3 / 55
《金色の刃》
2話 憑依するもの
しおりを挟む「《憑依者》…………?」
「えっ、何それは……」
正直、みんな拍子抜けしたと思う。
当の本人である俺がそうなのだ。
聞いたこともない職に、みな首をかしげる。
「《憑依者》――固有スキル《憑依》が使えます。だって……」
アンジェが横から俺のカードを覗き込み、読み上げる。
なにかの悪い冗談としか思えない。
だって、幼馴染全員が英雄級の上級職で、俺だけ《憑依者》だと?
なんでそんなわけのわからない職を授からなきゃならない?
「ま、まあこのスキルも、使ってみれば案外強いのかもしれないよ?」
アンジェが俺に優しく微笑みかける。
俺を傷つけないように、優しくそう言ってくれる。
なんといい幼馴染なのだろうか。
今の俺には、アンジェがまるで天使にでも見える。
「そうだな、ありがとう。俺は俺なりに、これからも努力するよ。みんなに置いてかれないようにな」
「そうだよ! ユノンくんなら、今のままで十分パーティーに貢献してるよ!」
だが励ましてくれるアンジェとは裏腹に、さっきから俯いて黙りこくっている人物が一人。
《勇者》の職を授かったギルティア・カストール。
奴はなにやらブツブツつぶやきながら、俺に向かってくる。
「おい、キサマ《憑依者》だと!?」
「あ、ああ……そうだが……? なんだよ急に」
さすがの俺も困惑する。
少し思っていた上級職と違っただけで、なにもここまで態度を変えなくてもいいだろうに。
さらには勇者であるギルティアのこの行動によって、周囲の反応も変化する。
大衆がみな、ギルティアの動向に注目している。
これは……マズイな。
俺はだんだん恐ろしくなってきた。
身の危険を感じ始める。
「おいユノン、俺の家族が昔、魔族に殺されたことは覚えてるよな……?」
「あ、ああ……もちろんだ」
そう、俺たちがまだ子供のころ、ギルティアの家族は全員、魔族に殺されたんだ。
幸い、俺の妹は無事だった。
だが村には、魔族に家族を殺された者がたくさんいる。
ちなみに俺には両親がいないが、この件とは関係ない。
「だったらよぉ! さっさと消えてくれねぇかなぁあ!?」
「…………は?」
なぜだかギルティアの態度が豹変する。
俺は地雷を踏んだ覚えはないが。
「みんな聞いてくれ! こいつの持つ《憑依》ってのは、魔族が使う闇のスキルなんだよ! だからこいつは魔族だ!」
「おいおい、ちょっと待ってくれ」
なんだか妙なことになってきたぞ。
こいつは恨みで我を忘れて、トンデモ理論を繰り出していないか?
勇者の言葉、というのはそれほど大きいのだろう。
会場全体の空気がガラリと変わり、俺への不信の目が強まる。
「俺の家族を殺した魔族もそうだった! 目の前で! 親が妹に殺される苦しみがお前にわかるかよ! 俺の妹は、魔族に憑依されてたんだ! だから、その後憲兵に殺された!」
なるほど、確かにあの事件の真相はそんなだったな。
《憑依》という特殊なスキルを使う魔族がいる、というのも事実なんだろう。
だがそれと俺が魔族であるかどうかというのは、まったく別の話だ。
だというのに、バカな大衆共はコイツの言葉を鵜呑みにしたのか、ざわつきはじめる。
「この薄汚い魔族め! その《憑依》スキルを何に使う気だ!」
「そのスキルでエッチなことをする気だろう!」
「人殺し! 近づかないで!」
などと、観客たちから野次が飛ぶ。
さらには手荷物などの物まで飛び交う始末。
とんだ誤解だ。
「ちょっと待てみんな! 俺は魔族じゃないし、危害を加えるつもりもない!」
「そうだよ! ユノンくんは……」
アンジェが俺を擁護しようとしてくれるが、俺はそれを慌てて制止する。
指で合図し、首を横に振る。
アンジェの気持ちは嬉しいが、ここで俺を擁護すると、アンジェにまで危害が加わりかねない。
どうせアイツらのことだ、アンジェが俺に《憑依》で操られているなどと言い出すに決まっている。
「ユノンくん……」
俺はアンジェに目だけで礼を言い、後は黙るように指示をだす。
幼馴染なのだからこのくらいの無言のコミュニケーションはお手の物だ。
