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二章
優しさの孤立
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足を引っ掛けられ、その辺にあった机や椅子などを倒しながら派手に転んだ。
「シェーネルさん!!大丈夫!?」
シェーネルを転ばせた生徒らは、すぐに駆け付けた者達にすら侮辱の言葉を浴びせた。
「お前ら、その人魚様に男を悦ばせるテクニックでも教えてもらえよ」
「なんですって!」
ゲラゲラと笑う男達に「謝れ」と詰め寄るリオ。背の低いリオを見下ろしながら、やれチビだ、男娼だのと侮辱すると、リオも頭に血が昇り、人間を蔑む汚い言葉を吐き捨てる。
カッとなった一人がリオの胸倉を掴み、まさにその場は一触即発。殴り合いの喧嘩に発展するかと思われたその時、能天気な声とともに男の手を掴んだのは……
「ふぁ~ぁ、あたしの安眠を邪魔するのは誰ぞ~?って、もうお昼か!だははは!」
「何だてめぇ……クソッ、離せ、この獣人!」
「まぁ喧嘩するのは構わないけどさ、今は待ちに待ったお昼ごはんターイム!君達も売店のスペシャルサンドイッチを買い逃したくはないだろう?ん?」
掴まれた腕を何度振り解こうとしてもセラカの握力には敵わず、ついに諦めて敵意を失ったところでパッと解放される。男達は捨て台詞を吐いて逃げるように教室を出て行った。
一瞬の静けさの後、マリのしゃくり上げる泣き声が教室内に響く。大丈夫だよ、と側にいたクラスメイトが背中をさする。この頃のマリは非常に臆病で、人間達の言葉一つ一つに傷付き、しょっちゅう泣いていた。
「ありがとうセラカさん。リオ君怪我はない?」
「ああ」
「シェーネルさん大丈夫?ああ、打撲してるわ」
「痣になる前に回復魔法をかけるわね」
「……ありがとう」
みんなで倒れた机や椅子を元に戻し、怯える者がいれば励まし合った。マリやシェーネルに、大丈夫だよ守るからねと優しい言葉をかけ、セラカの口からは男子を集めて親衛隊でも作るかと冗談が飛び出し、ようやく教室には笑いが起こった。
地獄絵図もあれば天国もあり。
前過程はそんな一年であった。
数ヶ月も経てば、常に固まって行動していた4人も次第に心を開き始め、もともと人間に好意的だったセラカとマリはともかく、リオとシェーネルの表情が明るくなっていく様子は見ていて微笑ましいものがあった。
そんなささやかな学園生活をぶち壊した男。
実力主義だったはずのレイオーク学園にコネでねじ込まれた、ゲーリーという男。
彼のまわりには同じく人間至上主義の者達が集まり、次々と起きるいじめ問題はその都度揉み消され、屈しまいと抵抗していた生徒らも次第にゲーリー達の影に怯えるようになった。
皆で、よく頑張って4人を隠していたと思う。だが皮肉にも、シェーネルの美貌はゲーリーの目に止まってしまった。
ギラギラした目で迫る下品な男をシェーネルは「クソ野郎風情が、この私に触れられると思って?」とバッサリ。そのあまりにも清々しく昂然とした対応は伝説となり、以来、ゲーリーのあだ名はクソ野郎となっている。
プライドを傷付けられたクソ野郎はシェーネルが一人になる瞬間を狙って執拗にストーキングするようになったが、そんなことは想定済みで、皆で協力して絶対にシェーネルを一人にしないようにした。
あの日。しびれを切らしたゲーリーが2人の人間を大剣で斬りつけ、大怪我を負わせた日。
「見たか?俺に逆らう奴は人間でも容赦しねぇ、全員斬ってやる。次はどいつだ?お前らこの学園にいたいだろ?たかが人魚なんかのために自分の人生を犠牲にしたくはないよなぁ?」
すぐにでも駆け寄って両手を広げて盾になってやりたかったというのに、イツミナはこの時、あろう事か躊躇ってしまった。恐怖で足が竦んだか、それとも結局は自分の身が可愛いのか。情けない。卑怯者。意気地なし。いくら自分を罵ってもこの時の悔いは晴れない。
大勢が駆けつけ、リオとセラカも戦闘態勢だった。相手は武器を持ち出しており、校舎内が修羅場になろうとしていた。今から取り返しのつかない事態になるのだと、誰もが悲痛な面持ちだった。
シェーネルは突然笑い出した。最初はクツクツと込み上げるように。
「なにが可笑しい?頭イカれたか?」
愉快そうに腹を抱えて笑う姿は泣いているようにも見えた。諦めたような悲しい笑い声。
「私に────」
そして……
「私に────最初から友達なんて、居やしないわよ!!!!!!!!!!」
彼女の魔法は周囲一帯を凍り付かせ、室内にも関わらず吹雪が吹き荒れた。始まろうとしていた乱闘がこの騒ぎで有耶無耶となったのが救いだが、これだけの大きな事件は何故か外に周知されず、やがては何も無かった事のようにされた。
全てを拒絶し、授業にも殆ど出席しなくなったシェーネルを構う者は徐々に減っていった。中には、これで厄介事が起こらなくて済むと考える者もいたかもしれない。学園内で行方を晦ますシェーネルを探すことに気を取られて、あれ以来ゲーリーが過激に暴れる事も無くなった。
こうして溝ができたまま、自分達は一年生へと進級した。
「あれからも謝ったり話をしたりする機会は充分にあったのに私はそれをしなかった。彼女に関われば平穏が脅かされるかもしれないと思ってたから。自分の事しか考えていなかったの。本当に卑怯だと思うわ」
「卑怯なんかじゃない、怖いのは当然だよ。イツミナちゃんはずっとシェーネルさんの事が心配で、こうして私に話してくれた、それだけで十分。話してくれてありがとう。……また前みたいに戻りたいと思う?」
「もちろん。許してもらえるなら、だけど」
「許すも何も、少しも怒ってなんかないはずだよ、きっと」
「そうだといいけど」
イツミナは今まで抱えてきたわだかまりを、テラスの新鮮な空気と入れ替えるような気持ちで深呼吸をすると、パッと声色を明るく切り替えた。
「それで?彼女のハートを掴む作戦でもあるわけ?ミリカちゃんの事だから、ひたすら付き纏った挙句にキレられそうで心配なんだけど」
「あ、分かる?先輩にもそれ言われたよ」
呆れた笑顔を浮かべる頃には、元通りの彼女に戻っていた。
「ね?言ったでしょ?」
一月の入学式からまだ数ヶ月。窓を開けるには早い時期だが、シャワーを浴びた後に外の風を感じるのが気持ちいいのだ。すぐに閉めるけど。
「シェーネルはゲーリーが人間に危害を加えないように、わざと一人になったんだよ。ユリナのことを嫌ってなんかいないの」
「そうだったみたいね」
「これで話は簡単!私がゲーリーをやっつければ、シェーネルさんは心置きなく学園生活を送れるようになるってわけ」
ミリカはドトリ達に、自分がみんなと仲良くすれば良いのだと言ったが、シェーネルは逆に、自分がみんなから離れれば良いのだと考えた。正反対の方法はどちらも友人達を想ってのこと。ならば力になるまで。
「あの男に私的な制裁を加えたところで、背後にいる権力者の脅威を何とかしない限りは、逆に返り討ちに遭うのが目に見えてる」
「だよねー。やっぱ簡単にはいかないか。何かいい作戦はないかな?」
「今までの被害者の署名を集めるか、後遺症が残っている人がいるならそれを証拠に裁判を起こせる。けどまず勝てないわね。協力してくれた人達への報復も心配だし」
ああでも無いこうでも無いと、いくつかの策を出しては考えるユリナが意外だった。
「驚いた。また『関わらないほうがいい』とか言われると思ったのに」
「私も許せない気持ちは一緒よ。でも、下手に首を突っ込むと何をされるか分からないからああ言ったの。『せっかくの学園生活』なんでしょう?」
「みんなと一緒だからこその華の学園生活なのさ!困ってる人を見捨ててまで手に入れた暮らしなんて全然楽しくないし、今私が見て見ぬふりをしたら、それこそ前過程の時と同じ事を繰り返しちゃう。それだけは嫌」
「自分が学園を追われる事になっても?」
「それで誰かを救えるなら、悲しいけど受け入れるかな。寒っ、もう閉めよ」
窓を閉めて室内を振り返ると、部屋の真ん中にある丸テーブルでユリナが自習に取り組んでいた。また教えて貰おうかな。でもユリナの説明って難しい。
ミリカは彼女の向かいの椅子に何をするでもなく腰掛け、ノート上にペン先をスラスラ走らせる彼女の整った顔を眺めた。
「ユリナももっと積極的になっていこうよ。Aクラスの人達みんな優しいよ?」
「何を話したらいいのか分からないのよ」
「じゃあ趣味の話とか」
「特に無い」
「好きな食べ物は?」
「大概のものは食べる」
「生き甲斐は?」
「剣で戦う事」
「休日の過ごし方は」
「読書」
「……ユリナらしいね」
はは。と力無く笑った。
「たまには遊ばなきゃ息が詰まっちゃうよ~……そうだ!今週の休みは私と一緒に街へ行こう!」
ピタッと手を止めたユリナが怪訝な表情で顔を上げる。
「何をしに?」
「そりゃあ、カフェでお茶したり、服屋さんに行ったりだよ。そういえばユリナの私服をまだ見た事が無いんだった、これはいい機会!2日後の週末が楽しみ~」
もう既に決定したかのようにはしゃぎ出し、「一言も行くって言ってないんだけど」と反抗したところで聞いているのやら。
すぐに他のクラスにも友達を作れてしまう理由は、こういったどこか憎めない強引さにあるのだろうか。そして自分のような者と出掛ける事が、鼻歌など歌いながら明後日の予定を立てる程に楽しみか。だが、特に嫌なわけでもなく、買い物に付き合うくらいで喜ぶのなら……と考えていると、
「あっ、もうこんな時間!ユリナ、今日も行ってきていい?」
と言い出し、上を向きかけていたユリナの機嫌は急降下。
「まさか、またセラカ達のところ?」
えへへ。と悪びれもなく笑う。なんて人だ。
「いやぁ、セラカの部屋ってさ、靴を脱いで床に座れるようになってるんだよね!あれすっごい居心地良くてさ~。異文化に触れられるっていいね~」
「そういう問題じゃ……」
ないでしょ。と反論する間も無く、ミリカは玄関口に立っている。
「大丈夫、朝になるまでには帰るから!明日も一緒に学校行こうね、おやすみ!」
「あ、ミリカ!」
絶対、今のは、くどくど説教される事を想定しての、ダメと言われる前にさっさと出て行くという早技だ。やられた。
「……楽しんでるようで何よりだわ」
2度目になる溜息。今夜も寮を見下ろす月は、自由なクラスメイトに苦労させられるユリナにそっとエールを送っていそうな、優しい明かりであった。
「シェーネルさん!!大丈夫!?」
シェーネルを転ばせた生徒らは、すぐに駆け付けた者達にすら侮辱の言葉を浴びせた。
「お前ら、その人魚様に男を悦ばせるテクニックでも教えてもらえよ」
「なんですって!」
ゲラゲラと笑う男達に「謝れ」と詰め寄るリオ。背の低いリオを見下ろしながら、やれチビだ、男娼だのと侮辱すると、リオも頭に血が昇り、人間を蔑む汚い言葉を吐き捨てる。
カッとなった一人がリオの胸倉を掴み、まさにその場は一触即発。殴り合いの喧嘩に発展するかと思われたその時、能天気な声とともに男の手を掴んだのは……
「ふぁ~ぁ、あたしの安眠を邪魔するのは誰ぞ~?って、もうお昼か!だははは!」
「何だてめぇ……クソッ、離せ、この獣人!」
「まぁ喧嘩するのは構わないけどさ、今は待ちに待ったお昼ごはんターイム!君達も売店のスペシャルサンドイッチを買い逃したくはないだろう?ん?」
掴まれた腕を何度振り解こうとしてもセラカの握力には敵わず、ついに諦めて敵意を失ったところでパッと解放される。男達は捨て台詞を吐いて逃げるように教室を出て行った。
一瞬の静けさの後、マリのしゃくり上げる泣き声が教室内に響く。大丈夫だよ、と側にいたクラスメイトが背中をさする。この頃のマリは非常に臆病で、人間達の言葉一つ一つに傷付き、しょっちゅう泣いていた。
「ありがとうセラカさん。リオ君怪我はない?」
「ああ」
「シェーネルさん大丈夫?ああ、打撲してるわ」
「痣になる前に回復魔法をかけるわね」
「……ありがとう」
みんなで倒れた机や椅子を元に戻し、怯える者がいれば励まし合った。マリやシェーネルに、大丈夫だよ守るからねと優しい言葉をかけ、セラカの口からは男子を集めて親衛隊でも作るかと冗談が飛び出し、ようやく教室には笑いが起こった。
地獄絵図もあれば天国もあり。
前過程はそんな一年であった。
数ヶ月も経てば、常に固まって行動していた4人も次第に心を開き始め、もともと人間に好意的だったセラカとマリはともかく、リオとシェーネルの表情が明るくなっていく様子は見ていて微笑ましいものがあった。
そんなささやかな学園生活をぶち壊した男。
実力主義だったはずのレイオーク学園にコネでねじ込まれた、ゲーリーという男。
彼のまわりには同じく人間至上主義の者達が集まり、次々と起きるいじめ問題はその都度揉み消され、屈しまいと抵抗していた生徒らも次第にゲーリー達の影に怯えるようになった。
皆で、よく頑張って4人を隠していたと思う。だが皮肉にも、シェーネルの美貌はゲーリーの目に止まってしまった。
ギラギラした目で迫る下品な男をシェーネルは「クソ野郎風情が、この私に触れられると思って?」とバッサリ。そのあまりにも清々しく昂然とした対応は伝説となり、以来、ゲーリーのあだ名はクソ野郎となっている。
プライドを傷付けられたクソ野郎はシェーネルが一人になる瞬間を狙って執拗にストーキングするようになったが、そんなことは想定済みで、皆で協力して絶対にシェーネルを一人にしないようにした。
あの日。しびれを切らしたゲーリーが2人の人間を大剣で斬りつけ、大怪我を負わせた日。
「見たか?俺に逆らう奴は人間でも容赦しねぇ、全員斬ってやる。次はどいつだ?お前らこの学園にいたいだろ?たかが人魚なんかのために自分の人生を犠牲にしたくはないよなぁ?」
すぐにでも駆け寄って両手を広げて盾になってやりたかったというのに、イツミナはこの時、あろう事か躊躇ってしまった。恐怖で足が竦んだか、それとも結局は自分の身が可愛いのか。情けない。卑怯者。意気地なし。いくら自分を罵ってもこの時の悔いは晴れない。
大勢が駆けつけ、リオとセラカも戦闘態勢だった。相手は武器を持ち出しており、校舎内が修羅場になろうとしていた。今から取り返しのつかない事態になるのだと、誰もが悲痛な面持ちだった。
シェーネルは突然笑い出した。最初はクツクツと込み上げるように。
「なにが可笑しい?頭イカれたか?」
愉快そうに腹を抱えて笑う姿は泣いているようにも見えた。諦めたような悲しい笑い声。
「私に────」
そして……
「私に────最初から友達なんて、居やしないわよ!!!!!!!!!!」
彼女の魔法は周囲一帯を凍り付かせ、室内にも関わらず吹雪が吹き荒れた。始まろうとしていた乱闘がこの騒ぎで有耶無耶となったのが救いだが、これだけの大きな事件は何故か外に周知されず、やがては何も無かった事のようにされた。
全てを拒絶し、授業にも殆ど出席しなくなったシェーネルを構う者は徐々に減っていった。中には、これで厄介事が起こらなくて済むと考える者もいたかもしれない。学園内で行方を晦ますシェーネルを探すことに気を取られて、あれ以来ゲーリーが過激に暴れる事も無くなった。
こうして溝ができたまま、自分達は一年生へと進級した。
「あれからも謝ったり話をしたりする機会は充分にあったのに私はそれをしなかった。彼女に関われば平穏が脅かされるかもしれないと思ってたから。自分の事しか考えていなかったの。本当に卑怯だと思うわ」
「卑怯なんかじゃない、怖いのは当然だよ。イツミナちゃんはずっとシェーネルさんの事が心配で、こうして私に話してくれた、それだけで十分。話してくれてありがとう。……また前みたいに戻りたいと思う?」
「もちろん。許してもらえるなら、だけど」
「許すも何も、少しも怒ってなんかないはずだよ、きっと」
「そうだといいけど」
イツミナは今まで抱えてきたわだかまりを、テラスの新鮮な空気と入れ替えるような気持ちで深呼吸をすると、パッと声色を明るく切り替えた。
「それで?彼女のハートを掴む作戦でもあるわけ?ミリカちゃんの事だから、ひたすら付き纏った挙句にキレられそうで心配なんだけど」
「あ、分かる?先輩にもそれ言われたよ」
呆れた笑顔を浮かべる頃には、元通りの彼女に戻っていた。
「ね?言ったでしょ?」
一月の入学式からまだ数ヶ月。窓を開けるには早い時期だが、シャワーを浴びた後に外の風を感じるのが気持ちいいのだ。すぐに閉めるけど。
「シェーネルはゲーリーが人間に危害を加えないように、わざと一人になったんだよ。ユリナのことを嫌ってなんかいないの」
