みっどがるず!

鈴葉 祈

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二章

騒がしい知り合い達も共に

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「あっ、シロちゃん!!」

 突然マリが駆けて行ったのは、中央区の大手ギルドの建物へ入ろうとした男の手に、子犬が抱えられているのを見つけたから。

「あ?」

 レイオークの大手ギルド【ブリランテ】の下っ端剣士ジョルジュは、目付きの悪さを別段取り繕うでもなく、気怠げに声のした方を振り返った。

「あ、す、すみません!えっと、その子……」

 彼の威圧感に怯えつつも、マリの目は子犬の無事を確認できた事への喜びと安堵の光に満ちていた。

 男の片手にすっぽり収まっていたシロという犬は、薄汚れてはいるが白いふわふわな毛並みが愛らしく、黒くてつぶらな瞳で両者を見比べて時折クゥンと鳴いている。弱ってはいなさそうだ。

 追いかけてきたミリカ達も子犬を覗き込んだ。

「マリちゃんが探してたのって、本当にその子なの?」

「うん!尻尾と後ろ足の先だけが黒いから、この子で間違いないと思う。あ、あの……この子はどこで?」

「あぁ、こいつか?西の森で崖から落ちちまった時に偶然な。空からハーピーの群れが襲ってきやがったんだ。こいつも崖下に落ちたっぽいけど大した怪我はねぇみたいだな」

 見れば、ジョルジュの体はあちこちが擦り切れていて森での不運な事故を物語っている。

「そんな遠くまで……森には魔物もいるのに、良かった、無事で……本当に良かった。あの、その子は捜索依頼が出ているはずなので、ギルドで依頼を確認してみて下さい」

 ジョルジュは持っていた子犬を荒々しくマリに押し付ける。

「え?」

「個人からの依頼は一箇所のギルドにしか掲載されねぇだろ。だからお前が連れてってやれ」

「で、でも、見つけたのは貴方なのに」

「いいって。ずっと探してたんじゃねぇのかよ。さっさと飼い主のとこへ連れてってやれ」

 口調や動作は荒いが、探してもいない、偶然見つけただけの犬をわざわざ保護してギルドへ連れ帰ろうとしていたのだ。見掛けで判断していたわけではなかったが、やはり人は見掛けによらないと思った。

 マリは自分の腕にやってきたシロを抱きしめて、涙を滲ませる。

「ありがとうございます……!」

「ジョルジュさんって、結構面倒見のいいところがあるんですね」

「あ?お、お前……」

 マリの隣にいた人物がミリカであるという事に彼はようやく気付いたようだ。

「ミリカちゃん、お知り合い?」

「こないだ東の森で魔物退治をした時に、たまたま居合わせたの」

「あれ。誰かと思えば、ザスト相手にビビり散らかしてた剣士のおっさん」

「誰がおっさんだてめぇ」

 わざとなのか無意識なのかは知らないが、再会するなり相手を挑発するようなことを言うリオと、売られた喧嘩はきっちり買うジョルジュ。リオがただ反応を面白がっているようにも見えたが、ジョルジュが「チビ」と言ったところで今度はリオが顔を赤くして噛み付く番だった。

(ジョルジュさん、獣人族にも人魚にも態度を変えないんだ)

「ま、まぁまぁリオ君」

「背なら後から伸びるんだよ!そのうち追い抜いてお前なんか跨いでやる」

「一生伸びねぇな、賭けてもいいぜ。俺の目には浮かぶんだよ、お前が身長を伸ばしたい一心で毎朝コップ一杯の牛乳を仰ぐ姿がな。へっへっへっ、鎧に着られてらぁ」

「てめー、そのスナギツネみたいな顔やめろよ」

「元からこういう顔なんだよ!!シバくぞてめぇ」

「「ちょっと!!」」

 ヒートアップする2人の間にマリとミリカが割って入る。

「と、とりあえずジョルジュさん。その怪我を私に治療させてもらえませんか?」

「あ?これぐらい平気だ。寝れば治る」

「そういうわけには!せめてシロちゃんのお礼をさせて下さい」

 なおも断ろうとするジョルジュだったが、ミリカが「いいからいいから」と彼の服を引っ張り、その間にマリは神に祈りを捧げて回復魔法の詠唱を始めた。

「《治癒ヒール》」

 木の枝に引っ掻かれた傷や打撲痕がきれいさっぱり完治。その加護の強さにジョルジュは目を見張った。

「すげぇな。回復力が高い」

「えっ?」

「だから私がいつも言ってるでしょう?もっと自分の力に自信を持ちなさいって」

 セラカとシェーネルが見下ろした頭をわしゃわしゃと撫で回す。

「あわわ、やめてよ2人とも~」

「なんだなんだ、ぞろぞろと。あ?お勉強会だぁ?ケッ、子供のままごとじゃあるまいし、そんな片手間でガキにギルドの仕事が務まるかってーの。これだからエリートはよぉ」

「もう、またそれ言います?あれから私、色々と考えてたんですけど、私だって名前を言っても誰も知らないような田舎から出てきて、右も左も分からない状態から勉強と特訓を重ねて、ようやくこの学園に受かったんですよ」

「それがどうしたよ」

 不機嫌そうな顔はそのままに、ジョルジュはぶっきらぼうに聞き返す。

「でも私なんて、何とかギリギリ合格できただけの凡人だし、ここにいるみんなは私と違ってすごく強い。それどころか、この学園よりも強いギルドなんて世界中に沢山あるんです!上を見たらきりが無いんです!!」

「そ、それが何だよ」

「要するに、立場や生まれ育った環境は関係無くて、ギルドで活躍したいという夢は私達もジョシュアさんも一緒じゃないですか!私達は共に協力し合い、手を取り合うべきなんです!さぁ、共に!!」

「おっ、熱血ミリカ!またスイッチが入ったね~」

 ジョルジュは若干引き気味。セラカが楽しそうだが、ミリカの耳には入らない。

「強くて勉強も出来て可愛くて羨ましいと思ってた人も、実は辛い過去を抱えていたりするんです。他人の人生は一概にエリートとか凡人とか底辺とかで片付けられるものじゃないんです。上を見て捻くれるのも違う、下を見て安心するのも違う。今いる場所で前を見て、自分なりの夢を追いかけられるか。私はそういう価値観を大事にしたいです、ここにいる友達と一緒に!」

 バッと両手を広げて決めたつもりだったが、マリやセラカは拍手喝采、シェーネルとリオは呆れ、ユリナは無言といったバラバラの反応だった。

 これはこれで、らしいなと思いながら目の前のジョルジュを見据えたまま熱い視線を送っていると、何かとても恥ずかしいものでも見てしまったかのように身震いされた。

「はー下らね。お前らを見てると全身がくすぐったくなってくる。さぁ帰った帰った、ここはガキが立ち話していいとこじゃねぇぞ」

 言いたいことの半分も伝わったか分からないが、前のような敵意剥き出しのガンを飛ばしてくる事はない。同業者はバチバチするよりも協力し合っていく方がいいに決まっている。まさかまた会うとは思ってなかったが。

 ジョルジュに押しやられる形でその場をしぶしぶ離れようとしたところで、ギルドの扉が空いて中からメンバーらしき者の呼び掛けがあった。

「ジョルジュ、帰ったか。今からゴブリン村に行くぞ」

「え、何でっすか」

「ジャッカロープが迷い込んだらしい。捕獲して軍に渡せば協力金が貰えるんだ」

「あー、最近現れるようになったっていう……それ本物っすか?」

「それを今から確かめに行くんだろうが。もし本物だったら儲け話だ。警察隊はあれに20万もの報奨金を出すって言ってるんだからな」

「マジかよ!」

 それは、遠い異国にのみ生息するという幻獣が何故かレイオーク付近で目撃されるようなり、更には危険なゴブリン村に迷い込んで逃げ回り、冒険者のみならずゴブリン達もどよめいているという奇怪な騒動であった。

 ギルド各所には管理局からの依頼が張り出され、それと並行して軍からの協力依頼も出ており、保護したものがジャッカロープであった場合、報酬とは別に賞金が出るのだとか。ミモレザ公国との親交に影響がある可能性が高い事案であるから、いつもより対応が迅速だと皮肉を交えて説明していた。少し離れて聞いていたミリカ達は輪になって顔を合わせ、

「おいおい、まさか行くとか言うつもりじゃないだろうなミリカ」

「え、バレた?ほら、ユリナは女の子の病気を治す薬を探さないといけないわけだし」

「やめとけやめとけ」

「角をとるなんて馬鹿なこと考えてないでしょうね。ジャッカロープは公国の幻獣なのよ?」

 リオとシェーネルが一緒になって反対してくる。確かに、幻獣の角を擂り潰した粉や乳などが万能薬になるという話は有名だが、そんな許可が下りるとは到底思えない。

「公国に返さないといけないのかー。でもどうしようユリナ、放っておくのは可哀想だよ?ゴブリンに捕まって食べられちゃうかも」

「ユリナちゃんは、薬にするためにジャッカロープを探していたの?」

 マリの質問にユリナは首を振った。

「違うわ。ジャッカロープの噂はたまたま耳に入っただけで、捕まえるつもりはない。でも保護してあげた方がいいとは思う。マリの故郷の大事な動物なのでしょう?」

「そう!そうなの!私は助けてあげたいと思う」

「どっちにしろゴブリン村に行くならあたしも協力するよ、面白そうだし」

 セラカは笑顔でブンブン腕を振り回すばかり。

「リオ君、シェーネルちゃん。私達も協力してあげられないかな?嫌?」

「ったく、しゃーねーな」

「別に嫌じゃないわ。でも、保護するのはいいけれど……」

 2人とも、何だかんだでこの天使のようなマリの頼みなら断れない。

「ありがとう!」

「良かったねマリちゃん!そうと決まれば、みんなでジャッカロープ保護作戦だぁ!」

「ちょっと待って!保護するのはいいけれど、あれはすごく足が速いのよ、警戒心も強い。どうするつもり?」

「ジョルジュさ~ん!私達も手伝いまーす!!」

「お断りだッ!!!」

「聞いちゃいないわ、あの子」

 溜息混じりに頭を抱えるシェーネル。

「つかまえる方法なら、私が知ってるよ?」

 何でもない事のように言うマリに驚きの視線が集まった。

「イーフィンの花を採って一ヶ所にまとめて置いておけば、香りでジャッカロープを誘い出せるの」

「そんな単純な方法で、本当に?」と確認するシェーネルに頷いてみせる。

「本当はあんまり外の国の人に教えちゃいけない事なんだけど、今はそうも言ってられないから」

 ユリナが訊いた。「イーフィンの花って?」

「ミモレザ公国に自生する花だよ。色々な病気を治してくれる薬草だから村ではすごく重宝されてて、ジャッカロープもその花が大好物で……」

「じゃあダメじゃねーか。公国にしか生えてないんだろ?」

「乾燥させたものなら持ち込んでもいいの。私が村から持ってきた分で足りると思う。まだ香りもバッチリ残ってるよ!」

「薬草……」

 ユリナが思い至り、少し慌てた様子でマリの肩を掴んだ。

「皮膚が少しずつ火傷したみたいに爛れていって、内臓の機能も徐々に低下していく『崩壊症候群』は、その花では治らない?」

 マリは目をぱちくりさせ、だが思い当たる節があったのか、更に詳しい症状を訊く。ユリナは依頼人の娘の身体を蝕んでいるという病について事細かに説明すると、合点がいったマリの頭上にピコーンと閃きが灯った。

「それはきっと『ぶわぶわ病』ね!妖精が沢山いるミモレザではよくあるアレルギーみたいなもので、イーフィンの花かジャッカロープの角から作った薬を飲ませれば大丈夫なはず!その女の子は妖精と遊んだんじゃないかな?妖精にも毒をもってる子がいたりするんだけど、レイ王国ではあまり知られてないのね」

「なんだ、原因は妖精だったのか。解決の糸口ってのは思わぬところにあったりするもんだな」

 リオの言葉に、本当にそうだとユリナも思った。まさか、こんな身近に鍵を握る人物がいたなんて。

「今から急いでシロちゃんをギルドに預けてくるね。そして寮から花を持ってくるから、ユリナちゃんは早く依頼者さんへ届けてあげて」

「でも、いいの?そんな貴重なもの……」

「もちろんだよ!みんなも知ってるのよ?ユリナちゃんが危険を顧みずに、依頼者さんの為にいつも頑張っていた事」

 ハッとして顔を上げた。あちらで騒がしくジョルジュに絡んでいるミリカとセラカは放っておくとして、シェーネルもリオも、マリの言葉に同意するが如く、笑みを浮かべてユリナを見ていた。

「もらっとけよ。それはユリナが苦労して得た物だ」

「これで2つの問題が一気に解決しそうね。何だかあの子が来てから、運がいいというか、風向きが良い方向に変わった気がするのよねぇ」

 ミリカがあどけない笑顔で「私達に任せてください!!」と胸を張っている。鬼の形相で必死に拒否するジョルジュの願いも虚しく、【ブリランテ】から出てきたギルドメンバー達は快くミリカの申し出を受けようとしていて、さらにセラカのうざ絡みまで加わり、憐れなジョルジュの姿にリオ達は同情を禁じ得なかった。

「犠牲者が増えたな」

「あの2人はくっつけちゃダメね、収集がつかなくなる」

「もう、ジョルジュさんが困ってるのに……ふふっ、でも何だか楽しそう」

 苦笑する3人。

 仲間へ、ユリナがほんの少しの勇気を出す。

「みんな。ありがとう」

 マリの腕で子犬が「ワンッ!」と元気に吠えた。
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