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二章
ギルド学園の寮の夜
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窓から流れ込む夜風が、まだ半乾きの髪を優しく撫でる。運ばれてくる外の空気が心地良い。
ミリカは寮の部屋で、ユリナに勉強を教えてもらっていた。
ユリナは理数系、ミリカは文系が得意なので、こうしてお互いの分からないところを教え合うことができてラッキーだとミリカは喜んだが。
「──だから、f(x)はx=0において、微分可能という事になるわ」
「ダメだ!さっぱり分からん!」
早くも根を上げたミリカに、同居人の白い目が向けられる。
「まだはじめてから30分も経ってないわよ」
「も~~~こんな計算覚えたって社会じゃ何の役にも立たないじゃない!ユリナ~、もう夕飯食べに行こう?」
「駄目。このページが終わってから」
「えーー!?」
この数日の同居生活で分かったのは、ユリナが絵に描いたような優等生であるという事だ。
ユリナはAクラスのサブリーダーで、一般学校でいう副委員長的な役割についている。教師達の手伝いや連絡係をこなしながら、授業中もそつなく問題を解き、当てられれば完璧に回答する。授業についていくのがやっとなミリカは、何度も隣の席のユリナに助けを求めたものだ。
戦闘面でも、もちろんその頭脳を生かして敵の目を欺く頭脳戦を披露するものとばかり思っていたが、それが大きな勘違いだった。
ユリナは剣士クラスのなかでも大剣を扱い、頭脳戦どころか、自身の安全など顧みず敵に特攻していくという戦い方をしていた。
先のザスト戦で、敵に突っ込んで負傷する姿を見たが、改めて学園生活を共にしてみて、普段の品行方正な姿からは想像もつかない激しい戦いっぷりにミリカは圧倒された。
文部両道、とは彼女のためにある言葉なのではないかと思う。
そんなギャップを持つルームメイトのユリナ・イオが数学を熱心に教えてくれているわけだが、何とも説明が堅苦しくて、さっきから内容が全く頭に入ってこないのだ。自分から教えてくれと頼んだ手前で悪いが、もう椅子に一秒と座っていられない。
「う~~~~~、もうギブアップ!」
ペンを放り出してベッドにダイブ。
「晩ごはん食べた~~~い」と泣き言を言いながら本格的に勉強を放棄した同居人に、ユリナはため息をついた。
「仕方ないわね」
テストまでにはまだ余裕があるし、急いでやることもないと判断したようで、解放されたミリカは寮の廊下を歩きながら思いきり伸びをした。
汗を流してさっぱりとした顔付きの生徒達が廊下を行き交い、浴室の湿った空気が廊下にも漂っている。
シャワー室の前を通ると満室だったのを見て、早めにシャワーを浴びておいて良かったと思った。
「こんばんは!」
まずはすっかり顔馴染みとなった食堂のおばちゃんに、元気よく挨拶をする。
「あらミリカちゃんにユリナちゃん、今日もお疲れ様。あんた達いつも一緒ね」
ミリカはミートボールを注文した。ユリナも同じものを頼んだ。
「ルームメイトですから。ねっ、ユリナ」
「ユリナちゃんにもやっとパートナーができて、おばちゃん安心だわ。相変わらず怪我ばかりして帰ってくるんだから、いつも心配して待ってるのよ。傷は魔法で治療できても疲労は溜まってくんだからね、もう少し自分の身体は労るもんだよ。はい、残すんじゃないわよ。ギルドのほうは順調なの?生徒会は?2人して生徒会だなんて立派なもんだね。近頃は物騒だから気を付けるのよ。この学食の材料を運んでくれる馬車も、街へ来る途中で魔物に襲われかけたって言うじゃないの。ほら、残さないで食べるのよ」
ユリナに、ミリカにと、食事を盛りつけながらも喋る口が止まらない。残してはいけないと念を押されるのが毎度の事だが、これは彼女の出身である異国の文化や宗教観からくる教えらしい。彼女なりの愛情なのだと思って、よっぽどの事がない限りはきちんと完食するようにしている。
