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一章
失敗例
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訪れたのは、激しい衝撃や痛みでもなく、不意な爆発音だった。
(な……何?)
ザストの断末魔と、派手に倒れる音。
それから、ピュッ と風を切る音。
そしてミリカが顔を上げた時、ドスッ という重い音が響いた。
一体は既に生き絶え、もう一体は胴体に矢が刺さった状態でもがき苦しんでいる。
何が起きたのか一瞬分からなかったが、何者かがザストを倒したのだという状況は飲み込めた。
一体、誰が?
爆弾と矢が飛んできた方角を振り向くと、男性が一人、弓を構えて立っている。
「あなたは……?」
「喋る前にとどめを刺せ」
はっとした。矢が刺さっているほうのザストはまだかろうじて生きている。おそらく矢に毒でも仕込んであったのだろう。
「《結氷槍》!!」
魔法を撃ち込むと、今度こそ動かなくなった。
「ごめん!!そっち行っちゃった…!大丈夫!?」
片方のザストの相手をしていたはずのセラカが駆け寄ってきて、申し訳なさそうに言う。注意を引きつけるのに失敗して自分達の方へ飛んでいったのだから、さぞ焦っただろう。
「う、うん。大丈夫」
倒れていたシェーネルやリオ、他の戦士達も、それぞれ仲間の傷の手当てを始めていた。
「ユリナちゃん……!」
マリが切迫した様子で駆け付ける。特にユリナの負傷が激しく、回復までにはかなりの時間がかかるだろうと思われた。自身を顧みず敵に特攻していったからだ。
「マリさん、ユリナは大丈夫なの……?」
「意識を失ってるけど、大丈夫。今急いで治療するから」
「たった三体のザスト相手に、一体何をしていた?」
冷たい声がミリカ達に浴びせられた。助けてくれた男だ。
「いくら能力の高い者でも、チームで息を合わせて戦うことができない奴は無能と変わらない。何のためにグループで行動しているのかを考えろ」
叱られた。これは叱られたのだ。魔物を倒せなかったこと……特に、仲間との連携がとれなかった事を、学園関係者に叱責されている。空気が重苦しい。
シェーネルやセラカは顔に出さないようにはしているが、マリは分かりやすく暗い表情で俯いていた。リオは何で俺まで……みたいな納得のいかない顔だったが。
「いつもより敵が強いのは把握していた。だから複数人で行かせたというのに……回復が済んだら、そのまま寮へ帰れ。生徒会へは俺から報告しておく」
男が踵を返して去っていく。最後にこんな言葉を残しながら。
「お前達に生徒会は務まらない」
初日にして、戦力外通告を受けてしまった。
華の学園生活デビューが……波乱の幕開けのようだ。
レイオークの中央区をぐるりと囲む壁がある。一見ただの城壁のように見えるが、これの上階部分が寮である。
そんな事に驚く体力すらもう無く、ミリカは寮の部屋へ到着すると荷物もそのまま、力尽きたようにベッドに倒れ込んだ。
さすがに疲れた。
思えば、この街へは馬車で一週間かけて辿り着いたのだ、宿屋で寝泊まりを繰り返しながら。身体は思っていた以上に長旅で疲れていて、その上慣れない授業や初めての実戦。文句を言わず今日という日を乗り切ったことを、誰か褒めてほしい。
本当は同室のユリナに、体はもう大丈夫なのか聞きたかったし色々話もしたかったけれど、疲弊しきっていてもうどうでもいいという気持ちだった。ユリナがいたかどうかも覚えていない。
目を覚ました時には朝で、向かい側のベッドにユリナがいるのを見て、やっぱり一緒に帰ってきたのだと思った。どうやって帰ってきたのかは記憶が曖昧だった。
「おはよう、ユリナ」
「おはよう」
身支度を完璧に整えている。早起きだ。
「昨日は先に寝ちゃったみたい。体は大丈夫?」
「平気」
