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教師1年目

戦争Ⅲ

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「ねぇ、ライヤ。図鑑なんて引っ張り出してどうしたのよ」
「今から行くとこの地形くらい完璧に知っとかないとやってられないだろ」

 学園長から貰った地図をもとにそこに広がっているであろう地形に当たりをつけていく。
 日本の地図であればそこが山間部なのか平野部なのか一目瞭然だったりするのだが、この世界の地図なんてそんなに精度は高くない。
 そもそも地球の地図がおかしいのだ。
 伊能忠敬の実際に歩いてみてその分だけ書いていけば外周はわかるだろうとかいう頭おかしいのもあるが、最新のは星の外側から撮影すれば上から全部見えるだろうとかまともじゃない。
 まず地球が丸く、星であるということ。
 そこから人工衛星を打ち上げ、宇宙空間でも大丈夫な強度で周りを廻れるようにすること。
 そこから撮影、そしてそのデータを持ち帰ること。
 どれをとっても何人の天才の力が必要だったのか見当もつかない。

 だから、あるのは精々自国の周りの簡素な地図くらいなのだ。
 隣国が近くなればなるほど国境問題とかで測量も困難になるからあやふやな地図になる。
 今回はそんなところに否が応にも行かなければならないのだからできるだけ準備をするのは当然だろう。

「というか、何の準備もなく行く気だったのか?」
「いや、それは、ほら、着替えとか……」
「そんなの1時間でいいだろ。動きやすければ何でもいい」

 ん?
 いや、でもアンとしてはそうもいかないのか?

「わかった。アンは荷造りしてきていい」
「本当?」

 横で一応図鑑を開いていたが、瞼がどんどん降りてきていたアンはガバッと起き上がる。

「お前の役割は戦場の皆に活力を与えることだ。戦況によっては多少手を出すことになるかもしれんが、どちらにしろ英気は養っておいてもらわないと困るのはこっちだ。こういう研究色が強いのが苦手なのは知ってるしな」
「なら、私は一足先に帰るわね! 後は頼んだわよ!」

 その足の速さたるや全力疾走と見紛うほどだった。

「それで、どうしたんですか。フィオナ先輩」




「あら、気付かれてました?」

 本棚の陰から姿を現すフィオナ。
 その間もライヤは自らの周りに散らかしたいくつもの本のページをめくる。

「参考までにどうやって気づいたのかお聞きしても?」
「空気の流れですよ。俺は可能な限り常時周りに風魔法を使ってますからね。人が通ったような空気の流れがあれば気づきます」

 この手法はアンと関わっていることによるやっかみで襲撃を受けることが増えてきたときに編み出したものだ。
 最初はこの辺りになにかいるかなって程度しかわからなかったが、散々襲撃されたことで経験を積んで何人いるかくらいまではわかるようになった。
 反復練習様々だな。

「でも、それだけじゃ私だってわからないですよね?」
「……匂いです」
「は?」

「……先ほど学園長室で会った時と同じ匂いが風魔法でしましたので。学園長は香水などされない人ですから、まず間違いなくフィオナ先輩のだろうと」
「……もしかして、ライヤ君ってエッチな人ですか?」
「だから言いたくなかったんですよ!」

 弁解しようとライヤが顔を上げると、両腕で自分を抱いているフィオナの姿があった。
 それはつまり腕を組んでいるという事であり。
 その実りに実った胸が強調されるような格好という事でもあった。
 一瞬食い入るように見てしまい、慌てて目をそらす。

 いいもん見た……。
 ライヤが目を閉じたまま天を仰いで脳内フォルダにその光景を焼き付けているとスススッと寄ってきたフィオナは先ほどまでアンが座っていたライヤの隣の席に座る。

「邪魔はいたしませんので、ここで見学していても?」
「か、構いませんよ?」

 一瞬面倒だと思ったライヤだったがフィオナの「見たよね?」という無言の圧に押されて疑問形ながらも同席を許すこととなった。




(噂には聞いていましたが、凄いですね……)

 フィオナは最初こそやりづらそうだったものの、すぐに作業に没頭しだしたライヤに舌を巻く。
 ライヤは学年問わず一部の学生の間では有名である。
 それは、学園のテストでほぼ満点しか出していない生徒としてである。
 なぜ全て満点ではないのかと言うと、凡ミスもあるがほとんどは先生によって絶対に習っていないような問題が1問だけ作問されているからである。
 あまりにも満点をとられ、先生のプライドが許さなくなったのだ。
 いくらライヤといえども、習っていないことはわからない。
 ライヤは知識量に優れているとはいえ、天才ではないので初見の問題はあまり解けないのだ。
 その証拠に、そのライヤが解けない問題がアンには解けていたりする。

 だが、フィオナが驚いているのはライヤの処理能力である。
 地図と、図巻、今までの戦争の資料、それに対する学者たちの考察などをパラパラめくっては必要だと思われる情報を手元の紙に記している。
 異なる文献の情報を1つにまとめ、それを誰にでもわかりやすいような情報にしている。
 平たく言えば、それらの文献をまとめて別の本を書いていると言っても過言ではない。
 その作業にタイムラグがないことにフィオナは感心していたのだ。

(学園長があそこまで言うのも頷けますね。確かに、ここまで効率化できるのであれば学園の勉強なんて屁でもないでしょう……!)

「あ、あと先輩。俺の前では気を張らなくても大丈夫ですよ?」
「! 何のことです?」
「いや、気のせいなら俺が凄い失礼をしたことになっちゃうんですけど……」

 一瞬だけフィオナに目を向け、また手元に目を落とすライヤはこともなげに言う。

「先輩が無理をしてるように感じたので。俺なんかBクラスの一般庶民ですし、気を遣う必要もないのでは?」

 貴族相手でも破られないフィオナの猫かぶりが誰かにばれたのは初めての事であった。
 フィオナの猫かぶりはそれこそ対貴族を想定しており、Sクラスである限りそれ以外を相手にすることはない。
 よって今までは露呈していなかったのだが、日本から始まり完全に平民の世界で育ったライヤにはそれが不自然に思えたのだ。

「ふふっ。じゃあ、お言葉に甘えようかしらね~」

 フィオナがライヤを明確に気に入った瞬間であった。
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