「ありがとうございます!わぁ~美味しそう!」
「ありがとうございます」と、ユリナも礼を言う。
「おばちゃん、私は途中からこの学園に入ってきたから、いっぱい依頼を受けてどんどん成果を残さなきゃなんです!」
「勢い付くのもいいけどね、一番は無事に学園に帰ってくる事なんだよ。あんた達はまだ大事な大事な生徒さんなんだからね」
「はーい」
ちょうど夕飯時の食堂は混雑していて、ぐるりを見渡すとどこも満席のように見えた。
「あ、ユリナじゃん。転入生もいる、名前なんだっけ?」
声のする方を向くと、少し離れたところにある4人がけのテーブルに、見知った2人の姿があった。
「セラカ、シェーネル」
ユリナが2人の名を呼んだ。通行人の邪魔にならないよう、2人のほうへ近寄る。
「ミリカですよ、セラカさん」
セラカは軽快に笑い、ごめんごめんと謝りながら2人を手招きした。
「ちょうど2人ぶん空いてるから、ここ座りなよ」
「いいの!?助かるぅ~」
向かい合って座っていた2人の隣に、一人ずつ座った。セラカの隣にミリカ、シェーネルの隣にはユリナが。
「セラカさんとシェーネルさん、いつも2人で食べてるの?」
「いつもじゃないけど一緒に食べるよ。ルームメイトだしね。あ、私のことはセラカでいいよ」
セラカが食べていたのはサーモンとじゃがいものプディング。食堂のメニューはどれも美味しそうで目移りする。明日食べるものがもう決まった。
「セラカは、今日は依頼を受けた?」
「魔物退治だよ。シェーネルと一緒に」
「あ、私たちも西区で魔物退治をしてきたの」
「こっちは東区の農業地帯に出たヤツを5匹と、東の森でも10匹くらい。あとザストとオーガも一体ずつ倒したよ。だから全部で、えーと……」
「21匹よ。ちゃんと数えてなかったでしょう」
シェーネルが正確な退治数を教えた。
「そう!21匹!一匹につき報酬が100Gだったから、合計は……えーっと、いくらになったんだっけ?
どうやら単純な計算すら苦手なもよう。
「まぁとにかく、最近は東区に魔物が多いよ。最近のギルドはみんな魔物退治してるんじゃないかな?」
「さっきマリちゃんに会ったけど、迷子の子犬を探す依頼を受けたって言ってたよ」
だははっ!と豪快にセラカが笑うと、まわりのテーブルで食事をしていた数人が振り返った。
「マリはそういうのばっかりだからねー」
「マリちゃん、さっき気になること言ってたんだよね。大事な人を守れる自信がない……って」
「あの子はちょっと優しすぎるとこがあるんだよ。誰かが怪我をすると、すぐ自分のせいだと思っちゃう。確かに聖職者は責任の重い役割なんだけどね」
「私はそんな事気にしなくてもいいのにって思うんだけどなー。一緒に戦いたいし」
「いいんじゃない?そのうち心境が変わってくるかもしれないしさ。今はそういう時期ってことで」
セラカはそう言うと、いい具合に焦げ目のついたクリームソースと共にサーモンを味わった。
ミリカも、一旦考える事をやめてミートボールにありつく。こだわりのソースがかかった、ひとつひとつが大ぶりの肉団子はまさに絶品だった。
セラカの言った通り、今は焦らず、相手がその気になるのを気長に待つというのがいいのかもしれない。
「にしても、ユリナは相変わらず食うね~」
ミリカもそこそこ食べるほうなのだが、ユリナの皿には軽く3人前はあろうかという程の量の食事が盛られていた。おばちゃんも当たり前のようにユリナだけ大盛りにするのだ。ミリカはもう慣れたが、すれ違う生徒は大抵ユリナの皿を二度見する。
シェーネルは少食らしく、通常量の半分も皿に乗っていない。そんなに少なくて、おばちゃんに怒られないのだろうか。
「あんなに激しく戦ってたらたくさん食べなきゃだもんね」
「分かるよ~ユリナ。ここのご飯最高だもん。こんな美味い食事が朝と夜の2回も出るなんて」
「私、ここの売店も大好き!お昼は絶対にあそこのグラタンパンだなー。ユリナなんて3人分買ってるし」
「私はいつも起きたら昼過ぎになってるから買えないな」
「え?昼も寝てるの?」
黙々と食べていたユリナが手を止めて、セラカに小言を言った。
「授業中に寝てばかりの生徒が生徒会にいるなんて思われたくないから、せめて授業を受けるフリだけはしておいてほしいところね」
「いやだって、あまりにも授業が退屈すぎてさ。あたし、勉強はからっきしなんだもん」
はじめてこの学園に来たときに、セラカとすれ違ったのを思い出した。
「もしかして、午前中はずっと寝て、午後は校庭で遊んでる?」
「そうそう!そのために来てんのよ」
ミリカは呆れと感心の混じった息を漏らした。
「セラカは実戦の成績だけはトップだから、授業中に寝ていても先生達は多目に見てるのよ」
そうユリナが解説してくれた。なるほど、サボりを先生に見逃してもらえるほど強いとは羨ましい。
「って、思うじゃん?ところがマリヤ先生だけは違う。見逃してくれない。だから私はマリヤ先生の授業の時だけはちゃんと起きてる」
決してドヤ顔で言うことではないのだが。
「ていうかさ、私ばっかり怒られるのはなんか納得できない!シェーネルなんて教室にすら居ないじゃん!」
そうなの!?とシェーネルに訊こうとしたが、なんだか不機嫌そうだったため、言葉を引っ込めた。人魚は不機嫌な顔すら造形が完璧すぎて迫力がある。
「お喋りするのもいいけど、さっさと食べないと置いて帰るわよ」
見ると、シェーネルの皿は既に空になっていた。
「はーい……」「はいはい」
お喋りな2人は、その後もこの美味しい料理について熱く語りながらも食べ進め、ユリナは当然といった涼しい顔で3人前のミートボールを完食した。
すっかり人通りも疎らになってきた廊下は、就寝前のまったりとした空気感で満たされている。
食堂を出て各部屋へ戻る途中、セラカから寮の部屋を抜け出さないかと誘われた。
「みんなで友達の部屋に集まってカードゲームする約束してたの。ミリカも来る?」
「それって大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。見つかっても罰則とか無いし」
「駄目よ。ミリカ」
いち早くユリナが釘を刺す。
「原則として、任務以外での夜間外出は禁止されているわ」
「そんな表面上の決まり事、今どき守ってる生徒なんかいないって」
「そう思ってるのはセラカだけよ。明日の授業にひびくような事をミリカにさせないで。第一、そんな事をして見つかったらルームメイトである私も咎められる」
少しばかり言い合っている2人をよそにシェーネルは一人で歩いて行ってしまう。シェーネルは行かないのだろうか。
「セラカ、先に寝てるわよ」
「おっけー!」
どうやらセラカが夜に出て行ってしまうのは日常的な事のようだ。全く止める様子のないシェーネルの後ろ姿を見ているうちに、ミリカは思いついた。
「ユリナ、私が勝手に抜け出したって事にすればいいんだよ、そしたらユリナは責められない」
「は?」
まさかミリカも抜け出す気だとは思っていなかったらしく、珍しくその顔に焦った表情を浮かべた。対して喜ぶセラカ。
「おおっ、そうこなくっちゃ!転入生のミリカちゃんの話はうちのクラスでも持ちきりなんだよ」
「そ、それはちょっと恥ずかしいけど、カードゲームは楽しそう!」
「ミリカ」
苦言を呈そうとするユリナをなだめ賺す為に、彼女の両肩に手を置き、人懐っこい笑みを浮かべた。
こんなふうに可愛くお願いをすると、たまに折れてくれる時があることをミリカは知っていた。
少しだけムスッとしたような優等生の顔が目の前にある。それにしても、美しい瞳だ。
「大丈夫!朝になるまでに戻ってくるから、明日一緒に登校しようね」
「ちょっと、ミリカ」
「ユリナ……。学生にとって、時には遊ぶという事も大事な任務なのだよ────ということでっ!!」
セラカがそう言って、あっという間にミリカを連れ去ってしまった。
気付けばシェーネルもいない。廊下に一人残されたユリナは、頭を抱えそうになるのを堪える代わりに、深い溜息を吐いた。
ややあって、ユリナが歩き出す。外は暗闇。明かりのついた夜の寮を月が見下ろしていた。
ミリカは寮の部屋で、ユリナに勉強を教えてもらっていた。
ユリナは理数系、ミリカは文系が得意なので、こうしてお互いの分からないところを教え合うことができてラッキーだとミリカは喜んだが。
「──だから、f(x)はx=0において、微分可能という事になるわ」
「ダメだ!さっぱり分からん!」
早くも根を上げたミリカに、同居人の白い目が向けられる。
「まだはじめてから30分も経ってないわよ」
「も~~~こんな計算覚えたって社会じゃ何の役にも立たないじゃない!ユリナ~、もう夕飯食べに行こう?」
「駄目。このページが終わってから」
「えーー!?」
この数日の同居生活で分かったのは、ユリナが絵に描いたような優等生であるという事だ。
ユリナはAクラスのサブリーダーで、一般学校でいう副委員長的な役割についている。教師達の手伝いや連絡係をこなしながら、授業中もそつなく問題を解き、当てられれば完璧に回答する。授業についていくのがやっとなミリカは、何度も隣の席のユリナに助けを求めたものだ。
戦闘面でも、もちろんその頭脳を生かして敵の目を欺く頭脳戦を披露するものとばかり思っていたが、それが大きな勘違いだった。
ユリナは剣士クラスのなかでも大剣を扱い、頭脳戦どころか、自身の安全など顧みず敵に特攻していくという戦い方をしていた。
先のザスト戦で、敵に突っ込んで負傷する姿を見たが、改めて学園生活を共にしてみて、普段の品行方正な姿からは想像もつかない激しい戦いっぷりにミリカは圧倒された。
文部両道、とは彼女のためにある言葉なのではないかと思う。
そんなギャップを持つルームメイトのユリナ・イオが数学を熱心に教えてくれているわけだが、何とも説明が堅苦しくて、さっきから内容が全く頭に入ってこないのだ。自分から教えてくれと頼んだ手前で悪いが、もう椅子に一秒と座っていられない。
「う~~~~~、もうギブアップ!」
ペンを放り出してベッドにダイブ。
「晩ごはん食べた~~~い」と泣き言を言いながら本格的に勉強を放棄した同居人に、ユリナはため息をついた。
「仕方ないわね」
テストまでにはまだ余裕があるし、急いでやることもないと判断したようで、解放されたミリカは寮の廊下を歩きながら思いきり伸びをした。
汗を流してさっぱりとした顔付きの生徒達が廊下を行き交い、浴室の湿った空気が廊下にも漂っている。
シャワー室の前を通ると満室だったのを見て、早めにシャワーを浴びておいて良かったと思った。
「こんばんは!」
まずはすっかり顔馴染みとなった食堂のおばちゃんに、元気よく挨拶をする。
「あらミリカちゃんにユリナちゃん、今日もお疲れ様。あんた達いつも一緒ね」
ミリカはミートボールを注文した。ユリナも同じものを頼んだ。
「ルームメイトですから。ねっ、ユリナ」
「ユリナちゃんにもやっとパートナーができて、おばちゃん安心だわ。相変わらず怪我ばかりして帰ってくるんだから、いつも心配して待ってるのよ。傷は魔法で治療できても疲労は溜まってくんだからね、もう少し自分の身体は労るもんだよ。はい、残すんじゃないわよ。ギルドのほうは順調なの?生徒会は?2人して生徒会だなんて立派なもんだね。近頃は物騒だから気を付けるのよ。この学食の材料を運んでくれる馬車も、街へ来る途中で魔物に襲われかけたって言うじゃないの。ほら、残さないで食べるのよ」
ユリナに、ミリカにと、食事を盛りつけながらも喋る口が止まらない。残してはいけないと念を押されるのが毎度の事だが、これは彼女の出身である異国の文化や宗教観からくる教えらしい。彼女なりの愛情なのだと思って、よっぽどの事がない限りはきちんと完食するようにしている。
「ありがとうございます!わぁ~美味しそう!」
「ありがとうございます」と、ユリナも礼を言う。
「おばちゃん、私は途中からこの学園に入ってきたから、いっぱい依頼を受けてどんどん成果を残さなきゃなんです!」
