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教師1年目

真意

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「ふっ!」
「ぐっ……!」

アンと傭兵の頭の男の対決は次第にアンが優勢となっていった。

「諦めなさい。元々はかなりの使い手だったようだけど、鍛錬不足よ。私の相手には不足ね」
「……あの男は、あなたの相手足り得るのか」
「むしろ置いていかれないように精一杯よ」
「そうか……」

一度目を伏せた男は再び瞳に闘志を燃やす。

「なら胸を借りるつもりでもう一度挑もう。我が家が存在した証を残す!」
「気が済むまで付き合ってあげるわ。王族として、思わないことがないでもないもの」


「なんだ、まだ終わってなかったのか?」

再び刃を交えようとした2人のもとにライヤが戻る。

「ライヤ……!」

ぱぁ! と顔を明るくするアン。

「もう終わってるもんだと思ってたんだけど……」
「それがね、聞いてよライヤ! この人の戦闘術は中々のものよ? そうね、この国の貴族に伝わる戦い方を洗練したって感じかしら」
「それで楽しくなっちゃったと」
「いいえ! そう、これは教えを受けているのよ! 本気で立ち回れる機会なんてそうそうないわ!」
「はぁ……」

この自身の学びのためなら敵すら利用するのはどうにかならんのか。

「ウィルは助けた。お姉ちゃんとして無様なところは見せるなよ」
「もっちろん!」

ウッキウキである。

「だが、俺としては別だ」
「なぁに?」

ライヤと話している間、アンはそちらを向いているわけだが、男は仕掛けない。
それが隙ではないことがわかる程度には実力者なのだ。

「弟子であるアンが苦戦するほどの相手ってのは考えづらいな。明日あたりからメニューの考え直しも視野に入れるしかないか……」
「さぁ! さっさとやられなさい!」

神速で男に向き直るアン。
ライヤの特別メニューはそれはそれは凄いものだと定評がある。(アンの中で)
終えた後は足腰が立たなくなるのだ。
もちろん、変な意味では決してない。

「師匠の前でみっともない戦いをするわけにはいかないもの」
「元よりこちらはそのつもりだ!」

気合い一閃。
それまでの戦いの中で最も洗練された一撃がアンを襲うが、真正面からそれを受け止める。
腕力はそこまでではないが、アンは自らの剣に風を纏わせて勢いを殺しているのだ。
一般的に男性よりも非力である女性であるはずのアンが並み居る男性をねじ伏せられる理由がこれである。

「これすらも……!」
「はい、終わり」
「え?」

男の背後に移動していたライヤがその首を落とす。

「これは、戦争だ。決闘でもなんでもないこの状況で周りへの注意を欠くなんてそりゃ死ぬだろ」

決闘の口上でも述べてたんならまだしも、と独り言つ。

「流石ね、ライヤ」
「ま、さっさと終わらせないとな。それで、さっさと出てきたらどうです? タット大臣?」
「まぁ、バレておるか」

アンと傭兵の戦いで壊れた壁の奥から大臣が出てくる。

「あとはアン、頼むぞ」
「えぇ」

ここから先は司法の話だ。
そして王国において王家以上に法権力が強い者はいない。
アンに任せるのが最善だ。
俺、ただの教師だし。


「先生……」

屋敷の外に出ると、ウィルが駆け寄ってくる。

「中でアンが大臣を抑えてるはずだ。捕まえるのかこの場でかっていうのは知らないけど、行った方がいいんじゃないか?」
「な!? 今回の首謀者とアン王女を2人で置いてきたというのか!?」
「周りにもう敵はいないしな。それで、アンがあの爺さんに負けると思ってるのか?」

今のアンは王国屈指の実力者だ。
いかに大臣に老練な手腕があろうとも、アンが負けることはまずない。

「令状届きました!」
「……行くぞ。半数はウィル様の護衛に残れ」
「「は!」」

さて。

「ウィル。悪かったな、俺のせいでこんなことになって」

自分への嫌がらせは覚悟してたし、実家も手を回されると思ったから先に対処しておいた。
が、まさか王族・貴族しかいない生徒たちを狙ってくるとは思わなかった。
これは、俺の落ち度だ。

「結果的にはお前は無事に帰ってきたが、攫われたという事実がある。それも学園の中で。最悪俺は首になるだろうが、まぁ気にすることはない」
「そんなの嫌です!」

ウィルが出した大きな声にびっくりする。

「先生だから私を助けられたんです! その証拠に、外にいた兵士さんたちは何もしてくれなかったじゃないですか!」

周りの兵士たちは気まずそうに顔を伏せる。
確かに大臣宅とはいえ、何も出来なかったのは事実だが……。

「先生がやめるなら、私もついて行きます!」
「!? できるわけないだろ! お前は王女だぞ?」
「でもアンお姉さまはいいんですよね?」
「いや、良くはないんだけど……」

それだけは許可した覚えがない。

「とにかく、先生は絶対にやめさせません! ずっと、私の先生でいてもらうんですから!」
「いや、学年変わったら教師も交代すると思うんだけどなぁ……」

その強引さにアンと同じものを見て苦笑するライヤであった。




「お久しぶりですね、タット大臣」
「今は大臣でもなんでもありませんよ王女殿下」

膝をつき、アンに頭を垂れる。

「あなたは私の友人を罠にはめようとした。相違ありませんね?」
「もちろんです、処分はいかようにも……」
「例えそれが見つかりやすく王都の中であったとしてもね?」
「!」

アンのその一言にタットは顔を上げる。

「ウィルを閉じ込めておいた部屋も最も通りに近い部屋でした。大臣宅ともなれば地下室の1つや2つあるでしょうに」
「それは……」
「それに、あなたとあの男だけというのは流石に少なすぎます。ライヤを蹴落とそうというのなら、あれだけの人数で済むはずがない」

「一度だけ聞きます。ライヤを蹴落とそうとする貴族諸侯とライヤ。どちらがこの国にとって有用ですか?」
「……ライヤ殿でしょう。彼の考え方は非常に斬新でその思考だけで他国に対する鉾とも盾ともなり得る。平民がなどと言っている凝り固まった考えしかない能無しどもと比べることすら烏滸がましい」
「よろしい」

ウィルは答えられなかったが、タットは役立たずの貴族たちとライヤではライヤの方を高く評価していた。
結果、ウィルを攫ってそれを救わせることで国務大臣が画策した王族を巻き込んだ事件さえも解決できる力があると示すためのことだった。

「では、タット大臣。あなたにはここで死んでもらいます」
「……」
「しかし、その後私の下につきなさい」
「は?」

「今回のことでライヤ個人の株は上がるでしょうが、それゆえにこれを機にどうにかしてライヤを蹴落とそうとするはずです。彼らごときの手におえる範囲を出る前に。それをどうにかするためにあなたの知恵が必要です。どうせそのあたりも考えているのでしょう?」
「しかし、ウィル様を攫ったのは……」
「えぇ、終身国に尽くすことで贖ってもらいます。ウィルには酷ですが、これもちょうど良い機会でしょう」
「……それこそ、ライヤ殿に助力を頼んでは? 彼ならきっと良い案を……」

ふるふるとアンは首を振る。

「ライヤは自分のことに関してはかなり無頓着です。好意にも、悪意にも。ライヤに頼んで、解決策を思いついていたとしても言ってくれないでしょう。私に迷惑をかけないように」

それが、少し寂しいですけど。
迷惑だなんて、思うはずがないのに。

「タット大臣。いえ、タット・ヘラルド。あなたにはこれからライヤが確固たる地位を約束されるまで働いてもらいます。勝手に死ぬことは許しません」
「老体に無理をおっしゃる」
「なら、老衰するまでに手早くするのだ、いいな」

「御意に」

アンが強力な手駒を手に入れた瞬間であった。
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