みっどがるず!

鈴葉 祈

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二章

かっこいい2人

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「おはよう、元気無いね」

 ミリカが生徒会室に入った瞬間、そう声を掛けてきたのは生徒会長のカレンだ。

「お、おはようございます。そうですか?」

「大方、シェーネルやリオから拒絶されてヘコんでるんだろう?」

 図星を刺されたミリカの反応を見て笑ったのは、2年生のユーファス・リファイア。

「ユーファス先輩もおはようございます。私の苦悩を笑いましたね」

 会議用テーブルの適当な席で寛ぐユウトの向かいに、ミリカは背負っていた鞄を下ろした。

「ははっ、悪い」

「今日はユリナと一緒じゃないのか?」

「ちょっと先生の手伝いとかで遅れて来るそうで。今日は集まりが悪いですね?」

 テーブルにはカレンとユーファスが座り、給湯室からは物音がしていて誰かがいる気配。それからセラカ。

 窓際に敷かれた異国情緒溢れる敷物の上で爆睡している。靴が脱ぎ捨ててあるのを見るに、敷物の上へは裸足で上がる文化らしい。

「エアートはそこで茶を淹れてるよ。ミリカも飲む?」

「飲みます!あ、じゃあ私手伝いますね」

 給湯室へ入ると聞こえていたのか、手伝うと言う前にエアートが「ありがとうございます」と微笑みかけてきた。

 どうやらメンバー一人一人が自分用のマグカップを用意して持ち込んであるらしかった。ミリカはまだ自分のカップが無い為、棚から来客用のティーカップを取る。

「えーっと、ユリナとアルトはクラスリーダーの仕事で遅れるという事だな。リオとマリはもうすぐ来るとして、シェーネルは来るか来ないかだな。ありがと」

 エアートが淹れた紅茶をカレンの前へ置く。ミリカはひとつをユーファスへ渡すと、もうひとつは自分の席に置いて座った。

「カレン先輩。シェーネルって生徒会もサボるんですか?」

「ああ、サボるよ」

 こんなによくサボるのでは、会って話をするのもままならない。ミリカが小さく溜息を溢すとカレンが笑った。

「大変そうだな」

「大変そうだなって、そんな他人事みたいにひどいですよー」

「他人事なんかじゃないさ。もちろん私もあの子の事は気に掛かるが、ただ躍起になったって『分かりました心を開きます』とはならないだろう?」

「さては先輩もセラカみたいに様子見派ですね?みんなで引いてばかりだと、ずっと距離が開いたままじゃないですか」

「引くんじゃない、待つんだよ」

 一旦カップに口をつけたカレンを黙って待つ。まだ会ったばかりだが、仕事の手際の良さはもちろん、困っている後輩を見て見ぬふりするような人ではなく、誠実で優秀な生徒会長である事はこの数日でよく分かっている。

「彼女はその種族故に心に傷を負っている状態で、そこにズケズケと土足で踏み込むべきではないという事だ。ミリカ、初対面でもかなり相手に近付くタイプなんじゃないか?」

「うぐ……た、確かに、さっきは思いっきりパーソナルスペースを侵害してしまっていた……」

「ですが、私はミリカさんのような人が生徒会に来てくれて良かったと思っていますよ。踏み込む勇気というものも時には大事な事です」

 穏やかな表情を崩さず、黙って話を聞いていたエアートが口を開いた。

「何だエアート、まるで私に勇気が無いみたいな言い方じゃないか」

「そんな事はないですよカレン。貴方が変わらず堂々としていてくれるからこそ、皆が安心して好き勝手出来るのです」

 冗談で突っかかられるのを取り繕うどころか称賛で返すエアートに、カレンは「調子の良い奴」と手の甲で軽く小突いた。

(熟年夫婦……)

 まるで長年連れ添ったパートナーのようにカレンの隣にエアートが並ぶ事がしっくり来る。

 それもそうだ。4年間の信頼関係を積み重ねてきたのであろう、自分達が目標とするべき先輩だ。

「どちらにしても、まずは彼女の背景にある事情を推測してみてはいかがでしょう?」

「事情、ですか?」

 ミリカの問いかけに、エアートはあくまで穏やかに説明を続ける。

「私もカレンも人間で、人魚のシェーネルさんにしてあげられる事は現時点では少ないですが、何か明確な理由があって人間を拒絶しているのだとしたら、その理由を取り除いてあげる事ぐらいは出来るかもしれませんね」

「明確な理由というか、昔からの種族間の関係ではないですか?人間と人魚の問題は根深いですし、シェーネルは全ての人間が嫌いなんだと思います」

「もしそうだとしたら、そもそも彼女はこの学園へ入学しなかったと思いますよ」

 確かにその通りだ。授業に出なくともギルドの依頼は着実にこなしているようだし、シェーネルの行動は言われてみれば引っかかるものがある。

 理由とは何だろう?人間が嫌いなわけではない?そういえばリオも『全部の人間が嫌いなわけじゃない』と言っていたがシェーネルはどうだろう、授業に出ないのには理由がある?出たくても出られないとか?

 長い間考えて唸っていると、さぞ微笑ましそうにエアートが助け舟を出した。

「そうですね、ひとつ考えられる可能性としては、ミリカさんの学年に大きな膿はありませんか?」

「全く、何か知ってるなら最初から教えてやればいいものを。お前の悪い癖だ」

 カレンが呆れながらエアートを咎めたが、ミリカは既にエアートの出したヒントに導かれ、記憶の海の中からキャロット達3人の言っていた言葉を拾い上げていた。

『人間以外の種族をいじめる典型的なクズだよ』

『前過程の時にね、人魚の女子生徒を庇った人間があいつに大怪我を負わされて辞めていった事があったから』

「あ!!!!!!」

 あまりの大声に、傍観していたユーファスがビクついた。セラカは起きない。

「あの先輩方、ゲーリーって生徒を知ってますか?」

 カレンが答える。

「ああ。一年Fクラスのクソ野郎共だろう?」

 クソ野郎で通っているのか。

「そいつ、前過程の時にトラブルを起こして生徒を辞めさせた事があるらしいんです」

「去年の、私とエアートが3年生の時だな。その事件は3年生の間でも結構な噂になっていたから覚えてる。シェーネルがそれに関わっていると言いたいのか?」

「そうです!その件に関わった生徒の名前とか分からないですかね?生徒会権限とかで!」

 ふむ。と腕組みをして少し考えるカレンだったが、いつものキリッとした頼もしい顔付きが渋面に変わる。

「調べられなくもないが、おそらく記録を見ても何も無い。その事件は無かった事になってるだろう」

「え?」

「ゲーリーの父親はレイオーク管理局副局長で、叔父が王城で参謀官の役職についている。父親はどうでもいいんだが叔父のほうが厄介で、学園長も容易に逆らえず対応に悩んでいるらしい」

 親が偉い人とは聞いていたが、まさか親戚に国の重役がいたとは。甥が起こした問題を揉み消すぐらいは雑作もないだろう。

「そんな……じゃあゲーリーは野放し?シェーネルを助けてあげられないし、私の友達がいつ標的にされるかも分からないのに何も出来ないなんて嫌!」

「まだシェーネルが関わってると決まったわけでもないし、焦りは禁物だ……そんな『でも……』みたいな顔しないでまぁ聞け。バックにいる人物が強大だというだけでその実、奴自身は全く大した事が無い。見ただけで分かる。ユウト、そうだろ?」

 始終口を挟まず聞いていたユーファスに話が振られると、頷きながら、ずっと頭の後ろで組んでいた両手を下ろした。

「はい、教室が割と近いんで。すれ違っただけで小物感が伝わってきますよ、暴力にものを言わせてるだけで、実際はエーゼンでもその気になれば一人でぶっ飛ばせるくらいには弱い」

「え、私でもですか?」

聖職者クレリックの私でも、彼程度の人ならねじ伏せるくらいは簡単ですね」

「エアート先輩……にこやかにねじ伏せるとか言わないで下さい、怖いです」

「というわけで、いざとなれば私的にそいつをぶっ飛ばせばいいんだが、問題はそんな事したらバックが動いて、最悪、退学処分を受けるかもしれないということ。私がそんな事になったらマリヤ先生が泣く」

「泣く?あのマリヤ先生が泣く事なんてあるんですか?」

 その瞬間、ユーファスがどっと笑い出し、カレンとエアートも笑っちゃいけないと思いつつも肩を揺らす。その直後に生徒会室の扉が開く音が響いたものであるからミリカは一瞬心臓が止まったかと思った。が、それはマリヤではなくユリナとアルトだった。

「良かったな。マリヤ先生じゃなくて」

 ユーファスが収まらない笑いを噛み殺しながらそう言ってきて、ミリカは引き攣った笑いしか返せなかった。

「ユリナ、アルト、お疲れ様。2人一緒に来るなんて珍しいな」

「お疲れ様です、今そこでイオと会ったので。カレン先輩、2年生の遠征届の確認をお願いします」

 アルトは持ってきた書類を早速カレンに渡し、ユリナは生徒会費の出金記録と同好会からの報告書を持ってきていた。

 2人がやって来たことでその場は生徒会としての仕事モードに切り替わりつつあり、ミリカはこれ以上シェーネルやゲーリーについて言及する事はやめるべきと判断した。仕方のない事。今は生徒会の時間であるから、自分の仕事をきちんとこなすまで。そうは思うが顔に出ていたのだろう、カレンが書類確認に取り掛かる直前にさり気なくこう言った。

「大丈夫、私達もちゃんと考えよう、シェーネルの事」

 程なくしてマリとリオが到着し、セラカも目を覚ましたところで学園行事についての会議を行った。カレンは全員に意見を求め、一人一人のそれを尊重していく。シェーネルは結局来なかったがセラカやマリが場を和ませてくれたおかげもあって会議は有意義なものとなり、それぞれのギルド活動の時間も考慮して生徒会はお開きとなった。

 最後はカレンがギリギリまで生徒会室に残って全員に声掛けをしているのを見て、まさに先輩としてのあるべき姿を体現した人だと思った。体裁は大人びて、落ち着いているように見えても心の奥にはその髪のように真っ赤な情熱が燃えている。それは暴力的な熱などではなく、弱い者を守ろうとする、あるいは下の者に対しての愛情にも似た熱だ。噂では女子生徒達からのラブレターを日々大量に貰っていて、なんとファンクラブまであるのだとか。

 それにエアート。後輩にも丁寧な態度を崩さず、眼鏡の下には常に微笑みを浮かべる。息をするように気配りができて、おまけに彼の淹れる茶は格別に美味しい。マリは同じ聖職者クレリックとして彼をとても尊敬しているようだった。

 彼は給湯室でメンバー達のカップを片付けているミリカにこんな事を教えてくれた。

「さっきの話ですが、例の件で被害を受けた2人の生徒は、今は遠く離れた別の都市のギルド学園へ転入して元気でやっているそうですから、心配はいりませんよ。学園長は退学届を受け取らず、転入扱いにして秘密裏に2人を逃したようですね」

 何をどこまで調べ上げているのかと聞いても、笑顔ではぐらかされるだけ。その先回りと情報収集能力を心強く感じると同時に、絶対に敵に回したくない相手であると確信したのだった。




 ミリカとユリナが出てきた生徒会室入り口から廊下を挟んで向かい側にあるテラスで、ある人物がミリカを待っていた。

 さっきぶりのイツミナは2人に気がつくと、少々バツが悪そうに、どうしても言わなきゃならない事があるのだと言った。

「クソ野郎のこと?」

「そう!そいつ!ミリカちゃん知ってたのね」

 やはりクソ野郎で通じるのか。

 イツミナは自分のことを卑怯者だと言い、その顔を見るに大方の予想はついてるでしょうけど、と前置きをしてから話して聞かせてくれた。去年の、前過程で起きた事件のことを。
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