「勢い付くのもいいけどね、一番は無事に学園に帰ってくる事なんだよ。あんた達はまだ大事な大事な生徒さんなんだからね」
「はーい」
ちょうど夕飯時の食堂は混雑していて、ぐるりを見渡すとどこも満席のように見えた。
「あ、ユリナじゃん。転入生もいる、名前なんだっけ?」
声のする方を向くと、少し離れたところにある4人がけのテーブルに、見知った2人の姿があった。
「セラカ、シェーネル」
ユリナが2人の名を呼んだ。通行人の邪魔にならないよう、2人のほうへ近寄る。
「ミリカですよ、セラカさん」
セラカは軽快に笑い、ごめんごめんと謝りながら2人を手招きした。
「ちょうど2人ぶん空いてるから、ここ座りなよ」
「いいの!?助かるぅ~」
向かい合って座っていた2人の隣に、一人ずつ座った。セラカの隣にミリカ、シェーネルの隣にはユリナが。
「セラカさんとシェーネルさん、いつも2人で食べてるの?」
「いつもじゃないけど一緒に食べるよ。ルームメイトだしね。あ、私のことはセラカでいいよ」
セラカが食べていたのはサーモンとじゃがいものプディング。食堂のメニューはどれも美味しそうで目移りする。明日食べるものがもう決まった。
「セラカは、今日は依頼を受けた?」
「魔物退治だよ。シェーネルと一緒に」
「あ、私たちも西区で魔物退治をしてきたの」
「こっちは東区の農業地帯に出たヤツを5匹と、東の森でも10匹くらい。あとザストとオーガも一体ずつ倒したよ。だから全部で、えーと……」
「21匹よ。ちゃんと数えてなかったでしょう」
シェーネルが正確な退治数を教えた。
「そう!21匹!一匹につき報酬が100Gだったから、合計は……えーっと、いくらになったんだっけ?
どうやら単純な計算すら苦手なもよう。
「まぁとにかく、最近は東区に魔物が多いよ。最近のギルドはみんな魔物退治してるんじゃないかな?」
「さっきマリちゃんに会ったけど、迷子の子犬を探す依頼を受けたって言ってたよ」
だははっ!と豪快にセラカが笑うと、まわりのテーブルで食事をしていた数人が振り返った。
「マリはそういうのばっかりだからねー」
「マリちゃん、さっき気になること言ってたんだよね。大事な人を守れる自信がない……って」
「あの子はちょっと優しすぎるとこがあるんだよ。誰かが怪我をすると、すぐ自分のせいだと思っちゃう。確かに聖職者は責任の重い役割なんだけどね」
「私はそんな事気にしなくてもいいのにって思うんだけどなー。一緒に戦いたいし」
「いいんじゃない?そのうち心境が変わってくるかもしれないしさ。今はそういう時期ってことで」
セラカはそう言うと、いい具合に焦げ目のついたクリームソースと共にサーモンを味わった。
ミリカも、一旦考える事をやめてミートボールにありつく。こだわりのソースがかかった、ひとつひとつが大ぶりの肉団子はまさに絶品だった。
セラカの言った通り、今は焦らず、相手がその気になるのを気長に待つというのがいいのかもしれない。
「にしても、ユリナは相変わらず食うね~」
ミリカもそこそこ食べるほうなのだが、ユリナの皿には軽く3人前はあろうかという程の量の食事が盛られていた。おばちゃんも当たり前のようにユリナだけ大盛りにするのだ。ミリカはもう慣れたが、すれ違う生徒は大抵ユリナの皿を二度見する。
シェーネルは少食らしく、通常量の半分も皿に乗っていない。そんなに少なくて、おばちゃんに怒られないのだろうか。
「あんなに激しく戦ってたらたくさん食べなきゃだもんね」
「分かるよ~ユリナ。ここのご飯最高だもん。こんな美味い食事が朝と夜の2回も出るなんて」
「私、ここの売店も大好き!お昼は絶対にあそこのグラタンパンだなー。ユリナなんて3人分買ってるし」
「私はいつも起きたら昼過ぎになってるから買えないな」
「え?昼も寝てるの?」
黙々と食べていたユリナが手を止めて、セラカに小言を言った。
「授業中に寝てばかりの生徒が生徒会にいるなんて思われたくないから、せめて授業を受けるフリだけはしておいてほしいところね」
「いやだって、あまりにも授業が退屈すぎてさ。あたし、勉強はからっきしなんだもん」
はじめてこの学園に来たときに、セラカとすれ違ったのを思い出した。
「もしかして、午前中はずっと寝て、午後は校庭で遊んでる?」
「そうそう!そのために来てんのよ」
ミリカは呆れと感心の混じった息を漏らした。
「セラカは実戦の成績だけはトップだから、授業中に寝ていても先生達は多目に見てるのよ」
そうユリナが解説してくれた。なるほど、サボりを先生に見逃してもらえるほど強いとは羨ましい。
「って、思うじゃん?ところがマリヤ先生だけは違う。見逃してくれない。だから私はマリヤ先生の授業の時だけはちゃんと起きてる」
決してドヤ顔で言うことではないのだが。
「ていうかさ、私ばっかり怒られるのはなんか納得できない!シェーネルなんて教室にすら居ないじゃん!」
そうなの!?とシェーネルに訊こうとしたが、なんだか不機嫌そうだったため、言葉を引っ込めた。人魚は不機嫌な顔すら造形が完璧すぎて迫力がある。
「お喋りするのもいいけど、さっさと食べないと置いて帰るわよ」
見ると、シェーネルの皿は既に空になっていた。
「はーい……」「はいはい」
お喋りな2人は、その後もこの美味しい料理について熱く語りながらも食べ進め、ユリナは当然といった涼しい顔で3人前のミートボールを完食した。
すっかり人通りも疎らになってきた廊下は、就寝前のまったりとした空気感で満たされている。
食堂を出て各部屋へ戻る途中、セラカから寮の部屋を抜け出さないかと誘われた。
「みんなで友達の部屋に集まってカードゲームする約束してたの。ミリカも来る?」
「それって大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。見つかっても罰則とか無いし」
「駄目よ。ミリカ」
いち早くユリナが釘を刺す。
「原則として、任務以外での夜間外出は禁止されているわ」
「そんな表面上の決まり事、今どき守ってる生徒なんかいないって」
「そう思ってるのはセラカだけよ。明日の授業にひびくような事をミリカにさせないで。第一、そんな事をして見つかったらルームメイトである私も咎められる」
少しばかり言い合っている2人をよそにシェーネルは一人で歩いて行ってしまう。シェーネルは行かないのだろうか。
「セラカ、先に寝てるわよ」
「おっけー!」
どうやらセラカが夜に出て行ってしまうのは日常的な事のようだ。全く止める様子のないシェーネルの後ろ姿を見ているうちに、ミリカは思いついた。
「ユリナ、私が勝手に抜け出したって事にすればいいんだよ、そしたらユリナは責められない」
「は?」
まさかミリカも抜け出す気だとは思っていなかったらしく、珍しくその顔に焦った表情を浮かべた。対して喜ぶセラカ。
「おおっ、そうこなくっちゃ!転入生のミリカちゃんの話はうちのクラスでも持ちきりなんだよ」
「そ、それはちょっと恥ずかしいけど、カードゲームは楽しそう!」
「ミリカ」
苦言を呈そうとするユリナをなだめ賺す為に、彼女の両肩に手を置き、人懐っこい笑みを浮かべた。
こんなふうに可愛くお願いをすると、たまに折れてくれる時があることをミリカは知っていた。
少しだけムスッとしたような優等生の顔が目の前にある。それにしても、美しい瞳だ。
「大丈夫!朝になるまでに戻ってくるから、明日一緒に登校しようね」
「ちょっと、ミリカ」
「ユリナ……。学生にとって、時には遊ぶという事も大事な任務なのだよ────ということでっ!!」
セラカがそう言って、あっという間にミリカを連れ去ってしまった。
気付けばシェーネルもいない。廊下に一人残されたユリナは、頭を抱えそうになるのを堪える代わりに、深い溜息を吐いた。
ややあって、ユリナが歩き出す。外は暗闇。明かりのついた夜の寮を月が見下ろしていた。
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