ミニュモンの魔女

藤枝ゆみ太

文字の大きさ
上 下
9 / 27
【ミニュモンの魔女】序章

9話

しおりを挟む
「……ん」

 翌朝、クラコはいつも通り太陽と共に起き出した。

 昨日そのままにしてしまった部屋を片付け、窓を大きく開けると爽やかな朝の空気が部屋に流れ込んでくる。

「はぁ…………また、朝が来てしまったのね……」

 ぐったりと息を吐きつつ、夕食の仕込みをしながら新聞に目を通すと、近隣の情勢が書かれていた。

 『サブナリスの治安ますます悪く……』

「サブナリスは怖いわね……」

 クラコはおぞましい色のシチューをかき混ぜながら何の感情も出さずに呟く。

 ……鍋から何かの骨が飛び出している。

「んん……良い香り」

 シチューの仕上がりに満足し、大きなテーブルの上に真っ黒な布切れを敷く。

 今日は一日自宅にこもり熱冷ましの薬を作る予定でいたクラコは、部屋の大棚に並んでいる壺を手に取りテーブルの上に置いた。

「あら、嫌だわ。キシプス草が全然無いじゃない。……これじゃあ薬が作れない」

 もしかしてっと思い他の壺も確認をしてみると、キシプス草以外にも底をつきそうな材料がいくつかあることが分かった。

「これじゃあ駄目だわ。今日は森に行かないと」

 クラコは黒いショールを肩に引っかけてからかごを手に森へと向かった。





 ロイロリックの森はクラコの庭だ。

 何処に何があるか、本当に危ないモノは何か、本気で行ってはならない場所はどこか、彼女は体に森のありがたさ、恐ろしさをたたき込んでいる。

「今の時間帯ならば、豊穣ほうじょう朝露あさつゆが採れるわね」

 大きく枝を広げた巨木達により、朝陽は殆ど差すことがなくヒンヤリとしている。

 木々の間を進み続けると、小さく開けた場所に出た。

 青く光る花達が暗い森の中で自分を主張している姿を無視し、その葉から朝露を採る。

 小瓶が半分くらい朝露で満たされたところで更に奥へと分け入る。

 途中、群生しているキシプス草を大量に手に入れ、ちた大木に生えていたララッコ茸まで発見した。

「こんな時期にララッコ茸なんて。今晩は特製シチューにララッコ茸のバター炒めね」

 ガァーガァー……ギギャーギギャー……カアーカアー

「カラス……か。ここ最近、やけに騒がしいのよね。……一体何なのかしら??」

 首を傾げながらもクラコの足は、森の奥へ奥へと進んで行く。

 虫の音が実に心地良く鳴り響く中、多種類の薬草を採取して籠もだいぶ重くなってきていた。

 思いの外たくさんの材料が手に入ったことに気を良くしたクラコは、滅多に向かわない森の更に更に、また更に奥……恐らくクラコにしか行き着くことが出来ないであろう場所に向かうことにした。

 この森の奥深くにはとても貴重な『イジェントンの清水』が採れる場所がある。

 森を知り尽くしていなければ、瞬く間に迷ってしまう……そんな場所だ。

 ロイロリックの森の深部に近付くにつれ、虫の音が消えて行く。

 動物達の声も、草木のざわめきも、あんなに騒がしかったカラス達の鳴き声も……





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...