「そうだったみたいね」
「これで話は簡単!私がゲーリーをやっつければ、シェーネルさんは心置きなく学園生活を送れるようになるってわけ」
ミリカはドトリ達に、自分がみんなと仲良くすれば良いのだと言ったが、シェーネルは逆に、自分がみんなから離れれば良いのだと考えた。正反対の方法はどちらも友人達を想ってのこと。ならば力になるまで。
「あの男に私的な制裁を加えたところで、背後にいる権力者の脅威を何とかしない限りは、逆に返り討ちに遭うのが目に見えてる」
「だよねー。やっぱ簡単にはいかないか。何かいい作戦はないかな?」
「今までの被害者の署名を集めるか、後遺症が残っている人がいるならそれを証拠に裁判を起こせる。けどまず勝てないわね。協力してくれた人達への報復も心配だし」
ああでも無いこうでも無いと、いくつかの策を出しては考えるユリナが意外だった。
「驚いた。また『関わらないほうがいい』とか言われると思ったのに」
「私も許せない気持ちは一緒よ。でも、下手に首を突っ込むと何をされるか分からないからああ言ったの。『せっかくの学園生活』なんでしょう?」
「みんなと一緒だからこその華の学園生活なのさ!困ってる人を見捨ててまで手に入れた暮らしなんて全然楽しくないし、今私が見て見ぬふりをしたら、それこそ前過程の時と同じ事を繰り返しちゃう。それだけは嫌」
「自分が学園を追われる事になっても?」
「それで誰かを救えるなら、悲しいけど受け入れるかな。寒っ、もう閉めよ」
窓を閉めて室内を振り返ると、部屋の真ん中にある丸テーブルでユリナが自習に取り組んでいた。また教えて貰おうかな。でもユリナの説明って難しい。
ミリカは彼女の向かいの椅子に何をするでもなく腰掛け、ノート上にペン先をスラスラ走らせる彼女の整った顔を眺めた。
「ユリナももっと積極的になっていこうよ。Aクラスの人達みんな優しいよ?」
「何を話したらいいのか分からないのよ」
「じゃあ趣味の話とか」
「特に無い」
「好きな食べ物は?」
「大概のものは食べる」
「生き甲斐は?」
「剣で戦う事」
「休日の過ごし方は」
「読書」
「……ユリナらしいね」
はは。と力無く笑った。
「たまには遊ばなきゃ息が詰まっちゃうよ~……そうだ!今週の休みは私と一緒に街へ行こう!」
ピタッと手を止めたユリナが怪訝な表情で顔を上げる。
「何をしに?」
「そりゃあ、カフェでお茶したり、服屋さんに行ったりだよ。そういえばユリナの私服をまだ見た事が無いんだった、これはいい機会!2日後の週末が楽しみ~」
もう既に決定したかのようにはしゃぎ出し、「一言も行くって言ってないんだけど」と反抗したところで聞いているのやら。
すぐに他のクラスにも友達を作れてしまう理由は、こういったどこか憎めない強引さにあるのだろうか。そして自分のような者と出掛ける事が、鼻歌など歌いながら明後日の予定を立てる程に楽しみか。だが、特に嫌なわけでもなく、買い物に付き合うくらいで喜ぶのなら……と考えていると、
「あっ、もうこんな時間!ユリナ、今日も行ってきていい?」
と言い出し、上を向きかけていたユリナの機嫌は急降下。
「まさか、またセラカ達のところ?」
えへへ。と悪びれもなく笑う。なんて人だ。
「いやぁ、セラカの部屋ってさ、靴を脱いで床に座れるようになってるんだよね!あれすっごい居心地良くてさ~。異文化に触れられるっていいね~」
「そういう問題じゃ……」
ないでしょ。と反論する間も無く、ミリカは玄関口に立っている。
「大丈夫、朝になるまでには帰るから!明日も一緒に学校行こうね、おやすみ!」
「あ、ミリカ!」
絶対、今のは、くどくど説教される事を想定しての、ダメと言われる前にさっさと出て行くという早技だ。やられた。
「……楽しんでるようで何よりだわ」
2度目になる溜息。今夜も寮を見下ろす月は、自由なクラスメイトに苦労させられるユリナにそっとエールを送っていそうな、優しい明かりであった。
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