上 下
70 / 85

裏切り

しおりを挟む
ノアは俯いていた顔を上げて、ちょっと困った顔で笑っていた。

「貴方と、もう少しいたかった」

「……えっ、の…あっ!?」

急に足元が大きくぐらついてしまい、ノアに支えられた。

周りから悲鳴が聞こえて、だんだん大きな悲鳴になっていく。
まともに立ってられないほど大きく揺れて、一人じゃ立てなくなる。

王都でなにか異変が起きている…それは分かる…けど…

ノアは俺を離す気はないのか、ギュッと抱き締めたままだった。
街の人達になにがあったのか知りたいからノアの胸元を押す。

「ノア、離して…」

「ダメです、危ないですよ」

「…ノア」

「タイムリミットだ、ルイス」

首元に冷たい指先が触れて、俺の後ろに誰かが立っていた。
後ろを振り返ろうとしたら指先に力が込められて、振り返る事が出来なくなった。

ルイスって何の事なんだろう、人の名前なのか?でも、知らない名前…

地面が大きく揺れて、異変に気付いたのか使い魔の店から店主が慌てたように大荷物を抱えて出てきた。
痩せ細った老人の店主と俺達が目が合うと、俺の後ろにいたであろう人物が俺を突き飛ばした。
地面にぶつかる前にノアに支えられて、怪我をする事はなかった。

後ろにいた男は俺の横を通り、店主の首を掴んでいた。
驚いた店主は掴んだ男の腕を掴んで必死な顔で抵抗していた。

その時、男の袖が捲れてそれが露になった時…俺は思い出した。

『義賊集団は全員体の何処かに十字架の刺青をしている筈だ』

「……ぎ、ぞく?」

「ひぃぃっ!!!まだ死にたくないぃ!!!」

俺が呟いた言葉に店主が反応して叫んで暴れていた。

こんなところで義賊に会うなんて、じゃあこの騒ぎも…

そんな事を考えていた一瞬の出来事…俺の視界は真っ赤に染まった。
力なく倒れる人物を直視出来なくて、目を逸らした。

…し、死んだ…?そんな、まさか…何をしたんだコイツは…

義賊を見ると手には仕込みナイフが握られていた、器用にそのナイフをくるくると回している。
後ろから包み込むようにノアに抱き締められて、我に返った。
早くゼロ達に知らせないと、こんな騒ぎだ…もう分かってるかもしれない。

「ノア!早く皆に知らせに…」

「ルイス、ソイツを渡せ…レギ様の命令だ」

「……この方には手を出さない約束ですよ」

「気が変わった、ソイツは我ら義賊集団にとっての害悪だ」

なんでノアは普通にこの男と会話しているんだろうか。
それにルイスって…ノアの事?不安げにノアを見上げるがノアは俺を見てくれない。

俺が義賊集団にとって害悪?義賊集団は魔法使いしか狙わないのではなかったのか?
ゲームでは知っていたが、実際に会ったのはあの船で一度きりの筈だ。

俺が邪魔したから怒っているのかもしれない、でも誰に憎まれてもゼロは絶対に渡したくない。

ノア……どうして、義賊集団とこんなに親しげに話すんだ?

「……」

「ゼロ・イスナーンの傍に潜入させたが、まさかお前の言っていた魔力無効化の人間がいるとはな」

「彼を仲間にすれば貴方達の目的にも役立ちます」

「…仲間になればな、でもお前の話ではコイツはせっかくいいところまでゼロ・イスナーンの呪いの力を覚醒させられたのに台無しにされた……魔法使いと戦うためには便利だが、今のままだと我らの種を台無しにされる危険がある…早急に始末する必要がある」

ノアがこの人に俺が無属性だって教えたのか?仲間にするために…?
ゼロに近付くために、俺を利用した…?ノアが分からない。

男は「お前がこの街の結界を弱めて最後の仕上げだ、こいつはもう必要ない」と言うがノアは俺をギュッと抱き締めてくる。
でも俺は、俺の知ってるノアは…騙すだけに一緒にいたのか?

一緒にいた時間は、全部嘘じゃないよな……いつもみたいに笑ってよ。
ノアの顔は強張っていて、抱き締めていた腕をそっと離した。

「ノア…アイツの言ってる事、嘘だよな?」

「ルイス、お前の嫌いな魔法使いが目の前にいるんだぞ…殺せ」

俺の声を遮るように男が奇妙な声でノアに語りかけていた。
反響するものはなさそうなのに男の声が二重になっていた。

ノアを見つめていたら、黄色かった瞳が真っ赤に染まっていった。
大きな声を上げて、叫び出したと思ったらノアの武器である鞭を俺に向かって振り上げた。
俺は逃げる事を忘れて呆然とノアを見つめているだけだった。

鞭を握っていた手は、俺達以外の第三者の伸ばした手により俺の方に振り下ろされる事はなかった。

「…っ!!?」

「大丈夫!?弟くん!」

「…ヤマト」

ヤマトがノアの胸元を足蹴りして地面に体を沈ませた。
そして手に雷を放電させると、ノアの腕を掴んでいた手から流れていき感電させた。

苦しげなノアの呻き声を聞いて、ヤマトを止めようと近付くが雷をまとっているから触れない。
「ヤマト!もういいから、ノアが死んじゃうよ!」と声を上げたら、すんなりと止めてくれた。

ノアに近付くと、息はしているが少し苦しそうだった。
ノアがどんなに嘘をついても、俺はノアも家族だって思ってる。

「気絶させただけだって、それよりも問題は…」

「ヤマト・ドラグーンか…これはいい人材が来たな」

ヤマトは俺を背中で守るように立ち上がり、男を警戒していた。
チラッと地面に転がっている店主の死体を見てから手に雷をまとわせた。

副騎士団長として実力があるヤマトを前にしても、男は何故か嬉しそうにヤマトを見つめていた。
男の手にはさっきまで持っていなかった片手サイズの少し大きな黒い種のようなものを持っていた。

あの種はなんだろう、ゲームにはなかった…でも…禍々しいなにかを感じる。

ノアはだんだん小さくなったと思ったらぬいぐるみの姿になり、腕で抱えた。

「お前は魔法使いの傲慢さにうんざりしていた、だから魔法使い達を裁いているのだろ?我らと同じだ」

「あのさぁ、なにか勘違いしてない?俺は魔法使いを裁いているわけじゃない…平等にしているだけだ、人間だって悪い事をすれば裁かれる…君達がしている事は自分の罪を正当化しているだけ、傲慢な魔法使いとなにが違うの?」

「やはりお前は所詮腐った魔法使いだ」

男は種を地面に投げつけて、ヤマトに向かって走り出して距離を詰めた。
拳に雷を溜めて、重い一撃を男の頬に食らわすと男は吹き飛んでいった。
壁に激突して、ヒビが入る壁からして衝撃はかなりの強さだろう。

力なく地面に倒れて、さっきはいきなりすぎて動揺していたがヤマトなら気を失わせただけだろうと思っていた。
でも男はゆっくりと顔を上げて、頬に血が垂れているのにニヤッと笑っていた。
それがとても不気味で、なにか悪い事を考えているように感じた。

ヤマトも同じ気持ちなのか、男を睨みながら近付こうとした。

「だから、使い魔は信用ならへん」

「うぐっ…」

「…っ、弟くん!!」

また誰かが後ろに立っていると声で気付いた頃には遅かった。
全然足音や気配を感じなかった、今度はいったい誰なんだ?

腹に衝撃が加わり、今度は俺が足蹴りされて地面に転がる。
その衝撃でノアを離してしまい、痛い腹を押さえながらノアに手を伸ばすがその前に俺を蹴飛ばした糸目の男がノアを持ち上げた。

ヤマトも男に気を取られていてまだ仲間がいた事に気付いていなくて、慌てて俺の方に向かおうと動いているが足は微動だにしていなかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

勘違いの婚約破棄ってあるんだな・・・

BL / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:126

Restartー僕は異世界で人生をやり直すー

BL / 連載中 24h.ポイント:434pt お気に入り:1,099

二人の妻に愛されていたはずだった

恋愛 / 完結 24h.ポイント:220pt お気に入り:5,371

イケメン幼馴染の執着愛が重すぎる

BL / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:75

私が私に助けられたお話

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,497pt お気に入り:69

俺はすでに振られているから

BL / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:225

聖騎士たちに尻を狙われています!

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:321

攻略対象から悪役令息にジョブチェンジしちゃう?

BL / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:464

処理中です...