上 下
1 / 1

0 始まり

しおりを挟む



 「マリア、君との婚約を、破棄させてもらう」

 びり、と破られた婚約証書を叩きつけられたその瞬間、私は前世の記憶が戻った。そして思った。あ、私、悪役令嬢になってる、と。マリア・ランベールもとい東条真理は前世で高級ソープ嬢であった。そしてその太客のうちの一人に後ろから刺されて死んだ。薄れゆく意識の中で私はまあ仕方ないか、とその死にざまに納得していた。なんせ私を刺したその客は店に通うために240万の借金をして、親が残した遺産も家も全部残らず失ってしまったのだ。それにも関わらず、私を手に入れることはできなかった。そりゃ刺したくもなる。うんうん、と頷きたくなるほどに客に同情した。だが私は結局死ぬ間際、そして転生した今もその客の名前が思い出せなかった。客が多すぎて途中で名前を覚えられなくなり、結局全員「旦那様」と呼んでいたからだ。一般的に風俗嬢は客を「お兄様」と呼ぶ。しかし、私の客は私と本気で結婚したがる客ばっかりだったので「旦那様」のほうが喜ばれたのだ。
 そういうわけで私は転生し、悪役令嬢として生を受けたようだ。前世の記憶がなく、ただのマリアだったときの記憶もしっかりある。だから私は婚約者の少し後ろで醜い笑みを浮かべた女が私をはめたことをしっかりと理解している。彼女の名前はベラ・メルシエ。私の父より一つ位の低い貴族の令嬢だ。容姿は中の上、といったところか。綺麗な目をしているものの、少し小鼻が大きく、芋臭い印象だ。アカデミーでの魔術・剣技・座学の成績においてすべて私より下である。そんな顔も頭もよくない女が私をはめたというのは腹立たしい事実であり、記憶が戻る前のお人好しで人を疑うことを知らない純粋な小娘マリアに内心舌打ちをした。気付くチャンスはいくらでもあった。攻撃魔法の手合わせをしてほしいと言われ、ベラに当たらないように打った魔法にわざと手を触れさせた時、階段で呼び止められ、近寄ってきたベラが誰かを確認してから足を踏み外したとき、お茶会をした時に明らかにわざとティーカップをひっくり返しドレスを汚したとき、他にもいくらでもある。今思い返してみるとベラは半年ほど前からこういったことを繰り返している。どう考えても計画的な犯行である。哀れなマリアはそれらを全てベラのかわいいおっちょこちょいだと信じて疑わなかった。マリアはベラを同い年の、かわいい妹のように思っていたのだ。ベラはマリアと出会ったミドルスクールのころ、大人っぽくて賢くて強くて美しいマリアのことを憧れの目で見て、同い年なのに「マリア姉さま」と呼び、雛のように後ろをついて来ていた。マリアもそれを嬉しく思って、ベラのことを一等可愛がっていた。それなのに、憧れが嫉妬へと変わったのはいつだったのか。マリアが優れた魔法式を発明して表彰されたときか、女学生の憧れであった美しい令息シンディ・ガルシエと恋に落ち、結ばれ、そして婚約をしたときか。いつかはわからない。しかし、明確にベラはマリアに嫉妬の炎を燃やし、そして美しく魅力的な婚約者を奪い取った。
 婚約を破棄された私は今後、貴族たちの間で笑いものにされるであろう。世間体を気にする両親は私との縁を切るかもしれない。そうなったら私は女の学生の身一つで一人で生きていかなくてはならなくなる。きっと無一文で放り出されはしないだろうが、屋敷を追われ、頼るあてもなく街を彷徨うことになる。そして、私が知っている悪役令嬢の末路はどれも処刑や追放。つまりこの世の終わりである。このままでは私も同じ道をたどることになる。そんなのはごめんだった。せっかくせこせこ働かなくても毎日お茶を飲んでにこにこしていれば安泰な身分に転生できたのだ。死ぬにしてももっとこのニート生活を満喫してから死にたい!そして、私は思ったのだ。こいつら全員抱いて落してしまえばいい、と。それは私の得意分野、いや専門分野であった。
 私はそのための算段をある程度頭の中で立て、まずはこのシンディ・ガルシエで前世でのノウハウがこの異世界でも通用するのか試してみることにした。そしてそのためにまずは、右目から、つ、と一筋の涙を流し、これをもってマリア・ランベールの、そして東条真理の、性と愛と欲に塗れた異世界人攻略セックス無双劇が幕を上げた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫

梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。 それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。 飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!? ※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。 ★他サイトからの転載てす★

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...