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【ミニュモンの魔女】序章
13話
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「…………食べ物を渡したら、私の前から消える?」
「おお。もう迷惑かけねぇよ」
「よろしい。じゃあその手を離しなさい。何か持ってきてあげるから」
「あ?ああっ!……悪いっ」
スルリと手を解くと、女はため息と共に家へと戻っていった。
「……」
……ドロドロドロドロ……
「?……」
……ドゥロドゥロドゥロドゥロ……
「…………」
体から何やらおかしな音がする。腹の虫……と言うには少々不気味すぎる音だった。
「ヤッベェ……。そう言えば、アンチュロップの爺さんも死ぬ前に似たような音がしてたよな」
不安な気持ちのまま膨れ上がった自分の腹をさすっていると、家から女が出てきた。
「餡ドーナッツ。……これで良い?」
「お、うおおっ!」
手渡されたのは、ジャムが今まで口にすることなど出来るはずも無かった、甘くて美味しい菓子パンだった。
サブナリスでは確か、貴族とか豪商が食べていたものだ。
「いいいっ、いいのかよっ!……こんっ……こんな……こんな超高級品!!」
「意味が分からないけど、別に良いわよ。あなたにあげたのだから、ちゃんとお食べなさい」
「うおぉぉ……すげ……」
感激しながらジャムは人生初の菓子パンを一口。
「……」
おかしい……。絶体美味いはずなのに……。もう一口……。
「…………」
……やはりおかしい。体からこみ上げるこれは……吐き気?
そんなはずは無いと更にもう一口。
「うっ、くっ……ぐっ…………糞まっじぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
気が付いた時には、女の目の前でとんでもない事を叫んでいた。
「……何……ですって?」
「はっ!あぅっ、いや……そ、そのぉ……」
「………………」
ギラッと睨み付けると、女はゆら~っと家の中に入って行く。
「……うっぷ。……おおおぉえぇぇーっ!げえぇぇーっ」
ジャムはたまらずさっきの餡ドーナッツを吐き出す。
「おがじい……何でだ?どう考えたって絶体美味いはずなのに」
ジャムは混乱しながらも、吐き出した餡ドーナッツをもう一度食べられるかどうか調べようとしていた。
すると、女が家の中からゆら~っと現れた。
その手には、磨き上げられた一振りの杖が握られている。
アレで殴られるのだろうか?と思ったが、それどころではなかった。
女は針のような視線でジャムと、彼が地面に吐き出した餡ドーナッツの残骸を睨んでから、額に杖を押し付ける。
すると、彼女の周囲にあった細かな砂埃がブワリと舞い上がる。
ジャムはピクリと、言い様の無い何かを感じた。
女は額に押し付けた杖をジャムに向け、不思議な言葉を発する。
「ラッ・イクッ・スエーブミュッ!」
「ぎゃっ!」
途端に体が激痛に襲われる。
「っぎゃあぁぁぁぁぁっ!痛ぇっ!いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「どう?痛くて苦しいでしょ?『腐れガエルのおまじない』って言うのよそれ。体が徐々に腐っていって、蛙のように這いつくばって死んで行くの」
「ら、らんだとぉぉっ!」
「ふんっ、いい気味だわ。私を怒らせた事を悔やみつつ死んで行くのね。……さよなら」
女は慈悲の欠片も無い声で、ジャムに別れを告げるなり家の中に入って行こうとする。
「ぐおおおぁぁぁぁぁっ!待ってぐれぇぇっっ!ごめんっっ!俺が悪がっだぁぁっっ!」
「…………………………」
「いってぇぇぇぇっっっ!わ、わざとじゃねえんだぁっっ!信じてぐれぇぇっ!」
「………………」
「があああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!たろむぅっ……だ、だずげでぐでぇぇぇっ」
「……」
女は玄関先でこちらをチラリと見る。
激痛で朦朧としていたからそう見えたのだろうか?自分などよりよほど彼女のほうが苦しそうな表情をしていたような気がした。
「………………助けて………………ほしい?」
「うう……ほっ…………ほじい……」
這いつくばって懇願するジャムの言葉を聞くと、女は杖を自分の口に付ける。
そして口を付けた部分を、ジャムの額に押し付けた。
「……ヒュー…………ヒュー……」
「……楽になった?」
「ヒュー…………ヒュー…………なっだ……ヒュー」
「そぅ」
「……ヒュー……な、なぁ……何で、急に……ヒュー……助……けて……くれたんだ?……あんなに、怒ってたのに」
「別に、何となく気が変わっただけ。……ただそれだけ」
「そ……か。本当、悪かったな。……俺、腹……減ってるはずなんだけど……変だなぁ」
「……そうね」
飢えで苦しむジャム。体が既に普通の食べ物を拒絶していることに、彼はまだ気付いていなかった。
「………………ねぇ」
「……あぁ、すぐ……出てくから………………」
「………………いいわよ……」
「ん?……悪ぃ……よく、聞こえね……」
「………………中に入りなさいよ」
「…………は?」
「どうせろくに動けないんでしょ?中に入れてあげる」
「い、いや……でも」
「あなたが野垂れ死にたいと言うのなら、別にいいんだけれど……」
「ぐぅぅ……イヤだ。………………でも……本当に……いいのか?」
「……クルセウシド・ラインククル・コップシェンシェラーウ」
「?……何だそりゃ……」
「私の名。お客様には名乗る事にしているの」
ジャムを見据えるその瞳には少しだけ、ほんの少しだけ先程とは違う色が見えた。
「覚えておくことね。私はミニュモンの魔女……クラコよ」
「おお。もう迷惑かけねぇよ」
「よろしい。じゃあその手を離しなさい。何か持ってきてあげるから」
「あ?ああっ!……悪いっ」
スルリと手を解くと、女はため息と共に家へと戻っていった。
「……」
……ドロドロドロドロ……
「?……」
……ドゥロドゥロドゥロドゥロ……
「…………」
体から何やらおかしな音がする。腹の虫……と言うには少々不気味すぎる音だった。
「ヤッベェ……。そう言えば、アンチュロップの爺さんも死ぬ前に似たような音がしてたよな」
不安な気持ちのまま膨れ上がった自分の腹をさすっていると、家から女が出てきた。
「餡ドーナッツ。……これで良い?」
「お、うおおっ!」
手渡されたのは、ジャムが今まで口にすることなど出来るはずも無かった、甘くて美味しい菓子パンだった。
サブナリスでは確か、貴族とか豪商が食べていたものだ。
「いいいっ、いいのかよっ!……こんっ……こんな……こんな超高級品!!」
「意味が分からないけど、別に良いわよ。あなたにあげたのだから、ちゃんとお食べなさい」
「うおぉぉ……すげ……」
感激しながらジャムは人生初の菓子パンを一口。
「……」
おかしい……。絶体美味いはずなのに……。もう一口……。
「…………」
……やはりおかしい。体からこみ上げるこれは……吐き気?