最悪俺はどうなっても構わないが、アンジェには幸せになってもらいたい。
それにこいつは優しいから、俺の妹の面倒も見てくれるだろうしな。
「やっぱり、ユノンは魔族だったのね! この裏切者! 今まで私たちをよくも騙してきてくれたわね!」
腹黒エルフのエルーナが、俺を突然罵倒する。
こいつ……マジか。
昨日は俺に言い寄って来たくせに、ひとたび俺が勇者に選ばれなかったとなるとこれか。
手首が柔らかいな。
「おいエルーナ、よく聞け。ギルティアが勇者に選ばれたから、俺を切り捨てギルティアにつこうとしているのだろうが、お前は間違っているぞ。騙そうとしてるのはギルティアのほうだ」
「魔族が何を言っている! そんなたわごと、通用するか!」
あ、ダメだコイツ……。
もはや聞く耳を持たないようだ。
エルーナがこうなったらもう説得はできない。
幼馴染だからよくわかるのだ。
エルーナという人間は、とにかく権威主義で、腹黒で計算高い。
マジで幼馴染ながらクズだと思う。
「そ、そうよ! 私だって、ユノンに痴漢されたんだから!」
「な、なんだって!? それは酷いな……」
れ、レイラさん……!?
酷いのはお前らでは……!?
クソこいつら幼馴染のくせに、こうもあっさり俺を切り捨てるのか?
「私、昨日ギルティアとえっちしてるとき、誰かの視線を感じてたの……! それに、この前荷物を受け渡しするときに、お尻を触られたわ!」
いや昨日俺はその時間、アンジェと話をした後、一人でボードゲームをしていましたが……?
というか腹黒エルフ、お前も話したからそれを知ってるだろ!
こいつ、知ってて証言しないつもりか……。
「ユノンくんはその時間、私とお話をしていました!」
あれほど止めたのに、アンジェが口を開いた。
「おい! こいつは《憑依》で操られているぞ! 話を聞くな!」
だが案の定、ギルティアがそう決め付ける。
これは、どんな証言も無駄というわけか……。
むしろ人間を操って扇動しているのは、ギルティアのほうじゃないのか?
俺にはそう思えてならない。
「ユノン・ユズリィーハ覚悟しろ! 薄汚い魔族め! 俺はお前を追放――いや、討伐する! なぜならこの俺様が真の勇者だからだ! 悪は滅びるべし! うおおおおおお!」
ギルティアはそう言って俺に剣を向けてくる。
「ちょっと待て、誤解だ! 俺は魔族じゃないし、皆に危害を加えるつもりもない。本当だ。信じてくれ!」
言っても無駄だろうが、俺は最後まで自分への疑いを否定する。
実際、殺されるようなことは、なにもしていないのだ。
身勝手な決め付けで殺されるなんて、あまりにも理不尽すぎる。
「うるさい! 誰がお前の言うことを信じると思う? 闇スキル使いの変態ヤロウめ! 今まで俺たちをよくも騙してくれたな! 死ねえええええ!」
「ユノンくん! 逃げて!」
「アンジェ!?」
そのとき、アンジェが俺を庇い、ギルティアの前に立ちはだかった。
だが、ギルティアはうちのパーティーでも一番の武闘派だ。
それに、今のコイツは仮にも《勇者》なのだ。
「邪魔だアンジェ! どけ!」
「きゃっ――!?」
アンジェはすぐに押しのけられてしまう。
こいつ……アンジェに手をあげやがった。
許せねぇ……。
「うおおおおおおおおお! 来るなら俺に来い!」
俺は倒れたアンジェを庇うようにして、自ら刺されにいく。
せめて、最後は美しく散りたい――。
「はっはぁ! 勇者ギルティアさまの初勝利だぜぇ!」
「う…………」
――ドサッ。
俺はその場に血を流して倒れる。
「いやああああああああああああ! ユノンくん!」
薄れゆく意識の中で、アンジェの叫び声が聞こえる。
俺を思って、泣いてくれるのか。
それだけが唯一の救いだな……。
――だが、ちょっと待てよ。
もうすぐで俺の意識が完全に途絶える寸前、俺は急に頭の回転が速くなったような錯覚に陥る。
俺は――まだ死にたくない。
なぜだか急に、そう思えてきた。
猛烈に、死にたくない。
生きたいという欲求に襲われる。
なんだこれは、なんだこの感覚は!
