21 / 42
10、星の言葉
2
しおりを挟む
二人は互いを見合い、お互いの出した結論に愕然とした。
「王太后は――」
「知っていたんだ! アイがファラオを暗殺しようとしていることを!」
しばしの沈黙。
口を開いたのは、沙良のほうだった。
「アンケセナーメンが未亡人になることがわかっていたから、その時が来たら、すぐに行動に移せるよう、手を回したのね。アイを即位させないために」
「王太后はアメン神官団から多額の金品を献上させている。だから公然とは対立できない。アイがアンケセナーメンとの縁談を申し出たら、おそらく反対できないのだろう。だが申し出を受ける前に縁談を固めてしまえば別だ。だからファラオが生きている間に、俺のところに来たのか――なんてことだ!」
「お気に入りのあなたをファラオに据え、アイにはあきらめさせる。でも、アイは高齢。命ある限りは今の地位を保証すると言えば、王太后は献上品を受け続けられるわ。それに自分の力によってあなたを即位させたのだから、仮にアイと対立しても、力であなたをねじ伏せられると考えたんだわ」
「ツタンカーメンのように」
「アイもバカじゃないんだから、軍出身のあなたと対立したら、神官と軍の争いになることくらいわかってるはず。それを王太后は見越しているんじゃないかな」
怒りに歪んでいるラムセスの顔を見て、沙良はふと疑問を抱いた。
「ねぇ、ラムセス。王太后ってあの有名なネフェルティティでしょ? お気に入りって私もつい言っちゃったけど、どんなふうに気に入られているの? 当のあなたは毛嫌いしてるのに」
それを聞くか? と言いたげな目を向ける。ラムセスは困ったように苦笑し、それからバツが悪そうに視線を逸らせた。
「初めて会ったのは四年前、十四の時だ。俺は大きな手柄を立て、ファラオの御前で賞賛された。その後……呼ばれたんだ」
「呼ばれた?」
「……あぁ」
ラムセスはますます困ったような顔を歪ませた。
「呼ばれたって……どこに? 王宮にいたのに?」
「王太后の私室」
「……それって、もしかして、夜?」
「あぁ」
沙良は唖然としてラムセスの顔を見つめた。
「王太后って、何歳なの?」
「今、四十半ば、じゃないか? アンケセナーメンが二十歳だから……確か、王太后が二十五、六で産んだ最後の子どものはずだ」
「……イヤらしいのね」
呆れた目をする沙良に、ラムセスは少し戸惑ったふうに声を荒げた。
「言っておくが、なにもなかったんだぞ。いくら血気盛んな十四の若造でも、四十を越えたバアさんと寝るほどバカじゃないからな!」
「誰もそんなこと聞いてないわよ」
「だって、お前の目が俺を怪しんでるから――」
「別にあなたと王太后がどんな関係だって、とやかく言いやしないわよ。そんな立場じゃないもん」
「うーー」
「でもさ、断ったんなら、嫌われたんじゃないの? なんで今もお気に入りなの?」
ラムセスは沙良のしつこい突っ込みを受けて音を上げたように空を見上げた。
「ねぇ」
「あの野郎は自分の思い通りにならないことが許せないんだろうさ。何度も出頭しろって命令してきやがった。俺はそのつど断った。イタチごっこだ。今となっては俺と関係を持つことより、俺を跪かせて傅かせることに必死なんだろう。知らないよ、そんなこと。知りたけりゃ本人に聞けよ」
「じゃー、王太后は家柄とか、立場とか、そういう意味であなたに肩入れしているわけじゃないのね。感情が入ってるなら、なにかあってもかわせるだろうし、利用できなくもないか」
「…………」
「なによ」
「いや、お前って面白い女だよな」
「面白い?」
「あぁ。ますます気に入った」
ラムセスが沙良の体を引き寄せてキスをした。
「ラムセス」
「母上が言っていた。お前は天から降ってきた黄金の星じゃないかって」
「黄金の星?」
「ああ。お前の身は俺が守る。だから安心していろ」
優しい眼差しに沙良は言葉を失った。自分の世界に帰りたいの――その言葉は出てこなかった。
「王太后は――」
「知っていたんだ! アイがファラオを暗殺しようとしていることを!」
しばしの沈黙。
口を開いたのは、沙良のほうだった。
「アンケセナーメンが未亡人になることがわかっていたから、その時が来たら、すぐに行動に移せるよう、手を回したのね。アイを即位させないために」
「王太后はアメン神官団から多額の金品を献上させている。だから公然とは対立できない。アイがアンケセナーメンとの縁談を申し出たら、おそらく反対できないのだろう。だが申し出を受ける前に縁談を固めてしまえば別だ。だからファラオが生きている間に、俺のところに来たのか――なんてことだ!」
「お気に入りのあなたをファラオに据え、アイにはあきらめさせる。でも、アイは高齢。命ある限りは今の地位を保証すると言えば、王太后は献上品を受け続けられるわ。それに自分の力によってあなたを即位させたのだから、仮にアイと対立しても、力であなたをねじ伏せられると考えたんだわ」
「ツタンカーメンのように」
「アイもバカじゃないんだから、軍出身のあなたと対立したら、神官と軍の争いになることくらいわかってるはず。それを王太后は見越しているんじゃないかな」
怒りに歪んでいるラムセスの顔を見て、沙良はふと疑問を抱いた。
「ねぇ、ラムセス。王太后ってあの有名なネフェルティティでしょ? お気に入りって私もつい言っちゃったけど、どんなふうに気に入られているの? 当のあなたは毛嫌いしてるのに」
それを聞くか? と言いたげな目を向ける。ラムセスは困ったように苦笑し、それからバツが悪そうに視線を逸らせた。
「初めて会ったのは四年前、十四の時だ。俺は大きな手柄を立て、ファラオの御前で賞賛された。その後……呼ばれたんだ」
「呼ばれた?」
「……あぁ」
ラムセスはますます困ったような顔を歪ませた。
「呼ばれたって……どこに? 王宮にいたのに?」
「王太后の私室」
「……それって、もしかして、夜?」
「あぁ」
沙良は唖然としてラムセスの顔を見つめた。
「王太后って、何歳なの?」
「今、四十半ば、じゃないか? アンケセナーメンが二十歳だから……確か、王太后が二十五、六で産んだ最後の子どものはずだ」
「……イヤらしいのね」
呆れた目をする沙良に、ラムセスは少し戸惑ったふうに声を荒げた。
「言っておくが、なにもなかったんだぞ。いくら血気盛んな十四の若造でも、四十を越えたバアさんと寝るほどバカじゃないからな!」
「誰もそんなこと聞いてないわよ」
「だって、お前の目が俺を怪しんでるから――」
「別にあなたと王太后がどんな関係だって、とやかく言いやしないわよ。そんな立場じゃないもん」
「うーー」
「でもさ、断ったんなら、嫌われたんじゃないの? なんで今もお気に入りなの?」
ラムセスは沙良のしつこい突っ込みを受けて音を上げたように空を見上げた。
「ねぇ」
