熱い風の果てへ

朝陽ゆりね

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5、事変前

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「言っておくが、ここは神殿を守る軍人用の寄宿部屋だ。女がフラフラ歩いていたら、飢えた連中の餌食になる。だが、俺のモンだって周囲に知らせておけば、お前は極めて安全だ。この俺の女に手を出すバカはいないからな」

「…………」

「俺様はホルエムヘブの片腕で、エジプト兵の中でも一、二を争う拳闘家だからな」

「……呆れた自信家」

 思わず言ってしまってから慌てて手で口を覆った。だがラムセスは怒った様子などまったくなく、真逆で自信満々の顔を向けてきた。

「おうよ。下エジプトの高位司令官の息子が屁っ放り腰じゃ、一族一党の名折れだ。物心ついた時から剣を握って、獣相手に戦ってきた。当然ながら女に大モテだ。だからお前はずいぶん嫉妬を買うだろうよ」

 ニッと皮肉っぽく笑う。逆に沙良は胡散臭そうにその精悍な顔を眺めた。

「夜はお忙しいみたいで」

 ラムセスが声をたてて笑った。

「まぁな。だが好みってもんがあるだろ? お前はなかなか楽しませてくれそうだから気に入った。いや、本当に気に入った。お前の安全は俺が保障してやる。だからたっぷり楽しませてくれよな」
「ご冗談を。やった今、大モテで忙しいって言ったじゃない。私にも好みがあるのよ。安全を保障してくれるお礼は別の形でさせてもらうわ」

 ふと、ラムセスが真面目な顔をした。

「いや、本気だ。お前のその真珠のような肌など見たことがないし、不思議と体臭もしない。俺はこれでも多くの国へ遠征で出向いてきた。お前みたいなヤツは初めてだ。きっと他の男どもも興味を持つだろう」

 ラムセスはそう言うと、沙良の腕を取った。

「ファラオは嫁さんに惚れ込んでいるからお前に興味を持つとは思えんが、もし気に入れば、誰もそれを止めることはできん。お前は受け入れるか、死ぬかのどちらかだ。仮に受け入れたって、王家の血を引かないお前は貴族の女どもから激しい嫉妬を買い、熾烈なイジメに遭うだろう。当然だ、ファラオの子を産めば、王家の娘でなくても権力を得られるからな。一生虐げられて生きることになる」

 熾烈なイジメと言われて沙良はごくりと生唾を飲み込んだ。

「それから、もう一つ。ファラオの命令を聞かなくていいヤツがたった一人だけいる。そいつに嫌われなければ、まぁ大抵は大丈夫だ。つまり、嫌われたら、即終わりってことだ」

 ラムセスの精悍な顔が歪んでいる。よほど嫌いな様子だ。「それは、誰?」そう言おうとしたが、沙良は口を噤んだ。

 正面にあったラムセスの顔が今は上にある、見上げる格好になっている。そしてそのまま迫ってきて、沙良は反射的にのけ反り、床に倒れる格好となった。

「あ、あの」
「休憩を邪魔したのはお前だ。まずはその責任を取ってもらおうかな」
「ちょっと待ってよ!」
「待てない。男の体はそんな便利にできてないんだ」

 手首を掴まれたかと思うと、唇が重なった。いきなりのことで混乱する。キスされていると理解した時には、息ができずにもがいていた。

「うぅっ!」

 声が出ない。喉の奥で起こった音が耳に聞こえた。重なった唇が熱く、絡みあって離れない。

「ダ、メ……ラム……やぁあ」

 やっと離れた唇。だがまたすぐに重なり、今度は艶めかしい舌が唇を割って侵入してきた。

「んんんんん!」

 意識がキスに取られ、そのキスによって朦朧としてくる。口内の刺激に沙良は脱力した。

「ぁあん、ダメ」
「大きな声を出したら聞こえるぞ? それとも野郎どもに聞かせてやるか?」

 ハッとなって慌てて歯を食いしばる。その間にラムセスの手が胸を揉んでいた。

「なっ! やめっ、そんなトコ触らないでっ」
「ん、まぁまぁか」
「なにがまぁまぁかよっ。放してっ!」

 服の中に手が侵入してくる。

「ん? なんだ、これ? この硬いヤツ」

 ブラジャーのワイヤーのことだと悟るのに少しばかり時間を要した。だが沙良は、この時代、鉄が貴重なことを思いだした。

 ワイヤーの素材がなんなのか、残念ながらそこまで知らなかったが、この時代にニッケルやチタンの素材などないはずだから、知ればさぞ驚くだろう。そんなことを思っていたので、いつの間にかラムセスが沙良の服を脱がせにかかっていることになかなか気づけなかった。

「これ、鎧、じゃないな。布だしな。でも、ここの、この硬いのは」

 言われてハッと我に返り、上半身裸であることに気づく。

「ぎゃ!」

 悲鳴を上げるけれど、ラムセスは沙良を無視して手にしているブラジャーを上にしたり下にしたりしてジロジロ見ていた。そしてワイヤーの部分を噛んだ。

「あたっ……石か?」
「噛まないでよ」

 ラムセスはブラジャーをポイっと沙良に向けて投げた。

「お前の持っている物は珍しい。だが、没収するのは危険な気がする。返すが、くれぐれも誰かに奪われることはないよう気をつけろ」

「……うん」

「いろいろ聞かないといけないことがあるが、今は時間がない。これから『祝いの儀』という儀式が行われる。穢れをもっとも嫌うから女は立入禁止なんだ。それなのに、お前のような珍しい存在がいるとなると、長老たちが大騒ぎをするだろう。ファラオの耳に入ると厄介だ」

 ラムセスがそこまで言った時だった。複数の足音がして、近づいてくる。ラムセスは立てた人差し指を口にやり、もう片方の手でベッドを指した。

 隠れろ、という指示であることは明白で、沙良は慌ててベッドにもぐりこんだ。
 足音が扉の前で止まる。

「ラムセス隊長! 用向きがあるゆえ、出てこられたし」

 いきなりドンドンドンと扉が叩かれた。
 沙良はブランケットの端を口に押しつけて息の音を消す。

「ラムセス隊長! いるのはわかっているのだ。早く出てこられよ!」
「なんだよ、騒々しい」

 ギイと扉が開く音がして、ぱたんと閉じた。シンと静かになるので、ラムセスは部屋から出たのだろう。

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