そうだ、俺にはまだやることがある。
妹のために仕送りを続けなきゃならない。
すると、再びギルティアの声が聞こえた。
「はっはぁ! 次は村に帰って、こいつの一族もろとも皆殺しだァ! 俺の味わった屈辱を味合わせてやるぜ! 薄汚い魔族の血を絶やすのだ! はっはっは!」
なん……だと……!?
今こいつは、この勇者は、俺の妹を殺すと宣言したのか!?
この俺の前で!?
最愛の妹を……!?
許せん……!
ますます死ぬわけにはいかなくなった。
俺は、妹を守らなければならない。
「く…………そが…………っ…………!」
俺は最後の力を振り絞り、手を伸ばす。
ギルティアの足首を掴むことに成功する。
こいつだけは許さねえ。
逃がさねえ。
故郷の村になんか、死んでも行かせねえ!
「んあ? なんだこいつ、まだ生きてやがったのか。とっとと死ねや!」
「ぐふぁう!?」
俺は再び腹を刺される。
だが、そんな痛みなどどうでもいい。
それよりも、怒りのほうが強い。
「これでトドメだ! しつこいゴキブリ野郎め!」
ギルティアが再度剣を高く振り上げる。
俺は、自分が死なないための、最後の行動をとった。
「《憑依》――――!」
半分潰れかかった俺の喉が、絹を割くような音で鳴った。
そのとき、俺の意識はもうすでにそこにはなかった。
「ユノン……くん……?」
0
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
【完結】ガラクタゴミしか召喚出来ないへっぽこ聖女、ゴミを糧にする大精霊達とのんびりスローライフを送る〜追放した王族なんて知らんぷりです!〜
櫛田こころ
ファンタジー
お前なんか、ガラクタ当然だ。
はじめの頃は……依頼者の望み通りのものを召喚出来た、召喚魔法を得意とする聖女・ミラジェーンは……ついに王族から追放を命じられた。
役立たずの聖女の代わりなど、いくらでもいると。
ミラジェーンの召喚魔法では、いつからか依頼の品どころか本当にガラクタもだが『ゴミ』しか召喚出来なくなってしまった。
なので、大人しく城から立ち去る時に……一匹の精霊と出会った。餌を与えようにも、相変わらずゴミしか召喚出来ずに泣いてしまうと……その精霊は、なんとゴミを『食べて』しまった。
美味しい美味しいと絶賛してくれた精霊は……ただの精霊ではなく、精霊王に次ぐ強力な大精霊だとわかり。ミラジェーンを精霊の里に来て欲しいと頼んできたのだ。
追放された聖女の召喚魔法は、実は精霊達には美味しい美味しいご飯だとわかり、のんびり楽しく過ごしていくスローライフストーリーを目指します!!
社畜のおじさん過労で死に、異世界でダンジョンマスターと なり自由に行動し、それを脅かす人間には容赦しません。
本条蒼依
ファンタジー
山本優(やまもとまさる)45歳はブラック企業に勤め、
残業、休日出勤は当たり前で、連続出勤30日目にして
遂に過労死をしてしまい、女神に異世界転移をはたす。
そして、あまりな強大な力を得て、貴族達にその身柄を
拘束させられ、地球のように束縛をされそうになり、
町から逃げ出すところから始まる。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる