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《金色の刃》

2話 憑依するもの

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「《憑依者》…………?」

「えっ、何それは……」

 正直、みんな拍子抜けしたと思う。
 当の本人である俺がそうなのだ。
 聞いたこともない職に、みな首をかしげる。

「《憑依者》――固有ユニークスキル《憑依》が使えます。だって……」

 アンジェが横から俺のカードを覗き込み、読み上げる。
 なにかの悪い冗談としか思えない。
 だって、幼馴染全員が英雄級の上級職で、俺だけ《憑依者》だと?
 なんでそんなわけのわからない職を授からなきゃならない?

「ま、まあこのスキルも、使ってみれば案外強いのかもしれないよ?」

 アンジェが俺に優しく微笑みかける。
 俺を傷つけないように、優しくそう言ってくれる。
 なんといい幼馴染なのだろうか。
 今の俺には、アンジェがまるで天使にでも見える。

「そうだな、ありがとう。俺は俺なりに、これからも努力するよ。みんなに置いてかれないようにな」

「そうだよ! ユノンくんなら、今のままで十分パーティーに貢献してるよ!」

 だが励ましてくれるアンジェとは裏腹に、さっきから俯いて黙りこくっている人物が一人。
 《勇者》の職を授かったギルティア・カストール。
 奴はなにやらブツブツつぶやきながら、俺に向かってくる。

「おい、キサマ《憑依者》だと!?」

「あ、ああ……そうだが……? なんだよ急に」

 さすがの俺も困惑する。
 少し思っていた上級職と違っただけで、なにもここまで態度を変えなくてもいいだろうに。
 さらには勇者であるギルティアのこの行動によって、周囲の反応も変化する。
 大衆がみな、ギルティアの動向に注目している。

 これは……マズイな。
 俺はだんだん恐ろしくなってきた。
 身の危険を感じ始める。

「おいユノン、俺の家族が昔、魔族に殺されたことは覚えてるよな……?」

「あ、ああ……もちろんだ」

 そう、俺たちがまだ子供のころ、ギルティアの家族は全員、魔族に殺されたんだ。
 幸い、俺の妹は無事だった。
 だが村には、魔族に家族を殺された者がたくさんいる。
 ちなみに俺には両親がいないが、この件とは関係ない。

「だったらよぉ! さっさと消えてくれねぇかなぁあ!?」

「…………は?」

 なぜだかギルティアの態度が豹変する。
 俺は地雷を踏んだ覚えはないが。

「みんな聞いてくれ! こいつの持つ《憑依》ってのは、魔族が使う闇のスキルなんだよ! だからこいつは魔族だ!」

「おいおい、ちょっと待ってくれ」

 なんだか妙なことになってきたぞ。
 こいつは恨みで我を忘れて、トンデモ理論を繰り出していないか?
 勇者の言葉、というのはそれほど大きいのだろう。
 会場全体の空気がガラリと変わり、俺への不信の目が強まる。

「俺の家族を殺した魔族もそうだった! 目の前で! 親が妹に殺される苦しみがお前にわかるかよ! 俺の妹は、魔族に憑依されてたんだ! だから、その後憲兵に殺された!」

 なるほど、確かにあの事件の真相はそんなだったな。
 《憑依》という特殊なスキルを使う魔族がいる、というのも事実なんだろう。
 だがそれと俺が魔族であるかどうかというのは、まったく別の話だ。
 だというのに、バカな大衆共はコイツの言葉を鵜呑みにしたのか、ざわつきはじめる。

「この薄汚い魔族め! その《憑依》スキルを何に使う気だ!」

「そのスキルでエッチなことをする気だろう!」

「人殺し! 近づかないで!」

 などと、観客たちから野次が飛ぶ。
 さらには手荷物などの物まで飛び交う始末。
 とんだ誤解だ。

「ちょっと待てみんな! 俺は魔族じゃないし、危害を加えるつもりもない!」

「そうだよ! ユノンくんは……」

 アンジェが俺を擁護しようとしてくれるが、俺はそれを慌てて制止する。
 指で合図し、首を横に振る。
 アンジェの気持ちは嬉しいが、ここで俺を擁護すると、アンジェにまで危害が加わりかねない。
 どうせアイツらのことだ、アンジェが俺に《憑依》で操られているなどと言い出すに決まっている。

「ユノンくん……」

 俺はアンジェに目だけで礼を言い、後は黙るように指示をだす。
 幼馴染なのだからこのくらいの無言のコミュニケーションはお手の物だ。
 最悪俺はどうなっても構わないが、アンジェには幸せになってもらいたい。
 それにこいつは優しいから、俺の妹の面倒も見てくれるだろうしな。

「やっぱり、ユノンは魔族だったのね! この裏切者! 今まで私たちをよくも騙してきてくれたわね!」

 腹黒エルフのエルーナが、俺を突然罵倒する。
 こいつ……マジか。
 昨日は俺に言い寄って来たくせに、ひとたび俺が勇者に選ばれなかったとなるとこれか。
 手首が柔らかいな。

「おいエルーナ、よく聞け。ギルティアが勇者に選ばれたから、俺を切り捨てギルティアにつこうとしているのだろうが、お前は間違っているぞ。騙そうとしてるのはギルティアのほうだ」

「魔族が何を言っている! そんなたわごと、通用するか!」

 あ、ダメだコイツ……。
 もはや聞く耳を持たないようだ。
 エルーナがこうなったらもう説得はできない。
 幼馴染だからよくわかるのだ。
 エルーナという人間エルフは、とにかく権威主義で、腹黒で計算高い。
 マジで幼馴染ながらクズだと思う。

「そ、そうよ! 私だって、ユノンに痴漢されたんだから!」

「な、なんだって!? それは酷いな……」

 れ、レイラさん……!?
 酷いのはお前らでは……!?
 クソこいつら幼馴染のくせに、こうもあっさり俺を切り捨てるのか?

「私、昨日ギルティアとえっちしてるとき、誰かの視線を感じてたの……! それに、この前荷物を受け渡しするときに、お尻を触られたわ!」

 いや昨日俺はその時間、アンジェと話をした後、一人でボードゲームをしていましたが……?
 というか腹黒エルフ、お前も話したからそれを知ってるだろ!
 こいつ、知ってて証言しないつもりか……。

「ユノンくんはその時間、私とお話をしていました!」

 あれほど止めたのに、アンジェが口を開いた。

「おい! こいつは《憑依》で操られているぞ! 話を聞くな!」

 だが案の定、ギルティアがそう決め付ける。
 これは、どんな証言も無駄というわけか……。
 むしろ人間を操って扇動しているのは、ギルティアのほうじゃないのか?
 俺にはそう思えてならない。

「ユノン・ユズリィーハ覚悟しろ! 薄汚い魔族め! 俺はお前を追放――いや、討伐する! なぜならこの俺様が真の勇者だからだ! 悪は滅びるべし! うおおおおおお!」

 ギルティアはそう言って俺に剣を向けてくる。

「ちょっと待て、誤解だ! 俺は魔族じゃないし、皆に危害を加えるつもりもない。本当だ。信じてくれ!」

 言っても無駄だろうが、俺は最後まで自分への疑いを否定する。
 実際、殺されるようなことは、なにもしていないのだ。
 身勝手な決め付けで殺されるなんて、あまりにも理不尽すぎる。

「うるさい! 誰がお前の言うことを信じると思う? 闇スキル使いの変態ヤロウめ! 今まで俺たちをよくも騙してくれたな! 死ねえええええ!」

「ユノンくん! 逃げて!」

「アンジェ!?」

 そのとき、アンジェが俺を庇い、ギルティアの前に立ちはだかった。
 だが、ギルティアはうちのパーティーでも一番の武闘派だ。
 それに、今のコイツは仮にも《勇者》なのだ。

「邪魔だアンジェ! どけ!」

「きゃっ――!?」

 アンジェはすぐに押しのけられてしまう。
 こいつ……アンジェに手をあげやがった。
 許せねぇ……。

「うおおおおおおおおお! 来るなら俺に来い!」

 俺は倒れたアンジェを庇うようにして、自ら刺されにいく。
 せめて、最後は美しく散りたい――。

「はっはぁ! 勇者ギルティアさまの初勝利だぜぇ!」

「う…………」

 ――ドサッ。

 俺はその場に血を流して倒れる。

「いやああああああああああああ! ユノンくん!」

 薄れゆく意識の中で、アンジェの叫び声が聞こえる。
 俺を思って、泣いてくれるのか。
 それだけが唯一の救いだな……。

 ――だが、ちょっと待てよ。

 もうすぐで俺の意識が完全に途絶える寸前、俺は急に頭の回転が速くなったような錯覚に陥る。
 俺は――まだ
 なぜだか急に、そう思えてきた。

 猛烈に、死にたくない。
 生きたいという欲求に襲われる。
 なんだこれは、なんだこの感覚は!

 そうだ、俺にはまだやることがある。
 妹のために仕送りを続けなきゃならない。
 すると、再びギルティアの声が聞こえた。

「はっはぁ! 次は村に帰って、こいつの一族もろとも皆殺しだァ! 俺の味わった屈辱を味合わせてやるぜ! 薄汚い魔族の血を絶やすのだ! はっはっは!」

 なん……だと……!?
 今こいつは、この勇者クソボケは、俺の妹を殺すと宣言したのか!?
 この俺の前で!?
 最愛の妹を……!?

 許せん……!
 ますます死ぬわけにはいかなくなった。
 俺は、妹を守らなければならない。

「く…………そが…………っ…………!」

 俺は最後の力を振り絞り、手を伸ばす。
 ギルティアの足首を掴むことに成功する。
 こいつだけは許さねえ。
 逃がさねえ。
 故郷の村になんか、死んでも行かせねえ!

「んあ? なんだこいつ、まだ生きてやがったのか。とっとと死ねや!」

「ぐふぁう!?」

 俺は再び腹を刺される。
 だが、そんな痛みなどどうでもいい。
 それよりも、怒りのほうが強い。

「これでトドメだ! しつこいゴキブリ野郎め!」

 ギルティアが再度剣を高く振り上げる。
 俺は、自分が死なないための、最後の行動をとった。


「《憑依》――――!」


 半分潰れかかった俺の喉が、絹を割くような音で鳴った。
 そのとき、俺の意識はもうすでににはなかった。

「ユノン……くん……?」
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