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第21話 天界遊戯

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 ジャスティスとアランの直接対決を、天界から観測していた二人……。
 身勝手な神と、それに振り回される天使だ。

「ほっほっほ……ついにアランは捕まってしまったのう……」
「もう……取返しのつかないことになってますよ……」

 酒を片手に、能天気に笑っている神に、天使はあきれていた。
 本来であれば幸せな人生を手にしていたはずのアラン。
 そのアランをこういった運命に導いたのは、もちろんアランの行動もそうであるが、もとはと言えば神の介入があったからである。
 天使はそのことをあまりよく思っていなかった。
 通常、神や天使は人間にあまり感情移入して入れ込むようなことはしないのだが……。
 天使はどちらかといえば、アランに同情めいた気持ちを覚えていた。

「のう天使……このことを、決して大神様に報告するでないぞ?」

 神は低い声でそう釘を刺した。
 天使は当然、それを考えていたため、図星。
 それと同時に、この神の発言につよい不快感を覚えた。
 天使の中で、神への不信感がピークに達していた。

「さてさて……これからどうするかのう……。もうジャスティスとアランの関係も終わりつつあるし……いっそ世界を滅ぼして一からやり直すかのう……」

 神の気まぐれで世界を滅ぼされては、そこに住んでいいる人類はたまったものじゃないな、と天使は思う。
 本来であればこういった勝手な行為は、神のルールとしても禁じられていた。
 しかし、悠久の時を天界で座って暮らす神にとって、世界への介入こそが唯一の楽しみでもあった。
 多くの神がそうやって暇を持て余しているため、もはや誰もルールなんて守っていないありさまだ。
 それを取り締まる大神も、無数に存在する神をいちいち咎めるほど暇ではなかった。
 そもそも神たちの時間感覚は人間のそれとは大きく異なる。
 神の所業が大神にばれ、裁かれるころにはすでに人界では大事になっているというのが常で……。
 もはや神たちの好き放題になっている……というのが現在の天界の情勢である。

「神様……いい加減にしてください!」

 天使はそう言って、神の背中を押した。
 もはや我慢がならなかったのだ。
 神と違って、まだ生まれて数百年しか生きていない天使は、悪意に染まっていない。
 そのため、天使からすれば神の行為がかなりひどい所業に見えていたのだった。

 ――ドン!

「え…………?」

 突如として、背中を押された神は……。
 雲の上でバランスを崩してしまった。
 その手には、一冊の本と酒が握られている。
 バランスを崩した神は、そのまま
 いくら天界に住む神といえど、一度バランスを崩してしまうと、そこは人間と同じであった。
 気を張っていれば、落ちずに済むこともできただろうが、あいにく神は完全に油断しきっていた。
 、足を滑らせて……と。
 
 この世界では、そういった思い込みがかなり大きく影響する。
 自分は神だから、自分は主人公だから……そうなるはずはない。
 そんな思いがかなりの部分を支配する世界。
 まさか天使に後ろから押されるなんて、神の想定にはなかった。

「あ…………」

 思わず、天使はそう声をこぼした。
 天使としては、さすがに神を落とすつもりではなかったのだ。
 彼女は思った――やってしまった、と。
 しかし、その数秒後、頭を一瞬で切り替える。
 これは、チャンスである。

「ふふ…………」

 天使は天界から落ちていく神を見ながら、邪悪な笑みを浮かべた。
 通常、神がなんらかの形で存在しなくなった場合は、その専属天使があとをひきつぐ。
 この天使は期せずして、史上最年少で神の座に就くこととなった。





 天界から、落ち行くさなか、神は思う。

「なぜじゃ……なぜ…………」

 自分の運命を呪う。
 なぜ、いったい誰がこんなことを……。
 そのきっかけを、必死に探る。
 過去の光景が、走馬灯のように、彼の頭を駆け巡る。
 人間として生きた200年。
 それから、天使として生きた600年。
 そして、神として生きた2756年。
 それらすべてが、一瞬の出来事のように去来する。

「ああ……わしじゃ……わしのせいじゃ……」

 そして神は悟る。
 こうなったのは、すべて自分のせいだと。
 いたずらに他人の運命をもてあそび続け……そのツケが来たのだと。

「ああ……すまん……すまん……くそ……くそ……!」

 地上に衝突する寸前、神は激しく後悔した。
 しかし、そんな後悔はもう遅い。
 1000年は遅い。

 神といえども、天界を離れればその肉体は人間と変わらないものだった。
 地面に、衝突する。
 肉がつぶれる音がした。


 グシャ、、、、、、、、、


 そして、神の肉体は消滅する。
 まるでなにもなかったかのように、地上から跡形もなく消えてしまった。
 これは、神の死体を地上に残さないための措置である。
 神の肉体が地上に証拠として残ることは、許されないことだった。
 そのため、地上で神が死んだ直後に、下級天使たちによってその肉体は天界へと回収される。





 ちょうど、神の落下地点の近くにいた男性がいた。
 彼は商人の男であった。
 男の後ろで、なにか悲鳴が聴こえた……ような気がした。
 彼が振り向くも、そこにはなにもない。

「あれ……? おかしいな……」

 その数秒後、一冊の本が落下してきた。
 その本は、彼には読めない文字で書かれていた。
 しかし、なにやら表紙に美麗なイラストが描かれている。

「これは……高く売れるかもしれないな……!」

 男はそれを懐にしまうと、どこかへ歩いていった。
 

 その日は夕方から、大雨が降った。
 にわかに信じがたい話ではあるが、その雨を浴びた者たちが酔っ払っていたと、証言する者が何人もいたという……。

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