「良かった!私はまだ体のあちこちが痛いよ……えっと、今日も学校だよね?一緒に行かない?」
これに頷いてくれたので、ミリカもさっさと支度をして一緒に出た。すると寮の廊下で誰かが待っていて、それが昨日会ったマリヤの助手、アーミアだったので驚いた。
「おはようございます!ミリカ・エーゼンさん」
「お……おはようございます!ええと、確かマリヤ先生の助手の」
「助手のアーミアと申します、改めてご挨拶に伺いました!お渡ししたいものもありまして……」
アーミアは抱えている書類の一番上にあった紙をミリカに差し出した。それぞれの教科の、教科書のページ数と要点の箇条書きだ。
「来月、前期の筆記テストがあるので、もしよかったら参考にどうぞ」
「これ……テスト範囲?わざわざアーミアさんが作ってくださったんですか?」
「ええ。先生はもちろん、生徒さん達のサポートをするのも私の役目ですから」
「あ……ありがとうございます!すごく助かります!ていうか来月テストだったんだ……」
「昨日はバタバタしていてろくに挨拶も出来ず、すみません」
「い、いえいえ!こっちの方こそ、期待に添えず……」
昨日のことを思い出して、溜息が出る。その事についてアーミアに話すと、クスクスと楽しげに笑いながら教えてくれた。
「それはギルド顧問のロークス先生ですね。私と彼で生徒会の補佐もしているんですよ」
「へぇ……」
「あまり、気になさらないで下さいね。それよりも皆さんが無事に帰って来てくれた事が、私は嬉しいです!昨日はお疲れ様でした」
なんだろう。マリヤやロークスの冷徹さや、昨日の失敗によるダメージを負った心に彼女の笑顔が眩しい。人魚特有の美貌も相まって、今はアーミアが天使に見えた。
「ここの先生達が、みんなアーミアさんみたいな優しい人だったらいいのに」
教室へ向かう道すがら、そんな事を呟きながら歩いていると、前方に見えていた自分の教室の扉が開いた。
「ミリカちゃん!」
中からぞろぞろと、5、6人のクラスメイト達が2人を取り囲む。何事?
「おはようミリカちゃん、ユリナさんもおはよう!聞いたよ、生徒会に入ったんですって?」
「なんでも昨日、早速魔物を撃退したとか!」
「しかも走り撃ちができるって本当!?ミリカちゃんって、一体どこの魔術学校からきたの!?」
「あー……ええと」
一晩のうちに学園に広まった噂によって、Aクラスの生徒達は沸いた。転入生が初日に生徒会入りを果たし、その日のうちに初任務で手柄を立てたのだ。称賛しないわけはない。2人は教室に引きずり込まれ、たちまち話題の中心となった。
……本当は撃退したのは自分ではなくロークスだし、実際の自分達は思いきり負けそうになっていたのだが。
「えー?一般学校出身なの?魔術学校じゃなくて?」
「うん。ここから馬車で一週間かかる村から来たの。すっごい田舎だよ!?授業中に野生動物が遊びに来たりして、動物が通ってるのか人が通ってるのか分からないくらいだった」
ミリカの冗談にクラスメイト達が笑う。
昨日は何だかんだあったけれど、クラスのみんなも優しいし、また生徒会で仕事があった時に結果を残せばいい。まだ2日目で落ち込んだり焦ったりする必要はないんだ。
……でも。
(みんな強かったけど……お互いを信頼してないみたい)
やっぱり、上手く連携できなかったのが心残りだった。
ふとユリナの様子を窺うと、ぽつぽつと数人から話しかけられて受け答えしている。やはり近寄り難い雰囲気をクラスメイトらも感じ取っている様子だが、本人はつっけんどんというわけではないようだった。もっとみんなの輪に入ればいいのにと思う。
善人ぶるつもりじゃないけれど、今度は6人でちゃんと力を合わせて戦ってみたいな。
「あっ、そろそろ時間だ」
「ミリカちゃん、また後でね!」
「うん!」
マリヤが教室に現れ、ホームルームを告げるチャイムが鳴った。
(な……何?)
ザストの断末魔と、派手に倒れる音。
それから、ピュッ と風を切る音。
そしてミリカが顔を上げた時、ドスッ という重い音が響いた。
一体は既に生き絶え、もう一体は胴体に矢が刺さった状態でもがき苦しんでいる。
何が起きたのか一瞬分からなかったが、何者かがザストを倒したのだという状況は飲み込めた。
一体、誰が?
爆弾と矢が飛んできた方角を振り向くと、男性が一人、弓を構えて立っている。
「あなたは……?」
「喋る前にとどめを刺せ」
はっとした。矢が刺さっているほうのザストはまだかろうじて生きている。おそらく矢に毒でも仕込んであったのだろう。
「《結氷槍》!!」
魔法を撃ち込むと、今度こそ動かなくなった。
「ごめん!!そっち行っちゃった…!大丈夫!?」
片方のザストの相手をしていたはずのセラカが駆け寄ってきて、申し訳なさそうに言う。注意を引きつけるのに失敗して自分達の方へ飛んでいったのだから、さぞ焦っただろう。
「う、うん。大丈夫」
倒れていたシェーネルやリオ、他の戦士達も、それぞれ仲間の傷の手当てを始めていた。
「ユリナちゃん……!」
マリが切迫した様子で駆け付ける。特にユリナの負傷が激しく、回復までにはかなりの時間がかかるだろうと思われた。自身を顧みず敵に特攻していったからだ。
「マリさん、ユリナは大丈夫なの……?」
「意識を失ってるけど、大丈夫。今急いで治療するから」
「たった三体のザスト相手に、一体何をしていた?」
冷たい声がミリカ達に浴びせられた。助けてくれた男だ。
「いくら能力の高い者でも、チームで息を合わせて戦うことができない奴は無能と変わらない。何のためにグループで行動しているのかを考えろ」
叱られた。これは叱られたのだ。魔物を倒せなかったこと……特に、仲間との連携がとれなかった事を、学園関係者に叱責されている。空気が重苦しい。
シェーネルやセラカは顔に出さないようにはしているが、マリは分かりやすく暗い表情で俯いていた。リオは何で俺まで……みたいな納得のいかない顔だったが。
「いつもより敵が強いのは把握していた。だから複数人で行かせたというのに……回復が済んだら、そのまま寮へ帰れ。生徒会へは俺から報告しておく」
男が踵を返して去っていく。最後にこんな言葉を残しながら。
「お前達に生徒会は務まらない」
初日にして、戦力外通告を受けてしまった。
華の学園生活デビューが……波乱の幕開けのようだ。
レイオークの中央区をぐるりと囲む壁がある。一見ただの城壁のように見えるが、これの上階部分が寮である。
そんな事に驚く体力すらもう無く、ミリカは寮の部屋へ到着すると荷物もそのまま、力尽きたようにベッドに倒れ込んだ。
さすがに疲れた。
思えば、この街へは馬車で一週間かけて辿り着いたのだ、宿屋で寝泊まりを繰り返しながら。身体は思っていた以上に長旅で疲れていて、その上慣れない授業や初めての実戦。文句を言わず今日という日を乗り切ったことを、誰か褒めてほしい。
本当は同室のユリナに、体はもう大丈夫なのか聞きたかったし色々話もしたかったけれど、疲弊しきっていてもうどうでもいいという気持ちだった。ユリナがいたかどうかも覚えていない。
目を覚ました時には朝で、向かい側のベッドにユリナがいるのを見て、やっぱり一緒に帰ってきたのだと思った。どうやって帰ってきたのかは記憶が曖昧だった。
「おはよう、ユリナ」
「おはよう」
身支度を完璧に整えている。早起きだ。
「昨日は先に寝ちゃったみたい。体は大丈夫?」
「平気」
「良かった!私はまだ体のあちこちが痛いよ……えっと、今日も学校だよね?一緒に行かない?」
これに頷いてくれたので、ミリカもさっさと支度をして一緒に出た。すると寮の廊下で誰かが待っていて、それが昨日会ったマリヤの助手、アーミアだったので驚いた。
「おはようございます!ミリカ・エーゼンさん」
「お……おはようございます!ええと、確かマリヤ先生の助手の」
「助手のアーミアと申します、改めてご挨拶に伺いました!お渡ししたいものもありまして……」
アーミアは抱えている書類の一番上にあった紙をミリカに差し出した。それぞれの教科の、教科書のページ数と要点の箇条書きだ。
「来月、前期の筆記テストがあるので、もしよかったら参考にどうぞ」
「これ……テスト範囲?わざわざアーミアさんが作ってくださったんですか?」
「ええ。先生はもちろん、生徒さん達のサポートをするのも私の役目ですから」
「あ……ありがとうございます!すごく助かります!ていうか来月テストだったんだ……」
「昨日はバタバタしていてろくに挨拶も出来ず、すみません」
「い、いえいえ!こっちの方こそ、期待に添えず……」
昨日のことを思い出して、溜息が出る。その事についてアーミアに話すと、クスクスと楽しげに笑いながら教えてくれた。
「それはギルド顧問のロークス先生ですね。私と彼で生徒会の補佐もしているんですよ」
「へぇ……」
「あまり、気になさらないで下さいね。それよりも皆さんが無事に帰って来てくれた事が、私は嬉しいです!昨日はお疲れ様でした」
なんだろう。マリヤやロークスの冷徹さや、昨日の失敗によるダメージを負った心に彼女の笑顔が眩しい。人魚特有の美貌も相まって、今はアーミアが天使に見えた。
「ここの先生達が、みんなアーミアさんみたいな優しい人だったらいいのに」
教室へ向かう道すがら、そんな事を呟きながら歩いていると、前方に見えていた自分の教室の扉が開いた。
「ミリカちゃん!」
中からぞろぞろと、5、6人のクラスメイト達が2人を取り囲む。何事?
「おはようミリカちゃん、ユリナさんもおはよう!聞いたよ、生徒会に入ったんですって?」
「なんでも昨日、早速魔物を撃退したとか!」
「しかも走り撃ちができるって本当!?ミリカちゃんって、一体どこの魔術学校からきたの!?」
「あー……ええと」
一晩のうちに学園に広まった噂によって、Aクラスの生徒達は沸いた。転入生が初日に生徒会入りを果たし、その日のうちに初任務で手柄を立てたのだ。称賛しないわけはない。2人は教室に引きずり込まれ、たちまち話題の中心となった。
……本当は撃退したのは自分ではなくロークスだし、実際の自分達は思いきり負けそうになっていたのだが。
「えー?一般学校出身なの?魔術学校じゃなくて?」
「うん。ここから馬車で一週間かかる村から来たの。すっごい田舎だよ!?授業中に野生動物が遊びに来たりして、動物が通ってるのか人が通ってるのか分からないくらいだった」
ミリカの冗談にクラスメイト達が笑う。
昨日は何だかんだあったけれど、クラスのみんなも優しいし、また生徒会で仕事があった時に結果を残せばいい。まだ2日目で落ち込んだり焦ったりする必要はないんだ。
……でも。
(みんな強かったけど……お互いを信頼してないみたい)
やっぱり、上手く連携できなかったのが心残りだった。
ふとユリナの様子を窺うと、ぽつぽつと数人から話しかけられて受け答えしている。やはり近寄り難い雰囲気をクラスメイトらも感じ取っている様子だが、本人はつっけんどんというわけではないようだった。もっとみんなの輪に入ればいいのにと思う。
善人ぶるつもりじゃないけれど、今度は6人でちゃんと力を合わせて戦ってみたいな。
「あっ、そろそろ時間だ」
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