
 大丈夫だ。
 俺は正真正銘の勇者なのだから――。
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