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教師1年目

サプライズ

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「よくあるようなものをやりたい、とは言われたものの……」

待ち合わせ自体はよくあるものなんだろうけど、「待った?」「今来たところ」のやり取りを現実で行っている人達はいるのだろうか。
いたとしても体系化されすぎていて一種の様式美として言っているだけだろう。

にしても、アンが遅刻するとは珍しい。
なんだかんだ時間通りに来ている印象ではあったが。
世のカップルの事情に思いを馳せているのも暇な時間が生まれたからである。

だらだらと待ち合わせ場所に指定されたいつものカフェの前で待っていると、道の奥の方がざわつく。
徐々にそれは近づいてきて、同時に人ごみが真っ二つに割れる。
気分はモーセのそれである。

「はぁ、はぁ……」

奥から走ってきたのはもちろん、アンである。
普段は履かないハイヒールに真っ白なワンピース。
白い髪と合わせて透明感が凄いが、腰のあたりでキュッと絞られているのでその上向きな胸が強調されていて非常に目のやり場に困る。
大きな麦わら帽子をかぶっていてバスケットを抱えているあたり、どこかにピクニックでも行こうと考えていたのだろう。

「あっ……」

待ち合わせ場所についてほっとしてのか目の前で躓いたアンを受け止める。

「……お待たせ、待った?」
「ちょっとな」

むー、と頬を膨らませるアン。

「そこは今来たところだよって言うところでしょ?」
「俺が今来たところなら俺も待ち合わせに遅刻してることになるな」
「う……、それはごめんなさい……」
「いいよ、急ぐ用事もないからな」

抱き留めてしがみついたままだったアンを立たせる。

「よく似合ってる。アンに似合わないものはないと思うけど、特に髪と合っていいと思うぞ。まさか、おしゃれしてて遅れたのか?」
「こ、こんなのおしゃれに入らないわよ。称賛は受け取っておくけどね。ちょっと面倒なことがあってね。ライヤは気にしなくていいわ」
「それで本当に何でもなかったことがあったか?」
「いいの! 少なくとも今日はで、デートなんだから! 私の事だけ見てなさい!」

言いきって真っ赤になるくらいなら言わなけりゃいいのに。

「ほら、どこか行く場所があるんだろ?」

バスケットを受け取りながら背にしていた壁を離れる。

「うん!」

アンはバスケットで埋まっていない方の左腕に腕を絡める。
心地よい感触がライヤへと伝わる。
できるだけそれを意識しないようにしながら歩き出す。

「じゃあ、道案内よろしく」




「ここよ!」

王都から外へ出て少し進んだ草原。
一般的に人の居住地域の外側には魔物と呼ばれるモンスターがいる場合があるのだが、その個体数はそれほど多くない。
王都ともなれば周りの魔物は駆除されているので襲われる心配も少ない。
そもそも、ワンピースにハイヒールという戦闘に向かないランキングトップ5には入るであろう恰好でありながら帯剣しているのでいても問題にはならないが。
剣も鞘が白く、細身であるためそれほど違和感はない。
アン個人に限って言えば帯剣していない方が違和感があるため似合っているとも言える。

「桜だ……」
「あら、この木の名前を知っているの?」

草原に大きな桜の木が1本だけ立っていた。
大きなと言っても異世界スケール。
屋久杉のような太い幹から無数の枝が伸び、木というよりも樹といった感じだ。
ちょうど満開らしくピンクの花びらが散っている。。

「この木はいつの間にかここに生えていたらしいわ。少なくとも今年中ね。いきなりこんな大きな木が現れたものだから凄い騒ぎになったわよ。気づいてなかったの?」
「そんな話に俺が興味を持つと思うか?」
「思わないわ。でも、来て良かったでしょ?」

隣で肩に頭を預けるアンの体温を感じながら樹を見上げる。

「本当にな」

この世界に来た異世界人が俺しかいないと仮定した場合、ここにいきなり桜が生えた理由は察しが付く。
十中八九、菅原道真公だろう。
そもそも桜を見て反応できるのなんて日本人だけだろうし。
他の世界にもあったりして他の世界の異世界人がここにいるという可能性もあるが、あったとしても考える意味がない。
転生してから音沙汰無かったが、ここに来て少し存在を思い出した。
彼なりのエールだろうか。

心の中でありがとうございます、と呟く。

「ほら、大きな布を持ってきたのよ。座りましょう?」

いそいそと布を広げ、準備してくれるアンをよそにライヤは呆けたままである。

「ライヤ?」
ふと見上げると、ライヤの蒼がかった黒の瞳から涙がこぼれていた。

「ど、どうしたの!? お腹でも痛いの?」
「……なんでもない。大丈夫だ」
「大丈夫だって言っても、ライヤの涙なんて……」

初めて見た、と言いかけたアンは口を閉じる。
何か自分にはわからないことを思い出しているような気配を感じたのだ。
それは正しく、ライヤは残してきた家族のことを思い出していた。
時間感覚が同じだとしてライヤが死んでから17年もの時間が経っているのだ。
親もどうなっているかわからない。
ふと、思い出して感傷に浸る。


「悪いな、ちょっと時間を取った」
「いいわ、もういいの?」
「十分だ」
「そ、なら何も聞かないわ」

ニッと笑うアン。

「今日は私がお昼ご飯を作ってきたの」
「……大丈夫か?」
「失礼ね」
「いや、だって前は……」
「何年前の話よ! あれから私も練習したんだから! いつまでも負けていられるもんですか。ほら、上手くできてるでしょう?」

バスケットの中から色々な種類のサンドイッチが出てくる。

「いただきます」

以前のことがあるので恐る恐る口に入れるライヤ。

「うまい……」
「でしょ!? 結構頑張ったんだから!」
「あぁ、頑張ったんだろうな」

初めは本当に絶望的だったので相当努力をしたのだろう。

「美味しいよ、ありがとう」
「良かったわ」

ほっとした顔をするアン。
本当に不安ではあったのだろう。

「ところで、ライヤ。許しが出たのだけれど」
「? 何の話だ?」
「今日、あなたの家に泊まっていいという許しよ」
「ゲホッ!??」

ライヤは飲んでいたお茶を詰まらせひどくせき込む。
どうやら今日のデートは解散しないらしい。
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