「あの野郎は自分の思い通りにならないことが許せないんだろうさ。何度も出頭しろって命令してきやがった。俺はそのつど断った。イタチごっこだ。今となっては俺と関係を持つことより、俺を跪かせて傅かせることに必死なんだろう。知らないよ、そんなこと。知りたけりゃ本人に聞けよ」
「じゃー、王太后は家柄とか、立場とか、そういう意味であなたに肩入れしているわけじゃないのね。感情が入ってるなら、なにかあってもかわせるだろうし、利用できなくもないか」
「…………」
「なによ」
「いや、お前って面白い女だよな」
「面白い?」
「あぁ。ますます気に入った」
ラムセスが沙良の体を引き寄せてキスをした。
「ラムセス」
「母上が言っていた。お前は天から降ってきた黄金の星じゃないかって」
「黄金の星?」
「ああ。お前の身は俺が守る。だから安心していろ」
優しい眼差しに沙良は言葉を失った。自分の世界に帰りたいの――その言葉は出てこなかった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜
和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`)
https://twitter.com/tobari_kaoru
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに……
なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。
なぜ、私だけにこんなに執着するのか。
私は間も無く死んでしまう。
どうか、私のことは忘れて……。
だから私は、あえて言うの。
バイバイって。
死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。
<登場人物>
矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望
悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司
山田:清に仕えるスーパー執事
執事の喫茶店
ASOBIVA
ライト文芸
━━━執事が営む喫茶店。それは、必要とする人だけに現れるという━━━
イラストレーターとして働いている女性が自販機で飲み物を買っていると突然強い光が襲い、ぎゅっと目を瞑る。恐らく車か何かに引かれてしまったのだろうと冷静に考えたが、痛みがない。恐る恐る目を開けると、自販機の横になかったはずの扉があった。その扉から漂う良い香りが、私の心を落ち着かせる。その香りに誘われ扉を開けると、アンティーク風の喫茶店がそこにあった。
こちらの作品は仕事に対して行き詰った方・モチベーションが下がっている方へ贈る、仕事に前向きになれる・原動力になれるような小説を目指しております。
※こちらの作品はオムニバス形式となっております。※誤字脱字がある場合がございます。
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
ラストダンスはあなたと…
daisysacky
ライト文芸
不慮の事故にあい、傷を負った青年(野獣)と、聡明で優しい女子大生が出会う。
そこは不思議なホテルで、2人に様々な出来事が起こる…
美女と野獣をモチーフにしています。
幻想的で、そして悲しい物語を、現代版にアレンジします。
よろしければ、お付き合いくださいね。
心の落とし物
緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも
・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ )
〈本作の楽しみ方〉
本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。
知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。
〈あらすじ〉
〈心の落とし物〉はありませんか?
どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。
あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。
喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。
ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。
懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。
〈主人公と作中用語〉
・添野由良(そえのゆら)
洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。
・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉
人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。
・〈探し人(さがしびと)〉
〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。
・〈未練溜まり(みれんだまり)〉
忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。
・〈分け御霊(わけみたま)〉
生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。
夕陽を映すあなたの瞳
葉月 まい
恋愛
恋愛に興味のないサバサバ女の 心
バリバリの商社マンで優等生タイプの 昴
そんな二人が、
高校の同窓会の幹事をすることに…
意思疎通は上手くいくのか?
ちゃんと幹事は出来るのか?
まさか、恋に発展なんて…
しないですよね?…あれ?
思わぬ二人の恋の行方は??
*✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻
高校の同窓会の幹事をすることになった
心と昴。
8年ぶりに再会し、準備を進めるうちに
いつしか二人は距離を縮めていく…。
高校時代は
決して交わることのなかった二人。
ぎこちなく、でも少しずつ
お互いを想い始め…
☆*:.。. 登場人物 .。.:*☆
久住 心 (26歳)… 水族館の飼育員
Kuzumi Kokoro
伊吹 昴 (26歳)… 海外を飛び回る商社マン
Ibuki Subaru
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる