みっどがるず!

鈴葉 祈

文字の大きさ
上 下
34 / 36
四章

夜の行く先

しおりを挟む
「確かに俺はお前らと協力関係になることは渋々承諾した、渋々だ。だがそれはあくまで仕事上の付き合いでだな、あくまでビジネスライクな関係なんだよ、わかるか? それなのにてめぇらはだな……人の事務所をカフェ代わりに……しやがって……聞いてんのかてめぇら!!!!」

「おかわりー!」

「おかわりじゃねぇええ」

 レイオークでも一二を争う大手ギルドと、友好的(たぶん)な関係を築くことができたミリカ達は、あくる夜。生徒会の面々を引き連れて挨拶という名目で遊びに訪れていた。

 学園を離れられない教職員は除き、総勢10名の生徒が押しかけたにもかかわらずギルド【ブリランテ】は大歓迎。ちょっとした宴会のようなものが催され、ガチムチ熱血ギルドマスターが観衆のど真ん中で何故か脱いでいた。

「シェーネル! いちごジャムとスコーンの盛り合わせが好評です!」

「シェーネル殿! こっちでビール入れるのも手伝ってくれないか!」

「シェーネルちゃん、紅茶も好評だよ~!」

「あと胸も好評です!」

「最後のは誰? ツラ貸しなさい」

 ブリランテには非常に多くのメンバーが所属していたが、その誰もがオープンに接してくれる。一人を除いて。

「何でてめぇらはそうやってウチに押しかけてきやがるんだ!」

「なんかこの事務所落ち着くんですよねー。それにほら、今日は先輩達も連れてきたんで挨拶ってことで。ねっ、先輩」

 カウンターで飲んでいたカレンが振り返った。ジョルジュ達の席まで、喧騒をかき分け、行き交う人々にぶつからぬよう器用に歩いてくる。

「カレン・ウォルヴです。先日は、うちの一年生がご迷惑をお掛けしたようで」

「あー、いや、まぁ、おぅ」

 差し出されたカレンの右手を、毒気を抜かれた様子のジョルジュが戸惑いながらも握り返した。その横では酔っぱらった男達にアルトとユーファスが絡まれており、少し離れた席ではエアートがギルドの者達と酒を酌み交わしている。

 ブリランテはギルドというよりは、ほぼ酒場のような内装をしており、正規メンバーも客人も皆、このホール内に集まって情報収集や取引などを行っていた。

「ミリカは貴方の事を、オーガ達の群れに果敢に挑んでいった男気のある剣士だと」

 思わぬ称賛に照れを隠すように目を泳がせていると、テーブルを挟んだ向かいの席ではミリカが満面の笑みを浮かべていた。

「ケッ、心にもねぇこと言うんじゃねぇ」

「そんな事ねぇですよ! ブリランテの皆さんが平原に来てくれた時、すごく嬉しかったんですから!」

「俺はギルドの方針に従ったまでだ」

「それでも、助けにきてくれた事には変わりありませんよね?」

 やがてミリカのおかわりの声に応えて、パスタの大皿がテーブルに運ばれてきた。ありったけのミートボールにトマトソースがかかった超大盛だ。しかしそれはミリカが食べるのではなく、隣に座るユリナの為に先回りして頼んでおいたものだった。

 見慣れた反応だが、ジョルジュはぽかんと口を開けたまま、その大皿料理と澄ましたユリナの顔とを見比べていた。

「ユリナ、美味しい?」

 保護者のような問いかけにユリナは素直に頷く。我に返ったジョルジュは咳払いをした。

「それよりも、お前頭大丈夫か? いや、そういう意味じゃなくて、怪我の事な」

 ゴブリン村で棍棒の打撃をダイレクトに貰って流血したことを言っているのだろう。

「あれくらい全然どうってことないですよ。なんか私って、頭ぶん殴られる事が多い気がするんですよねー、洞窟でもそうだったし」

「俺みたいなろくでなしを庇おうとするからだ。それ以上アホになったらどうする、気を付けやがれ」
 不良、もしくは捻くれ剣士、という最初の印象からさほど変わっていないが、乱暴な言葉遣いの中にも、一粒のいたわりが光る。

 いくら荒々しくとも、根っこのところは決して腐っていないと思えるところがミリカは好きだ。

「おいあんた、マスターに挨拶すんなら向こうだぜ。今近づいたらプロレスに無理やり参加させられるけどな」

 カレンに話しかけながら、ジョルジュは広いホールの中央でごった返している観衆のほうを顎で示した。

「それは……遠慮したいな」

「えっ、プロレス!? あたしは参加したいな!」
 別席でマリ達と喋っていたはずのセラカがひょっこり現れ、親しげに肩を組まれたジョルジュは、鬱陶しげにそれを振り払おうとする。

「ね、いいでしょ? 先輩」

「セラカが? あはっ、建物だけは壊すなよ」

「やったー! ジョルジュっちも行こうよ!」

 振り払おうとしているのに、がっちりホールドされ身動きが取れないどころか、観衆の輪の中へ引き摺られていく。「やめろ!」と真っ青になって抗議するジョルジュは哀れにも、セラカのプロレス飛び入り参加への道連れにされてしまった。




「私は、白か黒かでしか物事を判断できない時があるみたい」

 いかにも子供といった感じが否めないが、オレンジジュースの入った木製のマグに視線を落としながら、ミリカは切り出した。まだ年齢的に酒が飲めない。

「悪人には徹底的に制裁を加えなきゃと思ってたけど、マリちゃんを見て、自分は視野が狭すぎたんだって気付いたよ」

 すっかりギルドの者達とも打ち解け、当のマリは楽しそうに雑談に興じている。その朗らかな人柄に惹かれない者などいないだろう。

 酔っ払いから解放されたアルトとユーファスは2人で乾杯しており、エアートの席にはカレンが合流している。リオはどこかと見渡してみれば、いつの間にやらプロレスの観衆に加わって、ジョルジュに冷やかしの声援を送っていた。あの熱気を生み出す一人一人に人生があり、過去や事情もあり、もしかしたら前科のある者だっているのかもしれない。抱えるものは人それぞれだ。

「視野は狭かったかもしれないけれど、ミリカの考えも間違いじゃないと思うわ」

「そう?」

「背景にどんな過去があっても犯した罪が消えるわけじゃないし、被害者の傷が癒えるわけでもないから」

 そう言って珈琲を口に含む彼女も、かつては祖国で壮絶な経験をした。その言葉は自分にも向けたものなのかもしれない。

「この問題には正解が無いと思ってる。ミリカの考えはそのままでいいんじゃないかしら。どんな境遇も、経験してみないと分からないから」

 目の前に2つのジョッキが勢いよく置かれ、そのまま考え込みそうになっていたミリカは思わず仰け反った。忙しなく注文を聞いては酒を運んでいたはずの女性が腕を組んで2人を見下ろしている。

「こんなに盛り上がってる宴会でジュースに珈琲!? ダメダメ、あんたたちもホラ、飲みなさいな」

「私達はまだお酒飲めませんよ?」

「これはゼリーラガーだよ。国は仕事が遅いからね、これにはまだ制限がかかってないんだ。あたし達にとっちゃジュースみたいなもんだけど、学生が気分を上げるには丁度いいだろうさ」

「でもおばさん」

「お姉さんとお呼び。15にもなりゃ、楽しみたい時にちょっとハメを外すのもいいだろ?」

 2人は顔を見合わせる。意外にも、先にゼリーラガーを持ったのはユリナだった。

「これも、白黒つけなきゃだめ?」

「ううん。今日はグレーでいい!」

 ジョッキ同士がぶつかる涼やかな音が喧騒にこだました。




 夜も更け、気付けばすっかり仕事の邪魔をしてしまった事を謝りつつも、礼を言ってブリランテを後にする。

 連中は事あるごとに何かと理由をつけて騒ぎたいだけだから気にする事はないと言い、ギルドマスターは半裸姿のまま陽気に玄関先まで見送ってくれた。早く出ていけと言っていたジョルジュも、最後には「気を付けて帰れよ」と声を掛けてくれた。

「楽しかった~!」

 口々にそう言っては、余韻に浸るかのようにあれこれと語りながら帰路につく。春先の夜の涼しい風が火照った肌に心地良かった。

「結局、プロレス女子の部は誰が優勝したの?」

「もちろん、あたしに決まってるじゃーん!」

 セラカが背中に担いだ大きな袋を掲げて誇らしげにポーズを決めた。

「やっぱりその中身は景品だったんだね。おめでとう!」

「わ~、おめでとうセラカちゃん!」

 前を歩いていた上級生組も振り返って拍手を送る。

 その中身は小麦一年分。寮の貯蔵庫に置いてみんなで使おうと言いながら、セラカは少しも重そうなそぶりを見せることも無く、スキップしながら先へ行ってしまった。

 待って、とマリが追いかけ、それに続いて一人、二人と、小走り気味にミリカを追い越して行く。

「みんな私を置いていかないでよー?」

 ふと、路地裏から覗く闇に呼ばれたような気がした。振り返り、街灯に照らされた表通りから一歩外れれば、本来の夜らしさが戻ってくる。

 夜でも明るいレイオークの街並み。人々は光を仰ぎ、影を見ようとしない。

 ミリカはしばし、黒に塗り潰された路地を睨みつけていたが、やがてユリナ達が歩いていった方を向き直り、今度こそ、置いていかれないように駆けていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました

天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。 平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。 家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。 愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?

星野真弓
恋愛
 十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。  だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。  そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。  しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――

処理中です...