そんなはずは無いと更にもう一口。
「うっ、くっ……ぐっ…………糞まっじぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
気が付いた時には、女の目の前でとんでもない事を叫んでいた。
「……何……ですって?」
「はっ!あぅっ、いや……そ、そのぉ……」
「………………」
ギラッと睨み付けると、女はゆら~っと家の中に入って行く。
「……うっぷ。……おおおぉえぇぇーっ!げえぇぇーっ」
ジャムはたまらずさっきの餡ドーナッツを吐き出す。
「おがじい……何でだ?どう考えたって絶体美味いはずなのに」
ジャムは混乱しながらも、吐き出した餡ドーナッツをもう一度食べられるかどうか調べようとしていた。
すると、女が家の中からゆら~っと現れた。
その手には、磨き上げられた一振りの杖が握られている。
アレで殴られるのだろうか?と思ったが、それどころではなかった。
女は針のような視線でジャムと、彼が地面に吐き出した餡ドーナッツの残骸を睨んでから、額に杖を押し付ける。
すると、彼女の周囲にあった細かな砂埃がブワリと舞い上がる。
ジャムはピクリと、言い様の無い何かを感じた。
女は額に押し付けた杖をジャムに向け、不思議な言葉を発する。
「ラッ・イクッ・スエーブミュッ!」
「ぎゃっ!」
途端に体が激痛に襲われる。
「っぎゃあぁぁぁぁぁっ!痛ぇっ!いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「どう?痛くて苦しいでしょ?『腐れガエルのおまじない』って言うのよそれ。体が徐々に腐っていって、蛙のように這いつくばって死んで行くの」
「ら、らんだとぉぉっ!」
「ふんっ、いい気味だわ。私を怒らせた事を悔やみつつ死んで行くのね。……さよなら」
女は慈悲の欠片も無い声で、ジャムに別れを告げるなり家の中に入って行こうとする。
「ぐおおおぁぁぁぁぁっ!待ってぐれぇぇっっ!ごめんっっ!俺が悪がっだぁぁっっ!」
「…………………………」
「いってぇぇぇぇっっっ!わ、わざとじゃねえんだぁっっ!信じてぐれぇぇっ!」
「………………」
「があああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!たろむぅっ……だ、だずげでぐでぇぇぇっ」
「……」
女は玄関先でこちらをチラリと見る。
激痛で朦朧としていたからそう見えたのだろうか?自分などよりよほど彼女のほうが苦しそうな表情をしていたような気がした。
「………………助けて………………ほしい?」
「うう……ほっ…………ほじい……」
這いつくばって懇願するジャムの言葉を聞くと、女は杖を自分の口に付ける。
そして口を付けた部分を、ジャムの額に押し付けた。
「……ヒュー…………ヒュー……」
「……楽になった?」
「ヒュー…………ヒュー…………なっだ……ヒュー」
「そぅ」
「……ヒュー……な、なぁ……何で、急に……ヒュー……助……けて……くれたんだ?……あんなに、怒ってたのに」
「別に、何となく気が変わっただけ。……ただそれだけ」
「そ……か。本当、悪かったな。……俺、腹……減ってるはずなんだけど……変だなぁ」
「……そうね」
飢えで苦しむジャム。体が既に普通の食べ物を拒絶していることに、彼はまだ気付いていなかった。
「………………ねぇ」
「……あぁ、すぐ……出てくから………………」
「………………いいわよ……」
「ん?……悪ぃ……よく、聞こえね……」
「………………中に入りなさいよ」
「…………は?」
「どうせろくに動けないんでしょ?中に入れてあげる」
「い、いや……でも」
「あなたが野垂れ死にたいと言うのなら、別にいいんだけれど……」
「ぐぅぅ……イヤだ。………………でも……本当に……いいのか?」
「……クルセウシド・ラインククル・コップシェンシェラーウ」
「?……何だそりゃ……」
「私の名。お客様には名乗る事にしているの」
ジャムを見据えるその瞳には少しだけ、ほんの少しだけ先程とは違う色が見えた。
「覚えておくことね。私はミニュモンの魔女……クラコよ」
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