みっどがるず!

鈴葉 祈

文字の大きさ
上 下
5 / 36
一章

失敗例

しおりを挟む
 訪れたのは、激しい衝撃や痛みでもなく、不意な爆発音だった。

(な……何?)

 ザストの断末魔と、派手に倒れる音。

 それから、ピュッ と風を切る音。

 そしてミリカが顔を上げた時、ドスッ という重い音が響いた。

 一体は既に生き絶え、もう一体は胴体に矢が刺さった状態でもがき苦しんでいる。

 何が起きたのか一瞬分からなかったが、何者かがザストを倒したのだという状況は飲み込めた。

 一体、誰が?

 爆弾と矢が飛んできた方角を振り向くと、男性が一人、弓を構えて立っている。

「あなたは……?」

「喋る前にとどめを刺せ」

 はっとした。矢が刺さっているほうのザストはまだかろうじて生きている。おそらく矢に毒でも仕込んであったのだろう。

「《結氷槍フリーズ・ランス》!!」

 魔法を撃ち込むと、今度こそ動かなくなった。

「ごめん!!そっち行っちゃった…!大丈夫!?」

 片方のザストの相手をしていたはずのセラカが駆け寄ってきて、申し訳なさそうに言う。注意を引きつけるのに失敗して自分達の方へ飛んでいったのだから、さぞ焦っただろう。

「う、うん。大丈夫」

 倒れていたシェーネルやリオ、他の戦士達も、それぞれ仲間の傷の手当てを始めていた。

「ユリナちゃん……!」

 マリが切迫した様子で駆け付ける。特にユリナの負傷が激しく、回復までにはかなりの時間がかかるだろうと思われた。自身を顧みず敵に特攻していったからだ。

「マリさん、ユリナは大丈夫なの……?」

「意識を失ってるけど、大丈夫。今急いで治療するから」

「たった三体のザスト相手に、一体何をしていた?」

 冷たい声がミリカ達に浴びせられた。助けてくれた男だ。

「いくら能力の高い者でも、チームで息を合わせて戦うことができない奴は無能と変わらない。何のためにグループで行動しているのかを考えろ」

 叱られた。これは叱られたのだ。魔物を倒せなかったこと……特に、仲間との連携がとれなかった事を、学園関係者に叱責されている。空気が重苦しい。

 シェーネルやセラカは顔に出さないようにはしているが、マリは分かりやすく暗い表情で俯いていた。リオは何で俺まで……みたいな納得のいかない顔だったが。

「いつもより敵が強いのは把握していた。だから複数人で行かせたというのに……回復が済んだら、そのまま寮へ帰れ。生徒会へは俺から報告しておく」

 男が踵を返して去っていく。最後にこんな言葉を残しながら。

「お前達に生徒会は務まらない」

 初日にして、戦力外通告を受けてしまった。

 華の学園生活デビューが……波乱の幕開けのようだ。




 レイオークの中央区をぐるりと囲む壁がある。一見ただの城壁のように見えるが、これの上階部分が寮である。

 そんな事に驚く体力すらもう無く、ミリカは寮の部屋へ到着すると荷物もそのまま、力尽きたようにベッドに倒れ込んだ。

 さすがに疲れた。

 思えば、この街へは馬車で一週間かけて辿り着いたのだ、宿屋で寝泊まりを繰り返しながら。身体は思っていた以上に長旅で疲れていて、その上慣れない授業や初めての実戦。文句を言わず今日という日を乗り切ったことを、誰か褒めてほしい。

 本当は同室のユリナに、体はもう大丈夫なのか聞きたかったし色々話もしたかったけれど、疲弊しきっていてもうどうでもいいという気持ちだった。ユリナがいたかどうかも覚えていない。

 目を覚ました時には朝で、向かい側のベッドにユリナがいるのを見て、やっぱり一緒に帰ってきたのだと思った。どうやって帰ってきたのかは記憶が曖昧だった。

「おはよう、ユリナ」

「おはよう」

 身支度を完璧に整えている。早起きだ。

「昨日は先に寝ちゃったみたい。体は大丈夫?」

「平気」

「良かった!私はまだ体のあちこちが痛いよ……えっと、今日も学校だよね?一緒に行かない?」

 これに頷いてくれたので、ミリカもさっさと支度をして一緒に出た。すると寮の廊下で誰かが待っていて、それが昨日会ったマリヤの助手、アーミアだったので驚いた。

「おはようございます!ミリカ・エーゼンさん」

「お……おはようございます!ええと、確かマリヤ先生の助手の」

「助手のアーミアと申します、改めてご挨拶に伺いました!お渡ししたいものもありまして……」

 アーミアは抱えている書類の一番上にあった紙をミリカに差し出した。それぞれの教科の、教科書のページ数と要点の箇条書きだ。

「来月、前期の筆記テストがあるので、もしよかったら参考にどうぞ」

「これ……テスト範囲?わざわざアーミアさんが作ってくださったんですか?」

「ええ。先生はもちろん、生徒さん達のサポートをするのも私の役目ですから」

「あ……ありがとうございます!すごく助かります!ていうか来月テストだったんだ……」

「昨日はバタバタしていてろくに挨拶も出来ず、すみません」

「い、いえいえ!こっちの方こそ、期待に添えず……」

 昨日のことを思い出して、溜息が出る。その事についてアーミアに話すと、クスクスと楽しげに笑いながら教えてくれた。

「それはギルド顧問のロークス先生ですね。私と彼で生徒会の補佐もしているんですよ」

「へぇ……」

「あまり、気になさらないで下さいね。それよりも皆さんが無事に帰って来てくれた事が、私は嬉しいです!昨日はお疲れ様でした」

 なんだろう。マリヤやロークスの冷徹さや、昨日の失敗によるダメージを負った心に彼女の笑顔が眩しい。人魚特有の美貌も相まって、今はアーミアが天使に見えた。

「ここの先生達が、みんなアーミアさんみたいな優しい人だったらいいのに」

 教室へ向かう道すがら、そんな事を呟きながら歩いていると、前方に見えていた自分の教室の扉が開いた。

「ミリカちゃん!」

 中からぞろぞろと、5、6人のクラスメイト達が2人を取り囲む。何事?

「おはようミリカちゃん、ユリナさんもおはよう!聞いたよ、生徒会に入ったんですって?」

「なんでも昨日、早速魔物を撃退したとか!」

「しかも走り撃ちができるって本当!?ミリカちゃんって、一体どこの魔術学校からきたの!?」

「あー……ええと」

 一晩のうちに学園に広まった噂によって、Aクラスの生徒達は沸いた。転入生が初日に生徒会入りを果たし、その日のうちに初任務で手柄を立てたのだ。称賛しないわけはない。2人は教室に引きずり込まれ、たちまち話題の中心となった。

 ……本当は撃退したのは自分ではなくロークスだし、実際の自分達は思いきり負けそうになっていたのだが。

「えー?一般学校出身なの?魔術学校じゃなくて?」

「うん。ここから馬車で一週間かかる村から来たの。すっごい田舎だよ!?授業中に野生動物が遊びに来たりして、動物が通ってるのか人が通ってるのか分からないくらいだった」

 ミリカの冗談にクラスメイト達が笑う。

 昨日は何だかんだあったけれど、クラスのみんなも優しいし、また生徒会で仕事があった時に結果を残せばいい。まだ2日目で落ち込んだり焦ったりする必要はないんだ。

 ……でも。

(みんな強かったけど……お互いを信頼してないみたい)

 やっぱり、上手く連携できなかったのが心残りだった。

 ふとユリナの様子を窺うと、ぽつぽつと数人から話しかけられて受け答えしている。やはり近寄り難い雰囲気をクラスメイトらも感じ取っている様子だが、本人はつっけんどんというわけではないようだった。もっとみんなの輪に入ればいいのにと思う。

 善人ぶるつもりじゃないけれど、今度は6人でちゃんと力を合わせて戦ってみたいな。

「あっ、そろそろ時間だ」

「ミリカちゃん、また後でね!」

「うん!」

 マリヤが教室に現れ、ホームルームを告げるチャイムが鳴った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました

天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。 平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。 家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。 愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?

星野真弓
恋愛
 十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。  だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。  そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。  しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――

処理中です...