ミニュモンの魔女

藤枝ゆみ太

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【ミニュモンの魔女】序章

2話

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 こちらはめっぽう治安の悪いサブナリス領土。

 ミニュモン領土の隣にある。

 人間族の領主が治めているのだが……今ここは、とんでもない状況になっていた。

 領主様御乱心ごらんしんにつき、なぶり殺しにあう民。

 朝は悲鳴、昼も悲鳴、夜も悲鳴。

 食料なし、医療品なし、貧富の差ばかりが目立つ、そんなくさりきった土地だ。

 そんな巨大なスラム&処刑場と化したサブナリス領土に、食いっぱぐれた一人の青年がいた。

「うぅぅ……ううぅぅ……」

 汗と血の混じり合った臭いがただよう作業場。

 巨大な荷物を肩に乗せ、小汚いブルーとゴールドのまだらな髪を振り乱しながら、屈強くっきょうな男達の中に混じって働いていた。

「おおぉぉぉいっ!サクサク荷を持ってこんかいっ!」

 どでかい声が空気を揺らす。

 青年はビリビリしながら荷台に荷物を乗せた。

「はぁぁっ……クソ重いぜ……」

「こんくらいで何言ってんだっ!」

 ドカンと殴られ倒れ込む。

「いってえっ!」

「親分が目をかけていなけりゃあなあっ、お前なんてぶっ殺してるところだっ!
この小便たれのクソガキがっ!」

「っんだとぉぉぉぉっっっ!」

「何やってんだぁぁっ!」

 ドゴッ

「ぐえっ!」

「ごがっ!」

 泡を飛ばして怒鳴どなる大男とバチバチにらみ合っていると、突然強烈きょうれつなゲンコツが二つ落ちてきた。

「お、親分っ、来てたんですかいっ!」

「うるっせーっ!お前ら仕事する気があるのかっ!」

 親分と呼ばれるすさまじく巨大な男は、全身から湯気を立ち上らせながら問う。

「コイツが俺に喧嘩けんか吹っかけて来やがったんだっ!」

「テメェがちんたらしてるからだっ!荷も運べねぇヒョロヒョロのクソガキのくせにっ!」

「んだとぉぉっ!テメェもう一回言ってみろっ!」

「ジャームッ!」

「何だよっ!」

「お前はホームに戻ってろっ」

「はあぁぁっ?」

「戻ってろっ!」

「ざっけんなっ!何で俺ばっかりっ!」

「いいから戻ってろって言ってんだぁぁぁぁっ!」

 バリバリと張り裂けんばかりの大声に、その場にいた者皆がすくみ上がってしまった。

「…………」

「オレの言う事が聞けねぇってのか?ジャムミッツ」

「…………かったよ、戻りゃあいんだろっ!……クソッ…………」

 欠片も納得なっとくしていない態度でその場を離れて行くジャムの姿を見届けてから、親分は声を張り上げる。

「オラオラお前らーっ、見せもんじゃねぇんだぞ!さっさと仕事に戻りやがれっっ!」



 サブナリスのスラム『ガイゼト』

 最も荒れた、最も過酷かこくなこの地域に生まれた青年ジャムミッツは後に……一人の魔女と出会う事になる。




*****




 ……ズルズルと……臓物ぞうもつすすり上げる音がする。

 窓の一つも無い暗い暗い部屋の中。

 切り裂いた獲物えものの腹から流れ出る、むせかえる程の血を浴びながら、その黒い影は食事をしていた。

 周囲には無数のおりが並べてあり、中から何かが聞こえる。

 …………か……………………て…………

 しかし、かすかすぎるそれは誰の耳にも入る事なく食事の音にき消された。

 ……ズルズル…………ズルズル……

 隠されたこの部屋の檻の中で、誰にも気付かれない生活が一体どれほど続いているのか。

 ……もう、思い出せない……





*****





 スラムの中心地、ホームと呼ばれる建物の中でジャムは一人、ふて寝を決め込んでいた。

「クソッ……何で俺ばっかりのけ者にされんだっ……」

 怒りの収まらない様子で思いっきりかべ蹴飛けとばす。

 ジャムは怒りと戸惑い、二つの思いが頭の中で飛び交っている事にもイライラしていた。

 その理由は分かっている。

 ここ最近、変わった様な気がするのだ……親分の自分に対する態度が。

「……………………クソ親父……」

 ガツンッ

「いぃぃぃっっってえぇぇぇぇっっっ!」

 ジャムは思いがけない強烈な一撃いちげきを頭に受けて飛び起きた。

「誰がクソ親父だと?ええおいっ」

「いぃっ!……いつからいたんだよっ!盗み聞きなんて卑怯ひきょうじゃねぇかっ!」

「卑怯だあ?何を甘っちょろい事ぬかしてんだお前はっ!
そんな事でなあ、スラムの中で生きていけると思ってんじゃねえっ!」

「ぐっ…………分かってるよ……それっくらいっ」

 親分はふて腐れたジャムの顔を眺め、その異様いようせ細った体に視線を移した。

 そう遠くない未来、ジャムの身に降りかかるであろう暗く恐ろしい結末が見える。

「………………ジャム、飯食ったらオレの部屋来い。話しがある」

「……話し?」

「忘れんじゃねえぞっ」

「お……おお」

 妙に真剣だった親分の表情に、微かな不安を抱きながらもジャムは素直にうなずいた。





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