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教師1年目

褒美話

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「先生」
「ん、どうした」

 次の日の魔法の授業で、エウレアが珍しく声をかけてきた。
 エウレアは1人で黙々と練習していて、今まで質問されることもなかった。

 ボッ。

「お」

 手に持っている縄に見合った大きさの炎が上がる。
 それも、しっかりと熱を感じられる。

「成功だな! よくやった!」

 ぐしゃぐしゃと銀髪を撫でると、エウレアの無表情な顔も少しほころぶ。
 気がする。

「流石ですね。エウレアさん」
「もったいないお言葉です」
「おいおい、ウィル。そんなこと言ってる場合じゃないだろ。エウレアからコツを聞くなりなんなりして自分も成功させないと」
「しかし、先生に聞いた方が効率的なのでは?」
「いや、そうとも限らない」

 全て先生に聞いた方がいいなら、教室での教え合いなんて愚の骨頂になる。
 だが、生徒同士だからこそ教えられることもある。

「生徒同士だからこそ、教えられることもあるだろ。残念ながら、俺はお前たち程魔力が多くない。だから、薄めるのもかなり楽なんだ」

「その点、例えばエウレアとウィルならウィルの方が魔力は多いが、俺との差に比べたら微々たるもんだ。それぞれにあったやり方もあるだろうし、いろいろなやり方を知っておくのも無駄じゃないだろ?」

 数学に色々な解き方があるのと同じように答えに辿り着くのは1通りではない。

「しかし、先生」
「言いたいこともわかる。だがここは教室で、2人ともただの1生徒だ。少なくともこの教室では対等だぞ。俺も対等に扱ってるつもりだ」

 普段上下関係にある奴で、上の奴が下の奴に教えを乞うのは中々にハードルが高いだろう。
 ウィルに関してはあまり上下関係を意識していないにしろ、やはり外聞が悪いのだろうか。

「……エウレアさん、教えていただけますか?」
「はい」

 しかし、ウィルは頭を下げた。
 ここは、俺も尊敬する。
 努力しようとする姿勢が偉すぎる。

「みんなも、エウレアから学べよ。もちろん、俺もちゃんと教える。全員がスタートラインに立てたら、授業参観もどうにかなりそうだ」

 もう少し見栄えのいいことが出来るだろう。

「先生」
「ん、まだ何かあるのか?」

 寡黙なエウレアがまた話すなんて。

「全員が成功したら、話の続きを聞きたい」

 あー、なるほど。
 エウレアは俺とアンの話を聞きたかったから頑張ってたのか。
 で、自分が最初に成功することで全員成功の暁には褒美として聞けるよう提案するために。

「別に構わないけど、皆はそれでいいのか?」
「「聞きたいです!」」

 よほど気になるようだ。
 まぁ、目標があった方が頑張りやすいだろうし。

「いいぞ、それで。ただ、それだけだと褒美としては微妙だから、当時の心境を本人から聞いておくことにする」

 元々、あらかた話そうとしてたからな。
 それを丸々ダシにというのは気が引ける。




「と、いうことで。当時の心境を聞きたいんだが」
「なんでそんな黒歴史の話を生徒にしてるのよ……!」

 大変ご立腹のようである。

「いやー、生徒に聞かれたらよっぽどまずいことでない限り応えてあげるのが先生の義務だと思うし? 当時のアンの理不尽っぷりを聞いて反面教師にしてもらいたいというのもあるし? 当時の俺の憂さ晴らしもあるし?」
「最後のがほぼ全てじゃない!」

 その通りである。

「なら、もっと広く喧伝してやろう」
「えっ」
「王女様が自国民にプライドだけでつっかかった挙句、決闘で負けて『何でもします』なんて約束までしてたと知れたら、どんなことになるだろうな?」




「決闘を申し込みます」

 王女スマイルを浮かべながら物騒なことを言うアンにライヤは振り返る。

「嘘でしょう?」
「いいえ、本当ですとも。安心なさい。大勢の前で恥をかかせるようなことには致しませんから」

 ライヤとしては今からでも謝罪してどうにか場を収めたい。
 しかし、何を謝ればいいのかがわからない。
 それに、アンの顔を見ると今更謝罪ごときで収まるような感じではないことも見て取れた。

 なら、仕方がないと腹を括る。

「条件があります」

 言いながら、冷静に、思考を研ぎ澄ませていく。
 自らが、勝てるように。

「まず、立ち合いは学園長に依頼します。王女の決闘となれば出てきてくれるでしょう」
「問題ないわ。学園で一番の実力者は学園長だもの。私から頼んでおきましょう」
「次に、1週間の準備期間が欲しい」

 チラリとアンの腰の刀を見ながら言う。

「俺は商人の生まれで、あんたみたい自分の得物を持っているわけじゃない。用意する時間が欲しい」
「いいでしょう」

 他には? と視線で促してくるので更に続ける。

「武器の使用、魔法の使用に制限はないが、学園長の裁量で危険だと判断される場合には止めてもらう。その場合、危険を冒したほうが敗北とする。敗北条件としては、降参するか、戦闘不能になるか。あと、相手を組み伏せて背中を地面につかせたら勝ちとしたい」
「良いわ。他には?」
「勝った時の報酬だが……」
「私はあなたに従者になることを命じます。一生かけてね、えぇ」

 何て恐ろしいことを言ってくるんだこの王女は。
 子供のちょっとした諍いで相手の人生丸ごと持っていこうとするか? 普通。

「それと見合う条件となると、あんたもかなり条件が……」
「私が負けたら、何でもしてあげるわ。それでどう?」

 自分が負けることなんて1ミリも考えてない断言。
 強者であるという自信が、そこには現れていた。

「問題ないよ」
「では、1週間後にSクラスの体育館で待っているわ。逃げ出そうなんて思わないことね」
「ちなみに、逃げたらどうなる?」
「私の持てる権限全てを以てあなたを追うわ」

 こっわ。
 あのやり取りの中にそれほどまでに怒らせる要素あっただろうか。




 1週間後。

「逃げずに来たようね」
「逃げたら事態が悪化するんだから来ざるを得ないだろ……」

「武器はそんなものでいいのかしら」
「いいんだよ」

 俺の腰の短刀に向かってアンが言うが、仕方ないだろう。
 常に剣技を磨いてきているアンに剣で俺が勝てるわけがない。
 勝利するには、魔法戦で勝つこと。
 その為には扱いやすい武器が一番だ。

 審判役の学園長の姿もある。

「先生も、お手を煩わせてしまい……」
「いいよいいよ! こんな楽しいことがあってるのに自分が関われない方がもったいない! 会食とかも全部キャンセルしてきたしね!」

 本人たちをさておいて、一番テンションが上がっている。
 何だこの人。

「早速始めようじゃないか。さ、枠の中に入って」

 リングと呼ばれる円形に引かれた線の内部に入ると、学園長自ら周りの結界に魔力を注ぐ。

「勝敗は、互いに話し合ったという条件に準ずる。追加で、私の結界を破って外に出た場合も敗北とする。依存は?」
「ないです」
「ありません」

「よし、じゃあ! 面白いものを見せてくれ!」

 その声が、決闘開始の合図となった。
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