上 下
95 / 328
教師1年目

大人の階段

しおりを挟む
「ようこそいらっしゃいました!」

3日後。
王女直々の訪問とあって
従業員全員がお辞儀している中をおどおどしながら進む。

「もっと堂々としてなさいよ」
「無理だろ。俺はお前と違って周りに人を従えて普通でいられるような生活は送ってきてない」

普段からアンに振り回されてるライヤだ、寝不足からの馬車での旅で瀕死である。
もちろん、アンがペースを握る。

「部屋は用意できてるかしら?」
「もちろんです。ご要望通り、一フロア貸し切りで最も良い部屋を用意させていただきました。布団も2つ」
「よろしい。価格はそっちのと交渉しなさい。ライヤ、行くわよ」

ロビーのイスに座って転寝していたライヤを引きずっていくアン。

「……よろしかったので?」
「もはや公認なので。しかし、他言した場合は……」
「もちろん、言いませんとも。これほどのチャンスを逃すわけにはいきませんからな」

旅館の支配人とアンから決済を頼まれたメイドは2人についてそんな話をするのであった。
ちなみに。
このメイドは賢者が来た時に応対していた者であり、アンから抜擢されている。


「ほら、ライヤ。ここなら寝ていいから」
「……おやすみー……」

何の疑いもなく目の前に差し出された高級ベッドに沈むライヤ。
一度立ったまま気絶するほどにまで追い詰められていたのだ。
アンも少しは悪いと思っている。

「あのライヤがこんなに無防備に……」

だがしかし。
悪いと思っていながらも、これはアンが意図した結果である。
基本的にライヤは寝ている間も周りの魔力の動きに敏感である。
それこそ、アンやフィオナのような鍛えられたSクラスの気配が近づいてきていたら起きてしまうのだ。
毎度毎度2人だとわかっているから体も起こさず放っているのだが、奇襲は成功しないだろう。

そして今。
こちらの世界ではかつてないほど限界に追い込まれたライヤは極限の眠りに落ちていた。
当然、周りでアンが何をしようが起きないだろう。

「襲うには今しかない。それはわかってるけど……!」

アンはフィオナほど割り切れていない。
既成事実を作れるならどうにでもなれとまでは思えないのだ。
なまじ両想いだとわかっているから希望を抱いてしまう。
ライヤの方から求めて欲しいと。

「でも、決めきらないと……!」

ライヤの周りに悪い虫が群がってきているのは感じていた。
今まではフィオナだけで、彼女よりは優位であると確信があったのだ。
比較対象が1人であればどのくらいの割合で勝っているのかの概算も簡単だ。
だが、それが複数になると話が変わる。
それぞれの行動の把握などできないし、更に増えていても感知できないかもしれない。
そんなことになるより今こそっ……!


良からぬ決心をし、ぐってりと寝ているライヤに襲い掛かるアン。

「ほおおぉぉ……!!」

とりあえずシャツをめくり、奇声を上げる。
王女にあるまじき行為である。
ライヤの上半身程度なら見慣れているアンだが、こうして意識してみるとまた違う。
そもそもこんな距離でまじまじと見ることなどない。
馬乗りになったアンはライヤの薄く浮き出た腹筋をさする。
ライヤの信条として、パワー勝負になったら勝ち目がないからスピード重視である。
よって、薄く筋肉を全身に纏い、余計な筋肉で重くならないようにしている。
日本にいた時には考えられないような剣術の特訓でついた傷も多々あるが、こちらの世界の人間であるアンにはそれは修練の証として好ましく受け取られる。
そして胸から腹のあたりまで続く一際目を引く大きな傷。
比較的新しいその傷はもう3年前になる戦争で帝国の近衛騎士と一騎打ちしたときにできた傷だ。

「すごいなぁ……」

細い指でその傷をなぞる。
アンは修練で傷などできたことはない。
才能があった。
鍛える場もあった。
それに、たとえ練習でも王女に傷をつけるなど死罪では済まないかもしれないのだ。
慎重にもなるだろう。
しかし、それでもアンには命を懸けた戦いの経験はない。
戦争時のライヤは、それこそアンに巻き込まれただけ。
それで、命を懸けて戦ってくれたのだ。

少しの間感慨にふけったアンはふと自分が乗っているライヤの腹の部分から後ろに手を回す。

「ひゃっ!?」

そうすると、まぁブツがあるわけで。
そーっと覗いてバッと隠す。
そしてまたそーっと覗く。

「これがライヤの……!」

生娘であり、王家の性教育を受けてこなかったアンにはそれがとてもおぞましいものに見えた。
だが、その印象もライヤを想えば消えてしまう。

「……うん、こういうのは良くないわよね!」

そっと胸の内に見たという事実をしまうアン。
秘かに大人の階段を登ったのだ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

転生したらチートでした

ユナネコ
ファンタジー
通り魔に刺されそうになっていた親友を助けたら死んじゃってまさかの転生!?物語だけの話だと思ってたけど、まさかほんとにあるなんて!よし、第二の人生楽しむぞー!!

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

処理中です...